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『野ウサギと硝子の国の王子様 』
瀧 あゆむja3551

●2月13日 Side:ルカ
 街いっぱいが愛に包まれていた。というのにも、何だか語弊があるけれど愛の赤色と、恋のピンク色。
 大小様々なハートが乱舞する街並みは、何処も彼処も浮ついた雰囲気。
 そんな街を当てもなく歩いていた神嶺ルカが手に取ったのは、うさぎの形をしたホワイトチョコレート。
「うさぎ、か」
 野を跳ね回るうさぎのような少女が脳裏を過ぎる。いつも、仔犬のように尻尾を自分を慕ってくれる元気のいい彼女。野兎の君との関係は、なんて言えば良いのか解らない。
 恋人とか友達だとか、そういったものの境界線だとかも正直、よく解らない。
 関わる一人一人が、誰もが特別で交わって、それで愛さないなどあるのだろうか。
 でも、チョコレートを贈りたいと脳裏を過ぎったのは野兎の君と、あの人と――何人か。
 誰もが特別なはずなのに、浮かんだ顔は全員ではなかったけれど。
(それでも、いいか)
 いくつか買った可愛らしいチョコレート。ふと目にとまった義理と大きく描かれたチョコレートも購入して、ルカの口元に浮かぶのは悪戯っぽい笑み。
(こういうものを贈りたいと思えるのは……良いことかな)
 それは、何だか凄く不思議な気持ちで――悪くはなかった。


●2月13日 Side:あゆむ
「よぉっし、頑張るよー!」
 瀧 あゆむはパーカーの袖を捲る。彼女が羽織るのは薄桃色の所々レースがあしらわれたエプロン。
(でも、好み……聞いとけばよかったなぁ……)
 後悔も、もう遅い。学校帰りに寄った本屋で買ったレシピ雑誌をペラペラと捲ってみる。
 どれも美味しそう。作成過程を説明する為の写真でさえ舐め取って食べたいと思ってしまう程。
 何処か呪文染みた説明に、料理苦手のあゆむの頭はぐるぐるとこんがらがる。
 だけれど、選んだのはいちごのチョコレートムース。難易度は少し高めのマークが付いていたけれど。
(先輩の為なら、絶対やってみせる! 出来ないことなんてないよっ)
 ぐっと拳を握り気合を入れた後、突き上げる。うっかりその手が壁にぶつかってしまって、少し痛かった。

 ――と、気合を入れて作り始めてから一時間後。

 くず鉄ならぬ、くず菓子の残骸。産業廃棄物が程良く積み上がっていた。
 いや、美味しく出来たのかもしれない。でも、見た目が気に入らなくて、何度もチャレンジしてはまた失敗しての繰り返し。
「う、うぅ……どうして、あたしこんな不器用なんだろ」
 がくりと項垂れるあゆむの瞳に映るのは火傷や切り傷だらけの自らの手。
 何かする度に怪我をして、その度に零れ落ちそうな涙を、作成途中のお菓子に落とさないように必死に堪えた。怪我は平気なのだけれど、心が痛い。
 泣きそうになりながらも、あゆむは折れなかった。だって、一切妥協は出来ない。あの人の笑顔が見たいのだから。

「やった! でっきたーっ!」
 何度も何度も失敗を繰り返して。何度も何度も泣きそうにもなったけれど諦めず頑張り続けて漸く思い描いたチョコレートムースが出来た。
 そっとそっと丁寧にプラスチックカップの蓋を閉じたら、ピンク色の箱と入れる。赤いリボンで可愛らしく結んだら、そのリボンの端をシールで留める。
 ぺたりと貼ったうさぎのシールはクラスメイトに教えて貰いながら作ったもの。我ながら可愛らしく描けたと思っている。
 冷蔵庫へ入れて一息吐いた頃にはもう、街の灯りはだいぶ消えかかっていた。


