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『玉響(たまゆら)の邂逅 』
月居 愁也ja6837




 どうっ。
 静かな古都を強い風が音を立てて駆け抜けて行く。地元で「比叡おろし」と呼ぶ、冬特有の冷たい風だ。
「まだ結構寒いんだな」
 月居 愁也が呟く。
 気温以上に寒く感じるのは、町に人気がないためかもしれない。だが人間は逞しかった。
「お、コンビニやってる」
 ふと見ると、そこだけ底抜けに明るく見えるきれいな店があった。
 天界の脅威が薄れた都には、戻って来た住人もそれなりにいて、復興事業に携わる人も多くいる。となれば、彼らの必要な物を売る店も必要になる。
 愁也は店に足を向けた。

「いらっしゃいませ〜」
 チャイムの音、明るい声、食べ物の匂い。死んだ町が少しずつ生き返ろうとしている、その象徴のようだ。
 愁也はなんとなく店内を見て歩き、ワゴンに突っ込まれた赤やピンクの包みに目を止める。バレンタイン当日を過ぎ、義理にも愛にも使われなかったチョコレートが、半額で山積みされていたのだ。
「こんなところでバレンタインチョコまで売ってたのか」
 思わず愁也は苦笑いする。やっぱり人は逞しい。
「おっ、これなんか結構お得じゃね?」
 幾つかの包みをとり、レジに向かう。
「……ありがとうございました〜」
 笑いを噛み殺したような表情の店員に見送られ、愁也はコンビニを後にした。

 荒れ果てた町も、少しずつ息を吹き返しつつあるのだ。
 たび重なる激戦の果てに取り戻した町。
 そして今、愁也は復興のためにこの土地を踏みしめている。




 今回久遠ヶ原学園の学生達が出動したのは、まだ解体が済んでいない要塞の撤去作業のためである。
 作業の休憩時間に抜けだした愁也は、かつての北西要塞に立ち寄った。
 ここはまだ本格的に順番が回って来ないらしく、激戦の後を留めたまま取り残されていた。
 湿っぽい階段を上がると、不意に目の前が開ける。
 視界を遮る建物は付近に無く、回廊の上には薄い雲がかかる蒼穹が広がっていた。
 確実に春は近付いていた。どこかの庭先に咲いているのだろう、梅花の香りが微かに漂う。
 人の少ない街にも、息づいている物はあるのだ。
 愁也はどっかとその場に腰を下ろした。コンビニの袋から包みを取り出し、リボンをほどく。
 綺麗に並んだチョコレートを一つつまみ、ぽいと口に放り込んだ。
「お、なかなかいけるな」
 もうひとつ。

 愁也は突然、目に見える景色がぐらりと揺れたような感覚に襲われた。
「……あれ?」
 目をつぶり、その感覚を振り払おうとするように幾度か首を振る。
 再び目を開く。相変わらず見えるのは都を取り巻く山の端と青い空。
 だが愁也は呆然とするしかない。

 何かを求めて巡らせた視界に、人影が目に入った。
 いつからそこに立っていたのかは分からない。ただ、一度見たら絶対に忘れられないだろう姿だった。
 眉目秀麗な優男風である。だがそれよりも目を引くのは、その男のいでたちだった。
 身につけているのは、黒い烏帽子に黒い狩衣。長い黒髪を真っ直ぐ肩に滑らせ、腰には大太刀を佩いている。
 男は切れ長の瞳に戸惑いを浮かべ、愁也を見ていた。
「あーのー、すみません」
 愁也が歯切れの悪い口調で切り出す。
「……ここってどこですかね?」
 男は明らかに困惑していた。
 だが愁也はそれを気にしているどころではない。
 ――ついでに俺、誰?




 愁也は男と並んで座っていた。
 記憶喪失。信じられない状況だが、一人ぼっちでないことが救いに思えた。
「ところでさーお兄さんここで何やってんの? ……映画の撮影か何か?」
 これってなんて言ったっけ。陰陽師?
 少なくとも今、こんな男が普通にその辺りを歩いているのは奇異に思える。尤も愁也自身、自分が何者であるのか分からない状況なので、ひょっとしたら自分の方がおかしいのかもしれないが。
「お前、本当に何も覚えていないのか」
 心底呆れているような口調で男が言った。
「うーん、何で俺、こんなとこにいんのかね。もしかしてセットに紛れこんだとか?」
 見下ろすと、いかにも古い和風の家が何処までも広がっている。RPGゲームに出て来るような石造の要塞の瓦礫と家並は、余りにミスマッチだ。

