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『おいしさの決め手は 』
ロザリー・ベルモンド(ec1019)&ヤグラ・マーガッヅ(ec1023)

 その日、ヤグラ・マーガッヅ(ec1023)は図書館を訪れていた。朝から調べ物に取りかかっていたが、どうにも成果は芳しくない。
(初心者向けのレシピ、という時点で無理があったようですね)
 図書館の蔵書はコック等の専門家に向けたものが多い。ヤグラ自身は家事を一通りこなせる技量があり、料理だってお手の物で専門家のレシピも再現可能のはずだが、なぜ初心者向けなのか。理由は愛妻ロザリー・ベルモンド(ec1019)にあるのだった。
(新婚当初に、料理を覚えたいと言ってくれましたし、私も協力しましたが‥‥)
 ひとたび戦場に出れば器用にレイピアを振るうロザリーだが、その技は料理には生きなかったのだ。ものは試しと作った料理も、何とも言えない味だった。勿論ヤグラはその料理を笑顔で完食したのだけれども、ロザリーは肩を落として料理はあきらめますわと言っていたくらいである。
『毎朝自分の作った朝御飯を食べてください』
 そうやってプロポーズしたのだ、別に料理が出来なくたって愛しい女性であることに変わりない。しかし今はそのロザリーがすすんで料理するという事態になっている、せめて助けになるものがあればと探すのは夫なりの愛情というものだろう。

「あのねえ僕、ママの料理が食べたい!」
「たべたいー!」
 隣に座った兄の提案に、兄の真似をしたい盛りの妹の声がやまびこのように追いかける。子供達にそう頼まれれば、ロザリーが張りきらないわけがなかった。朝からずっとそわそわしていた息子が、何を言い出すのかと思えばこんなに可愛らしいお願いなのだ。
「わかりましわ。今日はママに任せて下さいな」
「「やったー!」」
 兄妹揃って目がきらきら、きらきら。答えるロザリーも張りきって目がきらきら。きらきらした三人を順ぐりに見つめた――同時にその後の展開を予想し、対策を練っていた――ヤグラは、それならこうしましょうと笑顔で告げた。
「午後のお茶菓子、ママの作ったお菓子にしましょう」
 自分は少し調べ物があるので出かけますが、お昼過ぎには夕食の買い出しをしますので、その頃に迎えに来て下さいと言葉が続いた。

 そして、ロザリーはキッチンでお菓子作りにとりかかっていた‥‥のだが。張りきったくらいで急に料理が上達するわけもなく、今も何度目かの失敗作がテーブルの上に並んだところだった。
 きゅるるー♪
 自分ではないおなかの音にロザリーが振り向けば、子供達のもの欲しそうな視線とぶつかった。熱中していて気付かなかったが、お昼の時間になっていたのだ。
「すっかりランチの時間になってしまいましたわね」
 作ろうとしていたのはあくまでもお茶菓子だ。ヤグラも出かけているため外食に出なければいけないかと考えを巡らせたところで、くいくいとエプロンの裾がひかれた。
「パパが、お昼に食べてって」
「たべてってー」
 子供たちの指さす先にある埃よけを取れば、中には固焼きパンのサンドイッチが人数分。こうなることも予想できていたようで、ヤグラが出かける前にに準備したらしい。
「もうありましたわね」
 まずランチにしましょうと言えば、子供達も笑顔で頷いた。

