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『回想・何気ない日々の、平凡な1ページ 』
黄昏ひりょjb3452


 また、風が過ぎ去っていった。小さく身を震わす。
 穏やかに澄んだ弥生の空には、暢気な羊雲達があくびをするようにゆっくりと揺れている。背を押す春先の風は未だ少し冷たい。
 花信風なんて言葉も、ひんやりと凍てついた大気に固く閉ざされた蕾にはまだ遠く感じる。
 だけれど、膨らんできた桜の蕾は確かに春の足音を連れてきていた。

 ちりん、と鈴鳴らし通り過ぎる自転車を避ける。小学生らしい少年達もその後を追うように走り去っていった。
 クレープを片手に談笑しつつ歩く女子高生達の笑い声。魚屋の前では猫が虎視眈々とお店に並んでいる品々を狙っているようだった。
 呼び込みの声。談笑の声。はたまた何処かのお店から漏れる店内ミュージック。昼下がりの商店街には様々な音が満ちあふれ折り重なっていた。
「それにしても付き合ってくれるだなんて思ってなかったよ」
「俺は別にひとりでも構わないけどさ……」
 そんな賑やかな商店街を歩く黄昏ひりょはへにゃりと笑った。それに対して地堂 光はじとりと目を向ける。
「遭難でもされては、目覚めが悪い。仕方ねぇから付き合ってやるだけだ……だって、お前クリスマスの時にも街で迷子になってたしさ……」
 光はそんな憎まれ口を叩きながらも、方向音痴のひりょを気遣い歩く速さだって合わせてくれている。
「ありがとう、助かるよ」
 だからこそ、それを理解しているひりょは素直に笑う。
 ひりょを案内するように少し前を光が歩き、ひりょが微笑みながら後を追い掛ける。
「なんだか、こうしてふたりで歩いていると昔のことを思い出すよね……」
「急にどうした?」
 ひりょのふとした呟きに、光は首を傾げた。
「うん、なんか偶然って凄いなぁって改めて思ったんだ。ただ、それだけなんだけれど……」
「ああ、そうだな。偶然ってのは、すげえもんだよな」
 ひりょが思い浮かべていたのは昔のこと。
 偶然施設出身のふたり。別々の家庭に引き取られて偶然中学の頃に再会した。
 偶然、仲良くなって一般の高校に進学した後、久遠ヶ原に来てみれば、またもやこの幼馴染みと偶然にも再会した。
 そんな偶然に偶然を重ねた偶然の連続で今自分達はこの道を歩いている。何だかそれって凄くて、そして素敵な偶然なのでは。
 そんな物思うひりょに、光は振り返りにぃっと笑う。
「だって、引き取られた先が殺人料理の姉貴と、全く料理しない妹だろ? ある意味凄い確率じゃねぇか」
「……お互い、苦労するよねって……え、そっちなの?!」
 思わず目を丸くするひりょに、きょとりと光は再び首を傾げる。
「え、違うのか? 女共が料理しねぇと自然と男連中がやることになって大変だなぁって思ったんだけどさ」
「いや……まぁお互い、食事事情に関しては苦労しているのは事実だよね……」
 だからこそ、こうして自分も光も買い出しに来ているわけだけれど。
 ひりょが視線を落とす先にあるのは、ずっしりと重たい手応えのエコバッグ。大根がチラリと顔を覗かせる其れには、牛乳や野菜、肉類などがたっぷりと詰めこまれている。
 今日は牛肉が安かったから、思わず多めに買ってしまった。
「でも、相変わらず敵わないな……」
 ひりょは思い出す。
 料理のことも、そして撃退士というこの仕事のことも幼馴染みの光には敵わない。牛肉の特売を教えてくれたのだって光だった。
 過去の喧嘩仲間。現在は、同じ久遠ヶ原の生徒としての仲間。
 何度も大きな戦いを乗り越えてきた。力も合わせ、借りて大きな困難に立ち向かっていった。
 天魔なんて強大な敵に立ち向かうなんて、とてもひとりでは無理だ。だから。
(大事な……仲間だよな)
 流石に大切な仲間だなんてことを光本人に言うと、調子に乗りそうだから言えはしないけれど。
 ありがとうなんて言葉は、いつも胸に溢れている。頼れる仲間に巡り会えたことは、きっと――とても、素晴らしいことで――。

