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『エージェント体験! 』
田中・哲夫8717)&大福・―(8697)&(登場しない)




「んーんっんっー♪」

 ご機嫌混じりに鼻歌を鳴らし、何やら地面に置いて押し当てているような素振りを見せる白いチンチラ。
 耳用の穴が空いた赤系色のニット帽と同系色のマフラー。それに、前足を通した同じく赤系統の上着を羽織っている。

「でーきたぁっ!」

 満足気な声をあげて、短い前足でひょこっと持ち上げた一枚の応募用紙。
 そのチンチラこと〈大福〉ちゃんは、その裏面に貼られたお菓子のシールを見てきらきらとつぶらな瞳を輝かせた。

『お菓子のシールを集めて、キミもエージェントに☆ IO2で、ボクと握手!』

 いかにもなキャッチフレーズに魅せられ、そこに写真が載っている熊のぬいぐるみのようなマスコットキャラクター、『テツオ』に惹かれ、大福ちゃんは早速その応募資格をゲットすると、怒濤の勢いで応募に向かうのであった。

「んーんっんっーんんっー♪」

 どこで聞いたのかも定かではない懐かしいメロディーを口ずさみながら、ぴょこんぴょこんと身体を跳ねさせた大福。
 そのつぶらな真ん丸の瞳はキラキラと輝き、憧れの『テツオ』に会える日を祈っているのであった。

 投函したポストを見つめ、頭をゆっくりと左右に傾げて振る大福。耳が追いかけるようにへにゃりと曲がると、また逆側へ。
 目の前のポストの中に投げた手紙を、いつ『テツオ』が取りに来るのかとワクワクしていた大福ちゃんは、空腹になるまでずっとポストを見つめていたそうだ。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆





 ――俺の名はブラッディベアー。
 ニヒルな笑みとタバコの香りが似合う、ダンディーな男さ。

 BGMにはそうだな、スローテンポなジャズなんかが似合っちまう、そんな一匹狼さ。
 黒いスーツを颯爽と着こなす俺。当然、この鋭い眼光を隠す為の黒いサングラスは欠かせねぇ。素人には少々、俺の眼光は刺激が強すぎる……。

 今日はIO2の仕事で写真撮影なんてされている。
 ジャケット撮影をしたいなんて言い出すから、渋々ながら付き合ってやっているのさ。
 さっきからカメラのストロボが眩く俺の姿を照らしやがる。

 まったく、俺は裏の人間だ。
 そういうのはお断りだって言ったんだが、どうしても俺にしか似合うヤツがいねぇって言われちまってな。

 ……そこまで言われて引き下がるなんざ、男のすることじゃねぇのさ。

「はーい、哲夫さん、オッケーでーす」

「おいやめろ。俺はブラッディ――」

「――哲夫さんお疲れっしたぁ。いやー、良い感じッスよ、ジャケット」

「だから俺はブラッディ――」

「――哲夫、お疲れ。……おい、どうした? 何プルプル震えてんだ? 身体の中の綿と間違えてジェル状の何かと詰め間違えたのか?」

 ……俺の名は確かに『田中哲夫』だった。その名を恥じたこたぁねぇさ。
 だが今の俺はIO2のエージェント、ブラッディベアーだ。
 それ以上でもそれ以下でもねぇ。

 昔の名前に縋って生きるなんざ、俺の性に合わねぇのさ……。

「お、これ良いじゃん。ちょっとサングラスの下のつぶらな瞳も映ってるし」

「いいや、躍動感がねぇなぁ。そういう点じゃこっちの方が子供受けするんじゃないか?」

「まぁ子供向けのキャンペーンだしな、おたくらプロに任せるさ」

 俺の写真を見て何やら話し込んでいるみてぇだが、何を話しているのかまでは解らねぇ。

 表の世界に出ちまって良いものか、迷ったもんだ。だがああして笑顔でいる奴らの顔を見てると、それも悪くはなかったのかもしれねぇって、そう思えてきやがった。

「あ、哲夫。そういえばこのキャンペーン、お前担当だから」

「……フッ、与えられた任務は完璧にこなす。それが俺だぜ?」

「そうか、嫌がると思ったんだが……。いやぁ、良かった良かった」

 ――そう。
 俺はこの時、知らなかったのさ。
 まさか俺に与えられた任務が、あんな屈辱的なモンだなんて、な……。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 「……クソッ、何で俺が……っ!」

