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『孤独の街、雨影の痕 』
キスカ・Fjb7918


 雨は優しい程に冷たく、残酷な程にこの身を包み込む。
 心地が良かった。寂しい程に、切ない程に不愉快で。だけれど、今は其れがとても心地が良い。
 此処では誰もが他人。
 誰もが誰かのことを知らない、自分のことを知る誰かも居ない。そんな、擦れ違うだけの他人だらけの大都会。

 ――孤独こそが、幸せなんだ。

 巨大なスクランブル交差点。雨に濡れたアスファルトに滲む信号機の朱い光が紅玉を思わせてキスカ・Fは、あてもなく其れを眺め続けている。

(ボク、は……)

 戦いたくない。誰もが争わず、平和に愛し合って行ける世界を望んでいた。
 そんな当たり前のような理想を抱いてた。だけれど、世界はそれを許してくれはしない。
 世界という名の不条理な常識は自分に銃を持て、戦えと今も今も囃し立ててくる。
 ヒヒイロカネを捨てた。逃げ続けているのに、それでもまだ追い掛けてくる。

 ああ。このまま、あの雨粒のように、誰にも知られず消えてしまえたら。
 だって、もう――望むことなんて、何もないのだから。




 彼が学園から姿を消した。
 戦いに疲れた彼が最後に見せた痛ましい表情が、エミリア リーベルの脳裏に過ぎる。
 そして、よく解らない衝動に突き動かされた。
 気付けば、学園を飛び出し彼を探す為の旅へと出ている。その旅へと出かけてから暫くが経った。
 その日辿り着いたのは、雨が降っていることを考慮しても冷えすぎる東京の街。
 繁華街のビルに埋め込まれたマルチ大型ビジョン。お天気お姉さんという愛称が付いているらしい女性キャスターは「今日は雪になるでしょう」などと、何処か作り物めいた笑みを浮かべていた。
 騒がしい街だった。溢れかえる雑踏。こんな人混みの中で感じるのは、何故か相反しそうな孤独という感情。

 ――姉への復讐に生きるお前が、何故その人間に拘る……?

