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『言葉とかけて罠ととく 』
木賊 崔軌(ea0592)&所所楽 林檎(eb1555)

 江戸の一角にある罠屋の作業場では、家主で店主の木賊崔軌(ea0592)が新たな仕掛けを作っていた。
(確かこう仕込んだっけか?)
 新たな、と言うには語弊があるかもしれない。崔軌は記憶を辿るように自身のあごに手を当てた。数年前に一度作った仕掛けをもう一度、というのが今見据えている完成形だ。寸分違わぬと思えるほどに再現せねば街の罠屋の名が廃ると言うのもあるが、依頼主が妻の所所楽林檎(eb1555)ということも理由の一つ。半端なものは男の矜持が許さない。
「なーんであの時、作りなおしたんだっけか」
 数年前に作った仕掛けは、その後すぐに別のものに作り変えてしまっている。その理由でも思い出せば仕掛けの細部も思いだすかと、そのまま当時を思い出してみることにするのだった。

「‥‥仕掛けのある玩具と言うのは、できますか?」
 祝言から一年と少し、身重とわかってからは更に後のこと、何か欲しいものはないかと聞いた崔軌に、林檎が答えた返事がこれだ。まだ宿したばかりで気が早くないのかと思い尋ねれば、早くて悪いことはないとすぐに言葉が返ってくる。
「玩具はわかるが、仕掛けって例えばどんな感じだ?」
 具体案でもあるのだろうと更に尋ねれば、またすぐに答えようとして‥‥珍しく言葉を選ぶように視線を揺らす林檎。これはまた貴重な顔を見られたモンだと、内心頬を緩ませながら待った。
「姪が、崔の作る品を興味深く見ていたことがありまして‥‥」
 それが切欠なのですけれどといつもよりゆっくり話す林檎は、まだ言葉選びに迷っているようだ。
 林檎の姉夫婦も同じように冒険者をやっており、そこの娘を時折、林檎が預かり一緒に子守をすることは少なくなかった。確か2歳ほどだったと思うが、なるほど好奇心旺盛な年頃なのは頷ける。そこまで思い返したところで、林檎が再び口を開いた。
「‥‥最終的には、手先の器用な子にしてやりたいと思ったのです。崔の様に」
 だから手や指の動きを促すようなものを。そう言われれば、崔軌が張り切らないわけがなかった。夫の様に育てたい、林檎はそう言っているのだから。
 翌日から崔軌は、時間を作っては玩具作りに充てた。冒険者としての仕事も受けてはいたし、時間に都合がつくとはいえ、罠屋の仕事だってある。弟子への仕込みだって忘れちゃならない等とそれぞれ都合をつきあわせた結果、それまで林檎とゆっくり過ごすために当てていた時間が、少しばかり減った。
「あたしが頼んだことなのですから、何の遠慮もいりません」
 そもそもの理由を見失わないでくださいと厳しい一言。せっかく傍に居てやれる時間なのに悪い、とはじめに言えばこれである。そういや自分の妻である前に黒の僧侶だったと思いなおしたところで、一言からかってみることにする。
「妊婦ってのは妙に寂しがりになるものだとか、よく言ってた気もするが。なあ、林檎先生?」
 依頼で金山に通う林檎は、医者の卵として活動をしている。使える術との兼ね合いもあり、お産の手伝いや妊産婦の世話に長けた女先生として女達から相談事も持ちこまれるようになっていた。今は大事をとって冒険者稼業も休み罠屋で過ごす林檎だが、忙しくしていた時期に時折こぼしていた話を使って指摘してやる。
「それは‥‥っ」
 崔軌の狙い通りに頬を染める林檎。そんな妻の反応に崔軌は満足げな笑みを浮かべた。
「‥‥あたしは、楽しそうに作る崔を見るのも‥‥」
 同じ屋根の下に居るんです、そういう過ごし方も、あたしは好きですから。うつむき囁くような林檎の声を捉え、今度は崔軌が照れる番となった。技術も性分もあればこその罠屋だが、恋女房相手には白旗を振ることもやぶさかではないようだ。

