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『日々を重ねる 』
朧車 輪(ib7875)


「親子になろう」
 その人にそう声を掛けられた時本当は少しだけ戸惑ったのだ。だって一人娘なんてその人にとってとても大切な存在であるはずなのだから。でも今は自然に「お父さん」と呼ぶことができる。
 大好きな『あの人』と同じ悲しみを抱える優しい人。私の大切なもう一人のお父さん。

「ふふふ…」
 ソファにの背凭れに体を預け朧車 輪(ib7875)は飴を眺めていた。そうしているとついつい笑みが零れてしまう。以前同じことをしていたらお父さんに食べないのかい?と笑われた。これはとてもとても大事な飴、だから大切、大切に一粒ずつ頂こうと決めているのだ。
「綺麗…ね」
 光に透かすとキラキラ光って宝石のよう。でも同じ数の宝石と交換してあげようといわれても絶対に交換するつもりはない。だってこの飴は大好きな『あの人』がバレンタインのお返しに贈ってくれたものなのだから。どんな宝石よりも価値がある飴なのだ。
 こうして飴を眺めるのはほぼ日課のようになっていた。
 キッチンから物音が聞こえる。起き上がって覗けば、ジョハル(ib9784)が夕食の準備を始めていた。輪は飴をしまうと、彼の手伝いをするために軽やかな足を音響かせキッチンに向かう。
「あ…お父さん。何か作るの? 私も手伝っていい?」
 返事の前にジョハルに並び一緒に野菜を洗い始める。
 輪とジョハルは義理の親子であった。
 輪の大好きな『あの人』が旅に出た後、義父であるジョハルが待っている間一緒に暮らさないか?と声を掛けてくれたのだ。なので今は親子水入らずで暮らしている。
 最近ではこうして父を手伝いながら料理を習い始めたところであった。
(「お父さんのご飯はとても美味しい。私も作れるようになりたいな」)
 父に頼まれる前に洗った野菜を入れるための籠を脇に置く。最近は父が次に何をするかなんとなく分かるようになってきた。一等最初の手順が分からなかったころに比べたら大きな進歩である。
「包丁の使い方とか調味料の量り方とか、前より上手にできるようになったよ」
 何せ先日手作りクッキーを成功させたばかり。料理よりも材料の計量に気を使わなくてはならない菓子を成功させたいのだから、自然得意にもなるというもの。
 だから今日はもうちょっと色々やりたいな、料理作ってみたいな、という期待を込めて父を見上げた。
「じゃあ、野菜を切るのをお願いしてもいいかな?」
 父からの申し出。まってました、というばかりに頷く。
「一人で大丈夫かい?」
「お父さんがやっているところちゃんと見てたから」
 差し出された野菜の籠を受け取ると「任せて」と胸を張った。

 俎板の上に野菜を乗せる。市場で買ってきたばかりの瑞々しいホウレン草。手を添えて慎重に包丁を下ろす。じっと見つめる眼差しは真剣そのもの。
 背後から心配そうにジョハルが覗いているのにも気付いていない。
 トン…包丁が俎板に当たって軽やかな音を立てる。
(「指は切らないように…」)
 ゆっくりと丁寧に輪は野菜を切り進めていく。トン……トン……。リズミカルなジョハルの包丁の音と比べれば輪のものは、時折休止符が入ったり、いきなり大きくなったりまだまだたどたどしい。
 野菜を一つ切り終えた段階で一仕事終えた気分。一息ついて父を見れば、じっと右手を見つめている。
 そういえばまだ日が沈むには早い時間だというのに室内が暗い。窓から見える空は雲に覆われていた。
「お父さん、灯つけるね」
 ジョハルは片方の目が利かないせいかあまり視力が良くない。暗いと目に負担がかかってしまう、そう思った輪はランプに火を灯す。
 キッチンが柔らかいオレンジの光に照らされた。

 暫くキッチンには包丁の音と鶏肉を煮込む音だけが響く。野菜と格闘する輪にお話をする余裕がなかったのだ。
 手を止めると、ジョハルが調理する音が聞こえてくる。自分以外の音。
 背に感じる誰かの気配。
 それはなんだかとてもくすぐったくって笑みを零した。
(嬉しいな……)
 キッチンにいるのは自分と、もう一人…大好きなお父さん。
 一つ屋根の下で誰かと暮らす、それは本当の父と母が天国に行って以来久しぶりの事。「おはよう」「おやすみ」「おかえり」「ただいま」…何気ない挨拶を交わす人がいる、食卓を一緒に囲む人がいる、それは当たり前の人にとっては当たり前なのかもしれないが輪にとってはとても幸せなことに思えた。
(でも…)
 …先ほどの飴、その飴を贈ってくれた人物の顔を思い出すと少しだけ表情が曇る。
(あの人と仲良くないみたい…)
 自分の大好きな『あの人』と自分の大好きなお父さんはお世辞にも仲良しと言える雰囲気ではないのだ。
 来年また一緒に、今度は三人で梅を見に行こうと約束したのに、と小さな溜息と共に肩を落とした。
 二人が仲良くないのは、二人が大好きな輪にとってとても寂しいことなのである。
(どうしたら仲良くなってくれるか、な?)
 二人を招いて自分の作った料理を振舞ったりしてみようか、それとも一緒に遊びに出かけたりしてみようか、などと考える。

