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『冬空の下、褌を追って 』
ライル・フォレスト(ea9027)&チップ・エイオータ(ea0061)&来生 十四郎(ea5386)

 ところは京都・両替町。季節は寒さの残る冬の終わり。
 からりと晴れ渡った冬空の下、ライル・フォレストはぐるりと空を見回した。
 時間はまだ朝も早い頃。まだまだ寒さの残るこの季節には長い耳の先がまだすこしぴりぴりと痛いほどだ。
 だが、日ごとに暖かくなる空気にからりと乾いた空模様、そして朝日の温もりは心地良い。
 そんなすがすがしい朝。周囲の家々からも起き出す人たちの気配がしてきて、ライルは大きく深呼吸。
 朝の空気を胸一杯に吸って、伸びをしながらライルは今日の予定を考えた。
 こんな日は、そう……絶好の洗濯日和だ。
 街の人々も同じ気持ちのようで、貯まった洗濯物を引っ張り出してきては井戸端で洗濯が始まった。ならば自分もと腕まくりをしたライル、盥にひっくり返ったりしないように注意しながら洗濯をしていると、彼の耳にちょっと気になる噂が飛び込んできた。
「………干してあった手拭いに腰巻き、それに“褌”が……盗まれた?」
 井戸端会議に花を咲かせていた奥様たちから聞き出したところ、近頃布きればかりが盗まれる事件が頻発しているらしい。そんな話を聞いて、ライルは友人の顔を思い出した。
 友人に一人、とても褌を大事にしている男がいる。ならばこんな噂は早急に耳に入れておいた方がいいだろうと考えて、ライルは急いで洗濯を終わらせると、留守を愛犬に任せて家を出る。
 近所の子供達と挨拶かわし、友人の家に到着したライル。どんどんと戸を叩いてみるが、もうすぐお昼なのにも関わらず、返事は無い。さてどうしたものかと考えて居ると、ゆっくりと戸が開いた。
「……おぅ、ライルか。おはよう」
「もう、お昼近くなんだけどね」
 顔を出したのはどてら姿の来生 十四郎だ。長身のライルよりもさらに一回りは背の高い十四郎は寒そうに懐手のまま、苦笑するライルを迎え入れる。
「……で、なんのようだ?」
「いや、ちょっと気になる噂話を聞いてね。一応、注意しておいたほうが良いと思ってさ」
 箱火鉢に炭を足して火を入れる十四郎を前に、ライルは今朝聞いた話を語り出した。だが、それを煙管を吸いながら聞いて居た十四郎は笑い飛ばして、
「布きればっかり盗む泥棒だぁ? そんなケチな輩に気付かねぇなんてこたぁありえねぇな」
 豪快に笑いながら煙管の灰をかつんと火鉢に落とす十四郎。そんな友人の様子に、
「……まあ、それもそうだね。でも、一応忠告はしたからね?」
 最後に釘を刺して立ち上がるライルに、大丈夫だとばかりに唐草模様入りの煙管を振って応える十四郎。
「……じゃ、俺は帰るよ」
「お? まあ、待て待て。これから一緒に飯でも食いに行こうじゃねぇか」
 顎を指先でかきながら、ライルを引き留める十四郎を仕方ないなあと振り向くライル。
 いつも通りの長閑な一日になりそうだな、と思うライル。そうして冬の日の一日は過ぎていくのだった。

