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『It's Wintter Festival〜冬の祭典は大パニック! 』
アメリア・カーラシアjb1391

 それは、とある大手同人即売会の運営委員から届いた依頼だった。その運営委員会が今度開催する、この冬で一番大きな同人誌即売会の、会場の警備をして欲しいのだという。
 その手の依頼は実のところ、久遠ヶ原学園にあっても決して、珍しい、といった部類に入るものではなかった。もちろん、日常的にいつでもある依頼というわけでもないが、要人警護を含む警備一般も、この学園が養成する撃退士には期待されることが少なくはないからだ。
 撃退士といえば基本的に、人の力では到底叶わぬ天魔に対抗できる、唯一の存在として知られている。だからこそ、人の手では決して守りきることの出来ない相手から人々を守れるのも、他ならぬ撃退士というわけだ。
 ――とはいえ世の中にはもしかしたら、その撃退士を大手とはいえたかがイベントの警備に駆り出すなんて、と眉を潜める人も居るだろう。だが、逆にそういった場所だからこそ、もし天魔に突然襲撃されれば目も当てられない惨状になることは、考えるまでもなくて。
 なによりそのイベントをよく知る人から見れば、ある意味、これ以上の適任はないと快采を上げるかも知れなかった。何となれば『そこ』に集う人々は、ある意味では天魔よりも遙かに恐ろしく、強力な存在に相違ないのだから。
 『そこ』にやって来るのは、色々な意味での夢と希望がいっぱいに詰まった、薄くて高い本を始めとする様々な品を売り、また買い求めに集まってくる人々だ。己の身の安全など省みず、この日のために耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、文字通り我が身を削るようにしてイベント会場にやって来る彼らの持つ情熱と興奮は、方向性を誤れば世界すら揺るがしかねないのではないか――と思ってしまうほどに熱く、激しい。
 そんな大勢の人々で毎年おおいに賑わう会場だったから、当然ながら大小さまざまのトラブルにも、残念ながら事欠かなかった。中には情熱に突き動かされるあまり、係員の制止も聞かず、警備員の抑制すら振り切って、文字通り驚異的な力を発揮して欲望の赴くままに暴走する、『ちょっと』困った人もいる。
 だから、そんな会場の警備を常人離れした身体能力を持つ撃退士に――と運営委員会から依頼がきたのは、実のところ、決して大げさでも何でもなかった。とはいえ、そもそも『同人誌即売会』というものがよく判っていない橘優希(jb0497)にしてみれば、とにかく警護するんだよね、という程度の理解しかなくて。

「――警護と、後は何をするんだっけ?」
「来場者の接客や道案内もして欲しいらしいよ〜?」

 確かめる優希の言葉に、にゃはは〜、と笑って応えたのはアメリア・カーラシア(jb1391)だった。その隣ではユキメ・フローズン(jb1388)が、静かな表情で辺りを見回している。
 彼女たちへの依頼には、会場警備と同時に来場者の誘導を行ったり迷子を保護したり困っている人の相談に乗ったりと言った、いわゆるスタッフの役割も含まれていた。その打ち合わせもあるからと、依頼人から指定された訪問時刻は早朝も良いところの、日頃学校に行くよりもまだもう少し早い時間である。
 だというのにすでに会場の周りには、会場時間を今や遅しと列を為して待っている人影が居るのだから、恐ろしい限りだ。よく見れば先頭付近の客は、持参したと思しき何かのキャラクターがプリントされた毛布にくるまっており、さらには折り畳み椅子や携帯ポットも持ち込んでて、ちょっと快適そうだったりする。
 ユキメでなくともつい、『彼らは一体いつから……まさか始発が着いてからずっとそこに居るのか……?』と、驚きの眼差しで見てしまうのは、仕方のないことと言えた。染井桜花(ja4386)が些かうんざりした口調で、まさか、と呟く。