 流石に身重となっては、冒険者稼業などやっていられない。通っていた金山の診療所にもその旨便りを届けてしまえば、他は長期で関わるような案件もなかった。そして林檎は罠屋で過ごすのが当たり前となり、特に作業場の隣の部屋に居る事が多くなった。崔軌が作業場で仕事をする時は、そこから様子を眺めるためである。
(‥‥輝いてますよね)
 仕掛けを前にした時の崔軌は本当に楽しそうにしている。作る時だろうと調べる時だろうと、子供みたいに目を輝かせ、碧の色味も変わったような気がするほど。林檎はもともと緑や碧の色を好んでいたが、好きなものを目にした時の崔軌の瞳の色は、今では一番に好きな色になっている。そしてその碧の内に、自分が映る時の高揚感は他の何物にも代え難いとも思う。
(崔は、多分‥‥)
 夫婦となっても未だに慣れない自分に、年上だからと合わせてくれていると思うことがある。仕掛けを前にする時と、自分を前にする時、眼の色は同じような気がするのに、自分への態度はどこか落ち着いて見える。かといって無理をしているようでもなく、そのままで自分を包んでくれるような感覚だ。だからだろうか、林檎自身が自分に厳しくしたいと思っていても、つい崔軌には甘えてしまう。
「今も目が離せないくらい‥‥好きです」
 声にならないくらいの声で、ぽつりと零す。物思いにふけりながらも見つめるほどに気持ちは溢れているけれど、それを伝える事は林檎にとって苦手分野だ。こうして時折零すことはあっても、直接顔を見て伝えることは、未だ数えるほどしかない。そこまで考えたところで林檎は思考を止めた。一度切り替えなければと軽く首を振って、改めて崔軌の手元へと視線を移した。つい意識がそれてしまったが、頼んだ玩具はどこまで進んでいるのだろう。
「‥‥?」
 崔軌の手が、止まっているような。いや、今小刀が動きだしたようだから、持ちかえただけか。
「後で覚悟しろよ?」
 この部品が出来た後でな。そう言って意地の悪い笑みを浮かべる崔軌の視線に、縫いとめられたように林檎の頬は赤い。
「‥‥聞こえて」
「そりゃあ、な」
 仕掛けにどれだけ熱中していようが、声に出ていれば耳のいい崔軌には聞き取れる。滅多に聞けない言葉に顔を上げれば、ほんのり染まった頬に加えて小さな微笑みまで浮かべる林檎の姿。それはそれで眼福だが、それだけで終わらせるつもりは崔軌にはない。
「膝、予約な」
 だから穂垂の奴はどかしておけよ? パチパチと光を纏う林檎の愛兎――まさに今林檎の膝を独占している――に一瞥をくれながら、崔軌の笑みが深くなった。
「‥‥はい」
 聞かれてしまう可能性を忘れていたわけではないのに。こうして傍に居るだけで、気づけば警戒と言う壁も取り払われてしまっている。それだけ気を許すほど信頼し、愛している証ではあるのだけれども‥‥そこまで思い至った林檎は、素直に頷くことしかできなかった。

