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『紅色の梅見月 』
氷川 玲(ea2988)

「なぁ、玲、お前様は身を固めるつもりはないのかえ?」
「は……?」
 煙管を燻らせながらの香具師の元締めである白鐘の紋左衛門の言葉に、白鐘一家の若頭・氷川 玲(ea2988)は目を瞬かせて、珍しく思わず間抜けな息を漏らしていました。
 氷川は歳も三十を越えて丁度脂の乗った男盛り、近頃はギルドにある程度の見切りをつけたか、身内達とよろず相談事を請け負ったり、頼りになるちょっと怖い気の良い兄貴肌の若頭としても所の者たちに慕われていたり忙しい日々を過ごしていました。
「親分、こういった稼業だ、嫁の来てなんざ……」
「いやね、あたしももうすっかり歳だ、そろそろお前に任せて楽隠居と決め込みたくてねぇ……それに、うちの若頭にどうかねって話もされているのさね」
 小さく笑って言う紋左衛門、なかなかのじゃじゃ馬とは聞くが、いっぺん会ってみてくれないかねぇ、親分にそう言われてはなかなか氷川も断れるものでもなく、あれよあれよと会う算段がつけられてしまって。
「まぁ、親分の顔を立てるってとこか」
 そうして船宿の綾藤にて設けられた一席、取り敢えず紋付きとまでは行かずとも改まった格好で待っていた氷川は、少し窮屈そうに約束の刻限まで中庭の渡り廊下の手摺りに凭れていました。
 聞けば紋左衛門のシマ内にある油問屋で大店の木瀬屋の娘さんとか、下に跡取りとなる弟が居るというのは聞いていますが、余り堅気の娘さんの噂などに興味を持っていなかったためよく知らず。
「堅気の娘と見合いったってなぁ……?」
「何よっ、文句があるなら来なきゃ良かったじゃないっ!」
「ん?」
 自分が堅気でないという意識で呟いたところでいきなり投げかけられる声、見れば渡り廊下の端からずかずかとやってくるのは、年の頃一七、八程のきりっとした表情の色白の娘さん。
 艶やかな青に梅と毬の描かれた仕立ての良い振り袖と、黒に金糸銀糸の帯を締めたその様子から、どうやらお見合いの相手のようで。
「気乗りしないで来られて、何処の誰が気持ち良くお見合いできると思ってるの!?」
「ぁ……い、いや……」
「もう、気分が悪いわ、私帰る!」
 娘さんの勢いに気圧されて目を瞬かせていれば、踵を返して帰っていく娘さんを氷川はあっけにとられて見送ります。
「参ったな、親分の顔潰しちまったか?」
 慌てた様子で向こう側で宥める声と共に立ち去っていく足音を聞きながらぼやく氷川、入れ替わりに白鐘の若い衆を纏めている沖松が、怪訝な表情を浮かべてやって来て。
「若頭、お嬢さん、行っちまいましたが、なんかあったんですかい?」
「いやぁ……なぁ?」
 何と言って良いか分からずに肩を竦める氷川に、沖松は不思議そうに見ているのでした。

「いやいや、相手のことをあんまり教えてなかったのは悪かったねぇ、あれはね、あたしの姪っ子なんだよ。名は紅香と言ってちょいと気が強くってねぇ」
 珍しく楽しげに笑う紋左衛門、申し訳ない、と穏やかな様子で頭を下げている初老の男性は木瀬屋の主で。
「いや、その、怒らせちまったみたいで、面目ねぇ」
「いえ、あれは本当に気が強くて……」
「しかし、その、姪御ってぇのは……」
「亡くなった、姐さんの妹様が、こちらの木瀬屋さんの奥様だったんでさ」
「なんだ、沖松も知ってたってのかよ」
「へぇ、若頭は、余り小町娘とかの話にゃご興味ねぇようでしたんで」
 知らねぇのは俺だけか、そう肩を竦めた氷川に、紋左衛門と木瀬屋の主は顔を見合わせると小さく笑いを漏らして。
「いやしかし、あのじゃじゃ馬がかりかりとして居る様なんて、氷川さんでしたね、偉く気に入られたもので……」
「いや、ありゃ怒って帰っていったんだ、気に入っているとかそういう話じゃねぇんじゃ……」
「気に入らなかったら、まぁ、湯呑みの一つも飛んできたろうさ」
「あ……?」
 じゃじゃ馬なんて範疇じゃねぇだろう、紋左衛門の言葉にちらりとそんなことが過ぎりもしたが、取り敢えずの所はその言葉を飲み込んでいれば、微苦笑気味に言う木瀬屋の主の話では、大店と言うことで寄ってくるのは碌でもない者たちばかりだったとか。
「姉だからと、弟を守ってやるって気概のせいで、あの通り、きつい子になってしまいまして……」
「本当は優しい子なんだがねぇ……」
 主役の居ないお開きとなったはずの見合いの席で参ったとばかりに息を付く義理の兄と弟の姿に、何を言えば良いのかと僅かに遠くを見つつ、氷川は杯を手にとって取り敢えず呑んで逃避に入ることにしたようなのでした。

