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『特別なチョコレート 〜ほろ苦く、ほの甘く。 』
森田零菜jb4660




 バレンタイン・デー。それは日本では毎年恒例の、チョコレートを巡る悲喜こもごもが入り乱れる日だ。
 だが加賀島 轟にとっては『無料で食料が貰える日』という程度の認識にすぎない。
 目つきが鋭くぶっきらぼうな物言いの轟は、一見近寄りがたい雰囲気を漂わせている。寧ろ面倒な手合いが近寄ってくる事の方が多いのだが、意外にも面倒見のいい一面を持っていた。
 そんな意外性は、好感度が高いものである。
 というわけで、放課後までにはかなりの数の『日頃のお礼』なる義理チョコや、義理と呼ぶには余りにも気合の入った包みのチョコレートが、轟の元に集まっていた。
「ここで全部食って帰る訳にもいかねえか」
 轟は何とかチョコを紙袋に詰め込み、カバンと別にぶら下げて席を立つ。

 だが教室を出たところでも、下級生と思しき女子学生が待ち構えていた。
「あの、これ……!」
 差し出された可愛いラッピングの包みを、轟は無造作に受け取る。
「おう。ん、これ、チョコか。わざわざサンキュ」
 女子学生はそこで、じゃあさよなら、とは言わなかった。
「えっと……センパイ。今日この後、なにか予定とかありますか……?」
 上目遣いでほんのり頬を染める女子学生。だがお構いなしにいつも通りの調子で返す轟。
「……この後の予定? ああ、すまん、家に帰って寝る」
「あっ、そうですか……」
 バレンタインデーの当日に、『義理じゃない事は分かるよな!』という気合を醸し出すチョコレートを受け取って貰えた時点で、多少は色よい返事を期待していたのだろう。女子学生が天国から地獄の様に表情を変えるが、轟は敢えて見ないふりをする。
 轟にとっては今日がどんな日であろうと、受け取るチョコに食い物以上の意味はないのだ。
 ――たった一人の分を除いて。

 そのとき、轟は廊下の角にひっそり佇む人影をみつけた。
「おい、ま……」
 声をかけようとした瞬間、その姿は階段の踊り場へと素早く消えて行く。
 轟は慌てて後を追いかけようとして、持っていたチョコレートの箱をいくつか落としてしまう。
「あっと、やべ」
 さすがに貰ったものを無下にはできない。ましてや食べ物だ。急いで拾い集めると、人影を追って走り出す。
(あれって……そうだよな?)
 ちらりとしか見えなかったが、ショートカットに細身の姿の人影が誰なのか、轟には確信があった。




 階段を急ぎ足で駆け降りながら、森田零菜は思わず独り言を漏らす。
「……やっぱりチョコの日なんてくだらないよ。チョコ会社の陰謀だよ」
 カバンをしっかり脇に抱えて、少し乱暴に足音を立てて。それは零菜の苛立ちが音になったようだった。
「ばっかみたい!」
 昨日あんなに頑張っていた自分自身にもそう言ってやりたいと思う。
 零菜の抱えたカバンの中には、何日も前から準備して、半日がかりで作り上げたチョコレートが入っていたのだ。

 いつでもお腹を空かせている轟に、毎日作ってあげているお弁当とは別に。
 ナッツを入れたり、トリュフにしたり。工夫を凝らした色々な形のチョコレートをテーブルの上に並べていた、昨日の零菜である。
「……こういうのも好きかな?」
 轟の事を考えながらあれこれ工夫する作業は、結構楽しかったのだ。
 ある意味本当の本命チョコでない分、余計に楽しかったのかもしれない。だが決して義理だけではない。そんな微妙な気持ちで作るチョコレートだ。
「たまにはこういうのもいいかも」
 なんて言いながら、兄貴どもの妨害を排除しつつ。綺麗にできたものを厳しく選んで、綺麗な箱に詰め込んで。
 轟が直ぐに食べられるように、わざとほどき易いシンプルなリボンで箱を飾った。
 そして今日の朝。
 いつも通りにお弁当は渡したが敢えてチョコの包みは渡さず、放課後に残しておいたのだ。