「…私達もあの列に?」
「……いえ……スタッフ用の入り口から、と……」

 依頼人から学園を通じて渡された地図をがさがさ出しながら、秋姫・フローズン(jb1390)がふる、と首を振った。広げた紙に印刷されているのは、デフォルメされた会場建物と周辺の道路、それから『一般入場口』『スタッフ出入口』と記された矢印。
 さっと現在の場所と照らし合わせ、軽く辺りを見回すと、秋姫はスタッフ入り口に向かって歩き出した。そんな彼女の後をついて、残る6人もまだどこか眠たそうに、けれども期待に胸を膨らませた様子で並ぶ人々の横を通り過ぎ、スタッフ専用の入り口へと向かう。
 一般入場口と記されていた正面入口とは違って、スタッフ出入口と記されていたそこは、いかにも裏口といった風情の、日頃から機材搬入などに使われているのだろう、と容易に想像できる一見して殺風景な通路だった。そこに立っていたスタッフジャンパーを着た人に、依頼を受けてやって来た久遠ヶ原学園の撃退士だと告げると、身分証を提示するまでもなく「お待ちしてました」と快く頷く。
 服装の指定はなかったが学園外での任務だから一応と、学園の制服でやって来たからだろう。久遠ヶ原の背服は、知らないものはないというようなものではないが、知る人にとっては何よりも雄弁にその出自を語るらしい。
 こちらです、と案内してくれるスタッフに従い、寒々とした廊下を歩いて運営本部へと辿り着くと、それはより一層強く感じられた。というより、ある種の恐怖を持って訪れた7人に迫ってきた。

「うおぉぉぉぉぉ……ッ」
「撃退士! 本物の撃退士だ……!!」

 久遠ヶ原学園からの、と案内してきたスタッフが告げる暇もなく、運営本部へと足を踏み入れた7人を見た運営スタッフ達は、なぜかそんな歓声を上げたのである。おまけに、じっくりと堪能するような、必死に押し隠そうとしてはいるが隠し切れていないナニカを含んだ視線が、一斉に彼女達の上に注がれたものだから、思わず千堂雅(ja0642)が「ひ……ッ!? な、なんやの……ッ!?」と仲間の後ろに隠れてしまったのも、無理からぬ事で。
 案内して来てくれたスタッフが、明らかな同情の眼差しを雅達に向けながら、「それじゃ私はこれで」とあっさり部屋を出て行った。それにすら気付かない様子で、返事もせずにじっと7人を見つめ続けていた運営スタッフ達は、ふいに今度は彼女達の前で輪になって、「これはこれで……」「だがしかし……」「いやでも……」と相談を始める。
 一体全体、なんだと言うのか。不可解な行動にこっそりと視線を交わしていたら、何やら話がまとまったのだろう、手に手に服のようなものを持った運営スタッフが、緊張と期待の伺える表情でずずいと彼女達の前にやって来た。
 服のような――否、それはまさしく服そのもの。現実世界では到底お目にかかる事のない、例えるならアニメやゲームのキャラクターが着ているような、ファンタジックな衣装。
 おや、と目を見開いて、綾(ja9577)がこっくり首を傾げた。

「ん、それは?」
「その制服も萌えるが、ぜひこっちも着てみてくれないか!」
「……え?」

 そんな綾に応じた運営スタッフの言葉は、実に不可解で、しかしひどく真剣だと言うことが痛いほどに伝わってくるもので。それをどう捕らえれば良いのかと、服とスタッフたちを見比べて、綾のみならず撃退士達はみな、一様に困惑の表情を浮かべる。
 それをどう受け止めたものか、スタッフたちはなぜか慌てた様子で、「いやいやいや!」と上ずった声を上げた。

「もちろん決して! やましい気持ちなどではない!」
「こういった趣旨のイベントだから、スタッフ側もこういったコスプレ衣装を着ていた方が、雰囲気も損ねないしお客様も云々」
「はぁ……」

 拳を握って力説するわりに、当の運営スタッフは誰1人としてコスプレ衣装を身に纏ってはいないのだから、胡散臭さは募る一方だ。おまけに、彼らが持っている件の衣装ときたら見るからに布地も薄そうで、そもそもその布地すら使われている量が明らかに少ないのである。
 その衣装を、自分達に着て欲しい……? ちら、ともう一度服を見て、その様子を想像してみた雅は、そのままピキーン、と固まった。