「輪。危ないよ」

(二人ともちゃんと話せばきっと……)
 ジョハルの声は輪まで届いていなかった。『あの人』と『お父さん』仲良し化計画の真っ最中なのだ。

「輪」
 もう一度、今度は少し強めに呼ばれて漸く我に返る。どうかした?と問うような父の顔に「なんでもないよ」と返す。仲良し化計画を話したら、きっと実行前に渋い顔をされてしまうだろうから今はまだ内緒である。
「炒め物もやっていい?」
 代わりに尋ねたのはそんなこと。先日ジョハルが作ってくれたアル=カマル風の野菜炒めがとても美味しかったのを思い出したのだ。作り方も覚えてる。
「野菜が上手に切れたらね」
「わかった」
 からかうジョハルに頑張るね、と袖を捲くる真似。
「輪、添える手は?」
「「猫の手」」
 互いに手を招き猫のように丸めて見せ合う。
 そんな小さなやりとり一つ一つが輪にとってとてもかけがえのないものであった。

「どうかな?」
「……む」
 切り終えた野菜をみせると、ジョハルは顎に指を当てて難しい顔で考え込む。父には及ばないが今までのなかで一番綺麗に切れた自信作だ。でもやはりそんな顔をされたら緊張するわけで、輪も釣られて眉間に皺が寄せる。
「合格」
 と、笑顔と共に頭の上にぽふっと乗せられる手。よかった、と腹の底から息を吐いて早速鍋を取り出した。
「油の扱いには気をつけるんだよ」
「うん、大丈夫。火傷しないように気をつける」
 美味しいのを作るからね、と父への宣言。野菜だって綺麗に切れた。だから今日はきっと上手くいく、そんな予感。
 鍋を前に深呼吸。ジョハルの姿を思い出す。
(まずは…)
 熱した浅めの鍋に油を敷きみじん切りにした玉葱を投入。玉葱は火を通すと香りと甘みが増すと教えてもらった。香りがでたら火の通り難い野菜から入れていく。
 そして一つ目の山場、計量だ。手にした大匙をぎゅうっと握る。
「大匙一杯、大匙一杯…」
 呪文のように繰り返しつつ瓶から酒をちょっとずつ匙に注ぐ。瓶を傾けすぎてはいけない。それで一度匙から溢れ出したことがある。ゆっくりでもいいから慎重に。息を止めて注がれる酒を見つめた。
「ふぅ……」
 計量は無事成功。鍋肌から満遍なく酒をふりかけ、満足そうな笑みと共に額の汗を拭う。
「あ…トマト……」
 だが大切なものを忘れていた。トマトである。この時期流石に神楽の都といえでも生のトマトは手に入り難い。そのためにジョハルと二人で作った裏ごしトマトを使う。
「えっと…棚の……」
 どこだったかな、などと言いながら扉を開けて裏ごしトマトの瓶を探す。様々な乾物や保存食が入っている棚は乱雑に詰め込まれていてなかなか目当てのものが見つからない。
 更に見つかった後も一苦労。瓶の蓋が頑として開かない。そういえば零れないようにとぎゅうぎゅう力を込めて閉めたことを輪は思い出した。
 塗れた布巾を被せ蓋を開けようと力む輪の頬は林檎のよう。
「鍋、鍋っ」
「え…?! わ、わわ…!」
 突如ジョハルの声が聞こえて何事かと鍋を見る。なんと…端の辺りが焦げ付いているではないか。
「!!」
 慌てたあまり瓶を持っている事を忘れて咄嗟に菜箸に手を伸ばした。手から離れた瓶は床に……ぶつかる前に無事ジョハルに救出される。
「気をつけるんだよ」
「ありがとう、お父さん」
 ジョハルは蓋も開けて台の上に瓶を置く。
 輪はといえば、鍋の底に張り付いた焦げが気になり箸で一生懸命剥がそうと試みているところだ。焦げはなかなかしつこく簡単に落ちてくれない。
「ちょっと焦がしちゃった…」
 折角上手くいきそうな予感がしたのに、と眉を下げると父が大丈夫、と笑ってくれる。
「鍋は水に浸けて置けば綺麗になるよ。まずは完成させよう?」
 それに今無理矢理剥がしたら折角の野菜炒めと混ざってしまうよ、と父に言われれば、そのままにしておくしかない。
 …なんて思いつつもついつい箸の先で焦げを突いてしまうのだが……。