 記憶を辿っていたせいか、それともその気恥かしい内容のせいか頬が熱い。手で顔へと風を送りながら、林檎は改めて崔軌の様子を眺めた。そこには数年前に見た記憶に違わぬ――少なくとも門外漢の林檎にはそう見えた――玩具がその全貌を現し始めていた。当時はまだ、仕掛けが細かすぎて赤子の身に余らせてしまうからと一度は反故にされた一品である。
「‥‥はじめに作っていたはずの玩具を、また作って頂けますか」
 先日そう伝えたら、崔軌は悪戯がばれたような顔をしていた。時間もかけて共に居る分、そういった時のおどけたような笑顔も間近で見られるようになってきている。それはともかく、こっそり作り替えていたことがばれて無いとでも思っていたのだろうか。ずっと作業を眺めていたのだから、目のいい林檎が気付かない方がおかしいというのに。
「ま、やってみるかね」
 まったく同じとはいかねえぞ? と今度は茶化すような顔。そんな愛嬌も目を離せないほど愛しいと思うのは‥‥多分、きっと気付かれている。
「‥‥崔? そろそろ休憩にしませんか」
 作業の合間に声をかけてお茶に誘えば、すぐに行くとの返事。ちょうどいい頃合いを見計らうことも今では容易で、自分もすこしは慣れてきたのかもしれないと嬉しくなりながら、林檎は支度をしようと厨に向かった。
「たっだいまー!」
「「ただいまー!」」
 跳ねるような声が戸口から響く。お帰りと声をかける弟子の声にも元気な返事が聞こえたあと、足音をパタパタ響かせながら、小柄な娘が二人の居場所に駆けて来る。
 ガラッ
「おとーさんおかーさん、ただいまーっ」
「「いまー」」
 頭の横でひとつに結った髪は琥珀がかった銀色、父譲りの碧の色を持った娘が外遊びから戻ってきたのだ。去夜と雨夜も、彼女の後ろについて回っていたようで、さきほどからずっと言葉を追いかけ揃って声をあげている。
「おかえりなさい」
 言いながら林檎は湯呑を三つに増やす。
「おうお帰り、今日は何してきたんだ?」
 こいこい、と卓袱台についていた崔軌が招けば、まだまだ膝の上にすっぽり収まるいい具合。
「えーとね、おにわばんごっこ!」
「「ごっこ♪」」
 去夜と雨夜が、何やらポーズを決めている。話を聞く限りでは何人かで集まって敵を倒す、という京都の見廻り組を真似たなりきり遊びらしいのだが。崔軌も林檎も兄弟が多く江戸には親戚が多くいる。年頃の近い子供も勿論含まれ、娘を入れればちょうど五人ほど。何やらきりのいい数字であるが、そのうちの一人の発案だろう。だが江戸の町中、冒険者の多い区域は敵らしい敵――時折、乗りのいい冒険者やそのペットが相手をしてくれるらしいが――に出会うこともなく、大抵は巡回して終わるそうだ。
「へえ、じゃあ町を守る偉い子にはこれだ」
「しかけ? くれるのっ?」
「「くれるー?」」
 未完成ながらも仕掛けとわかるその品に、崔軌と同じように目を輝かせる娘。つい笑顔が浮かぶ林檎は、お茶を淹れつつ言葉を添える。
「お父さんお手製の、あなた用の仕掛けですよ」
「完成までもうちっとかかるが、できたらすぐにやるからな?」
「たのしみ、ありがとー!」
「「たのしみー♪」」

「‥‥あたしも楽しみです」
 娘も寝付いた夫婦の時間、二人きりの寝所でぽつりとそう零す林檎に、崔軌はそうかと頷いた。
「俺みたいのが二人は、騒がしいだけじゃねえ?」
 見てくれは林檎に似て好みに育ってくれてんだがなあ、そう言いながら林檎を腕に収める。言葉少ないままでも通じた意図に喜べばいいのか、状況に恥じ入ればいいのか迷う林檎だが、ひとつだけ思いつく。
「‥‥あたし、妹は多いですから」
 二人くらい困りません。そう意図したつもりだったのだが。
「じゃあ後四人は平気か。逆に抑え役が増えてもイイと思うがな」
 気付いているはずの崔軌は、あえて違う意図を示してからかってくる。
「‥‥っ‥‥」
 ぼう、と黒く光った林檎。はらりと夜着がはだけたと思えば瞬く間に犬の姿に変化して、そのまま崔軌に身を寄せた。少し経てば、元に戻ることは崔軌も勿論知っている。ならば意味する答えは是也。
(俺には充分、素直に見えるぞ?)
 林檎が、未だに不慣れで申し訳ないと思っている事は知っている。だが自分には他と違う態度であることも、人から聞いて知っている。今も可愛らしい妻を、崔軌は毛布ごと抱き込んで横になった。
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2014年03月07日

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