「……何しに来たのよ」
 改めて木瀬屋へと挨拶に来た氷川は、余程気に入られているのだなと周囲が言うのに釈然としない心持ちのまま奥へと立ち寄れば、紅香は弟の手習いを見てやっているところのようでした。
 とは言え姉の様子に氷川へとぴょこっと頭を下げて、十三だという弟は本を抱えて慌てて退散し、何とも言えない気不味い雰囲気になる二人。
「その、よ……こないだは悪かったな。別に堅気がどうこう言うつもりじゃなく、柄にもねぇことになったなって思っただけなんだが……」
 御店の人がお茶を運んで出て行ったのを見送ってから言うも、つんとそっぽを向いている娘さんに、何を言やぁ良いのかと頭を抱えかねる氷川。
「ますます悪いわ。柄にもないことになんて言ったら、それこそあそこに何しに来たってのよ」
「あーもう、悪かった、悪かったよ」
 何を言っても怒らせるのでは、そう思って困ったように言う氷川ですがそっぽを向いてむくれている紅香、言葉を探して視線を彷徨わせれば、片付け途中の手習いの本に目が止まって、ふと口を開きます。
「しかし、その……さっきのは弟か?」
「……それが何?」
「……いや……」
「……に、似てないと思ったわねっ!? 悪いっ!?」
「まだ何も言ってねぇだろ!?」
 きーっと怒る紅香に思わず本音が出そうになりつつも飲み込めば、今の質問に他意はなかったと何とか納得させるまで宥め賺すと逃げ出すように退散するのでした。

 結局の所、それからもちょくちょくと会うこととなって、なんでこんな事になったのだろうかと、一人で考えて居るときにぼーぜんと思うこともあるも。
「何よ」
「いや、別になんでもねぇよ」
 紋左衛門と木瀬屋主に示し合わされて、やれ茶店だやれ見世物小屋だと、シマの見回り序で一緒に出掛けることも増えれば、素直になるのが苦手で所々で育ちの良さやら照れ隠しし切れてないほんのりと頬を染めて慌てる様などが可愛く見えてくるから不思議なもの。
 育ちの良さからの世間知らずな様子にはつい心配してしまう事に、氷川は不思議な心持ちを憶え始めていました。
「そういや、最近は情勢が情勢だ、変なのが流れ込んできているから、気ぃ付けろよ?」
「別にっ、そんなこと言われる謂われは……」
「こういったこたぁな、素直に聞け。何か有ってからじゃ遅ぇから言ってるんだ」
 珍しく低く言い聞かせるかのように言う氷川に、一つ二つもの言いたげな表情を見せるも、少し頬を染めたまま紅香は目を落として。
「分かったわ」
「それで良い」
 必要な時に素直になれないわけではないのも分かれば、にと笑って頷く氷川ですが……年齢的に一回り以上下の紅香の頭をぽむぽむと他意もなく撫でて、ふるふると震え出す紅香。
「こっ……子供扱いしてるわねっ!?」
「え、な、何でそうなるっ!?」
「……若頭……」
 シマだから当然と言えば当然ですが、何やらいちいちきっちりと埋め火を踏み抜く様子の氷川は若い衆やら沖松やらに目撃されてほろりとされるのですが、当人達はそれに気が付いている様子もなく。
「お前ぇ、そう直ぐにころころ怒ったり怒ったり……いや、怒りっぱなしだな。まぁ、良く疲れねぇなぁ……」
「いちいち怒らせてくる人に言われたくないわ」
 ふん、と鼻を鳴らす紅香ですが、ちょっぴり拗ねているかのような様子を見せているのに、思わず小さく笑いを零す氷川。
「今度は何よ」
「いやいや……ほら、行くぞ」
 むー、となって居る紅香を促して、見ていて飽きねぇな、と口の中でだけ小さく呟いて、氷川は梅薫る春先の参拝道を、紅香を促し宥めつつ楽しみ歩くのでした。
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2014年03月24日

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