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『不死者の王と今宵、宴を side 愚民 』
加倉 一臣ja5823

●旦那の家で、飲み会を
「アレ、おみたん? 生きてる系……?」
「生きて帰ってきた系……?」
 そういえば、学園内で顔を合わせるのは…… 久しぶり?
 百々 清世は、友人である加倉 一臣の顔を覗きこむ。
「納期は……余裕を持った設定を……」
 深く深く息を吐き、一臣が半死人の声を絞り出した。 
「あー…… お疲れちゃん」
 撃退士の他にも仕事を持つ一臣は、時折こうして天魔以外のモノと戦っている。
 昼下がりの日差しが暖かな窓を背に、二人は賑わう廊下を眺める。
 時はバレンタインシーズンで、さすがに大学部ともなればドキドキソワソワといったものはだいぶ薄いけれど、それなりの盛り上がりはあって、見ているだけでも楽しい気持ちになった。
「んーじゃ、打ち上げゴホウビかねて宅呑みとかどーよ?」
 清世の提案に、一臣の脳内でフワフワしたアルコール成分が展開を始める。
「いいなー。それ、すげぇ名案。そうだな、だったら……」
 疲れた体に心地よいホロ酔い。
 馴染みの相手、好みの酒、いつもの肴、それも良い。
 それも良いけど……
「せっかくだし。普段なかなかご一緒する機会のない主殿を誘うのは……どう?」
「……旦那の家?」
「お、お屋敷行っちゃう……?」
「旦那んとこ行くってなったら、服とかもちゃんとしたのした方が…… 持ってねぇけど、良いか」
「俺! さっそくメールする! ちょ、直接でいいのかな。九十七ちゃん通した方がいいのかな」
「まじ? 十八ちゃんも来んの? やっべ楽しみ!」
「これはやばいよな」
「やばいわー」
「返信来た!!」
「旦那早くね!!?」
 ハタチ越えた青年二人がドキドキソワソワと盛り上がる相手は、ラドゥ・V・アチェスタ――久遠ヶ原の片隅の、庭付き屋敷で優雅に暮らす『吸血鬼』。
 厳しさと優しさを兼ね備え、近寄りがたくも憧れの存在――
 そんな彼自身とは交流こそ少ないが、十八 九十七という共通の友人が居る。
 イケメン系銃火器女子。
 彼女へは、ラドゥから連絡をするとのこと。
 約束を取り付け、二人は待ち合わせ時間と場所を決めると次の講義―― のチャイムに合わせ、それぞれ買い出し準備へと向かった。




 宴が始まる時間から逆算し、ラドゥは厨房へ向かう。
 永く使い込まれた調理器具は手入れが行き届き、鈍い光を放っている。
「あの面々となると、つまみは簡単なものが良いか。この材料であれば、ふむ……」
 貯蔵庫を覗き、数種類のメニューを考える。
 其々の好む味、全てに対応するのは難しい。広く浅く、重くならない程度の物を。
 フライパンを火にかけ、温まるまでに手際よく材料を切り始めた。


 食欲のそそる香りが、屋敷の煙突から立ち上る。
 意気揚々と到着した九十七は、門の前で思い出す。
(そういえば、二人ほどオマケがいましたねぃ……)
 出かける準備を整え、改めてメールを読み直してから気づいた。
 少ししょんぼりしつつ、首を横に振り、そうしてドアノックへ手を伸ばした。


「え、おみたんお土産持ってくの? 俺なんにも用意してないんだけど……」
「だってほら、あわよくばっていうか心の底からっていうか一方的には悪いっていうか」
 時はバレンタインシーズン。なので。
 アレコレ荷物を抱えている一臣の姿に、しまったと清世が考え込む。
 一方的には。それは確かに。
「コンビニでチョコ買ってく、だいじょぶ、愛はこもってるから!」
「俺も見る見る。限定商品とか楽しいよな!」