 ……それなのに。
 轟は大量のチョコレートを抱えて教室から出てきたのだ。
 しかも零菜の目前で、また本命らしいチョコを渡されている。受け取っている。
 その光景を思い出して、零菜は思わずぷるぷると強く頭を振った。
「やっぱりくだらないよ!」
 ちょっと怒った口調で声に出したところで、回り込んだ誰かによって行く手が遮られ、零菜は立ち止まる。
「よお森田。何がくだらないんだ?」
「えっ」
 視線を上げると見慣れたバンダナが目に入る。そしてその下で鋭く光る黒い瞳も。
 ……当の轟が少し息を荒くして立っていた。




 轟と零菜はなんとなくそのまま一緒に歩き出し、なんとなく近くの公園に足を向けた。
 どちらからともなくベンチに腰掛け、しばし沈黙。
(どうしたんだろうな……?)
 何となく気まずい雰囲気を漂わせる零菜に声をかけるタイミングを計りかねて、轟は公園を見渡す。
 向こうのベンチ、こちらの木陰。あちこちにカップルがいて、それぞれにチョコレートを巡る物語が生まれているようだった。

 くすくす笑いや弾んだ声が、黙って座っているとやたら耳につく。
 何だか余計に気まずい。何か話題を。
「あ、そうだ。これ。……今日の弁当も美味かった」
 カバンから取り出した空の弁当箱を、きちんと丁寧に零菜に手渡す轟。
 親に学費の心配をかけまいと久遠ヶ原にやってきて、バイトで稼いだ分を逆に仕送りしている轟は苦学生と呼んでいいだろう。
 切り詰めた生活では、成長期の男子の胃袋は満足できるはずもなく。
 ある日、その窮状を零菜が見かねて食事を奢ったのが縁で、それ以来ずっと弁当を作って貰っているのだ。
 心理的な意味で胃袋を掴まれた男は弱い。
 という訳で轟は、(彼にとって)女神の様な零菜にずっと想いを寄せているのだが。どうにも仲は進展せず、友達の中ではちょっと特別扱い、という立ち位置にとどまっている歯がゆい現状だった。

 どこか上の空だった零菜が、慌てて弁当箱を受け取る。
「あ、うん。なら良かった……あっ」
 弁当箱を入れようと開いたカバンから、思わぬ物が転がり出た。
 零菜が慌てて拾おうとしたそれを、地面に落ちる前にさっと轟が掬いあげる。
「これ……」
 轟は手の中の、綺麗なリボンで包まれた小箱をしげしげと眺めた。どう見てもバレンタイン用の贈り物だ。
「な、なんでもない! 返して!」
 零菜の頬にさっと赤味がさすのを見て、轟はズーンと響く微かな胸の痛みを覚えた。
(そうか……なんか様子がおかしいと思ったが)
 轟の表情は普段と変わらないが、内心は穏やかではない。
(意中の男にチョコを渡せなかったんだな)
 ざわざわする気持ちを持て余し、轟は突飛な行動に出た。
 やおらリボンをほどき、包み紙をはがし始めたのだ。



 零菜は轟の突然の行動に呆然とする。
「え、あの、加賀島さん……?」
 あっという間に、轟は蓋を開けてしまった。
 そこにはいかにも手作りの、趣向を凝らした可愛いチョコレートが並んでいた。
 轟のセンチメンタリズムは吹っ飛び、代わりに苛立ちが沸き起こる。
(誰だよ、森田の手作りチョコを受け取らなかった馬鹿野郎は)
 無言のままその一つをつまむと、轟は口に放り込んだ。
 ゆっくり味わうと、柔らかな甘さが口の中に広がる。だがチョコレートは、轟にはどこか苦くも感じられた。それでも口にした言葉は一つだけ。
「美味ぇ」