 その日、ブラッディベアーこと田中哲夫は悪態をつきながら歩いていた。
 理由は簡単だ。今日のキャンペーンに無理やり参加を決められ、あまつさえそれを引き受けた瞬間をしっかり録音されたからである。

『お菓子のシールを集めて、キミもエージェントに☆ IO2で、ボクと握手!』

 ビタン、とビラを投げつけて、哲夫はぜぇぜぇと言いながら肩を上下させる。

(……俺はどこぞの遊園地の着ぐるみヒーローじゃねぇんだぞ……ッ! クソッ、あの野郎! 何がIO2のイメージアップだ、バーカバーカ! 握手なんて冗談じゃねぇッ!)

 ブラッディベアーこと田中哲夫は、決して先程のようなニヒルな性格はしていない。
 簡単に言うならば、あれはブラッディベアーである自分に酔い痴れるあまりに演じていた、いわゆる思春期特有の二大病の一つだ。
 恋じゃない方の、黒い思い出になりやすいアレである。

 よりにもよって自分の名前――『テツオ』と名付けられたマスコットキャラクターとして使われ、ジャケットの撮影がまさかのヒーロー役だなんて。
 そんな哲夫の葛藤を他所に周囲の人々は「熊さんが歩いてる!」だの何だのと騒いでいるのだが、とうの本人である哲夫の苦悩を前にそんな声は届いていない。

「テツオー! テツオーー!」

「あん? なん――へぶッ!」

 約束の場所に姿を現したのは大福だ。
 支給品という名目によって渡された、黒いスーツにサングラス。
 体当たりしてきた小さな何者かに目を向けた哲夫は、サングラス越しのつぶらな瞳を瞠目しつつ見開き――は出来なかったが、丸くした。

(……おいおい、こんなファンシーな見た目にスーツとサングラスじゃ泣いちまうぜ)

 自分のことをすっかりと棚に上げた哲夫は、およそ体高1メートルにも満たないその身体で受け止めた大福ちゃんに向かってそんな印象を抱いていた。

(……か、可愛いじゃねぇか、オイ)

 久しぶりに見た自分よりも小さな存在に、かつての弟の姿を思い出しながら哲夫が心の中で呟いた。

「テツオー、もふもふー」

「参加者の大福……ちゃんだね? 良いかい? 俺の名はブラッディ――」

「――テツオー、テッツオー♪」

「……んんっ、良いかい大福ちゃーー」

「――んーんっんっーテッツォー♪」

(……ダ、ダメだ、コイツ……ッ! 話を聞かないとかそういう次元じゃねぇ……ッ! っていうか最期の鼻歌と俺の名前の融合、何!? イタリアンな感じで人の名前改名しやがって……ッ)

 ――田中哲夫と大福ちゃんの邂逅は、こうして混乱を伴って訪れたのであった。



「さて、大福ちゃん。今日はキミに、IO2のエージェントとして振る舞ってもらう。
 そもそも我々IO2とは、人々の干渉出来ない範囲で起こる怪異を討ち滅ぼしたり、またはそういった怪異にならぬように霊体に対して何かを協力したりと様々だ。そもそも――」

「テツオー、話長いー」

「……まずはビラ配りすっか」

「はーい♪」

 二人――二匹。いや、正確に言えば一匹と一体であるのだが、この際便宜上は二人で良いだろう。
 二人は今、大手のショッピングモールへとやって来ていた。

「マッチはいらんかえー?」

「……おいおい大福ちゃん大福ちゃん、それマッチとは違ぇなぁ」

「……? 赤ずきん被ってマッチを手渡す?」

「入り乱れた絵本の世界からカムバックだぞ、大福ちゃん」

 絵本を教材に様々な事柄を学ぶ大福ちゃん――1歳。ビラ配りと言われて一番最初に思い出したのがマッチ売りの少女であった。
 対するブラッディベア(自称)の哲夫は、先程から子供に取り付かれ、自由に身動きも出来ずにいた。
 それでも、そんな二人の見た目にくすくすと笑った大人達がビラを受け取ってくれるおかげか、大福ちゃんが配っていたビラは気が付けば残りもわずかになりつつある。

