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『恋告げ草 』
三島 奏jb5830

 春一番に咲く小さな花。力強く黒い枝を春告げ草とも呼ばれ、古来より親しまれてきた花。
 この花が告げる春の訪れは、何も季節の流れだけではないのかもしれない。
 そんな春先の、有り触れた休日の出来事のお話。


 未だ暖かくなるのには早く、春の気配もまだ遠く感じる3月の初め。
(遅れなくて、よかったっす……)
 ダウン姿の九 四郎はほっと胸を撫で下ろす。彼の視線の先の時計台は午前9時。
 今日はあの先輩と遊びに行くのだ。遅れてはいけない、粗相をしてはいけない。増してや先輩に恥を掻かせることなんてもってのほかだ。
 そんな気持ちが、四郎の足を急がせて、彼が待ち合わせ場所である駅前広場の時計台に着いたのは一時間程前。
 だけれど、早く来すぎたというというより遅れなかった方の安堵感の方が強かった。
(先輩は、まだ着ていないみたいっすが……)
 往来や人混みを見渡しながら四郎は暫く突っ立ってみる。正直、落ち着かない。
 結局、逃げるように入った書店。其処でも目に入ったタイトルは『恋愛必勝法マニュアル』。
 何故かいたたまれず駆け込んだ喫茶店で飲んだカフェモカは、やたらと甘く印象に残っている。


(遅れなくって、よかッた)
 駅前広場に着いた三島 奏の頬を冷涼な風が撫でてゆく。腕時計を眺めると約束の10分前。
 チクタク、チクタク。ゆっくりとも、速くも感じる秒針の軌跡。流れるように過ぎ去り立ち去っていく人達に待ち人の姿を探すが、一向に見付からない。何度も不安になって、腕時計やメールを見返して、落ち着かなかった。
(……大丈夫、かなァ)
 すぐ隣で忙しなくスマートフォンの画面を眺めていた名も知らない少女。彼女を迎えに着た少年と幸せそうに手を繋ぎ人混みへ消えてゆくのを見て、何だか羨ましくも感じた。
「シロー、こっちこっち! おはよー!」
 だからこそ――数分後に着た彼の姿を見付けた時は、思わず子どものように満面の笑顔で大きく手を振っていた。
 彼――四郎は、奏の姿に気付くと
「お、おはようございますッす! ま、待たせてしまったッすか?」
 恐る恐る訊ねる四郎に、奏は笑顔をそのままに
「ううん、あたしも今着たとこサ。さ、行こう」
 その誘いにぎこちなく頷いた四郎とともに、ふたりは梅林を目指し歩を進めた。



