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『とある平穏な休日 』
和泉早記ja8918

 ある日の休み時間。2月の寒々とした風が教室の窓をがたがた、と揺らしている。
 和泉早記(ja8918)は自分の机に座りながら気だるげに本を読んでいた。
 次の授業は彼の苦手な体育である。この寒空に体育着で外に出るという行為。それは彼のみならずクラスメイト達の行動まで自然と鈍くさせるのだった。
(そろそろ着替えないと……)
 そう思いつつもページをめくる手は止まらない。本当は気を緩めてうーん、と背中を伸ばしたいところだが、他目がある為そうもいかない。厳格な家庭で育ったがゆえの悩みであった
 その時である。がらりばん!と、大きな音を立てて唐突に扉が開いた。
 生徒達が仰天して振り向く中、早記はさほど驚いたようなそぶりを見せず音の発生源へ目を向ける。
 そこには太陽のような笑みを浮かべる大学部の先輩――嵯峨野 楓(ja8257)が立っていた。
「やっほー和泉君」
 周囲からの目線を軽く受け流しつつ、彼女はぼんやりと見つめる早記へと近づいてゆく。
(――ああ)
 早記は思った。
(今のは嵯峨野さんだったのか)
 なんともゆったりとした思考であった。
「嵯峨野さんこんにちは。どうかしましたか?」
 彼は穏やかな口調で聞いた。
「和泉君は猫と犬どっち好き?」
 彼女は何の脈絡もなく言った。
「難しい議題ですが」
 そんな質問にも拘わらず彼は真剣に悩んでみせる。周囲はあまりのごーいんぐまいぅえいぶりに唖然としているのに、彼は全く自分のペースを乱していない。
「犬は枕、猫は湯たん……いえ、どちらも、友であり、家族です」
 きり、とした表情で早記は答えた。
「そーなんだ。私は猫かなー。犬もドーベルマンとか格好いいよね!」
「なるほど、どちらも暖かそうですね」
「そうそう!どうせなら両方ともこう、ほっぺに抱き寄せてもふもふしたいよね!」
「はい。もふもふ、いいですよねぇ」
 2人はもふもふ、と両手をほっぺたに当てて笑いあった。
「ところで、嵯峨野さんは何か用があってこちらにいらしたんですよね?」
「あ、そうだそうだ」
 早記の問いに楓は思い出した、とでも言う感じにぽん、と手を打った。
「和泉君、2月22日は何の日か知ってる?」
「――いいえ」
 ワンテンポ遅れて彼は首を横に振る。次の瞬間、楓は両の手のひらを頭の上に添えてウィンク。
「2月22日はにゃんにゃん猫の日なんだよー」
 可愛らしい猫のポーズ。にゃんにゃん、と楓は鳴いた。
 クラスメイト達が呆気に取られる中、早記は「なるほど、そうなんですか」と頷くのみである。
「ということで、今度犬猫カフェ行こう」
「犬猫カフェですか」
 楓のポーズを尻目に彼は考えた。
 世に犬猫カフェがあるということは知っている。だが、実際に行ったことはまだない。
 それに2月22日のにゃんにゃん猫の日というのは興味があった。その日に猫と遊べば、何かいいことがあるかもしれない。
「いいですよ」
 早記は快諾した。
「よし決定!じゃあ22日の11時に駅前に集合ね」
「わかりました」
 そうして楓はスキップしながら大学校舎へ帰ってゆくのだった。
 教室の中で呟く声が木霊する。
 ――誰かツッコミ役を連れてきてくれ。



