▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『突撃、バレンタイン! 〜突撃レポーター編 』
大狗 のとうja3056


●今日は何の日

 穏やかな日常は突然破られるのが常である。
 お昼前の穏やかなひととき、花見月 レギは炬燵の上に新聞を広げてくつろいでいた。
 テレビ画面の中では笑顔の女性がフリップを掲げる。
『今日は何の日〜?』
 そこでレギは顔を上げた。
 次第に大きくなる、廊下を駆けて来る足音にはどこか聞き覚えがある。
 そう思った瞬間、玄関ドアが激しく開く音。
 レギは腰を上げて玄関へと急ぐ。

「今日は何の日怨念嵐の前日だ!」
 玄関先で胸を逸らす大狗 のとうの満面の笑みに、レギは穏やかな微笑で応えた。
「やあのと君。いらっしゃい、だ」
 その端正な口元に、いきなり突き出されるのは余りにミスマッチな物体。
「いい匂いだ、ね。でもこれはどうしたの……かな?」
 鼻先に迫る串焼きスルメにさすがのレギも戸惑う。
「ん? さっき貰った!」
 のとうが突き出すスルメにはうっすらと『突撃おまえのバレンタイン』の文字。
「っつーことでバレンタイン前どうお過ごしか?!」
 のとうは笑いながら、インタビューのマイクよろしく更にレギの口元にスルメを寄せる。
 首を傾げ何かを思い出そうとするように、レギが軽く眉を寄せた。
「何だろう。即座にかつ間違いなく元ネタが知れる感じの語呂なのに、何か違和感が」
「にゃははは! 細かい事は気にするな!」
 靴を脱いで上がり込むのとうの後を歩きながら、まだレギは何かしら考えこんでいる。

 そんなレギにお構いなしに目指す部屋へ一直線ののとうは、目的の物を見つけて歓声を上げた。
「おー、よかった! 炬燵がまだあったのぜ!!」
 スルメを齧りながらのとうが炬燵に潜り込む。彼女を待っていたかのようにほかほかだ。
 そこでポンと手を打ち、レギが明るい表情になる。
「ああ、わかった、よ。二人称と三人称が入れ替わっていたんだ、ね」
 まだスルメの文面を考えていたらしい。寧ろ違和感のあるのは後半だが、それはさておき。
「うん? 君はおやつを食べに来たのか」
 炬燵に潜り込みスルメを咥える、『妖怪こたつむり』と化したのとうにレギが笑う。
 一方のとうはにゅうっと炬燵布団から首を伸ばして、キッチンに並ぶ品々を見渡した。
「何か作ってるところだったのかにゃ?」
 レギが顔をほころばせた。
「ああ。バレンタインを口実に、ね。2月の頭から、お世話になっている人に出会う度、一つずつお菓子を配っているよ。ハロウィンみたいでいいな」
 レギはそう言うと、大きな鍋に水を入れ火にかける。
 突然のプレゼントも悪くないが、やはり何か切欠がある方が相手も受け取りやすいだろう。
 そもそもバレンタインが女性から男性が主とされるのは日本だけだ。
 日頃親しくしている相手に、堂々とプレゼントを渡せる日は貴重なのである。


●安全第一

 スケールを厳しい目で睨んできちんと分量を量り、必要な材料を小分けにして容器にとりわけて。
「ほーん、チョコ作るの?」
 丁寧に作業を進めるレギを、こたつむり・のとうが面白そうに肘をついて眺める。
「なあレオ」
「何?」
 少しの違和感と少しのドキドキが籠るのとうの呼びかけに、レギが少しだけ手を止めていつも通りの笑顔を向けた。
 レギだって嘘っぱちの名前じゃないけど、本当の名前を教えてもらったからにはそちらの方で呼ぶのもいい。
 のとうはふにゃりと笑う。
「見てていい? 俺も何かする?」
「見るのはもちろん構わない、よ。のと君も何か作りたくなったら、こっちへ来るといい。一緒に作ろう」
 のとうだって作るのが嫌な訳じゃないけど、作業するレギを見ているのがなんだかとても楽しいのだ。
 だから返事の代わりに、笑いながらもぞもぞと炬燵へと後退する。

 レギが小さくくすりと笑うと、作業に戻る。
 作っているのはチョコチップクッキーとチョコマカロンだ。
 マカロン生地は既に焼きあげてあり、冷ますばかり。その間にマカロンに挟むガナッシュクリームを準備する。
 生クリームを器に入れ、電子レンジで温めようとしたところで、のとうが真面目な声で言った。
「レオ、電子レンジ使うならちゃんと爆発対策しとくんだぞ。ボウルである程度防げるから」
「レンジが、爆発?」
 思わずレギの手が止まる。そんな事が起こりうるのか?
「そうなったとして、ボウルで防げる、か?」
 レギは手元のボウルをしげしげと眺めた。アルミ製で軽い分、防御力にはかなり難がありそうである。対レンジ爆発用ジュラルミン製ボウルなども実は売ってるいるのか?
「ないよりましらしい。卵とか、飲み物とかも要注意だにゃ」
 重々しく頷くのとう。
 どうやら爆発事故防止ではなく、負傷防止の楯の意味か。そして爆発するのは正確にはレンジではなく、中身のようだ。
「君は本当……アグレッシブだな」
 レギはのとうの忠告に従い、レンジでの加熱は控えめにし、後は鍋での加熱を主体に切り替える。


●お菓子の行方は?