 梅花の香りが、胸いっぱいに染み渡るようだった。
 並び立つ梅の木達。その隙間の道を四郎と奏は、ゆったりとした歩調で巡る。
 蒼穹に映える梅の花。決して華やかに咲く花では無いけれど、優しくも色鮮やかな花々は、それだけで心が落ち着く――はず、なのに。
(話しかけた方がいいのかなァ……)(何か、話すべきっすかね……)
 ふたりとも思う心は同じ。しかし、如何しても最初の一言が見付からなくて間を支配するのは沈黙だった。ウグイスの澄んだ鳴き声が哀しい程に美しい。
 なんだか気恥ずかしくて、梅を見る振りをしながら顔を背けたりもしていた。高鳴りっぱなしの心。
「あ、あのサ……」
「な、何っすか?」
 でも、勇気を出して話し掛けたのは奏の方。振り返った白は紅梅にも劣らない程に何だか赤い。
「ねェ、これ似合う? 着た事ない色なんだけど、どうだろ」
 そう四郎に尋ねた奏は視線を落とした。奏が身に纏うのは梅と同じような色をした珊瑚色のコートに、雪のような純白のワンピース。
 春らしく、そして女性らしい装い。普段は絶対にしない格好も、この後輩と一緒に出かける時は定番の服になっていた。
 だけれど、それでもやはり心配になってしまうのは四郎と微妙な距離感だからかな。
 友達とそれ以上――例えば、好きな人とか――の境界線。
 踏み出したくも、良いのか悪いのか。また、関係を壊してしまうんじゃないかと、迷い戸惑い。
 ゆらゆらと小舟のように心は揺れている、のかもしれない。
「に、似合っているっすよ……。自分は良いと思うっす」
 平静と答えたつもりだった四郎。しかし、慌てた声は裏返りやはり顔を背けてしまった。
(……先輩、やっぱり綺麗だったっす)
 内心呟き肩を落とす四郎。もっと先輩の姿を見ていたいというのに、奏の姿を見るとその焦りを悟られてしまいそうで、精一杯の心の防御線。
「ねェ、シローはどんな梅が好き?」
「そ、そっすね……。あの、ピンク色っぽいのっすね」
 奏の問いに答えた四郎が指を差したのは淡い桃色をした優しい色彩の梅。その薄紅の花の木に掛けられている看板を見れば通い小町の名。
「小町って、小野小町かねェ?」
「かもしれないっすね。小野小町のように美しい花ってことかも知れないっす……先輩は、どの梅が好きっすか?」
 逆に訊ねた四郎に、周囲を見渡す奏。ふと、目にとまったのは小ぶりに花咲く濃紅色の小さな花。
「あの濃い紅色のかなァ……。名前はエンオウって言うンだねェ」
「ふむ、これおしどり、とも読めるっすね」
 のんびりと呟く奏と同じように看板を眺めた四郎は首を少しだけ傾げながら言った。
 オシドリのように二つ並び咲く梅の花。更に看板には夫婦鳥とも書いてあった。決して、未だそのような関係ではないけれど。
 微かにこの関係を変えられたらなんて。そんな気持ちが少しだけ芽生えた奏。
 思い切って、深呼吸。少し前を梅見上げながら歩く四郎の手を目掛け、駆けだして彼の右手を包み込むように握った。
「ど、どうしたっすか?!」
「い、いやァ。なんだか、寒くってさァ」
 当然、驚いた四郎が振り返った。奏は何事もないように明るく笑ってみたつもりだった。だけれど、その笑顔は何処かぎこちなくて。
「……自分も、先輩の手あったかいと思うっす」
 平静な振りを続けながらも、奏の柔らかな手の感覚に動揺を隠すのに必死。それが、奏のものなら尚更。
 だけれど、それは奏も同じだった。
(……シローって、優しいから何となく柔らかい手だと思っていたけれど)
 だけれど、硬くて大きくて思っていたよりもずっとずっと頼りになりそうな――そんな、異性の手。
 想像と、全然違った。意識させるその手のひらに奏の鼓動は少し速まる。
「歩き回ったらちょっと疲れたねェ……甘い物食べてこ」
「いいっすが、そんなに引っ張ったら転ぶっす!」
 四郎の手を無理矢理にでも引っ張り、誘う。四郎は転び駆けながらも奏に歩調を合わせた。
 何処か不自然な様子の彼女。ぎこちない内心を隠すように奏は茶屋へと入った。
 早速席へと腰掛けて、メニューの中から落とした。
 奏はぼた餅を。四郎は梅昆布茶と蒸しまんじゅうを選んだ。
 奏の口の中でじわりと広がるあんこの甘さ。だけれど、それよりも甘いこの時間。
 奏はずっと続けばいいのに。そんな詮無いことを考えて居たら、いつの間にか空は茜色。
 長く伸びる影法師。カラスの鳴く声は遠く響いている。そんな道を歩いて気付けば別れ道。改めて、奏は四郎を見て。
「シロー、今日はありがと」
「いえ、自分も楽しかったっす」
「また」
「はい、またっす」
 何処か形式張った会話を続けて、手を振って別れた。四郎も長い長い影とともに帰路を辿る。
 先輩と居ると心地が良くて落ち着くはずなのに――ずっと、そう思っていた。
 だけれど、四郎の思いは、その心ははしゃぎっぱなしで正直梅どころではなくかった。
 ドキドキと、高鳴る心。この心地が、もしかしたら『恋』と呼ぶのかも、と思う。
 もっと、先輩を見ていたかったのに――、そんな微かな後悔さえも夕の茜へと消えていった。

 段々と冷えていく風に体温も鼓動も少しずつ下がって行く。だけれど、変わらない胸の高鳴りは不思議と不快ではなかった。
 そして、何気ない今日が終わり新しい明日が訪れる。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb4076 / 九 四郎 / 男 / 陰陽師】
【jb5830 / 三島 奏 / 女 / 阿修羅】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 大変お待たせしてしまい申し訳御座いません。
 先輩後輩カップルさん。とても、楽しく描かせて頂きました……!
 この度は、ご発注ありがとうございました!
不思議なノベル -
水綺ゆら クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年03月25日

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