「こ、これ着るん……?」

 恥ずかしい。どこもかしこも恥ずかしすぎる。
 だから救いを求めるように、上ずり震える声で思わず呟いた雅はその途端、より一層リアルにスタッフの持っている衣装を着たところをイメージしてしまって、顔が真っ赤になった。そうして同意を求めて、おろおろと桜花と綾を振り返る。
 だが、振り返った先の2人はもちろんの事、他の友人たちにしても、雅ほど動揺している者は居なかった。どころか、早くも優希が率先してスタッフ達のところに歩み寄り、「じゃあ僕はこれで」と用意された服の1着を手に取ったではないか。
 そんな優希に続いて秋姫やユキメ、アメリアもそれぞれに用意された衣装を手に取った。もちろん、桜花や綾だって例外ではない。
 あぅあぅ、とそんな友人たちを言葉もなく、口をパクパクさせながら見守る雅に、にゃはは〜、とアメリアが笑った。

「まぁ良いじゃん、雅ちゃん。着替えるだけだしさ〜」
「滅多にない機会よね」

 アメリアの言葉に、ユキメもこくりと同意する。もちろん、こんな衣装を着る機会がそうそう日常的にあっても困るのだが。
 うぅ、と雅はそんなアメリア達をぐるりと見回した。残された服はあと1着。どれを選んでも露出度は相当なものだったが、残されたそれもまた、短パンにお腹は丸見せのチューブトップと言う、眩暈がするほど大胆なもの。
 とはいえ皆が着るのなら、自分1人だけ抵抗しても仕方がない。覚悟を決めて雅はその、残された衣装を手に取った。

(桜花さんも一緒やし、うん……)

 緊張と不安と周知でぐちゃぐちゃな思考を、必死にそう言い聞かせて落ち着かせようとする。それに必死になっていたから、運営スタッフたちの驚いたような呟きが耳に入らなかったのは、きっと幸いだった。

「え……ほ、ホントに着てくれるのか……?」
「……着なくて、良いのなら……制服で……」
「いやいやいや、ゼヒ! ゼヒ着てくださいお願いします!」
「俺たちの夢!」
「俺たちのロマン!」

 ちろ、と視線を向けた秋姫の言葉に、なぜか運営スタッフたちは一転して、平身低頭頼み込む姿勢になる。文字通り彼女達の前に頭を下げて、拝み倒す勢いだ。
 まだぐるぐるしている若干1名を除いた秋姫たち6人は、知らず顔を見合わせてひょいと肩を竦める。彼女たちがコスプレ衣装で会場警備に当たる事になったのは、つまり、そんなわけなのだった。





 そんなすったもんだの末に、世に『冬の祭典』と呼ばれるイベントは幕を開けた。
 入場が始まると同時に、スタッフを押し退けんばかりの勢いで駆け込んできた来場者達に、入場係を担当する事になった優希はぎょッと目を見張った。来場者が来たら挨拶と各ブースへの順路を説明するだけ、と聞いていたけれども、こんな事態はまったく想定外だ。
 慌てて優希は他のスタッフと一緒に、文字通り嵐のように押し寄せてくる来場者対応に当たる事にした。文字通り嵐のように押し寄せてきて、僅かな隙間に身体を捻じ込んで先に進もうとする人々を、必死に押し返しながら声を張り上げる。

「押さないで下さい! 並んで進んで下さい……ッ!」

 これでもアウルに目覚めている身体だ、身体能力は一般人のそれより遥かに優れているはずなのに、本当にそうなのかと思わず自分自身を疑ってしまうくらい、彼らの勢いは恐ろしく、凄まじかった。始まるまでは、何やら大きなイベントらしいがそうは言っても簡単な警備&接客だと思っていた自分に、叶う事なら忠告をしてやりたいくらいだ。
 とはいえもちろん、そんな客ばかりではない。というより、最初の勢いをある程度やり過ごすと、もはや急いでも無駄だと思っているのか、そもそも急ぐつもりもないから後方に並んでいたのか、入場者の足取りものんびりとしたものになった。

