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『戦後の2人、そして未来 』
ミシェル・オーリオ(gc6415)

 夜。それは2月14日へと日付が変わる時刻であった。
「――どうも眠れないわね」
 ミシェル・オーリオ(gc6415)はベットから起き上がった。大き目の布団を思い切り跳ね上げる。
 汗ばんだ体に触れる空気が、ひんやりとして冷たい。ぶるる、と体が震えた。
 窓の向こうでは風が梢を揺らしている。その音は彼女の内側を通り抜けるようであった。
「……」
 ミシェルは心の奥底から、妙な感覚が這い出てくるのを感じていた。
 理由はなんとなくわかる。夫である宴 七段(gb8654)のせいだ。
 七段とは最終戦の直前に出会った。紆余曲折こそあったものの、戦争が終わった後に無事結婚することができたのは僥倖である。
 幸せだった。だが、間もなくして七段は巡業の1人旅に出てしまったのである。
 それ自体は別に構わない。むしろ彼女自身、下手に拘束されず外をぶらぶらできるので悪くないと思っていた。
 それではこの胸騒ぎはなにか。今の今まで、こんな気分を感じることがあっただろうか。
 ――寂しい?
「まったく、私らしくもないわね」
 ミシェルは立ち上がった。
 喉が渇いている。気分が落ち着かないのも、多分そのせいだろう。
 水でも飲めばまた眠れる。そう思って彼女は傭兵食堂に行くことにした。
 道すがらふと、彼女は思い出す。先日、食堂に立てかけてあった少女向け雑誌の表紙。
 それにはファンシーな字体で『恋する乙女の10の特徴』という文字が躍っていた。
 意外と乙女チックな彼女である。どうしても気になって彼女はページを開いた。その時の一文が頭にこびりついて離れようとしない。
 『相手を思って眠れなくなる!』
 今の自分はどうなのであろう。七段の事を思って、眠れなくなっているのではなかろうか。
「ふふ、ホント。私らしくもない」
 呟く。誰にもいない相手に、文句でもつけるように。
 そして彼女は傭兵食堂へとやってきた。深夜のこの時間帯に人気はない。なんとなく持ってきたポーチに彼女は指を触れた。
 水を飲むだけならポーチは必要ない。けれど、何故か持っていかなければならない。そう感じた。
 中には今日の為に用意してきた「あるもの」が入っている。その存在を確認しながら、彼女は食堂に入る扉の鍵に手を掛けた。
 ――そのとき。
「はぁなぁぁも〜、ゆぅき〜も〜、はぁーらぁぁ、え〜ば〜……」
 中からはっきりとした歌声が響いた。
「……この声!」
 朗々と唄う声。その声は充分すぎるほどに聞き覚えがあった。
 急ぎ扉を開ける。深夜にも関わらず鍵が開いていた。
 きぃ、と。
 呑気に唄っている七段に当てつけるよう、彼女は力強く扉を軋ませたのだった。



 謡曲の歌声に導かれミシェルは扉を開けた。そこには一人酒を飲む七段の姿があった。
「――七段?」
 あまりに突然のことで言葉が出ない。彼はたしか、全国巡業の一人旅に出ていたはずだ。
 七段も彼女の登場を予想してなかったのか、一瞬だけ驚いた顔を見せた。今は鳴りを潜めているあたりさすがと言うべきか。
「あら」
 自身の内から沸き起こる感情を抑えつつミシェルは言った。
「ふふ、久しぶりね?いつ帰ってたの」
「今さっきや。なんや起きとったんか、えらい久しぶりやね」
「ええ」
 それだけ。久しぶりの再会の最初に投げかける言葉としてはそれで充分。
 新婚としてはやけにあっさりしているかもしれないが、真っ向から感情をぶつけるのは互いに性に合わないのだ。らしく、ない。
 彼女はさりげなく彼の隣へ座ろうとし、ふと、考えなおして腰を上げる。
「私もそのお酒、貰ってもいいかしら?」
「ええで」
 ミシェルは脇に積まれたコップを取りに行った。テーブルを回り、そして七段の正面に座りなおす。
 非常灯の明かりが、彼の表情をくっきりと浮かび上がらせていた。
「ほれコップ出し。注いだるさかい」
「あら、ありがとう……ふふ」
 酌を受ける。正面に対する彼の表情を眺めつつ、彼女は悪戯っ子のように笑みをこぼした。
「七段、アンタ少し老けたんじゃない?」
「おいおい、いきなり失礼なやっちゃなミシェルはん」
 七段は苦笑した。
「しばらく顔を見てなかったからね。で、またすぐに巡業に出るの?」
「せやな……」
 焼酎を一口含みながら七段は考える。その様子をミシェルもコップに口付けながら眺めていた。
 芳醇な香りが鼻先を抜ける。
「……まぁ、しばらくはここにおると思うで」
 ゆっくりとした口調で彼は言った。
「へぇ、そうなんだ」
