▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『魔女と悪魔 』
ファウストjb8866

 昔々、ずっと昔のことです。
 遠い国の、小さな田舎の村でのお話。
 村はずれに住む悪魔と噂される青年と、魔女と呼ばれた少女の物語です。


 穏やかに晴れた日の昼下がりのこと。
「またも、貴様か」
 村はずれに一人住む変人の青年の家のドアを、ノックせずに堂々と入った少女にファウストは呆れるように溜息。
「またも貴様とはご挨拶ね、この変人。それに私はニーナよ。何度言えば解るの。いい加減名前で呼びなさいよ、それが礼儀ってもんでしょ?」
「我輩も、何度も入る時はノックくらいしろと言っておるだろう。ノックをするのが礼儀だと思うが」
 この言葉の応酬も、もう何度繰り返しただろう。
 ファウストは読んでいた本を閉じて、ドアの方へと目を向けると其処に彼女の姿は既にない。
「あなたが名前で呼んでくれたのならば、考えてあげてもいいわ」
 その声がした方向へと顔を向けると、既に彼女は机にバスケットを置いていた。
「私だってお陰様で、魔女だって言われてるわ」
 不機嫌そうに言うニーナにファウストは。
「どうして」
「だって、悪魔に通い続けてるから魔女とかなんとか……全く良い迷惑だわ」
 ぷんすかと何故か一人不機嫌そうなニーナ。
「貴様が勝手に来るからだろう。我が輩も頼んでないが」
「誰がこんな村はずれの寂れた小屋に好き好んでくるものですか」
「別に来なくても構わないだろう」
 ファウストの指摘は至極当然のこと。だけれど、ニーナは無視して勝手に台所からナイフを持ってきて切り分ける。
「キルシュトルテ、作りすぎたからお裾分け。腐らせるよりは良いから」
 とは言いつつ、机の上に出されているのは1ホールのケーキ。
 ファウストはキルシュトルテを口に運ぶ。前より少し、自分好みの味に近付いていた。

 鋭い言葉の応酬。喧嘩しながらもお互いの間に咲くのは笑顔。
 こんな関係が心地良くて。
 これが、魔女と悪魔の日常だった。


 雪がしんしんと降り積む2月14日。
 その日も彼女は来た。いつも通りバスケットにお菓子を入れてきた。
 いつも通り、ノックせずに入ってきたニーナにファウストはいつも通りの言葉を返し、最早挨拶となった恒例行事。
 彼女が今日持ってきたトルテは以前食べさせられたものよりも、ずっとファウスト好みの味付けになっていた。
「ファウ、本当見た目変わらないわよね。噂通り悪魔だったりして?」
 この村へファウストが住み始めたのはニーナがまだ幼い頃。
 改めて、少しだけ特別なこの日に当時からちっとも変わらないファウストの姿を眺め、ニーナは呟く。
「……なら、もし貴様を使い魔として迎えたいと言ったらどうする」
「あら、残念ね。折角のお誘いだけれど、私は人の生活が気に入っているのよ」
 そんな特別な日だから。ファウストの精一杯の告白さえもニーナは一蹴した。だけれど。
(本当に、面白い女だな)
 何故だろう。彼女らしいと嬉しく感じるこの心は。
 不思議と弾む心とともにファウストが村を離れたのは、このすぐ後のことだった。


 それから30回目の冬の頃。
 丁度あの日と同じように雪が降っていた2月14日。
「今度は、あなたがノックせずに入ってくるのね――ファウ」
 光り輝く黄金色の穂ようだったニーナの髪は、月光と同じ白銀の色。
 抜け落ちた精気。すっかり年老い病に蝕まれた彼女は身を起こすのも辛そうで、視線で水を求めているようだったからファウストは支えて、飲ませてやった。
「孫でもいるかと思いきや……まさか結婚すらしとらんとはな」
「誰のせいよ」
 嗄れた声。けれど、そこに宿る強きな性格は何も変わっていないようだった。
「……ニーナ」
「ようやく、名前で呼んでくれたわね。あの頃は頑なとして読んでくれなかった癖に」
 ふて腐れるように良いながらも、その言葉に含まれていたのは歓び。
 ようやく、名前を呼んでくれた。ようやく、会いに来てくれた。ようやく、迎えに来た悪魔の姿はあの頃からちっとも変わってなくて。
「……あんた、本当に悪魔だったのね」
 そう訊ねたニーナに頷く。
 しんしんと雪が降り積む窓の向こうの景色を眺めながら、言葉を交わす。思い出話を、或いは、身の上話を。
 そして、ニーナがふと訊ねる。
「ねぇ、悪魔って魂を食べるの?」
 その言葉にファウストは、頷くが其処に混じるのは苦いもの。
 きっと、ニーナの質問を予測出来ていたから。
「じゃあ、私の魂食べてくれない?」
「断る」
 それは愛故の拒絶。
 予測通りの願いに、即断りを入れたファウスト。だけれど、ニーナはファウストの服の裾を掴む。
「……一緒に、居たいのよ。最期の時くらい、少しくらい……いいじゃない」
「正気か?」
「本気よ」
 悪魔を見つめてくる、未だ強い眼差し。だから、結局その願いに負けた。

 ――Ich liebe dich immer und ewig.

 交わしたのは深い口付け。雪だけが見ていた愛しい人の魂を奪う、あまりにも苦いキス。
 段々と冬に熱を奪われてゆく彼女の寝顔は、とても安らかで幸せそうなものだった。


 悪魔は遠い空に思い馳せた。
 そんなずっと前の昔話を思いだしたのは、かつての自分に似た悪魔に出逢ったから。
 感情も愛し方も、そして魂も余りに千差万別過ぎて――きっと、これからも正解は出せないのだろう。
 だから、ファウストは自分なりの愛し方で彼女のことを愛している。
 人の子が何度も生まれては死んでいった長い時の中で彼女のことを想い、愛していた。

 ――永遠にきみを、愛し続けよう。

 それが、あの日の誓いだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【jb8866 / ファウスト / 男 / ダアト】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 大変お待たせしてしまい申し訳御座いません。
 ツンデレ同士の喧嘩っぷるさんは大好きで、とても楽しく描かせて頂きました。
 独語は色々意訳も考えましたが、わりと忠実気味に翻訳しました。
 今回はご発注、有難う御座いました!
不思議なノベル -
水綺ゆら クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年03月24日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.