 鶏肉と豆の煮込み、ほうれん草とキノコの炒め物、スープに温めたパン、出来上がった料理がテーブルに並ぶ。二人向かい合わせに座ると「いただきます」と手を合わせる。
「やっぱり焦げてるとこ少し入ってる」
 料理を最近始めた自分と、料理上手の父比べる対象ではないのはわかっているのだが、ついお父さんが作ったときはもっとこうツヤツヤしてておいしそうだった、と思ってしまう。
 肩を落としているところにジョハルの笑む気配。
 「…やっぱり焦げてるのだめ、だよね」
 項垂れた頭上に「違うよ」と父の少し慌てたような声が降ってきた。
「大匙の話を思い出したんだ」
「調味料の量り方はもうできるよ。今日だってちゃんと出来た…し」
 大匙いっぱいと大匙一杯を勘違いした過去の過ちを持ち出され輪は顔を真っ赤にして反論した。そこはできれば無かったことにして欲しい…と思いかけて止める。
 それも父と一緒に過ごしたかけがえの無い思い出なのだからなかったことになんてできないな、と。
「それに野菜を切るのもね」
 とても上手くなった、とジョハルが褒めてくれる。
「じゃあ輪の作った料理を頂こうかな」
 その一言に表情が引き締まる。膝の上に手を置いて背筋をピンと伸ばしてジョハルの反応を待った。
 野菜とキノコにソースを絡めてジョハルが口に運ぶ。
 その様子をじっと見つめる。それこそ穴が空きそうなほどに。
 時間にすればそう長いことはなかったはずだ。だが飲み込んで感想が出てくるまでの間とても長い。膝の上に置いた掌が汗をかいている。
「味は悪くないよ」
「ほんと?!」
 身を乗り出しかけて、行儀が悪いと慌てて席に座りなおす。
「うん、調味料が焦げてしまっただけだよ。火加減は難しいよね」
 また頑張ればいいよ、と頭を大きな手が輪の頭を撫でてくれる。そうされると今まで凹んでいた気持ちがぱっと晴れやかになるから不思議だ。
 二口、三口と食べるジョハル、それがとても嬉しくて肩を揺らして笑う。
 自分が作った料理を美味しく食べてくれる人がいる、家族を失った後こうしてジョハルに出会わなければわからなかった喜びだ。
「うん、でもこの前お父さんが作ってくれた方が美味しいな。私もお父さんみたいに美味しく作れるようになるかな?」
「この調子ならすぐに俺の腕を追い抜くよ」
「本当?」
 いずれお父さんが驚くくらい美味しいものを作るねと輪は約束する。
 こうして輪は父と約束を重ねる。それは父が遠くない将来いなくなってしまうことを知っているからだ。
 時折遠くを見るジョハル、どこかに消えてしまいそうで悲しくなる。
 だから約束する。未来の事を。

「あのね今度作りたいものがあるの」
 食後のお茶の時間輪が切り出した。
「なにを作りたいの?」
 お菓子、と言えば女の子は甘いものが好きだね、と笑う。
「クッキーはこないだ上手にできたから、次はケーキ作りたいなあ」
 両手を顔の前で合わせて輪はジョハルを見上げる。まだ早いといわれるかな、と内心少し緊張している。
「お父さん、ケーキ作れる?」
「……ケーキ?」
 作れるけど、と言葉を濁すジョハル。
「私にはまだ早い?」
 やっぱりと表情を曇らせた輪にジョハルが首を振った。
「飾りつけは上手に出来ないよ。それでもいいかな?」
「うん。なら教えてもらってもいい?」
 らしいといえば、らしい言葉に輪がつい笑みを零した。
「ああ、今度一緒に作ろう。美味しいケーキをね」
「約束だよ」
 ぐいっと体を伸ばして顔を覗きこみ、念を押す。
「約束するよ。でもケーキは計量が大変だから、輪には難しいかもね」
 ちょっと意地悪そうにジョハルが唇の端をあげて笑う。でもその目は楽しそうに細められている。
「飾りつけは私がやるね。だって女の子だから」
 お父さんよりそういうのは得意、とやり返してやった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名  / 性別 / 年齢 / 職業】
【ib7875  / 朧車 輪 / 女  / 13  / 砂迅騎】
【ib9784  / ジョハル / 男  / 25  / 砂迅騎】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きましてありがとうございます。桐崎ふみおです。

仲良し親子でほのぼのお料理、いかがだったでしょうか?
輪ちゃんがお料理を習うのはやはり『あの人』のためでしょうか?とふと思ってみたり。
大好きなあの人とお父さん、いずれ仲良く三人でお出かけできますようにと祈っております。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
不思議なノベル -
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舵天照 -DTS-
2014年03月27日

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