 黄昏時から始まる宴。
 唐突な誘いからの、思いもかけないひと時が、幕を開けようとしている。
 日暮れは早く、吹く風は冷たいが、きっとこれから向かう屋敷の中は暖かいのだろう。
 期待と緊張で胸を膨らませ、青年たちは道を急いだ。




「よく来たですの愚民共」
 清世と一臣を出迎えたのは、九十七だった。
 下僕の役目というところだろうか―― というよりは、ラドゥは料理を並べているところだったというのが実情であるが。
「すげー 旦那の家、すげー…… おっじゃまっしまーす」
「久遠ヶ原すげぇ…… 失礼しまーす」
 ひとたび踏み入れたなら外国へでも迷い込んだかと錯覚しそうな重厚な館に、二人は目を輝かせて九十七の案内で奥に進んだ。

 磨き上げられた廊下を通り、貴賓室へ。
 アンティークな長テーブルには、ピザやサラダといった意外にカジュアルなメニューが並んでいた。
 来客に合わせてくれたのだろう。
「よく来たな。――何を笑っている?」
 九十七と同じ言葉で迎えられ、清世と一臣は顔を合わせて肩を震わせる。
「いーえ! 今日は突然の連絡にもかかわらず、ありがとうございます。あ、これ、手土産です」
「ふむ。我輩とて興が乗ったから応じたまでの事。しかし心遣いは頂戴しよう」
「地元のワイン、瓶入りトマトジュース、それからショコラオランジェです。ワインにも合うと思いますよ」
「ほう。オレンジの皮の砂糖漬けにチョコレートか」
 トマトジューもワインと同じく北海道産、これは期待できる。
「俺からも、チョコレートでーす。久遠ヶ原限定なんだって! おみたんとは違うパターンで攻めてみました」
「限定? ……なるほど。そういった店へ出向くことは少ない故、新鮮であるな」
(こんなことなら、着いてそうそう渡せばよかったですの……)
 野郎共が次々とてらいなくチョコレートを渡すものだから、九十七は完全に機を逸してしまった。
 オマケがいるとは、こういうことか。
(それなりのものは、用意してきましたのに……)
 清世のコンビニチョコへ興味を傾けるラドゥの顔を見てしまえば、それすら霞んでしまいそう。
 しょんぼりしながら、九十七はチョコレートの包みが入った紙袋をテーブルの下へ隠した。