「レンジャーさん、頑張って下さいねー」
「あ、ありがとうございますー」

 時折、来場者が優希の着ている衣装に目を留めて、そんな声をかけてくれる。それに笑顔を返しながら優希はしみじみ、この服で良かった、と考えた――あの時、運営に用意されていた衣装はほとんどが女物で、男物はこの1点だけだったのだ。
 コスプレ自体は恥ずかしかったものの、ぐずぐずしていて女装せざるを得ないような羽目にもなりたくない。その一心で真っ先に男物を選んだこの服装は、某有名オンラインゲームのキャラクターのもので。
 そのゲームを知っている来場者がこうして、声をかけてくれる。あまり人前に出たくないと希望したら、入場係ならお客様も通り過ぎていくだけだから、とこの配置を進められたのだが、それでもこれほど注目されるのだから女装なんてした日には確実に、心に消えない傷がついたに違いない。
 改めてほっと胸を撫で下ろし、前を通り過ぎていく来場者に挨拶と、ブースへの道順をアナウンスする。入場者の列はまだまだ、途切れる様子も見えない。
 となればもちろん、多くの来場者が集ったイベント会場もまた、同人誌を買い求める大量の人であっという間に溢れ返った。もちろんブースによって込み具合に違いはあるが、それでも概ねどこを見ても、人、人、また人である。
 それらの人々が放つ情熱はまるで、暖房が入っているとはいえやはり肌寒さは拭いきれないイベント会場を、あたかも夏に染め上げるかのようで。それに素直な驚嘆を覚える一方で、これほどの情熱をイベントに注ぎ込む人々に、ちょっとした恐ろしさも感じたりする。
 そんな事を話しながら人で賑わう会場を巡回していたユキメとアメリアは、コスプレ広場に差し掛かったところで、ん、と足を止めた。まだ開場して幾らも経っていないというのに、すでに壁際などには様々なコスプレをしたコスプレイヤーが居て、その前にはカメラマンの列が出来ている。
 その、一角。彼女らが着ているのと同じ、某有名オンラインゲームの某キャラクターの衣装を身に着け、髪型や小道具までそれっぽく整えたコスプレイヤーの所で、ちょっとした騒ぎが起こっていた。

「あ、ダンサーだ! 踊ってるとこお願いしま〜す」
「おい、ちょっとあんた。ちゃんと並べよ!」
「ああもう、煩いなぁ、邪魔しないでよ。あ、ダンサーさん、次はこう、両手を挙げてお願い!」

 恐らく人気のあるコスプレイヤーなのだろう、結構な列になっているカメラマン達の一番前に割り込んで、いきなりカメラを向けた男。周りが嫌な顔になって注意するのも聞かず、困り顔のコスプレイヤーに次々とポージングを要求している。
 やれやれ、とアメリアとユキメは顔を見合わせた。そうして無言で頷き合うと、アメリアが素早く男の傍に歩み寄り、カメラを有無を言わせず取り上げる。

「な……ッ!? 返せよ!!」
「って言われてもな〜。まぁ、ごめんね〜? ユキメちゃん、任せた〜」
「割り込みは禁止事項よ?」

 怒りの表情を浮かべ、取り返そうと飛び掛ってきた男をひょいと軽やかに交わして、アメリアは手の中のカメラをポーン、とユキメに投げた。それを危うげなく受け取めたユキメが、表情を変えることなく、静かに男に注意する。
 2人の言葉と行動に、困ったカメラマンは怒りで顔を真っ赤にした。が、すぐにユキメとアメリアが、同じゲームの衣装を着ていることに気付いてぱっと顔を輝かせる。

「修羅とメカニックだ! ポーズお願いします! そうだ、せっかくだからあのダンサーさんと!」
「断るわ」
「私もお断り〜」

 まったく懲りてないカメラマンに、2人は呆れて言下にそう言った。写真を撮られる事自体は構わないにせよ、そもそもルールを無視している相手に一体どうして、サービスをする必要があるだろう。
 すげなく断って、カメラを返すには運営ブースまで来るよう告げた2人に、周囲のカメラマンから賞賛と感謝の眼差しが向けられた。「あとで1枚お願いします!」「あの、あの、俺も!」と言う申し出には、もちろん、と快く頷く。
 そうして困ったカメラマンを連行して歩き出した、ユキメとアメリアの向かった先の会場では、設置されたインフォメーションブースで来場者へのアナウンスに務めていた秋姫が、ちょっと、と声をかけられていた。