●2月14日
 そわそわしたまま、一日が終わった。
 陽が傾く夕闇の空は優しい茜色と静かな藍色のグラデーション。冬の空は何処かぼやけたようで、静かに色を変えてゆく。
 好きな教科の授業も、お昼ご飯の味も、友人との会話だって何一つあゆむの脳に残らない。
 もう、ずっとどうやって先輩にチョコレートを渡そうか。喜んでくれるだろうかだなんて考え続けていて、脳がいっぱいだった。
(き、緊張しちゃう! うう、どうしよう!)
 おろおろと辺りを見渡す。まるで一昔前の少女漫画。忙しないあゆむの姿をクスクスと通り過ぎる学生達が微笑ましく見ていた。
 何故かパーカーの紐を引っ張ってみる。左右同じ長さになっているだろうか、むしろ少し違っていた方が可愛らしいだろうか。
 いやいや、パーカーよりも髪を結うリボンだ。いつも通りの黒色を付けてきたけれど、バレンタインらしく赤色にするべきだったかな。
(でも、友達はこのリボン、似合ってくれているって言っていたしーっ!)
 流れるように過ぎ去ってゆく人々。その中に目的の人の姿を見付けて、反射的にあゆむは駆けだしていた。
 だけれど、緊張は足を絡ませる。小さな石ころに足を取られたあゆむは結局ルカに倒れ込むように転んでしまった。
「まだ春には早いよ、イースターバニーさん?」
「え、あ……ごめんっ! ありがとう! ルカさんは怪我ない!?」
「ふふ、可愛らしい野ウサギの君が降ってくるように飛び込んできてくれるのならば、いつでも僕は歓迎だよ」
 あゆむの突然のタックルにもいつも通り余裕のある印象のルカ。憧れのルカの宵空のような色の瞳に見つめられて、あゆむの心は少しだけ高鳴る。
 ルカは、彼女の手を取り優しく言う。
「それに、怪我をしているのはきみじゃないか……大丈夫かい?」
「あ、うんっ! 全然たいしたことなんてないよっ 大丈夫っ」
 だけれど、其処であゆむは気付いた。
「って、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ……プレゼント、がー……。あたしの、バカ……」
 大切に抱え込んでいた箱は、ルカへの突撃で当然潰れてしまっていた。持ち前の明るさも流石に少ししょんぼりとした表情を見せた。
「これは……?」
「プレゼント、だったんだけど……」
 少し首を傾げて訊ねたルカに、あゆむは申し訳無さいっぱいで応えた。
「あわてんぼのイースターバニーさんからの、僕へのプレゼントか。嬉しいよ。僕は良い子にしてたんだね」
 柔らかく微笑んだルカは、すると黙ってその箱をあゆむの手から取り上げた。
 可愛らしいうさぎのリボンを丁寧に剥がし、リボンを解いてぐちゃぐちゃに潰れてしまったその箱を開ける。
 中身のチョコレートムースはやはりクリームは崩れてしまってはいたけれど、それでもとても美味しそうで。
「ふふ、綺麗な色だね」
 ストロベリーの赤いソース。指で掬ったルカはあゆむの唇へとそっと押し当てて。
「食べてもいいかい?」
「え……っ」
 悪戯っぽく微笑むルカに、あゆむの頬は赤く染まる。なんだか、顔が熱い。それに、染まっている頬は夕陽だから? それとも――。
「食べてしまいたいだなんて、ふふふ……冗談ということにしておこうか」
 ルカはそんなことを言うけれど、凄く嬉しくて、幸せで、心が暖かい。
 まるで夢のような心地。ふわふわと浮かれたままに抱き着こうとしたあゆむはルカの瞳を見て、気付く。
「ハッピーバレンタイン、野ウサギちゃん」
 いつも通りの王子様のような憧れの先輩の声。だけれど、その瞳は何処か遠くを見ていた。
(こんなに嬉しくなってしまうなら、僕も作ろうかな……)
 あゆむの視線に気付かず、ルカは物思いに耽る。
 もし手作りのお菓子をあげるとするならばと考えて、思い浮かんだ顔は困ったことに暫く姿も見ない一人だけ。
(先輩、誰を見ているんだろう……)
 あゆむはそんなルカの眼差しを見上げるように見ていた。少なくても自分じゃない。きっと、自分じゃない誰か他の人を思っていて。
 どうしたら、もっと近付けるのだろうか。
 少しだけ遠い瞳をするルカの顔を眺めつつちょっぴりとだけ、悔しくてもどかしかった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3551 / 瀧 あゆむ / 女 / 阿修羅】
【jb2086 /  神嶺ルカ / 女 / ルインズブレイド】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 大変お待たせしてしまい申し訳御座いません。
 恋でもなく、友達でもなく、そんな微妙な距離感を描けていたならいいな……と思いつつ。
 この度はご発注有難う御座いました。
不思議なノベル -
水綺ゆら クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年03月25日

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