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『ケダマ・パラダイス 〜猿にも負けない・のとう編 』
大狗 のとうja3056




 すっかり春めいた日差しが青い空から降り注ぐ。
 柔らかく暖かな風が頬をなでるついでに、獣臭い独特の香りを運んで来た。
「来たのぜ! 久々の動物園!」
 ギィネシアヌが待ちきれない様子で、速足で歩く。並んで歩く大狗 のとうも競争の様に歩みを早める。
「やはー! いかにも動物園って匂いもしてるのな! 今日は沢山遊ぼうなー!」
「いっぱい遊ぶのぜ!」


 少し前の事である。暇つぶしに眺めていた携帯のワンセグ画面に映った光景に、ギィネシアヌは釘づけになった。
 そこでは年配の男性が、大小様々な動物と戯れていた。
 暫くそれを見ているうちに、ギィネシアヌは猛烈に動物園に行きたくなったのだ。
「なあ、久々に動物園いきてーのだぜ!!」
 目の前に画面を突き出し、ギィネシアヌが興奮した口調でのとうを誘う。
「動物園かあ。行くか!」
 その瞬間、ギィネシアヌの顔には花が開くように喜びが弾けた。


 案内板の前で、ふたりはようやく立ち止まった。
 ギィネシアヌが睨むように見つめる一点は、ファンシーな仔犬のキャラクターが描かれた『ふれあい広場』という場所である。
「え〜と、ふれあい広場ってあれだろ人に慣れてる犬とかと遊べるんだよな……」
「よしよし、まずはそこからなのな! あっちか? ……いや、こっち……?」
 入口で貰ったパンフレットと看板を見比べ、のとうが首を傾げた。
「のとちゃん、パンフが逆さっぽいのぜ……」
「いやいや、これが正しい見方な! 行く方向に地図を回して……にゃははは、うん、ごめんち!」
 のとうは悪びれずにパンフレットを元に戻す。
「さぁって! ふれあい広場はどーこだっ」
 結局、近くにいた作業服の人に詳しく道順を教えてもらうことになる。




 ようやく到着したふれあい広場には、様々な種類の犬が待ち受けていた。
「俺、あんま野良な動物には懐かれないからな! こういうとこ、超好きだぜ!」
 目をキラキラさせたギィネシアヌが、早速手近のぬいぐるみの様な黒いトイプードルの前に座り込む。
 人によく慣れている犬のはずだが、仲良しになるにはまず目線を近くして、向こうから近寄らせる方がいい。
 普段の目つきが鋭いせいか、野良の動物は警戒してギィネシアヌをじっと見つめるだけで絶対に近寄らないのだ。
 でも今日は大丈夫。
 差し出したギィネシアヌの指に濡れた鼻先を近づけ、暫く匂いを嗅いでいた犬は、ぺろりとピンクの舌を出して指先を舐めたのだ。
「うおっ! くすぐったいのぜ!!」
 そう言いながら、ギィネシアヌがそっと顎を撫でてやると、トイプードルは小さな尻尾をパタパタ振り始めた。

「おー、いい子なのにゃ〜」
 のとうは微笑ましい気持ちで眺めていた。
 が、それも束の間。
 トイプードルを撫でるギィネシアヌの膝に前足をかけ、悪戯っ子のような目でミニチュアダックスフントが見上げる。キャバリアが自分も混ぜろとばかりに、脇から顔を突っ込む。背後からはゴールデンレトリバーがとどめとばかりにのしかかる。
「ぐわわ!? いすぎっ! ちょっ、ま……っ!!」
 大小様々な犬が、何か面白い奴が来たぜとばかりにギィネシアヌを囲んだ。
「あばばった、たすけ……!!」
 係員の人が慌てて駆けつけ、やっとギィネシアヌは犬の輪から抜け出すことができた。だが長い髪はくちゃくちゃ、手も顔もヨダレまみれの有様だ。
「ギィちゃん大人気だったな? 可愛かったのなー」
 のとうがそう言って笑いながら携帯をちらつかせた。
「ちょ、撮影したのか! のとちゃん、俺は可愛くないのぜ!! そういう写真は葬り去る!!」
 必死で飛びかかるギィネシアヌに、のとうは携帯を思い切り高くさし上げた。
「ふふふ……消したくても、こうすれば手が届かないだろう?」
「ぐぬぬぬ……ずるいのぜ!!」
 身長の差万歳。ギィネシアヌは地団太踏んで悔しがるしかなかった。