「……何……でしょう……?」
「このブースへの行き方が解らないから、案内してくれない」

 振り返ってこくりと首を傾げた秋姫に、そう告げたのは左手に人を殺せそうな分厚いカタログを易々と持ち、右手で会場内マップを示している男性客だった。確認してみると、秋姫の居るインフォメーションブースからはそう遠くない。
 カタログだけではなく、イベント会場の各所にもマップは掲載してあるし、要所要所に現在地を示す記号や数字も張り出してあるのだが、大勢の人で溢れ返る賑やかな会場では、それらは見落とされがちだ。そして夢中で歩き回っているうちに、現在地がすっかり判らなくなってしまった――という人が、男性以外にも何人もブースを訪れている。
 秋姫は男性に小さく頷くと、他のインフォメーションスタッフに案内をしてくると告げてブースを出た。そうしてコピー用紙に印刷された会場内マップを広げる――とっくに会場内配置は記憶しているけれども、万一の際の備えは大切だ。
 そうして男性の先に立ち、人混みをひょいと器用にすり抜けながら、秋姫は男性の目指すブースに向かって歩き始めた。

「こちら……です……」

 イベント会場となっているのは、幾つもの建物で構成された巨大な会議場だ。しかもワンフロアでも端から端まで歩くのに5分はかかるような広さなのに、それを何フロアも借りているのだから、イベントとしては恐ろしく広い。
 その広い会場と、ざわめく人の波を潜り抜けて男性が求めていたブースへと辿り着くと、彼は秋姫に手短に礼を告げて、早速サークルを見て回り始めた。それにほっと目を細め、インフォメーションブースに戻ろうとした秋姫は、ふと足を止めて眼差しを巡らせる。
 その、先。こういった同人誌即売会イベントでは壁サークルと呼ばれる、参加サークルの中でも比較的大手で人気のあるサークルが並んでいる辺りで、激しい口論をしている2人の客が、いた。

「注文したのはこっちが先だよ!」
「いーや、こちらが先!」

 お互いそう言いあって一歩も引かない男女の間では、1人の女性が困った様子で、2人をおろおろ見比べている。その手に持っているのは彼女のサークルが発行した、夢と希望のつまった薄くて高い本――その、最後の1冊だ。
 在庫がなければ別の場所で購入するとか、書店で気軽に取り寄せてもらう事が出来る一般書籍とは違い、こういった自費出版は基本、売り切れたらそれっきりだ。中には委託販売を行っていたり、再販をするサークルもあるけれども、それにだってもちろん限度はある。
 ゆえに、ただでさえ夢と希望を求めて全国各地から遠路はるばるやって来た参加者が多い中、その最後の1冊ともなればつい必死になってしまうのは、十分に同情の余地のある事だった。とはいえ、だからと言って度を過ぎた諍いが、許されるわけでもない。
 彼らの仲裁に入らなければと、動きかけた秋姫の視界を横切るように、別場所でのトラブルを解決していた綾と桜花が急ぎ、駆けつけてきた。その後ろから「お、桜花さん、綾さん〜……」と恥ずかしそうにしながら、雅も必死に走ってくる。
 そうして騒ぎの中心までやってくると、桜花は言い争っている男女の間に割って入るように、2人の間を遠ざけた。同時に綾がちょっと怖い顔を作って、ダメよ、と注意する。

「イベント会場ではトラブル禁止よ?」
「でも……!」
「だって……!」

 もっともな綾の注意に、けれども男女はそろって不満を口にした。自分達のやっているのがマナー違反だ、と言う自覚はいちおうあったのだけれども、それを面と向かって注意されるとどこか、反発したくなってしまうのだろう。
 ふぅ、と桜花は2人の反応に、細く深い息を吐いた。これで大人しくどちらかが引いてくれれば丸く収まるのだろうが、この様子ではどちらが引いたとしても、禍根は残ってしまいそうだ。
 とはいえ、トラブルはトラブル、マナー違反はマナー違反。困り顔のサークルの女性をちらりと見ながら、桜花は毅然とした態度で口を開いた。