 もう一口。くぴり、と彼女は酒を飲みこんだ。
「嬉しいか?」
 身を乗り出しにやり、と笑みを浮かべる七段。彼女は「そうねぇ」と考えるように頬に指を掛けた。
「七段が嬉しいのなら、私も嬉しいわね」
「なんやそれ」
「ふふ」
 ミシェルは相変わらずであった。
「ねえ七段」
「なんや?」
「ここで私たちが何をしてきたか、覚えてる?」
「当たり前や」
 なにを今更、という風に彼は答えた。2つとない仲間たちと語り会う賑やかな日々。
 重要な作戦の話し合いも行った。緊迫した空気で満ち満ちた食堂の風景が目に浮かぶ。
 そして彼らは恋に落ちた。たくさん話をするうちに相手を知るようになり、いつしか付き合いだすようになる。まるで、連理の枝が繋がり合うように。
 しばし思い出話に花を咲かせる2人。その様子は新婚というよりも、まだ付き合い始めのカップルといった雰囲気である。この距離感がミシェルは心地よかった。
 ふと、彼女は手持ちのポーチに手を触れた。
(そういえば)
 今日は2月14日。ヴァレンタインである。
 なんとなく持ってきてしまったポーチ。中にはこの日の為に作ってきた、七段の口に合うように甘みの少ない手作りチョコが入っている。
 今思えば、夜中に目が覚めてしまったことも、チョコ入ったポーチを持ってきたことも偶然ではないのかもしれない。
 この時ばかりは神様の存在を信じてもいいかも――彼女はそう思った。
(……さぁて、どうしようかしらね)
 とはいえ、面と向かって「はいどうぞ」では面白くない。というか恥ずかしい。
 酒が入った七段はすっかり話上戸になっていた。この分だと、翌日には貰ったことも忘れているかもしれない。
 ――やっぱり、明日にしようか。
 そう思い彼女はポーチから手を離すことにした。
 と、
「なあ、ミシェルはん」
 七段は急に顔を近づけてきた。
「ん、なあに?」
「ほんに……俺なんかと付き合うてくれて、ありがとうな」
「なによ今更、ふふ――ふぇ?」
 ミシェルは目を大きく開いた。七段は近づける顔を止めようとしないのだ。
「な、七段……?」
 徐々に近づく顔と顔。彼の思わぬ行動に顔から火が出そうになる。
 それはやがて、ある一点に収束しようとしていた。
(え、ちょ……)
 目の前に迫る瞳にドキドキしてしまう。余裕のある外面が卵の殻のように崩れ、中から乙女の顔が晒されようとしていた。
「……っ。き、キス……ぐらいなら、構わないわよ?」
 もじもじ。
 体を小刻みに動かしながら、ミシェルは少女のように瞳を閉じた。目の前が真っ暗だが、その分周りの空気を否応なしに感じることができた。
 彼の放つ吐息は間違いなく目の前にある。少し、酒臭い。そんなことを考えながら彼の唇を待った。
 だが、いつまで経っても感じられるのは彼の吐息だけである。
 やがて――ごつん!
「痛っ!?」
 いきなり鈍い痛みが額に走った。急に七段が額を落としてきたのだ。
「な、七段!?急にな――」
「……くー」
 穏やかな寝息が耳朶に響く。
 目の前にちらつく星に目まいを覚えつつも、彼女は崩れ落ちる七段の上体を抱え上げた。
「ミシェルはん……もう食えへんよー……」
 七段は寝落ちしていた。
「あらあら、甘えん坊ね?ふふ」
 安心半分、残念半分。そんな感じでミシェルは七段の手から抜け出すのだった。
 規則的な寝息が深夜の傭兵食堂に響く。
 平和が訪れてからここに来る人たちはかなり少なくなった。やがてはこの食堂も、幾年と経たぬうちに閉鎖されてしまうだろう。
 それにも拘わらず傭兵食堂は、今もキレイに掃除が行き届いていた。たくさんの思い出が詰まったこの場所を、乱雑な状態で放置したくない者が意外と多いのかもしれない。
 そんなことを考えながら、彼女は七段を起こさないように再びポーチへと手を伸ばす。静かに空けたチャックを開け、指先を伸ばし、用意したチョコを掴んだ。
「今のうち、かしらね」
 そっ、とチョコを摘み上げ、彼の襟元へ押し込むようにそれを入れるのだった。
 明日起きたら気付くかもしれない。その時にはまた、からかいながらもこの言葉を贈ろう。
「ハッピー、ヴァレンタイン」
 こつん。今度は優しく額を合わせて、彼女は告げた。触れた部分から暖かな、彼の温もりが伝わってくる。
 こうしてじっ、と頭を触れ合せて目を閉じていると、彼の一人旅の様子が目蓋に浮かんでくるようであった。
 日本全国を練り歩く七段、その隣には自分がいる。公演会場ではリハーサルを行う彼を真正面から猫の目のように眺めていた。
 そして本番、彼の話に観客がのめり込むのを、ミシェルは舞台裏から覗くのである。
 ――もうひとり、必要かな?