 久遠ヶ原島内のとある駅前。待ち合わせ時刻ぴったりに楓が付くと、そこにはすでには早記が待ち構えていた。
「お待たせ和泉君……和泉君?」
 彼はじぃ、とスマートフォンの画面を見つめていた。
 なにをしているのだろう。気になった彼女はそぅ、と早記の背後に廻る。
「ふわぁ」
 思わず声があがった。そこには犬猫カフェの入店方法、動物の触り方、マナー等々が事細かに解説した文章がイラスト付きで表示されていた。
「……?あ、すみません嵯峨野さん」
 ようやく気付いたのか、彼はふと顔をあげて彼女と顔を合わせるのだった。
「もういらしてたのですね。今日はよろしくお願いいたします」
「うん、よろしくー。ところでこの資料、和泉君が集めたの?」
「はい」
 こともなげに答える早記。ほとんど徹夜してファイルを作ったのだろう、彼の目蓋にはうっすらとクマが浮かんでいた。
「今日という日がすごく楽しみでして……徹底的に調べ上げました」
 その結果がこのフォルダである。まるで旅の栞とでもいうような量に彼女はただただ感心するのだった。
「ふふ、和泉君ってば本当に動物好きなんだね。じゃ、行こっか!」
「はい」
 そうして2人は駅前から移動する。着いた先はもちろん犬猫カフェ。犬や猫と戯れながら食事もできる人気店である。
 動物と触れ合えるカフェというのは、入ってすぐに動物がいるわけではない。
 まずは店員のいるカウンターと荷物入れのロッカーのみが存在する受付を経由する必要がある。ここで入店手続きを行うのだ。
 店員が動物と遊ぶ上での注意点を告げる。
「走ったり飛びついたりして、動物たちを驚かせないようにしてください。また、寝ている子は起こさないようにお願いします」
「はーい」
「わかりました」
 2人は互いに返答を交わす。そして最後に石鹸で手を洗い、入店手続きは完了。あとはカウンター横にある扉を潜れば、犬猫と好きなだけ戯れることができる。レッツ、犬猫ワールド!
「いざ、入店!」
 楓は部屋に入った。
「猫ー!」
 いきなり飛びついた。
 あまりに突然な行動に他のお客さんは驚き、動物たちはびっくりして逃げ廻った。だが俊敏性では撃退士の方が遙かに上。
 だがそれ以上に、