「……お客様方。……運営ブース。……まで」
「な……ッ」

 桜花の言葉に、気色ばんだのは男性客の方である。運営ブースまで、ということはつまり、場所を移して厳重注意を受けるか、最悪は会場を追い出されてしまうということで。そこまで至らなかったとしても、この場を離れてはせっかく見つけた同人誌が、誰か見知らぬ客に買われてしまうではないか。
 そんなことは許すまじ、と男性客は一瞬で頭に血を昇らせて、桜花へと掴みかかった。無我夢中な部分も大きかったが、恐らくは、桜花が見るからにしとやかな女性であって、男の自分が力で負けるはずはない、という打算もあっただろう。
 だが、それは大きな誤りだと言う事を、男は身をもって知ることになった。もちろん彼は知らぬことだが、そもそもアウルに目覚めた者が格闘の心得があるわけでもない一般人に負ける事はほとんどないし――何より撃退士としても、武道者としても鍛錬を積んだ桜花が、我武者羅に挑んでくるだけの男に負けるはずは、なく。
 男が向かってくる勢いをそのまま利用して、桜花はふわり、自分よりもはるかに大きな男の身体を宙に飛ばした。えッ!? と周囲から驚きの声が上がる中、背中からどすん! と床に落ちた男に、素早く駆けよった綾がそれ以上の動きを封じる。
 そんな2人の傍に歩み寄り、桜花は床に落ちたまま動けずにいる男の目をじっと見つめた。そうして小さく微笑んだ瞬間、ぽッ、と男の頬が赤く染まる。

「……おやめください」
「は、はい! ありがとうございました!」
「じゃあ、一緒に運営ブースまでお願いね♪ そっちのお姉さんも」
「あ、はい……」

 相手の女性客にも声をかけると、こちらも呆然とした様子ながら、綾の言葉にこくこく頷いた。そうして騒がせたことを他の来場者やサークル関係者に詫びる、桜花と綾に雅はほとんど、うっとりとした眼差しを注ぐ。
 そんな雅の肩をとんとんと叩いて、声をかけてくる誰かが居た。

「しゃ、写真……いいですか……?」
「しゃ、写真!? うちの!?」

 その言葉に、一揆に冷水を浴びせられたような心地になって雅は、剥き出しになっている腕やお腹を慌てて隠そうと身悶えする。というより、そんな恥ずかしい恰好をしていたことをこの、カメラを手にした男の言葉で思い出す。
 日ごろから、肌を露出するような格好には慣れていない雅だ。1人で行動するのが嫌なこともあって、だからずっと桜花と綾の傍を付いて離れず、何かあるたびに彼女達の後ろに隠れて、フォローしてもらっていたのである。
 だが今、すぐ傍には綾も桜花も居なくって。しかもこんなに露出の高い、恥ずかしい恰好をして、いて――

「うち……うち、その……お、桜花さぁん……!」

 何とか断りたいと思いながら、どうにも自分ではうまく言葉を紡ぐことが出来ず、雅はくるりとカメラマンに背を向けると、慌てて桜花達の所まで脇目も振らず走って行った。そんな雅に気付いた2人が、おや、という顔で振り返り、置いてきぼりにされて呆然としているカメラマンに軽く頭を下げる。
 何もない時なら一緒に写真を撮られても良いのだが、今は運営ブースまで男女客を連れていかねばならない。だがそうして幾らも行かないうちに、次々と『どこそこのブースでスケブで無茶言ってる客が居るらしい』とか、『個室トイレを休憩室代わりに使って出て来ない人が』とか、トラブルが耳に入ってくる。
 やれやれ、と溜息を吐いた――幾ら大きなイベントとはいえ、どうしてこうも次々と問題が起こるのだろう。果たして無事に、この依頼を完了することが出来るのだろうか――それは、会場のあちらこちらに居る撃退士たち全員の、偽らざる気持ちだった。





 そんな風に始まった同人誌即売会イベントは、次の日以降もやはりトラブル満載だったものの、何とか最終日を迎えることが出来た。閉会を告げるチャイムが鳴り、アナウンスを掻き消さんばかりの盛大な拍手が沸き起こった瞬間には、撃退士達もまた共に拍手をしながら大いに胸を撫で下ろしたものだ。
 とはいえ、彼女達の仕事はまだ終わってはいない。閉会したら今度は、ずるずると居座ろうとする来客を見つけては会場の外まで連れて行き、不審物を含む忘れ物がないかを他のスタッフと手分けして見て回る。
 そうしてやっとすべてを終えて、依頼完了の報告をしに行った彼女達に告げられたのは、『せっかくなので最後に皆さんの写真を撮らせて下さい!』という、運営スタッフ全員の要望だった。