 やがてチョコレートの甘い香りが部屋いっぱいに広がる。
 ついにのとうもその匂いに呼び寄せられ、もぞもぞと炬燵から這い出した。まるで脱皮かヤドカリの引っ越しである。
 キッチンに立つレギの手元を、邪魔にならないように、けれど熱心に覗き込む。
「ふーん、チョコレートのお菓子って、家で作れるものなんだな」
 そう言いながら、のとうは持参した抹茶風味のクリームがついた細長い菓子を齧った。
「簡単なものならね。材料次第で、好みの味になる、よ。チョコレートは結構、味が違うから」
 レギはおしゃべりしながらも、手際良くチョコチップクッキーの生地を鉄板に広げる。魔法のように同じ大きさ、同じ厚みの生地が幾つも並んで行くのは壮観だ。

 面白そうに作業を眺めていたのとうが、不意にぽつんと呟いた。
「それってば、君の彼女にあげる分?」
「彼女?」
 予想もしていなかった言葉に、思わずレギが手を止めてその意味するところを考え込む。
「ほれ、あのキスマークの。良い彼氏だな君は」
「キスマーク……?」
 ニヤリと笑って見上げるのとうに、レギは困惑の表情だ。
 暫く何の事かと考えていると、まるでレギの脳内の音のように余熱完了の合図がチン!
 レギが目を見開いて、のとうに顔を向ける。
「ああ、それは間違いなく間違いだ」
 おそらく以前、依頼で更生させた彼女の事を言っているのだろう。
 確かにハプニングはあったが、それはレギにとって恋愛感情などの特別な意味を持たないことは明らかだ。
「知人の類だから見かけたら渡すだろうけど。彼女などと呼べるものではない、よ」
 説明するレギの顔からいつしか笑いが消えて、真面目くさった表情になる。
「今日作るのは全部、君のお腹に入るぶ」
 そこまで言ったところで、のとうが持っていた細長い菓子が纏めて数本、レギの口に突っ込まれた。
 鉄板を持つ両手が塞がっているのでは避けようがない。
「よしよし、期待してるからにゃ。その意気で頑張るのだぞ」
「もが……」
 新手の攻撃か。相変わらずのとうの行動は予測不能だ。


●心友を想う

 のとうはキッチンを離れ、再び炬燵に潜り込んだ。
 恐らくのとう自身、彼の返答は分かっていた。
 もしも本当に彼女ができたとしても、レオンになった元レギが、のとうにとってかけがえのない『心友』である事に違いはない。
 いきなりドアを開けて家に飛び込んできても、お菓子を口に突っ込んでも、びっくりしたように眼を見開くだけで、笑って受け入れてくれる。面白がってくれる。
 のとうの突飛な行動をそんな風に受け止めてくれる、数少ない人。
 波長が合う。考え方が似てる。そう思う事は沢山ある。

 けれど似ている程、小さな違いにも気づくものだ。
 チョコチップクッキーだって、同じレシピで作っても、ほんのちょっと材料を変えるだけで味が変わってしまう。
(君はそんな、小さいけれど変えようのない違いを、どう捉えているのだろうね)
 今はとても近くにいて、同じ物を見ていても。俺は俺で、君は君。
 だって君はいつの間にか、自分の中にあった色んな物を受け止めて、どんどん変わっていくじゃないか。
 変わらないレギは確かにそこにいて、変わっていくレオンも一緒にいる。
 その変化は不思議で、けれど変わらない物があるからこそ安心して興味深く見ていられる。
 ……まぁ、難しい事は今は良いのだ。
 まるでペアでダンスを踊るように。
 レオが相手なら、多少めちゃくちゃに踏み込む爪先も、上手に受け止めてくれるのだから。


●甘い香りに

 視線のプレッシャーがいつしか消えていた。
 ふとその事に気付いて、レギは作業の手を止めて炬燵の方を見る。
 重ねた両腕の上に頭を乗せ、とろんとした目になったのとうが沈没寸前だった。
「のとう、そんな寝方をすると腕が痺れるし、風邪をひく、よ」
 手を洗い、レギはクッションと毛布を持って来てやる。
「おー……眠くなってきたのにゃ。この温もりには抗えねーのな……」
 大きな子供のように平和で穏やかなのとうの顔に、レギの目に優しい光が浮かぶ。
「そんなに眠いなら少し眠ると良い、よ。起きた頃にはお菓子もできている」
「うむ、出来たら起こしてくれ、なー……」
 のとうは暖かい毛布に顔を埋め、隙間から片手の先を少し出して小さくひらひらと振った。
 直ぐにその手もパタリとクッションに落ちて動かなくなり、安らかな寝息をたてて、のとうは眠りに落ちる。

 レギはいつも以上に静かな所作で立ち上がり、キッチンに戻ると作業を再開する。
 甘い香りの漂う部屋、平和な眠り。
 最後の仕上げが終われば、焼きたてのチョコチップクッキーとマカロンをお皿に並べて。
 お茶の支度が整ったら、のとうを起こしてあげよう。
 きっとお茶を飲みながら、奇想天外で素敵な夢の話を聞く、楽しいひとときになるに違いない。


 先の事は誰にも分からない。
 けれど、優しい時間を共有する相手が今ここにいるのは間違いのない真実。
 ――今はそれだけでいい。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ja3056 / 大狗 のとう / 女 / 19 / 突撃リポーター?】
【ja9841 / 花見月 レギ / 男 / 27 / 疑惑の渦中の人?】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
またのご依頼誠に有難うございます。
今回は意外な(?)エピソードも出てきて、こういう点で突っ込みを入れるのとうさんがちょっと新鮮に思えました。
今回も心友達の時間が、上手く書けていますように。
尚、『心友を想う』の段落が併せてご依頼いただいた分と対になっております。
一緒にお楽しみいただければ幸いです!
不思議なノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年03月10日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.