▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『欲しいもの 』
須賀 廣峯(ib9687)


 須賀 廣峯(ib9687)は生来負けず嫌いの性分で喧嘩でも恩でも借りっ放しというのが嫌いであった。

 だから廣峯が妻須賀 なだち(ib9686)から贈られたバレンタインのチョコに対するお返しを考えたのは当然の事である。借りを返す、それ以外に他意はないのだ。断じて。

「とはいえなぁ……」

 廣峯が珍しく溜息なんぞを吐いた。神楽の都にある自宅である。なだちは夕食の買い物に行っており、現在自分しか居ない。
「…女の喜ぶもんなんか分からん」
 そもそも荒事に生きてきた自分にそんな気の利いた贈り物ができるか、と途中まで考えて頭を振る。違う、気が利いたとか妻の喜ぶ顔がみたい、とかではなく借りを返すだけだ……と自分に言い聞かせる。
 確かに俺は妻からバレンタインにチョコを貰った時は……うれし………。
「だぁーーっ」
 畳の上に大の字に寝転がった。あの時の事は思い出しただけでもこうムズムズしやがると背中を一度揺らす。まあ借りを返すためにはなだちが喜ぶ物を贈る必要がある、それで貸し借りチャラ。寧ろ借りは倍返し…その気概で生きてきた自分としてはそれが当たり前、そう当たり前……。
 何度同じ事を自分に言い聞かせたであろうか。
 その度に浮かぶのはなだちの笑顔だ。そして都度落ち着かなくなって一人こうして騒いでいる。
「……くっそ」
 天井を見上げる顔は面白くなさそうに唇が尖っていた。暫くしてから勢いをつけて起き上がる。
「何が欲しいか聞きゃあいんだよ」
 ぐちぐち考えるなんて俺らしくねぇ、と。そうと決まれば話は早い。早速夕食の時にでも聞こうと決めた。

 その日の夕食後、茶碗を洗っているなだちを呼んだ。
「はい、なんでしょう?」
 洗い物の音が止んで妻の柔らかい声が返ってくる。途端何故か胃の辺りがもぞもぞとしてしまい、背を向けてしまった。
「あのよ…」
 ちらりと見れば律儀に正座して自分の言葉を待つなだちの姿。
「なんでも……いや違ぇ」
 気合を入れるために一度拳をもう一方の手に音を鳴らしてぶつける。
「何か 欲しいモンはねぇの、かよ」
「…私の欲しいものですか?」
「そうだ、てめぇの欲しいモンだ。なんでも言いやがれ」
 早くと廣峯が急かすとふわりとなだちが微笑んだ。柔らかい春の日差しのような笑みである。その笑みが温かいと感じるようになったのは何時の頃からだろうか。
「私は廣くんが居てくれるだけで十分に幸せです…」
 迷いの無い言葉。
「はあ?! いや他にあんだろぉが…。ほら簪とか、甘いモンとか…」
 言い募る廣峯に「いいえ」となだちは首を振る。
「こうして居られることが一番の幸せです…」
「……ああ、もういい。てめぇは片付けでもしてろ」
 追い払うように手を振るとなだちは「はい、片づけが終わったらお燗をつけますね」と再び土間へ戻る。
「また今度聞くから、それまでに考えておけよ」
 その背中に声をかけた。


 そしてある日の昼下がり。なだちは昼食の片付け中だ。
(さり気なく欲しいもん聞いてみたが…)
 あれから度々廣峯はなだちに尋ねたのだが、その度に同じ答えを返されていた。
(まったく埒があかねぇ)
 額を押さえる。気付けばホワイトデー本番。
「もう面倒くせ……」
 洗った茶碗を一つずつ丁寧に拭くなだちの背中。そういえば彼女は家事をしているときいつも楽しそうだ。

「私は廣くんが居てくれるだけで十分に幸せです」

 何度も聞いた言葉が耳の奥に蘇る。

(…い、いや、借りっぱなしは癪だしな)
 そして一つ閃いた。
「…よく考えたらコソコソ選ぶ必要なんかねーよな」
 そうだ要は借りが返せればいいのだ。
(なだちを買い物に連れてって欲しいもんを彼が買ってやりゃあいいのか)
 これで貸し借りなしだ、と片膝をパシンと叩く。