 だが、そんな長閑な日はすぐさま終わりを告げることとなった。
「お、俺の褌が……盗まれちまったっ!!!」
 びりびり響き渡る叫びは、もちろん十四郎のものだ。
「だから言ったのに……」
「けどなぁ……昨日の夜は人の気配もなければ怪しい物音だって無かったぞ?!」
 朝も早よから怒りに燃える十四郎とそれを宥めるライル。だが、収集家の十四郎にとっては大問題のようだ。
「でもさ、十四郎。盗まれたのは珍しい褌じゃなくて、普通のやつなんだろう? そこまで気にしなくても……」
 ずらりと揃った十四郎の褌コレクション。その中には、禁じられた名を持つ逸品もあれば、意匠の凝った匠の手によるものもある。素材が布ではない珍品もあれば、この世に二つと無い貴重なものまであるという。それを知っているライルは、市販品の一つぐらい別に、と思ったようなのだが。
「いーや、褌は『男の魂』だ! 褌に貴賤なし。たとえ普通のものだろうと、関係ねぇな!」
「……そ、そうなんだ」
 怒り心頭の十四郎の剣幕に、別段褌が好きというわけではないライルは苦笑を浮べるばかり。
 だが、十四郎の家でそんなことを話している二人の元に来客が。やってきたのはこの辺りの町内のまとめ役をやっている大家の老人だ。
 老人は、めらめらと怒りに燃える十四郎の様子に驚きつつ、ライルに促されて用向きを話し出した。すると内容はまさに渡りに船といったものだった。
「……布泥棒を見付けて欲しい?」
 町内の総意として、老人が切り出したのは布泥棒を見付けて欲しいという依頼だった。それを聞いて俄然張り切るのはもちろん十四郎。
「おう、俺も盗人をただじゃおかねぇと思ってた所だ! 是非やらせてくれ!!」
 そう勢い込んで言う強面の十四郎に、気圧されたご老人は、宜しくお願いしますと頭を下げて早々に退散。
「さすがにあの大家さん、少し引いてたような……」
「そうか? ……まぁいいさ、これで堂々と不届きな褌泥棒を探せるってぇわけだ! すぐに聞き込みに……」
「まあまあ、そのまえにどこで聞き込みをするかとかその他の役割分担を……」
 すぐにでも飛び出していきそうな十四郎と、それを止めるライル。二人がやいのやいのとまとまらない議論をしていると、いつの間にか二人をじっとみつめる小柄な闖入者の姿があった。
「なんか面白そうな話♪ ねーねー、褌泥棒って何の話?」
「チップ!」
「おまぇいつの間に?!」
 いつのまにやらしれっと会話に混ざっていたのは、二人の共通の友人チップ・エイオータだった。聞けばたまたま江戸から遊びに来たところらしく、褌泥棒の話を聞いて。
「おー、それは許せないね。そんな悪者はきっちり捕まえなきゃ!」
 大好きな褌のために一肌脱ごうとチップも名乗りをあげれて、十四郎もその意気だ、とますます怒り心頭の様子。
(うーん、このままだと二人とも暴走しそうだなぁ……)
 一人だけ冷静なライルはそんな心配から、どうしたらいいだろうと考えて、ふと思い浮かんだのは、
「……そういえば、使用済みの褌なんて、どうするんだろうね?」
 そんな素朴な疑問だった。だが、それを聞いて今にも飛び出していきそうなチップと十四郎はすとんと腰を下ろした。
「……むー。もしやまた褌愛好家の仕業かな?」
「よさねぇかライル、チップ……想像しちまわぁ」
 嫌な思い出でも振り払うように首を振る十四郎。とりあえず頭は冷えた様子で3人は改めて、これからどうやって布泥棒を探すか相談を始めるのだった。

「ねーねーみんな、怪しい人を見なかった? 早朝に、褌とか盗んだところとか見てない?」
 子供達を相手に聞き込みをするチップ。彼の役割りは犯人の情報収集だ。町内を回って、路地裏の子供達や井戸端会議に花を咲かせているご婦人方を相手に聞き込みを開始したようで。
「んーん。みてなーい。お兄ちゃん、その泥棒さんをさがしてるの?」
「そうなんだよー。おいらの友達も、大事な褌盗まれちゃってねー」
「じゃあ、僕達も手伝って上げる! このまえ、おっきなわんこがねー……」
 そんな様子で子供達と一緒に街中で聞き込みを続けるチップ。一方、ライルはというと、
(……たしか昨日は夜から朝にかけても天気は晴れてて、風もなかったはずだし……)
 野外での活動を得意とする元レンジャーの面目躍如、天気や天候からなにが合ったかをまず調べているようだ。泥棒がという先入観を捨てて、風で飛んだ可能性も考えて見るが、天気から考えてもそれはなさそうだ。となればやはり泥棒によるものなのかと考えて、彼は被害に遭った家をまわって物証を集めることに。
 最近、手拭いを盗まれたという長屋の物干しの周りを探すライル、そこで彼は不思議な事に気が付いた。
(足跡が、無い……?)
 どんなに腕利きの泥棒だろうが、地面を歩かずには盗みは働けない。だが、物干し竿周辺には家の人間の草履の足跡しかなかったのだ。同じような草履でも体重が違えば足跡も変わるし、レンジャーとして動物の足跡を見抜ける観察眼があれば、人間の足跡を見分けることは容易いはず。
(……朝の冷え込みで霜が降りて、いつも以上に足跡が残ってるのに……)
 もし足跡を消したとしても消したという痕跡が残るものだ。それもないとなれば、一体どういうことだろうと首を捻るライル。だが、そんな彼の目にとまったのは草履の他にもう一つだけ現場に残った足跡だった。それは……。
 丁度その頃、十四郎は愛犬の鼻を活用して追跡させようとしていた。
「よーし、良い子だ。臭いは分かるか? こいつの鼻がありゃ、すぐに盗難品のありかが突き止められるはずさね」
 泥棒の臭いを追いかけさせることは出来なくても、自分の褌を盗まれたわけで、自分の臭いを追いかけて貰えばいいのだ。愛犬はしばし物干し台付近をうろうろすると、周囲をぐるぐる。
 だが、さすがの犬の鼻でもなかなか追跡は上手くいかなかった。まず、十四郎の家の近くであれば普段からその周辺を十四郎は行き来しているわけで、臭いを追いかけてもどうしても混乱してしまうよう。そしてもう一つ、どうも愛犬は何かを怖がっているようで……。