 零菜はぽかんとしたままで見守るしかなかった。
 不意に轟は零菜の方へ振り向くと、真面目くさった調子で言った。
「受け取らなかった奴は見る目がねえな。森田、そんな奴にはこんな美味いチョコは勿体ない」
 そこでようやく零菜にも分かったのだ。
 どうやら轟は、このチョコレートが自分のための物だとは夢にも思っていなかったらしい。しかも本来の相手に渡せなかった零菜を慰めているつもりなのだ。
 零菜は思わず噴き出した。
「……加賀島さんのチョコ泥棒。そんなにあたしのチョコがほしいんだ」

「チョコ泥棒……?」
 言われてみればそうだ。そして轟はその続きの言葉だって否定できない。
 ベンチに深く腰掛け、爪先で土を蹴って、零菜が笑う。
「いいよ、全部食べちゃって」
「そうか」
 もうひとつ、またひとつ。
 零菜の手作りチョコレートを一人占めできたのはちょっと役得かもしれない、と轟は思った。
 それにしても。
「……どんな奴なんだろうな」
 思わず言葉を漏らす轟。

 零菜は笑いだしそうになるのをぐっとこらえ、素知らぬふりでほどけたリボンを指先で弄んでいる。
「渡したかった人の事?」
「ああ」
「うん、すっごい鈍感な人! ……でも本当は優しくて、すっごくいい人だよ」
「……そうか」
 想いが届かないのは辛い事だ。それは轟自身が一番よく知っている。
 それでも惚れたからには、想いを貫くのが男というものだと。そう信じているから、例え叶わなくても、せめて零菜の傍にいて守ってやりたいと思うのだ。
 ……決して弁当の為だけではない。

 チョコの箱が空っぽになったのを見届けて、零菜が立ち上がる。
「チョコも無くなっちゃったし。バレンタインデーはこれで終了かな!」
 零菜はうーんと大きく伸びをして、夕暮れにさしかかる空を見上げた。
 その姿を眩しい物のように見ていた轟が、膝の上の拳を握りしめる。
 そしてやっぱり真面目くさった顔のままで、言った。
「がっかりすんなよ。お前の良さは絶対相手に伝わるから」
 きょとんとした顔で零菜が振り向いた。
 明るい表情は、本来の相手に無事にチョコが渡ったおかげだと、本当に全く気付いていないらしい。
 ――鈍感過ぎる。
「うん、ありがと」
 零菜はそっけなく言うと、カバンを振りながら数歩、歩きだした。

 突然ぴたりと足を止めると、くるっと振り向く。
「あのさ」
「ん?」
「明日のお弁当、おかずは何がいい?」
 零菜は笑いながら、カバンから取り出した空の弁当箱を指さす。
 一瞬戸惑う轟。だが少し考えた後、答えた。
「森田の作る物なら何でも」
 轟は言葉に力を籠める。が、零菜は少し不満そうに小首を傾げる。
「そういうのってさ、なんか違うんだよね。加賀島さんって結構鈍感じゃない?」
「何……?」
「まあいいや。じゃ、また明日!」
 弁当箱をカラカラ振って、零菜は走って行ってしまった。
 ひとり残された轟は、零菜の言葉の意味に当分悩み続けることとなる。


 轟がチョコレートを本当の意味で味わう日は来るのだろうか?
 ――それは誰にも分からない。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8177 / 加賀島 轟 / 男 / 15 / 鈍感のレッテル】
【jb4660 / 森田零菜 / 女 / 14 / 真相は秘密です】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度のご依頼、誠に有難うございました。
友達以上・恋人未満のもどかしい関係、見ている分には微笑ましいですけどご当人達は色々と大変そうで。
これからお二人がどうなるのか、私もこっそり楽しみにしております。
尚、話の流れの都合上、今回は併せてご依頼いただいた分と同一物のお届けとなります。何卒ご了承くださいませ。
不思議なノベル -
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エリュシオン
2014年03月11日

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