 自分の中の“天使様”が問いかけた。だけれど、エミリアは何も答えない。
 エミリアの歩みに合わせて、ぴちゃりと水が跳ね返り音を立てる。
 やがて辿り着いたのは、傘の花が咲くスクランブル交差点。流れるように忙しく行き交う人々の中で、ぽつりと立ち竦む見慣れた姿を見付けた。
「学園へ、お戻りなさいまし!」
 彼だった。エミリアは姿を見付けると同時、傘を手放し地に放り、右手でその背中へ彼のヒヒイロカネを投げつける。
 彼――キスカの背に命中。ぽとりと、そのまま地面に落ちた。
「どうして……」
 ヒヒイロカネを拾おうとせず、キスカは力無く振り返り、驚いたような表情を浮かべていた。
 その問いはエミリアが追い掛けてきたことに対してか、それとも――。
「ボクはもう、戦いたくないんだ……」
「いいえ、あなたは戦うべきです!」
「どうして? 君は知っているだろう? そんなの、残酷だよ……。それでも、もし……」
 それでも戦えとエミリアは言う。凛と言い切った彼女。答えたキスカは半ば虚ろに、一度言葉を止めて、そしてエミリアの瞳は見やる。
「戦えというのならば……いっそ、僕を殺してくれ」
「そんなに……」
 エミリアの声が震える。
「戦いたくないなら、わたくしがこの場で殺して差し上げますわ!」
 彼女の修道服の内側に大量に仕込まれた武器。知らず顔で街を流れ続けていた周囲の人は、一斉にざわめいて雲の子を散らすように逃げてゆく。
「そんな、惨めな貴方など……わたくしは見たくはありません!」
 次々と放たれる斬撃。エミリアが鎌を振るえば、次々と。キスカの白い服が鮮血に染まってゆく。
 だけれど、キスカは言葉通りに抵抗の一つもしない。
 望むように、受け入れるように。退廃的なその瞳と姿。余りに一方的な戦いだった。
「わたくしは、理想を抱く貴方は悪くはないと想っていました――なのにどうして、棄ててしまったのです」
「棄ててなんか居ない。棄てたくはなかった」
 だから、今も苦しんでいる。
 キスカは思い出す。
 例えば、少女の姿をしたディアボロ討伐の時。他のメンバーも同じように葛藤し、迷い、それでも偽りの生に終わりをもたらすことを選んだ。
 自分だけは、最後まで割り切ることも、。ディアボロである以上倒すのが撃退士としては当たり前のこと。だけれど、本当に正しいのかなんて考えてしまった。
 そんな自らを狂ってるだなど思って。だけれど、それでもと進もうとはしてきた。だけれど、理想へと貫こうとしていた意志でさえ今は折れてしまった。
「だから、殺して欲しい。そうすれば、もう自分の理想に潰えずに済む。これ以上苦しまずに済む……」
「そんなことで、諦めて……いいえ、負けて欲しくなんかなかった……だから、わたくしはっ!」
 何処か悲痛な想いを孕むエミリアの声。振り払った鎌にキスカは体勢を崩す。
 追撃。エミリアは彼に馬乗りになり、鎌を振り上げる。
「貴方、を……」
 しかし、エミリアが振り翳した鎌はキスカの頬を掠めて地面へと突き刺さる。
「どうして……トドメを刺さないの?」
 馬乗りでボロボロになったキスカを押さえ込むエミリア。彼の問いに応えられるわけもなく、キスカの服ぎゅっと掴む彼女の姿は震えていた。
「どう、して……」
 吐き出されたのはエミリアの呟き。
 逆に問い返すような、その声にキスカは更に。
「……ボクを、殺してくれないの?」
 キスカの声。無言でエミリアは地面に突き刺さった鎌を抜こうとするものの、何故か手が動かない。
 それでも見つめ続けてくるキスカに、エミリアは堪えきれず。
「貴方は何故……わたくしの心を、理想を掻き乱すのです……」
 どうしようもない程に、狂おしい。
 どうしようもない程に、愛おしい。
 狂おしく、愛おしく。愛おしく、狂おしい。
 それまで生きてきた理由を、信念をねじ曲げてしまった程にその存在を想ってしまっているのだ。
「どうしてくれるのですか。わたくしから、貴方が消えない、貴方が残響し続けているのです――。どう、責任をとってくれるのですか」
「責任、って……」
 鋭い言葉とは裏腹に、エミリアの青い瞳の中で揺らぐのは戸惑いの感情。
 キスカも、いきなりのその言葉に
「エミリアさんが何を思っていようと、どう感じていようと――そんなの、君の勝手だよ」
 エミリアからの応えは無く、何か葛藤をしているようだった。
「エミリアさんの、ワガママだよ」
「……貴方の方が、ワガママです」
 返したエミリアの声は低く。
「キミにまで、迷惑をかけてしまっているよね。殺して貰えないのなら……ボクは、どうすればいい?」
「そんな、情けないことを仰らないでくださいまし!」
 震える声でぴしゃりと言い放つ。
 迷惑をかけられた? それは、勿論そうだ。
 だけれど。
「わたくしは、貴方が羨ましかった。キスカさん、貴方はいつだって理想の為に戦っていて。それがわたくしには眩しくて……」
「……ボクは、理想を失ってしまったんだよ? こんなボクの手じゃ……何も救えず、何も守ることは出来ないんだ。愚かしい程に非力なボクは、そんな言葉を貰う資格もない……」
 キスカは目を伏せる。羨ましい、憧れていたと言ってくれたのは嬉しい。だけれど。
「……もう、エミリアさんの知っているキスカ・Fはどこにもいないんだ」
「違います!」
 いやだ。そんな言葉を聞きたいのではない。
 エミリアは溜まらず叫び声をあげていた。
 姉への復讐――そんな暗い世界にエミリアは生きていた。暗い宿命に囚われ、何も見えずにいた自分の日々に彼は現れたのだ。
 他人が聞けばバカみたいな理想を抱えていたキスカは、眩しくて――暗い自分の世界に差した暖かな光のようで。

 ――キスカさん、貴方は私の希望そのもの、だったのに。

「もう、どこにも居ないというのに、それでもというのなら……ボクは、どうすればいい?」
 そんな、キスカの問いかけに。
「……だって、わたくしは貴方のことが――」
 好き、なのだから。



 降り続けていた雨は、いつしか雪へと変わっていた。
 雨に濡れた体。冷たい冬の風に晒されて、熱を奪っていく。
 都会は、変わらず流れてゆく。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7121 / エミリア リーベル / 女 / 陰陽師】
【jb7918 / キスカ・F / 男 / インフィルトレイター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 大変お待たせしてしまい申し訳御座いません。
 ちょっと切なげで、殺伐とした内容。とても楽しく描かせて頂きました。
 この後、どうなったのかは解釈にお任せします。
 ご発注、有難う御座いました!
不思議なノベル -
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エリュシオン
2014年03月17日

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