 そして3人は調査結果を持ち寄って昼過ぎに十四郎の家に集合した。
「犯人は……」
 ライルは自分の調べたことから核心を得ていた。だがそれはどうやらチップも十四郎も同じようで。
「犬、じゃない?」
「わんこだと思う!」
「犬じゃねぇかな?」
 奇しくも3人とも同じ結論にたどり着いたようだ。ライルは物干しの近くに残っていた足跡を調べた結果、どの家でもその家の人以外に犬の足跡を発見したという。そして十四郎は、犬の様子から他の犬を怖がっているのではと当たりを付けて、チップはというと
「んー、子供達の一人がね。野良のわんこが布を引き摺ってるの見たんだってさ♪」
 子供の目撃談を聞いたという。そんなわけで目星が付いてからは早いもの、チップが聞き込みで調べた犬の話と、ライルの足跡追跡で3人は街のすぐそばの川にたどり着いた。そこに居たのは土手に棲む野良犬の一家、彼らが寒さを凌ぐために土手の影に掘った穴の中には、まだ小さな子犬たちと敷物代わりにされている褌やら手拭いやらが、沢山見つかるのであった。

「まぁ、そういうわけでな。盗んだのは野良犬の一家で、寒さしのぎのためだったみてぇだわ」
 依頼人の老人にそう告げる十四郎。
「犬たちも生きるためにしたことですし、今後被害が出ないように俺たちで何とかしますので……」
 ライルもそう言って、依頼人とその他被害者の皆を説得して。
「だから、わんこさんたちを許してあげられないかな?」
 チップの言葉に、被害者達も顔を見合わせた。
 幸いまだ誰かを怪我させたわけではないし、ライルや十四郎が気を付けてくれるというのであれば、と町人達は納得したようで、結局今回の泥棒騒ぎは無かったことに。土手の野良犬一家は無罪放免と決まったのであった。
 こっそり犬の事を気にしていた子供達共々、ライルやチップ、十四郎も一安心して。そして3人は、最後の仕事に取りかかるのであった。
「ねーライル。ここ、こんな感じでいいのかな?」
「んー、ここはもうちょっと長く生地を使った方がいいかもね。手拭いは大きめの方が使いやすいし」
 十四郎の家で、ちゃぶ台を挟んで針仕事に精を出すのはチップとライルだ。二人は犬に布きれを盗まれた人たちのために、新しい褌や手拭い、腰巻きをわざわざ作っているところらしい。
 そして十四郎はというと、ごそごそと自宅の押し入れを引っかき回していたかとおもえば、着古した毛織りのマントや防寒着を引っ張り出していた。彼はそれを抱えて土手まで行くと、
「……褌を取り返したりはしねぇから安心しな。ほら、これも使いな、着古しちゃいるが……褌や手拭いよりは暖けぇと思うぜ」
 そういってどっさりと野良犬たちの住処に古着を置いてきて。そして帰ってきた十四郎を迎えた二人。
「おかえり十四郎。ほかの被害者さんたちには、盗まれたのと同じ品物を作って渡しておいたから、これで一件落着だね」
「いま配ってきたんだよ! はいこれ、十四郎の分!!」
「ん? 俺の分? ……一体何の話……」
「十四郎も褌盗まれたんでしょ? だからおいらが替わりの褌作ってみたんだ。けっこー上手でしょ?」
 はいっとチップが手渡したのは、気合いの入った手作り褌。
 それを前に思わず十四郎もぷっと噴き出して、思わず笑い合う3人。仲の良い友人達は、寒さも忘れて笑い続けるのだった。
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2014年03月17日

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