 勝手な想像が続く。それはいずれ現実となるのであろうか。
「七段。愛してる」
 思わず言葉が漏れた。それは彼女の本心から出た言葉なのかもしれない。
 彼女は包まれるような心地を感じていた。背中に廻される手の感触に彼女はふふ、と少女のような笑みを浮かべるのであった。
「――ん?」
 背中に廻される――手?
「ミシェルはーん」
「げ!?」
 顔を上げる。そこには七段が、面白いものでも見たような表情でこちらを眺めていた。
 その眼は酔っ払いのそれではなく、完全に素面。そう、実は七段は狸寝入りをしていたのだ。
「お、起きてたの……?」
「ああ、全部聞いとったで。かわいいなぁミシェルはんは」
「ぐくぅ……!」
 ミシェルは七段から離れようとした。が、背中を包む手がそれを許さない。じたばたともがくうちに七段は彼女の頬に唇を近づけた。
「寂しゅうさせてすまんなー、俺も愛しとるでーミシェルはん!」
 そうして彼はミシェルの頬に軽くキスをした。ちゅ、という音の響きと同時にミシェルの頬はますます熱を帯びるのであった。
 ミシェルは慌てふためく。しかし、驚くのはこれからである。
「さぁ、って!」
「きゃぁ!?」
 七段はテーブルを勢いよく潜り抜けると、彼女の体を抱きかかえるように持ち上げた。
 いわゆる「お姫様抱っこ」である。
「暴れるなやミシェルはん。今は深夜や、寝とる人起こしたらあきまへん」
 その言葉でミシェルは思わず両手で口を閉ざした。そのまま七段は部屋まで彼女を運び入れる。
 彼は胸元のチョコを枕元に置きつつ、彼女と一緒にベットの上へ飛び込んだ。
「チョコありがとうな。大事に食うさかい」
「もぅ……強引なんだから」
 ミシェルは浮かれる七段の鼻先に人差し指を突き付けた。
「まだまだ。久しぶりに帰ってきたんやで、ところで……」
 七段はミシェルの耳元に口を寄せる。そして衝撃的なことを彼女に告げた。
「ホワイトデーは子供がええか?」
「!?」
 ぼん、という爆発が頭から起きた気がした。
 ――子供?ホワイトデー?それって、これから……。
「あ、えと……」
 言葉が出てこない。どう返事していいかわからないのだ。
 まだ早い?いや、もう2人は夫婦なのだ。誰がその行為を咎めるものだろうか。
 たとえ今日その行為に及んで、もしその結果が後日結実しようとも、祝福されども貶される覚えはない。
 とりあえずこの場の答えは2つである。YESか、NOか。
 NOはあり得ない。では――。
「あの、その……」
 ここは勇気を持って答えよう。あわあわ、と動揺が収まらないながらも彼女は決心した。
 その矢先のことである。
「ま、まだ不束者ではあるけど……アタシも……!」
「……くー」
「え?」
 寝息が聞こえた。
「な、七段?」
「……くー」
 七段は眠ってしまっていた。
 ゆすっても叩いても起きようとしない。試しに頬を引っ張ってみた。起きない。
 今度は本当に眠ってしまったようだ。
「……ふふ。全く、いつも通りなんだから」
 それを確認すると、彼女に余裕が戻ってきた。七段の体をすり抜け、物置に仕舞っていた夫の寝巻を取り出す。
「毛布……と、これ、ね?」
 背に掛ける。そして、彼女は眠る七段の頬にキスをした。
「おやすみ七段。愛してる」
 そして彼女も布団に入る。夜も更け、草木も眠りに付く。
「……絶対……大事にするで……ミシェルはん……むにゅ」
 後には寝言だけが暗闇に溶けだしていた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 gc6415 / ミシェル・オーリオ  / 女 / 外見年齢 25 / ヘヴィガンナー 】
【 gb8654 /   宴 七段     / 男 / 外見年齢 42 /  ハーモナー  】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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発注ありがとうございます。ユウガタノクマです。クマーです。
CTSからは初めてでしたので、世界観は現代日本のようになっていますがいかがだったでしょうか。
節目を迎えたお2人の未来を飾るものであって欲しいと願います。
オープニングとなる冒頭がそれぞれ個別となってますのでどうぞご覧下さい。
もし口調や性格、設定などに間違いがございましたら修正致します。よろしくお願いいたします。
不思議なノベル -
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CATCH THE SKY 地球SOS
2014年03月06日

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