「なにやってるんですかーーーーーー!!」

 店員大激怒。このあと滅茶苦茶怒られた。



 なんとか許してもらえました。
 一時はしゅん、としたものの今は思う存分もふもふする楓。
 もふもふ。もふもふ。
「うりうりーお前も、来いよ」
 キリ!
 体中猫まみれになりながらも楓は爽やかな表情を決めた。
 ――にゃー
 ――わん
 動物たちがここぞとばかりに集まってくる。みんな愛くるしい表情で彼女を迎えるのだった。
「わぁ、かわいい。いい子だねー、顎の下を撫でてあげよう」
 こしょこしょ。撫でられた猫はごろごろ、と喉を鳴らせ気持ちよさそうに瞳を閉じている。そんな様子をデジカメでぱしゃぱしゃ。
 猫じゃらしのようなおもちゃを振ると、戯れようと猫はジャンプ。犬には受付で買った餌をあげると喜んで彼女にじゃれついてきた。
「あはは、わわ!?顔ばっか舐めるのやめれー!」
 へばりつく犬を引き離す。その表情は純粋な子供のようで、とても楽しげであった。
「いやー、モテるっていうのはつらいねー。和泉君もど……」
 楓はふと早記の様子を窺う。そこには異様な光景が広がっていた。
 早記は動物たちを真剣な表情で眺めていた。
 まるで戦いに挑むかのような雰囲気で黙々とおもちゃを振り、猫の気を引こうと一生懸命になっている。
「いず、み……君?顔が真顔ですよ……?」
 楓は思わず呟いた。その声にはっ、と早記は反応する。
「すみません嵯峨野さん。俺、ちょっと夢中になってたみたいで……」
 彼はばつが悪そうに頭を掻いてみせた。どうやらテンションが上がりすぎるとこうなるらしい。
 一方の猫達はそんな彼にお構いなし。膝元に近寄っては「にゃー」と愛想よく鳴いてみるあたり、ここの動物たちはとても人懐っこいようだ。
 再び早記は黙々とおもちゃを振るう。ある一匹は素直にじゃれつき、別の一匹はふんふん、と興味深そうに匂いを嗅いでいる。
 かと思えば彼を全く無視する猫もいて、彼ら彼女らの性格は千差万別だ。
「みんな面白いね。ほら、こっちおいで」
 集まった猫たちを一通り抱っこすると、彼は満足げに微笑むのだった。
「楽しんでるねー……あ、そうだー」
 楓はにひひ、と笑う。そして彼女は素早く早記の背後へ回り込むと、
「そーれにゃーんっ」
 彼の頭に何かを乗せた。早記は「?」という表情でそれを眺め、手で触れてみる。
 ふわふわの毛の感触が指先を包み込んだ。
 それは猫耳カチューシャ。少年の小さな顔に、その猫耳は妙に犯罪的な雰囲気を醸し出いてる。周囲の女性客達も黄色い歓声をあげていた。
「……ハロウィン……?」
 そんな周囲の反応も気にせず、早記はなおも不思議そうな様子で猫耳を弄ぶ。
 そして当の楓はと言うと。
「ふぉおお似合うぞー!」
 彼女も興奮状態にあった。動物たちを撮った時以上の速度でシャッターを切り、次々と写真をメモリーに溜め込んでいく。
「……あ、嵯峨野さん」
「な、なに?」
 彼女は興奮冷めやらぬ様子で答える。一方で早記は両手で一匹の猫を抱きかかえた。
「撮るなら是非、このびじんさんを」
 にっこり。
「おっけーおっけー!任せといて!」
 これだけでご飯3杯はイケる。彼女はそう確信した。
「はい、どうぞ」
 そして早記は抱きかかえた猫を彼女に差し出した。レンズに近づくにゃんこ。楓のデジカメに猫の顔がどアップに映し出される。
「ふぇ……?」
 猫の暖かな匂いが鼻先をかすめた。そして早記はポケットからスマートフォンを取り出す。
 写真モード、セット。ぱしゃり。
 早記はゆったりとした動作で画面を確認。そこには頭に猫を乗せた楓が映し出されていた。
「――うん、よく撮れた」
 早記は満足げに呟くのだった。



 どちらともなくお腹がくぅ、と鳴った。
「もうお昼だねー。ご飯食べに行こうか」
 楓と早記の2人はカフェの食事スペースへと向かう。
「私はパフェにしようかなー。和泉君はどうする」
「俺は……オムライスにします」
 待つこと約10分。早記の前にふわふわのオムライスが運ばれてくる。
 あの、と早記はウェイトレスに声を掛けた。
「猫の絵にしてください」
「……えっと?」
 ウェイトレスは困惑した。一方、早記も不思議そうな表情で小首を傾げる。
「……カフェという所では、オムライスに絵を描いていただけると聞いたのですが」
「和泉君、オムライスに絵はメイドカ……げふん」
 楓は咳をひとつ。そしてやたらにこにこした表情でケチャップを手に取った。
「なんなら私が描いてあげよっか?」
「嵯峨野さんが……そういえば年賀状の馬の絵も、かっこよかったですよね。ぜひお願いします」
「まかされたー。まーるまる♪まーるまる♪」
 呑気な絵描き歌を歌をぐりぐり、と容器からケチャップを垂れ流し始める楓。それを期待感たっぷりの眼差しで早記は見つめている。
「かもめがお池に飛んできて、おにぎり二つ置いてった♪」
 絵描き歌に合わせて猫の輪郭が浮かぶ。早記の瞳が輝きを増し始めた。
「ひっくり返しておひげをちょん、ちょん……と。はい、できあがりー」
「ありがとうございます」
 ぱちぱちと拍手。黄色い卵のキャンバスの上に、見事な猫の顔が出来上がるのだった。
 さっそくぱくり。
「おいしいです。さすが嵯峨野さん、ありがとうございます」
「うふふ、どういたしまして――あ、パフェ来た!」
 今度は彼女の前に大きなパフェが運ばれてきた。大きな器にアイスやクリームがいっぱいに詰め込まれ、天辺からは棒状のクッキー菓子が飛び出している。
 楓は細長いスプーンを取り出し、上のアイスから切り崩しにかかった。
「それじゃ私も、いただき……」
「あ、ちょっと待ってください」
 早記がストップをかけた。そして再びウェイトレスに目を移すと、
「えっと……『おいしくなーれ♪』という魔法はしないのですか……?」
「え!?」
 ウェイトレスは再び困惑した。そして楓は面白そうにけらけらと笑っていた。
「だからそれはメイドカ……げふんげふん」
 咳を2つ。今度彼をメイドカフェにでも連れて行ってあげよう。
 彼女はそう思うのであった。