「おい、なだち!」
 お茶を淹れましょうと顔を覗かせた彼女を呼ぶ。買い物に行くぞ、と誘うだけだというのに何故か気恥ずかしさが先に立ち落ち着かない。
 ぐい、と卓袱台の端を握り、正面に座るなだちのほうへ身を乗り出した。
「ホワイトデーだ!」
「はい、ホワイトデーですね」
 身を乗り出したおかげで、なだちの目を覗き込む格好となった。彼女の瞳を見つめていると言いたい事も言えなくなりそうで思わず顔を逸らす。
「好きなもん買ってやるから買い物行くぞ! ついてこい!」
 内心の動揺を悟られぬように横柄に玄関に向けて顎をしゃくってみせた。
「あら、お買い物ですか?」
 なだちが小さく笑む。
「廣くんからお出掛けに誘ってくださるなんて、珍しいですね」
「うるさいっ。無駄口叩くなら置いてくぞ」
 立ち上がると自分だけさっさと玄関に向かう。そして玄関脇で「置いてきてどうする」と一人頭を抱えた。
 だが遅れてやって来るなだちには「遅ぇ、行く気ねぇのか…」と顔を顰めてみせる。
「お待たせし待て申し訳ございません」
「別に…怒っちゃいねぇよ。ほら行くぞ」
 別に彼女に謝罪をさせたいわけではないのだ。寧ろ自分は彼女の笑顔がみたい。自分のガキっぽさに多少悲しくもなる。だがどう接していいのか分からない。
 誰かの笑顔がみたい、そう思うのはなにせ初めてのことなのである。
「折角ですし…」
 小走りで追いかけてきたなだちが並ぶ。
「晩御飯のお買い物にも付き合って下さいね?」
「好きにしろ」
 慌てて歩く速度を妻に合わせる。本当に自分という男はなんて気が利かないんだ、なんてがらにもないことを思ってしまった。
「はい、ありがとうございます」
 二人は連れ立って大通りへと向かう。


 三月中旬の昼下がり、天気は上々、風もどこか春の気配を孕み過ごしやすい陽気だ。
「ふぁ…」
 廣峯が欠伸を一つ噛み殺す。
 隣でなだちが露台に並ぶ帯留めを手を伸ばした。今日初めて手にしたものである。
「あ? これが欲しいのか」
「…あ、いえ、欲しいという訳ではなく…」
 苦笑とともに帯留めが露台に戻された。
「……違うのか」
 廣峯の声がどことなく元気がない。なんでも買ってやると言っているのにさっきからなだちは何も欲しいといわないのだ。だから初めて手にしたあれこそ…と思ったというのに。
「よし、あっちも見てみっか」
 行くぞ、と廣峯が歩き出し、少し遅れてなだちが続く。
(ったく……遠慮してんのか?)
 自慢じゃないが女どころか人の心の機微に疎い。細やかな気遣いなんぞできやしない。見てくれ通りの性格だ。だから一体何をすればなだちが喜ぶかなんてわかりやしない。
 なだちは自分の元に嫁いでから泣き言も言わず、いつも笑顔で自分に尽くしてくれる。ま
 時折思う、自分がこんなだから、そして彼女の仇をであるアヤカシを倒した恩人だから、思うところがあっても遠慮したり、自分のしたいこともせずに無理しているのではないだろうか…と。
 振り返る。目が合うとなだちはいつも微笑んでくれる。幸せだというように。すぐ傍に彼女がいる、それが当たり前になっていた
「何か言ったか?」
「今日はとても良い日だと思いまして」
「ああ? そうだな、良い天気だな。   綺麗な青空だ」
 空を見上げ、頭を掻く廣峯になだちが笑みを零す。
「俺が空を褒めんのは悪ぃか」
 ギロリと睨む視線に「いいえ」と小さく頭を振る。
「本当に綺麗な青空だと私も思います」
 隣に並んだなだちは空に向かって手を伸ばした。その仕草に「ガキみてぇだ」と廣峯が笑う。

「これが欲しいのか」
「…あ、いえ、欲しいという訳ではなく…」
「なんだ、違うのか」
 欲しい物を聞いた時を髣髴とさせるやりとりを二人は何度も繰り返す。
 彼女がなにかに気を取られるたびに、廣峯は勢いこんで聞くのだが悉く空振りであった。
 どうすればいいんだ…なんて珍しく気弱な気持ちになり天を仰ぎたくなった頃、とある呉服屋の前に刺しかかる。武天産の高級絹を理穴で染め上げた反物や異国の品までも扱う神楽の都でも有名な大店である。
「どうしました?」
 立ち止まった廣峯に尋ねるなだち。
「着物はどうだ?」
 今一つ要領を得ないようになだちが首を傾げる。
「だから新しい着物を作ってやろうかって言ってんだよ」
 わからねぇやつだなぁ、と組んだ腕になだちがそっと触れた。
「今あるものだけで十分です」
「遠慮なんかすんじゃねえぞ」
 俺に対してそんなことしてみろ、ただじゃあおかねぇぞとばかりに廣峯が凄む。
「晴れ着とか綺麗な着物とか好きだろう、女は…」
 いいえ、となだちは頭を振った。本当に私は今のままで十分に幸せなのですよ、と何度も聞いた言葉を再び口にする。
「……なだち。てめぇには欲ってもんがねぇのか?」
 屈んでなだちの顔を覗きこむ。
「欲ですか?」
「俺なんて……」
 そこまで言って言葉を飲み込む。
 覗きこんだなだちはいつも通りの優しい笑みだ。
 その笑みを独占したい、と思う。その笑みが自分だけに向けばいいと思う。ずっと彼女を傍に置いておきたい、と思う。
 不意に心の中に溢れかえった想いとともに持ち上がりかけた手を握って下げると、わざとらしく呆れてみせた。
「あれが欲しい、とかこれが好きだとかあるだろう? な?」
「本当に、欲しい物など何も…」
 言い掛け今度はなだちが言葉を途切れさせた。
「廣くん…」
 袖を引かれ小間物屋まで向う。
 なだちの視線の先にある柘植の櫛。
「あ? なんだ、此れか?」
 廣峯がそれ取り上げ、なだちの掌に乗せた。
「…もっと高いのじゃなくて良いのかよ」
 透かし彫りが施された木目が露わな櫛は漆が濡れたものや箔が押されたもの、銀細工など色々並んでいるなかで一等地味に見えた。渡す際に確認した値段もさして高価ではない。本当に遠慮してるのか、と声に聊か不満が篭る。
「いえ、此れが良いです」
 なだちが掌の櫛を握り締めた。
「何時でも使える物の方が嬉しいですから、ね」
 大切そうに握られた櫛、確かに遠慮して言っているようにも見えない。
「…そうか」
 てめぇが良いというなら…と、なだちの手の中の櫛を売り子に指差す。
「おい、これくれ」
 お包みしましょうか、と問われ廣峯がなだちを振り返った。
「このままで構いません」
 そう言うなだちはまるでお気に入りの玩具を握り締める子のように見えた。