 昼時の動物園は、どこかのんびりしている。
 肉食獣になると尚更だ。
 雄ライオンは岩場の上で、顔の半分以上が口になる程の大あくび。
「おー……でっけぇライオンだな」
 ギィネシアヌは檻に張り付くようにしてライオンを見つめる。
 だがライオンはそんなこともまるで気にしない様子で、前足に顔を埋めて横たわっていた。
「大人しいな……これは近づいて一枚撮れそうだな、うむ」
 ギィネシアヌはのとうを手招きした。のとうは笑いながら携帯を受け取り、少し後ろに下がる。
「んーも少し右、うん、もう少し、あっそこそこ!」
「のとちゃん、格好よく撮ってくれだぜ!」
 ギィネシアヌはワクワクしながらライオンからなるべく近い場所に移動し、ピースサイン。
 のとうがシャッターを押すと軽い調子の短い音楽が流れる。
 どうやらライオンはそれが気に入らなかったらしい。
『グワォオオ!!』
「ひゃあああああ!?」
 百獣の王の腹の底に響くような吠え声が響き渡る。
 腰を抜かさんばかりに驚き、ギィネシアヌはのとうにしがみついた。
「大丈夫なのぜー檻からこっちには来られないからにゃ」
 のとうがぽんぽんとギィネシアヌの頭を軽く叩く。
「こ、怖くなんかないぜ! ちょびっとだけ驚いただけなのぜ!」
 目に涙を溜めて精いっぱいギィネシアヌが強がると、のとうは笑いを堪えて頭を撫でてくれた。
「うんうん、そうだね、泣いてないね。しかしすごい迫力なのな!」
「ぐぬう……ライオンめ、俺が怖いんだなっ! よし、今日はこのくらいにしてやるのだ……!」
 ちょっと足が震えていたが、ギィネシアヌは腰に手を当てて、びしっとライオンを指さすのだった。




 笑って、びびって涙目になって、また笑って。ギィネシアヌの表情はくるくる変わる。
 のとうはそれを見ているのが楽しかった。
 いつもは小さな体で思い切り背伸びして、負けん気いっぱいで強がるギィネシアヌ。
 それこそ野生生物のように、他人が差し出す手を警戒してじっと見つめているような気がする。だから心を開いてくれると、余計に可愛らしく見えるのだ。
 少し前、ふたりの間にはちょっとした『事件』が起きた。
 ギィネシアヌから動物園へ行こうと誘われたのは、その後だった。
 一度目の前で手を引っ込めてしまったら、もう近付いてこないと思っていた。
 けれどギィネシアヌは、また近寄って来てくれた。
 とても勇気のいることだったろうその一歩が、のとうにはとても嬉しかった。
 同じ物を見ても、受け取り方が人によって違うこともあるだろう。
 それでも一緒に同じ時を過ごして、そこに楽しい気持ちが溢れているのは、とても素敵なことだ。
 だから自分もめいっぱい楽しもう。
 きっとギィネシアヌもまた、それを楽しんでくれると思うから。




 動物園のちょうど真ん中あたりまでさしかかると、網に囲まれた岩山のような物が見えた。キャッキャという鳴き声も聞こえて来る。
 のとうが岩山を指差した。
「猿だ。猿がいっぱいいるのにゃ!」
 ニホンザルが群れる猿山の隣には『世界の猿』という展示施設があった。
「あっち行ってみよう!」
 扉を開けると湿っぽい、暖かい空気に包まれる。中は少し薄暗い。
 ワオキツネザルやチンパンジーなど、進むにつれて色々な種類の猿が見えた。
 一部はガラス越しだが、檻に隔てられているだけで、見学する人間と同じ空気を吸っている猿たちも結構いる。
 取り付けられた看板に『檻には手をかけないでください』とあった。知能の高い猿たちは、人間にいたずらを仕掛けて来ることもあるのだ。

 物珍しそうに辺りを眺めながらのとうは進んで行く。突然その足が止まった。
 檻の傍に座って通路を眺めているのは、いかにも肝の座ってそうな顔つきの猿。手にはバナナを握りしめている。
 のとうはその猿としっかり目が合ってしまったのだ。
「のとちゃん……?」
 ギィネシアヌは、彫像のように動かなくなったのとうの顔を恐る恐る見上げる。
「しっ」
 のとうは真剣な表情で前を睨んだまま、低い声を出した。
「先に目を逸らした方が負ける……これは自然界のセオリー……ッ!」
 一体何の勝ち負けなのか。そして人間の尊厳とは。
 だがのとうの中の野生が囁く。負けるな。打ち勝てと……!