 ラドゥはワイン。白よりも赤が良い。
 年の瀬にはボージョレ・ヌーヴォーなどがもてはやされるが、それよりゆっくり熟成させたものが良い。
「ワインはー……なんか苦手、なんですよねー。んーと、飲みやすいワインとか、あるます?」
 持ち込んだ酎ハイに唇をつけ、清世が上目づかいでラドゥへ訊ねる。
 酎ハイ・カクテル・ビールあたりが、清世は好きだ。
 酔いの周りがゆっくりで、ホンワカ長く楽しむことができるから。
 ワインや日本酒、ウィスキーといった『真面目』系だと、味の良し悪し以前に酔うのが早くて『楽しめない』。
「そだ。俺も、洋酒は好みなんですけどワインはあまり呑まなくって。今宵はせっかくの機会なので主殿にワインの手ほどきなど、お願いできます?」
 敬語を頑張る清世へ援護射撃とばかりに、一臣も身を乗り出す。
「我輩は、ワイン以外はあまり飲む機会がないのでな……。そうだな。それこそ、加倉の持ち込んだこれなんかどうだ?」
 北海道産のワイン。ハスカップという地域特産の果実を使ったもので、デザートのように甘い。
「食前、食事、デザート、飲むタイミングによっても、楽しみ方は様々である。無理を押すことはないだろう……、十八、飲み過ぎであるぞ」
「大丈夫ですの、序の口ですの」
 ペンネ・アラビアータを肴に、ウォッカをロックで行く九十七へラドゥは言葉を向ける。
 癖が無い分、ウォッカは飲みやすい――が、だからこそ注意が必要で。
「ももたん、ここでは禁煙な」
「いや、旦那いるし吸うつもりなかったけど、どういうことよ」
「九十七ちゃんの持ち込み、アルコール度数やべぇ」
「まじか」
 一臣からの耳打ちに、清世はまばたきを繰り返しつつ、チーズたっぷりのピザを齧る。美味。
 ちなみに、ウォッカ:50度 ラム酒151プルーフ:75.5度。
「九十七ちゃんは豪快に飲みすぎだよね……。肝臓は大事だよ……」
「オミーが言うなですの」
「デスヨネー★」
「……? 加倉は、普段からそれほど飲むのか」
「ピュアな眼差しで見つめないでください、主殿……っ。健康には気を遣ってますっ」
 気を遣っていても、仕方ないことだってあるの。
「ワインの材料となる果実――主にブドウだが、その品種によって個人差の相性があるとも聞くな。
もし、相性のいいワインがあったなら、そのラベルを覚えておくといい」
「「へー」」
 製法も様々で、ブドウの皮が入らない白ワインは不純物が少なく、だから悪酔いしにくいというのが一般的な解釈。
 しかし赤の渋みは味に深みを与え、料理と共に楽しむのなら重厚な香りも相乗効果となる。
「十八、飲み過ぎだ。せめて水で割りなさい。……しかし、二年近く前になるか? こうして加倉へ我輩手ずからを振舞うことになるとはな」
「わー! 覚えててくれたんですか、主殿!」
「京料理は、まだ食しておらんな……」
「だいぶ、復興も進んでるって話ですけどね」
 二人が初めて戦場で同行したのは、京都での戦いの事。
 なかなか…… なかなか、印象深いものだった。
 けれど、そこで交わしたささやかな会話を覚えていたとは。
「百々とは……そういえば依頼を共にした事はないか。普段はどのような依頼を受けておるのかね?」
「え、俺? んーと…… 痛くなくて、楽しいやつ……?」
「十八と真逆か」
「こほん」
 傍らで、九十七が咳こんだ。
「旦那って、いっつもそんなお固い格好してるんです?」
「ぶは」
 隣で、一臣が咽こんだ。
「固い、か?」
「まじ吸血鬼って感じ、ですー」
「吸血鬼であるからな」
 この辺りで限界が来て、グラスから手を離し一臣が体を折って笑う。
 楽しく酔っている愚民たちへ、主殿が真摯に答えてくれることが嬉しくて。
 来る時間に合わせて作ってくれた、温かな料理が美味しくて。
 気持ちは清世も同様で、言葉こそ気を遣っているが、リラックスした空気が伝わる。

 飲みにくいお酒なら、ゆっくり飲んでみればいい。
 ゆっくり飲んで、たくさんおしゃべりして、美味しい料理を楽しんで。
 大勢で騒いで飲むのも良いけれど、ラドゥの落ち着いた声が耳に気持ちよく、こうした酒の楽しみ方も良いものだと感じた。


「どうして、そこに二人が居るんですの」


 九十七が、痛飲の果てにヨッパライとして出来上がるまでは。




「やばいやばいマジやばい」
「何がやばいって九十七ちゃんマジよっぱ」
 一臣と清世が狼狽える、その正面には正義発露で狂化した九十七。
 戦場ではないのにヒャッハー全開、止められない止まらない。

「誰がビ■■ソドランカーだ、●●ック★★!!」

 空になった酒瓶二つを振り上げ、惨状参上。
「誰もそこまで言っておらん。ラムは取り上げだな」
「っっ、あちぇー……」
 後ろから取り押さえられ酒を取り上げられ、一瞬だけ九十七に正気が戻る。
(お)
 その視線で、一臣は異変に気づく。それから、着席時に九十七がテーブルの下へ何かを隠していたことも思い出す。
(九十七ちゃん、チョコは…… あげるのかな)
 自分たちがいそいそと渡してしまったから、もしかしたら乗り遅れた?
 それで不貞腐れて、酒に走っちゃってた?