「本当にこれで…いいのか?」
 店を辞し、廣峯はもう一度訪ねる。なんなら他にもと、再び店を探そうとするとなだちに呼び止められた。
「大切にいたしますね」
 胸元で櫛を抱きしたなだちの微笑に廣峯が目を瞠る。
 無言で頬を引っ掻く。暫し躊躇った末、そっと櫛を掴む。
「なだち」
 名を呼ぶと目が伏せられた。櫛の歯先を彼女の髪に宛がう。慎重に、彼女を傷つけないように…まるで硝子細工に触れるかのように息を殺して静かに櫛を髪に通す。
 目を開いたなだちの視線と己の視線が交差した。
「…ん。似合うな」
 ごく自然にその言葉が口から零れ、手で髪をそっと撫でる。指先に触れるすべらかな頬。
「……っ」
 なだちの頬や耳が途端に赤くなった。釣られて髪に触れたまま動きが止まってしまう。
「…有難う……ございます……」
 なだちの手が櫛に触れる。地味な櫛だと思った。だが余計な飾り気のなさが彼女の清楚さを美しさを引き立てている。
(まるで梅の花みたいだ…)
 頬を赤らめたなだちが花が綻びるように微笑む。その笑みに引き込まれた。
 胸のうちに生まれるのは喧嘩や戦いとは違う高揚感。それは漣となって自分を内側から揺らす。
 それを悟られるのが妙に恥ずかしく意識して口を真一文字に引き結んだ。
 往来だというのに二人はしばし見詰め合う。行きかう人も分かっているのか誰一人邪魔する者はいなかった。
 不意に耐え切れなくなったように廣峯が視線を外す。

「ありがとう、よ」

 それはバレンタインの礼だけではなく、彼女が傍にいてくれることへの……。言いたくても言えない言葉を口の中で呟いた。
「なんでしょう?」
 なだちにその言葉は届いていない。それでいいのだ。
「……か、帰るぞ」
 と一言だけ。耳が熱いのはきっと気のせいに違いない。
「はい。帰りましょう、廣くん」
 一歩、二歩小走りで追いかけてきたなだちが廣峯の手に自分の手を絡めた。
「……っ」
 まじまじとなだちを見返す。くしゃり、ともう一方の手で朱の混じった髪を乱した。
「今日は良い天気だな、と言ったんだ」
 首を傾げたなだちにさっきのだ、と口早に補足する。
「はい、とても良い天気です」
 笑顔で頷くなだちは廣峯の半歩後ろを付いていく。繋いだ手はそのままに。時折存在を確認するように強く握る。その度になだちも返事代わりに握り返してきた。

 振り返るとやはりなだちは笑みを返してくれる。
(ずっと……なだちが笑顔で…。いや…)
 一際強く彼女の手を握る。
(ずっと俺の隣で笑顔でいろよ)
 心の中で彼女に告げた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名    / 性別 / 年齢 / 職業】
【ib9686  / 須賀 なだち / 女  / 22  / シノビ】
【ib9687  / 須賀 廣峯  / 男  / 23  / サムライ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
この度は発注頂きましてありがとうございました。桐崎ふみおです。

ご夫婦のホワイトデーいかがだったでしょうか?
廣峯様が思春期の少年のようにぐるぐるしてしまいました。
喧嘩は百戦錬磨でも愛する人の前では勝手がわからず右往左往、戸惑いつつも初恋に向き合おうとする様が表現できていれば幸いです。
ずっとお二人寄り添っていられますように、と幸せを祈っております。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
不思議なノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年03月12日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.