「写真、ですか?」
「はい、是非! 記念に!」

 全員を代表するように、尋ねた優希に尋ねられた運営スタッフは、ぶんぶんと全力で頷く。実のところ、撃退士達にコスプレをお願いしたことと言い、彼らはこの3日間とにかく、『あの撃退士が居る!』と言う興奮と必死に戦っていたのである。
 何しろ撃退士と言えば、アウルの力を操り強大な敵と戦うという、いわばテレビやアニメ、ゲームに出てくるヒーローそのものと表現しても間違いではない。だから、生まれ変わったらゲームの主人公になりたい、と言ったような憧れを抱く者すら存在する『ここ』に、これ以上にふさわしい存在は居ないかも知れず――そしてそれは、運営委員会のメンバーも何ら変わることはないのだ。
 もしかしたら今回の依頼すら、『ついでだからこの機会に、普段はあまり目にすることのない撃退士を間近で見ちゃおうぜ☆』というミーハー心があったかもしれない。とまれ、頼まれた撃退士達は一応顔を見合わせはしたものの、良いですよ、とこっくり頷いた。
 なにしろこの3日間、あちらこちらで何度も写真を求められたものだから、雅すら恥ずかしさも超越し、最初は指定がなければ何も出来なかったポージングすら、何とかこなせるようになっている。まして他の6人は、すっかりポージングもお手の物だ。
 ゆえに彼女達はそれぞれに、このイベント中に何度も撮ったポーズを運営達の前でも披露した。身に着けた衣装の元となった、踊り子をイメージしたポーズを決める綾の傍では、優希が笑顔を浮かべて何かに呼ばれたように振り返ったポーズをとる。聖職者、と言うにはかなり露出の多い衣装の秋姫が小道具の杖を両手に構えた前には、ユキメとアメリアがまるでお揃いのような、上位を脱ぎ放った大胆な衣装で「これで良いかしら?」「こんな感じかな〜?」とポーズをとる――といった具合。
 そうして、今やカメラマンとなった運営スタッフ達の求めに応じて、彼女達は幾度もポーズを変え、配置を変えて写真を撮られ続けた。一体、このイベント中にどれだけ取られたものか、もはや誰も覚えていない。
 撃退士達の今回の任務は、こんな風にして何とか無事に、幕を下ろしたのだった。


 ――後日、その写真がさるルートで高値で取引されたとか、されなかったとかいう噂が流れたのだけれども、それはまた別のお話である。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

● ja4386 / 染井桜花
● ja0642 / 千堂雅
● ja9577 / 綾
● jb0497 / 橘優希
● jb1388 / ユキメ・フローズン
● jb1390 / 秋姫・フローズン
● jb1391 / アメリア・カーラシア

<参考ピンナップ>
http://t-on.jp/omc_gallery/gallery.cgi?id=235366

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
初めまして、蓮華・水無月でございます。
この度はご指名を頂きましてありがとうございました。

皆様で赴かれましたとある同人誌即売会での物語、如何でしたでしょうか。
ゲームのキャラクターが身に着けている衣装というのは、実際に着るのは恥ずかしいような気がするのですが、ちょっぴり憧れる瞬間もなきにしもあらず、だったりします。
ちなみに蓮華がコスプレと言う文化に初めて触れたのは、友人2人のコスプレ衣装作成を手伝った折でした。
うち1人が裁縫が出来ず、残る1人が睡魔に沈没し、なぜか最後まで針を握って必死に仕上げたのも、今となっては良い思い出です(着ませんでしたが←

何やら筆の向くままに、とっても気持ち良く()書かせて頂いてしまいましたが、イベントの楽しい空気が僅かなりとも伝われば幸いです。
皆様のイメージ通りの、賑やかでトラブル満載なノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
PCスペシャルノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年03月10日

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