「何か身元が分かるような物は持っていないのか」
 男が愁也を横目で眺め、助け船を出すように言った。こう見えて、意外と親切な奴の様だ。
「あっそうか! お兄さん頭いいね」
 愁也はポケットを探り、スマートホンと財布を取り出す。財布の中には、赤毛の青年が写った身分証明のようなカードが入っていた。
「これなんだ……久遠ヶ原学園学生証……? ツキオリシュウヤ。これが俺の名前なのかな」
「そのようだな。お前に似合わぬ風流な名前だ」
 愁也の横から手元を覗きこんでいた男が、そう言って鼻を鳴らした。
 どういう意味だ。そう思ったが、確かにこれが自分の名前だという実感もない。
「んで、お兄さんの名前は?」
「……名乗る理由も義務もない」
 ふいと顔を背ける。にべもない返答だった。
「えー、俺の生年月日まで見ておいてずるくね? 名前ぐらい教えてくれてもいいじゃん、ねー!」
 愁也は狩衣の袖を掴んで何度も引っ張り、男を揺さぶった。
「ええい、やめんか! ……蘆夜、だ」
「へえ、どんな字書くの? ……難しい名前だなあ。蘆夜さん、か。んじゃあっしーね……痛ッ!?」
 男が扇子で愁也の頭を叩き、軽い音が響き渡る。

 何故か愁也は、その一撃は避けようと思えば避けられたもののような気がした。
 そもそもこの男、どこかで見たような気がして仕方がないのだ。
 歴史か古典の教科書? それにしては男の雰囲気、気配、そういったものがどこか妙に生々しい。
「なんかさあ、あっしーとは初めて会った気がしないんだけど。本当に俺の事知らない?」
 そう言って首を向けると、男は何やら複雑そうな顔をした。
「えっ、やだな。ナンパじゃないよ? 何警戒して……」
 ばしーん。また扇子がいい音を立てた。
「月居、お前は阿呆か! 本当に記憶喪失なら、もう少し深刻にならんか!!」
「痛い痛い、扇子禁止!!」
「頭を叩けば思い出すかもしれんからな! ショック療法だ!!」
 狩衣姿の男がカタカナ言葉を使うのも何やら不思議な感じだ。それはともかく。
 べしべしべしっ。
 男は一度扇子を振り上げる度に、3連撃してくる。すごいスピードである。
「いや、ちょ、待って! 落ちついて!?」
 そのとき、脇に置いていたスマホが鳴り響いた。




 愁也は画面に映る名前に、吸い寄せられるようにスマホを手にした。
『いつまで遊んでいる。いい加減戻って来い』
 聞こえる声が何故か懐かしく思えて、涙が出そうになる。
「ああうん、ごめんごめん。今から戻る」
 今、全てがクリアになった。
 ついさっきまで男がいた方を振り向くと、既にその姿は消えて失せている。
 蘆夜葦輝。……会ったことがある訳だ。
 この要塞で戦い、誰よりも大事な親友を傷つけたシュトラッサー。
 人の世を呪い撃退士を憎み、天使の従僕となり、最後は愁也の目の前で倒れた男。
「まだここにいたのか……?」
 シュトラッサーに魂があるのかはわからない。
 命を終えた彼らに往く場所があるのかもわからない。
 もし往く場所がないなら、ひょっとしたら……。

 愁也は残りのチョコレートの箱を積み上げ、立ちあがった。
「……またな」
 ひらり手を振り、後は振り返ることなく歩きだす。
 いずれこの要塞も完全に撤去され、人々も戻ってくるだろう。
 あの男はそれを煩いと思うのだろうか。それとももう、そんなしがらみもない場所に居るのだろうか。
 地上から見上げた石の瓦礫の上には、青い空。
 降り注ぐ光は煌めき、硬質の微かな音を響かせるようだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6837 / 月居 愁也 / 男 / 23 / 生ある者】

同行NPC
【jz0283 / 蘆夜葦輝 / 男 / 24 / 玉響の影】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご依頼誠に有難うございます。
今も尚、記憶して頂いていること。その相手の名前を知ること。
今の彼は、それをきちんと受け止められるのではないでしょうか。
彼に代わって感謝を籠めて。どうも有難うございました。
不思議なノベル -
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エリュシオン
2014年03月17日

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