 静かな戦いは数分間で決着がついた。
 突如、猿が妙に人間くさい仕草で首を回したのだ。
 そして檻の隙間から手にしていたバナナを差し出す。
『あんたにゃ負けたよ』
 そう言ってるようにも思えたし、逆に憐みの施しにも思える。
 のとうの手にバナナを握らせると、猿はこちらに背中を向け、やけに男前にのしのしと離れて行った。
「のとちゃん……」
 奴に勝ったのか。それとも負けたのか。のとうは何だかわけのわからない感動に、ただバナナを握りしめる。
 ギィネシアヌに勝負のことはよく分からなかったが、バナナを握っているところを近付いて来る飼育員に見つかるのはまずい、という事だけははっきり分かった。
「のとちゃん、それ!」
 ギィネシアヌはそれこそ猿のようにすばしこくのとうの手からバナナを奪い取る。即座に見事なアンダースローで檻の隙間から放り投げると、のとうの手を取ってその場を走り抜けたのだった。




 明るい日差しの下に出て、ふたりは顔を見合わせる。
「にゃはははー猿に勝ったのな!」
「さすがのとちゃんなのぜ!」
 どちらからともなく思わず噴き出し、次第にその笑い声は大きくなっていった。

 ギィネシアヌはふと、こちらを見る視線に気付いた。
 振り向くとちょっとくたびれた風情のおじさんが、小さな日避けの下で何かの屋台を出していた。
「飴細工……?」
 近付いてみると、長い棒がいくつも固定台に挿されている。その先にはカラフルなキャラクターや花がついていた。
「良かったらどうだい。なんでも飴で作れるよ」
「なん……だと。だったら、蛇の魔族っぽいのをおくれ!」
 ギィネシアヌが食いつく。
「よしよし、まあ見てな」
 おじさんは飴を火であぶると、器用に金具を操り、見る間に翼の生えた蛇の魔物らしきものを作ってくれた。
「ほらよ」
「すげえ!!」
 ギィネシアヌが思わずうなった。のとうも目を丸くする。
「面白いな! じゃあ俺は犬っぽいの!」
「お安い御用だ」
 気がつくと周りに人だかりができていた。皆おじさんの手元に注目している。
「……はいよ」
「うおー、すげえのにゃ! おじさん、ありがとー!!」
 のとうは飴を受け取りながら、ふたり分の金額を手渡した。

 手にしっかりと蛇の魔物の飴を握り、ギィネシアヌは複雑そうな顔をする。
「ぐぬぬ……奢られるのは余り好きではないのだが」
 のとうは笑いながら、ギィネシアヌの頭とくしゃくしゃと撫ぜた。
「君は大人しくオネーサンに甘えて奢られているといいのなっ」
 それはギィネシアヌが本当に望んだ答えではないのかもしれない。
 だが、もっと甘えてくれていいのだと。それは喜んで受け止めるから。
「たまにはこういうのも、ありだろう?」
 そう言うのとうの笑みは、見上げるとどこまでも優しくて。
「……今日の所は奢られておく」
 ギィネシアヌはぷいと目を逸らす。
 そして、どうにもこの飴は食べられそうにもないな、と思うのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3056 / 大狗 のとう / 女 / 19 / 猿に勝ちました】
【ja5565 / ギィネシアヌ / 女 / 14 / わんこに大人気】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度のご依頼、誠に有難うございます!
それにしても猿と戦うお姿はちょっと感動モノですね。
人と人との関係はなかなか望む通りにはいかないものですが、それでも一緒にいたいと思える人がいるのは素敵な事なのでしょう。
尚、4章目が一緒にご依頼いただいた分と対になっております。併せてお楽しみいただければ幸いです。
不思議なノベル -
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エリュシオン
2014年03月24日

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