 おなかが満たされた三人だが、お菓子のことを忘れたわけではない。兄妹にしてみれば自分達の言いだしたお願いなのだ。
「おやつたくさん、どうするの?」
「おやつー」
 きらきら、きらきら。失敗作の山――二人には素敵なものに見えているらしい――を自身の背に隠しつつ、ロザリーは考える。何度も失敗を繰り返したせいで、材料だって不足していた。
「おやつの前に、パパを迎えに行きますわよ」
 夕食の分は勿論だが、お菓子の材料の買い足しも必要だ。約束より早いが、二人の手をひいて図書館へとくり出した。
(すっかり本の虫ですわね)
 そして本に向かうヤグラを見つけたロザリーは、ため息に似た小さな笑みを漏らす。本に集中しすぎて時間を忘れてしまうことのある夫である。声をかけられた直後のヤグラの隙だらけの表情がまた無防備で、役得のようでロザリーは結構気に入っていたりする。勿論、真剣な表情もそれはそれで好き‥‥
「「パパー」」
「あっ」
 母親がぼうっとした隙にパッと手を離し、子供達がヤグラの方へとかけて行く。遅れを取った気分でロザリーは少しだけ声音が低くなった。多分自分は拗ねているのかな、と心のどこかで思いながら。
「お昼過ぎですわ、買い出しに行くのでしょう?」
 子供達の頭を順に撫でながら席を立ったヤグラは、そうですねとロザリーにも笑みを向けた。
「すみません。本を戻してきますので、少しだけ待っていてください」

「ママ、可愛いリボン!」
「そうですわね、このレースも一緒にすると可愛いですわ」
 雑貨屋の露店にロザリーと娘が釘づけになる様子を眺めながらヤグラが隣を見ると、息子の頬が膨れ始めていた。
「ねーパパ、僕つまんない」
 男の子にはわからない世界だと言うのは、ヤグラも通った道なのでわかる。ただ、夫として父として、妻と娘が楽しむ様子を喜んで遮ることもできないのは事実だ。そして息子の不機嫌を解消しつつ男としての忍耐を培わせるのも、父としての役目だろう。
「女性は可愛いものに目がないものなんです、いつかわかる時が来ますよ」
「つまんなーいっ!」
「我慢も大事ですよ? 頑張って待てるなら、夕食は好きなものを作りましょうか」
「! じゃあじゃあ、ボルシチ! がんばる!」
 元気に声をあげた息子の頭を撫でてやる。兄になったとはいえ、まだ子供なので食べ物でご機嫌がとれるというのはありがたいですね、等と思うヤグラである。この手のやり取りは自然と昔から得意なのだ。
「この飾りも可愛いですわね」
「おそろいー♪」
 女性陣の寄り道はまだ長引きそうで、息子の体が少し強張った。
「が、頑張る‥‥っ」
「ロザリー。買い出しに来たはずではありませんでしたか?」
 弱気になった息子のためにもと、一石を投じてみるヤグラ。
「そうでしたわね、じゃあ次のお店ですわ!」
「お洋服ー♪」
 ちっとも効果はなかったようである。
「‥‥‥‥‥パパー」
「デザートも付けてあげますよ」
 息子も頑張ってはいるが、長くはもちそうにない。食料の買い出しは手早く行わなくてはなりませんねと、ヤグラは思案をめぐらせながら息子の手を引き、後を追うのだった。

 帰宅した頃には、お茶の時間もすぐそこまで迫ってしまっていた。ヤグラはまずロザリーの失敗作を一通り確認すると、そのうちのひとつ――膨らみきっていない、ひしゃげたケーキ――を手前に寄せた。
「それをどうするんですの?」
「拝借しますね」
 手伝って頂けますかと問われれば、ロザリーも頷く。なにしろ、急がねば何とも言えない味のお菓子でお茶を飲む羽目になってしまう。子供達の期待を裏切りたくはない。
 ちぎったケーキの欠片をミルクにかるく浸し、果物のジャムと交互に透明な容器に重ねて入れる。その上から、ふんわり泡立てたクリームを絞って花を描き、葉っぱに見立てた木の実を添えればあっという間に見た目も可愛らしく出来上がった。あとは紅茶を淹れればティータイムをはじめられる。きっとストレートティーがよくあうだろう。
「パパ、3つだけ?」
「だけ?」
「本当、どうしてですの?」
 お花のお菓子は全部で三つ。ひとつ足りない事をロザリーと子供達が指摘すれば、ヤグラは微笑んでこう宣言した。
「自分はロザリーが作った分を全部、独り占めさせてもらいますね」