 その頑張りが功を奏したのは、そんな矢先であった。

「あぁ、アンタ達かい!? IO2のエージェントは!」

 慌ててやって来たのは一人の壮年の女性だ。
 惣菜売り場で働いている女性はエプロン姿だ。頭に頭巾をつけたまま何やら慌てた様子で大福ちゃんと子供に囲まれた哲夫のもとへとやって来た。

「ちょっと、助けとくれよ。惣菜売り場で子供の幽霊が出て来てねぇ。勝手に食べ物食い散らかしちまってるのさ!」

「なにッ、事件だなッ! 大福ちゃん、俺がIO2エージェントとしてのカッコ良さを……――おいやめろお! 誰だ、俺の尻尾掴んでんの! そこ縫い目が弱ぇんだぞッ!」

 子供に囲まれたブラッディベア(哀愁)の叫び声が響き渡る。
 そんな哲夫を放ったまま、大福ちゃんはすっかり乗り気な様子で女性について惣菜コーナーへと向かって行くのであった。

 惣菜コーナーには人集りが生まれ、文字通りに混乱していた。
 半幽体の餓死した少年が惣菜のパックを開けて食べ物を一心不乱に食べている。

 霊体というのは念の強さによってその強さが変わる。
 とりわけ、餓死というのは三大欲求に直接通じるせいか、その思念が強い。近付いて制止しようものなら、次々に人々が吹き飛ばされてしまい、文字通りに手も足も出ないのであった。

「すんすんすん……匂いがするね」

 まるで歌うような口調で、大福ちゃんが姿を現した。
 その言葉に餓死した少年の霊が大福ちゃんへと振り返り、固まった。

「すんすんすん……でもちょっと、いやなニオい」

 鼻先をヒクヒクと動かしながら、大福ちゃんが再び口を開いた。

「……あんまり美味しくない臭が、するね……?」

 ――ぞわり、とその場にいた誰もの身の毛をよだつ。
 可愛らしい見た目から感じられた、明らかに異質な気配。血を抜かれたかのようにサァッと身体からは熱が失われ、勘の良い数名はその場に腰を抜かして座り込んだ。

 前世の残根とでも言うべきか。
 大福ちゃんの放ったその空気は餓死した少年の身体すら強張らせ、少年は逃げるように消え去ってしまうのであった。

 その姿を子供達にもふもふされながら見つめていた哲夫は、大福ちゃんが何者なのかとサングラス越しに目を光らせる。
 そして近くの子供にサングラスを取られ、つぶらな瞳を顕にしたのであった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「ん……、今の夢……?」

 ぱちり、と瞼を押し上げた大福が目を覚ます。
 なんだかとても楽しい夢を見たような、そんな気がした。

「んーんっんっー♪ テッツォはつっぶらっなおっめっめー♪」

 夢の中で見かけたあの熊のぬいぐるみ然とした、テツオという存在。
 そんな彼と、またどこかで会えたら良いな。
 そんなことを思いながら、大福は鼻歌に歌詞をつけて歌っていた。




 ――――一方、哲夫はと言えば。




「……フッ、そりゃあ夢に決まってらぁ。俺みてぇなニヒルな男が、チャイルドな連中に好かれるはずがねぇ……」

 夢から目覚めたブラッディベア(強調)は呟いた。
 しかしそんな言葉を口にしながらも、「イタリアンなテッツォってのは嫌いじゃねぇな」などとまんざらではない様子で夢の感想を口にしていたのであった。




 ――彼らの物語が交錯するのは、そう遠い未来ではないのかもしれない。





 FIN



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ご依頼有難うございます、白神です。

今回はギャグ要素を込めた夢オチっぽい流れだったので、
ブラッディベアさんにはハッスルして頂きました(?)

大福、ちゃん。
やはり地の文でも「ちゃん付け」は必須かな、と思い、
夢の部分でのみ「ちゃん付け」という形にさせて頂きました。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後とも宜しくお願いいたします。


白神 怜司
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
白神 怜司 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年03月06日

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