「……って、お前何ボッと突っ立ってるんだよ。足手纏いはおいて行くぞ、車に轢かれても知らねーからなー!」

 ひりょの思考を割るように、耳に届いたのは光の声。
「ああ、ごめん。ごめん。思わずぼーっとしてた」
 へにゃりと笑いながら謝って、ひりょは足を早めて追い掛ける。
 少し乱暴な言葉の割りには光は立ち止まり待っていてくれた。光は何ともない振りをしながら、顎に手をあてて呟く。

「まぁ、料理の年季も腕も俺の方が上だからな」

 だけれど、光は思う。
 本当に敵わないのは自分の方だと――そんな自分が唯一勝っていたことと言えば料理のことくらいだ。
 いつだってそうだ。何時何度やっても敵わない。
 何処かのんびりとした雰囲気で穏やかに笑っていることが多いひりょ。喧嘩も暴力も嫌いだなんて言うわりにはこの幼馴染みは喧嘩が強くて。
(俺が、あっさりやられるくらいにな……)
 同じ施設に居た頃は、そんな雰囲気は微塵にも欠片にも感じさせなかったのに――。
 中学で再会してから一度負けてムキになって何度突っ掛かっても、何度あの手この手で挑んでも決まって組み伏せられるのは自分の方。
 怒りの沸点が低い人程怒らせるものでは無いと言ったのは誰かは解らないけれど、よく言ったものだと光は思う。
 暴力が嫌いで人想いの、幼馴染みのアイツ。更に喧嘩も強いんだからか、敵わない。
(ま、あいつは怒らせるもんじゃねぇな……)
 光は心の中で改めて結論付ける。
 今でこそ落ち着いてはいるものの、中学時代は喧嘩っぱやくて味方より敵の方がずっと多かった。
 友達なんてものも、殆ど居なくて孤独だった。だけれど、そんな自分にひりょは一緒にいてくれた。
 喧嘩っぱやく、振り上げた自分の拳を掴んで止めたり、仲裁に入ったり。
 何度も迷惑を掛けていたかもしれない、傷付けてしまったことだって。そもそも、そのひりょ自身にも何度だって喧嘩を売っていたのだから。
 だけれど、そのお陰で仲良くなれたようなもの。だから、人生という物は何が起こるか解らないものだ。

 だいぶ日が傾いてきた。深く差し込む西日に街は一面のオレンジ色に染まっている。
 先程より更に膨れあがったエコバック。ひりょが気付くと少し前を歩いていたはずの光の姿は無く、内心焦りつつ振り返るとぼーっと突っ立っている光が居た。
 今度は光がぼーっとしてるのか。ひりょは、思わず笑いながらその姿へと口を開く。
「おーい、行くぞー……って、それだと俺が迷子か……」
 そんなことを、ひりょは呼びかけてから気付く。その為にも今は光と行動していたんだった。危うく遭難してしまうかもしれないね。なんて、思わず漏れるのは苦笑い。
「ああ、すまん!」
「さて、今日は何にするかな……?」
 だけれど、光は迷子になるだなんていうひりょの呟きにも気付かなかったらしい。ひりょの声に気付いた光は駆けだす。
 目指す先の親友の後ろ姿。振り返り足を止めて待っているひりょは相変わらず穏やかな笑顔を浮かべていた。
 だから、そんな微笑みを浮かべる彼に。
「よし、今日はビーフシチューとハンバーグだ! 肉食おう、せっかくの牛肉だしな! ガッツリと!」
 光が返したのも、燦々と輝く夕陽に負けない程の明るい笑顔。


 また、過ぎ去った風が、羊雲達を空の彼方へと帰して行く。
 いつの間にか訪れていた斜陽。遠くを染める夕焼け達はいつだって優しい。
 穏やかなその茜色は、過去も、現在も、そして未来もずっと変わらないだろう。
 明日を待つ世界――遠く過去を眺めつつも前を目指すふたつの影法師は地面に長く長く伸びていた。
 何気ない平凡の一ページ。こうしてまた、積み上がってゆく。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb3452 / 黄昏ひりょ / 男 / 陰陽師】
【jb4992 / 地堂 光 / 男 / ディバインナイト】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 大変お待たせしてしまい、申し訳御座いません!
 何気ない平凡な日常の1ページ。少しでもお気に召して頂ければ幸いです。
 ご発注有難う御座いました!
不思議なノベル -
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エリュシオン
2014年03月14日

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