 夕食も一緒に作りませんかと提案されロザリーは迷ったが、子供達のきらきらした視線が再び自分に向いていることに気付くと頷いた。
(せっかくですからこれもひとりで‥‥いえ、それじゃきっと駄目ですわね)
 朝から何度も失敗していることを思い出し、必死にひとりで挑戦したい気持ちを押し殺した。ロザリーの失敗の原因は、思い込んだまま実行してしまうことにあった。例えばレシピにあるような調味料の『少々』も、素人のロザリーにしてみれば、『少しの量を二回入れる』となって匙で二杯と言う意味になる。それで失敗しないほうがおかしいことだったのだ。
 この日の夕食については、材料を切る、鍋をかき回す、調味料もヤグラが別の小皿で計っておいた分を入れるだけという――ロザリー向けのレシピはみつからず、ヤグラの選んだ作戦はこうだった――対策をとることで、無事にボルシチを完成させた。ロザリーの補助をしていたヤグラはサラダやデザート等の副菜も同時に作っている。デザートは娘の好物で、保存用の乾燥果物を餡にした水餃子にシロップをかけた、ペリメニに似たメニューだった。

 ボルシチ美味しいよ! ありがとう! と母を褒めながら食べていた子供達は、今はもう眠っている。二人を寝かしつけたロザリーがリビングに戻れば、片付けを終えたヤグラがソファに座って待っていた。
「どうしましたか、ロザリー」
「あの子達に嘘をついてしまった気分ですわ」
 ぽふん、と力なく隣に座った妻の顔を覗き込み、ヤグラは労うように笑みを向ける。
「間違いなくロザリーが作ったのですから、美味しいに決まっています」
 お菓子だって美味しかったですよと言われても、ロザリーは信じられない。作った自分がよくわかっている。
「お茶菓子だって‥‥全部、ヤグラさんの機転のおかげです」
 よく考えれば、計った様にうまく回っていた気がする。まるでヤグラが一日を全て取り仕切っていた気がするほどに。
「いいえロザリー、あれも間違いなく貴女が作ったケーキが味の決め手なんですよ?」
 ちょっと見た目を整えただけです、にこにこと答えるヤグラは、わかっているのかいないのか。夫の言うことも信じられませんかと正面から見つめられれば、ロザリーも少し浮上する。
「そうでしょうか」
「勿論。‥‥まあ改善の余地はありますけれど」
 無意識に上げて落とすヤグラである。ロザリーは再び肩を落とした。
「やっぱり料理はこりごりですわ」
 でも、また子供達に頼まれれば断らないのだろうと自分でも思う。そして夫に助けられるのだろう。
「自分にできるお手伝いはさせていただきますから、いつでも安心してくださいね‥‥それより。自分はロザリーの料理を食べきりましたよ」
「? ええ、おなかいっぱいですわよね」
 あれだけ失敗して、数がありましたもの。ヤグラは夕食時にもロザリーの失敗作を食べていた。にこにこ笑顔で食べる父を見て、自分達にも頂戴と思わず子供達が言うほどだったが、ヤグラは宣言したとおりに一人で食べきっていた。だがそれがなんだと言うのか。
「そうです。自分はおなかいっぱいにしてもらいました」
 自分『は』‥‥少しだけ強調されたその一文字に、ロザリーは首をかしげる。そして意図に気づいた時には、既にヤグラの腕の中。
「食べきった夫へのご褒美に、今度はロザリーが自分を独占して下さい?」
 耳元にそう囁く吐息がくすぐったい。
「とっくに、しておりますわ」
 首に腕を回せば、心得たように抱きあげられる。
「では、いただきますね」
 ロザリーの頬に軽く口付けを落としてから、二人は寝室へと消えていった。
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2014年03月03日

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