「これをあげますからラムは返してほしいですの!!」

「ツンデレにもほどがある!!」
 一臣、叫ばずにはいられなかった。




 手のかかる下僕だ。
 そう言いながらソファへ九十七を横たえ、毛布を掛けるラドゥの表情は慈愛に満ちている。
(かっけぇなー……)
 その姿を見守りながら、一臣はしみじみと。
 狂化中の九十七といえば近寄ることも難しいというのに、物怖じひとつせず『身内』らしい対応。
「旦那、かっけぇなー」
「うん、憧れる」
 言葉にした清世へ、頷きを返し。
「でも、九十七ちゃんも可愛かった」
「かわいかった。腹パン来る前で今日は助かったわ」
 せっかくの、美味しい料理とお酒だったし。
「たしかに」
 ラドゥと、こうして時間を過ごすのは初めてだけれど、緊張もあったけれど、不思議とそれらは溶かされていた。
 ラドゥと九十七、二人の信頼関係が見えたからかもしれない。
「騒がせたな」
「いえいえ」
 戻ってきたラドゥへ、一臣がワインを注ぐ。
「九十七ちゃんからのチョコ、どんなのでした?」
「うむ?」
「バレンタイン、ですもんねー! 俺、旦那のチョコ欲しいなー、今日じゃなくてもいいんだけど」
「あ! ももたん、ずれぇ! 俺だってあわよくば…… っていうか心の底から欲しいです」
「……お前たち」
 青年たちの嘆願を前に、吸血鬼は額を押さえた。
「態々ねだらずとも……。ちゃんと用意しておるよ」
 苦笑気味に、テーブル横に寄せていたワゴン、その下のバスケットから包みを取り出す。
 いうまでもない、手作りだ。
「日々の労いとこれからの期待を込めて、といったところか」
「あ、あ、ありがとうございます!!」
「わーい! 旦那ありがとーございまーす!!」
「そんなに、眼を輝かせることか……?」
「主殿は別格なんです!!」
「……そ、そうか」




「今日はすっごい楽しかった系! また遊びに来まーす☆」
「また、機会を作ってお誘いしても?」
「無論、暇ならばいつでも持て余しておる故」
 切れ長の赤い瞳を細め、館の主は鷹揚にうなずいた。
「俺たちは遅くなる前に帰りますけど…… 九十七ちゃん、しっかり寝ちゃってますよね」
「構わん。空部屋なら売るほどある」
(主殿は、構わないかもしれないけど)
 目を覚ました時の九十七の反応を数パターン考えてみて、一臣は笑いを噛み殺した。

 楽しかった宴が、一時の夢であったかのような星空。月明かり。冷たい風。
 手土産に貰ったチョコレートの存在が、『夢ではない』と一臣と清世へ伝えていて、
 きっとふかふかのベッドで目を覚ましてから、『夢ではなかった』と記憶の欠落した頭を抱え、九十七は叫ぶのだろう。



「良い夜であったな」
 バルコニーから月を見上げ、吸血鬼が呟いた。




【不死者の王と今宵、宴を side 愚民 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja4504 /ラドゥ・V・アチェスタ/ 男 / 21歳  /吸血鬼】
【ja4233 /  十八 九十七   / 女 / 18歳  / 下僕 】
【ja5823 /  加倉 一臣  / 男 / 27歳  /  愚民 】
【ja3082 /  百々 清世 / 男 / 21歳  /   愚民 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼、ありがとうございました。
お待たせいたしました……!
主殿の屋敷で楽しい宴、お届けいたします。
気を許したあたたかな雰囲気に仕上がっているといいなと。
お誘い青年s・誘われ主従で、冒頭部分を差し替えています。
sideタイトルが酷いですが、親愛を込めて。
楽しんで頂けましたら幸いです。
不思議なノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年03月27日

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