 お腹も膨れた。犬猫とも存分に遊ぶことができた。そろそろ帰る時間帯である。
「はーもふもふした。ペット飼いたくなっちゃって困るねー。折角だからお土産買って帰ろうか?」
「はい」
 カウンターで料金を精算した2人はそのまま売店へ向かう。ここには猫や犬のキーホルダー、写真付きの絵葉書といったお土産が多数売られている。
「わ・た・し・は〜……これにしよっかな♪」
 楓は三毛猫のストラップを摘み上げた。ぶすっとした表情が妙に可愛らしい。
「和泉君。もう何買うか決めた?」
「はい。俺はこれにします」
 そう言うと彼は2つの紙片をひらひらとかざして見せた。一つは動物の栞。
 そしてもう一つは絵ハガキ。裏には眠る子猫の写真が張られているもの。
 早記は楓を見つめながら言った。
「オムライスの時みたいに、猫の絵を描いてもらえませんか?」
「うんいいよー」
 二つ返事で引き受けペンを取り出した。きゅきゅっと猫の絵を描く。再び瞳を輝かせ、尊敬するかのように彼女の手元を見つめるのだった。



 2人は外に出る。身を切るような風に楓は夕暮れを感じた。
「うーん、まだまだ寒いね」
「そうですねー。でも……」
 早記はのんびりとした様子で答えた。そして落ちる西日に向かって指を伸ばす。
「つい先日まで、今はもう日が落ちてる時間でした。間違いなく春は来てますよ」
「あ、確かにそうだね!」
 確かな季節の移り変わり。それを感じながら2人は歩みを進める。
 そして駅前に着いた頃。
「はい!今日は付き合ってくれてありがとねー」
 そう言って彼女はカバンから包みを取り出した。犬猫の顔に切り抜かれたチョコレートを早記の手に乗せる。
「付き合ってくれたお礼。ちょっと過ぎちゃったけど、ヴァレンタインと思って受け取って」
「とんでもない、こちらこそ楽しめました。ありがとうございます」
 彼は動物型のマシュマロを渡す。楓はわぁ、と声をあげた。
「これ、どうぞ。もふもふです」
「ありがと!もふもふー♪」
「もふもふー」
 しばし2人は笑いあう。そして手を振りあった。
「じゃあ、今日はこの辺で!また学校で合おうね!」
「はい。また誘ってください」
「うん。じゃね、ばいばい!」
「さようなら」
 楽しげに帰路へ向かう2人。それは真に平穏なひと時のことであった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ja8918 / 和泉早記  / 男 / 外見年齢 15 / ダアト 】
【 ja8257 / 嵯峨野 楓 / 女 / 外見年齢 20 / ダアト 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ユウガタノクマです。クマーです。発注ありがとうございます。
猫の日もテレビの露出などによってメジャーとなりつつありますね。
お2人の楽しげな様子が伝わっていただければ幸いです。
オープニングとなる冒頭がそれぞれ個別となってますのでどうぞご覧下さい。
もし口調や性格、設定などに間違いがございましたら修正致します。よろしくお願いいたします。
不思議なノベル -
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エリュシオン
2014年03月17日

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