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『鬼さん、どちら? 』
村上 友里恵ja7260


 暦を一枚めくると、なんとなく気持ちが引き締まる。
「二月、か……」
 中旬にある、バレンタインデー。
 酒井・瑞樹は、その文字に思いを馳せる。
「う……。こうしてみると、あっという間だな……」
 渡したい相手が居る。伝えたい言葉はある。
 けれど、勇気が伴うまで―― などとも、言っていられないようだ。


「二月ですかー。あっという間ですね」
 節分会。
 すぐそこに控えた行事へ、村上 友里恵は溜息を零した。
 つい先日、楽しく友人たちと初詣をしたはずなのに。
 実家が神社ということから、久遠ヶ原でも何がしかバイトを探そうとすればそういった伝手には困らないし、経験を生かした何かしらも……生かした…… うん、困ることはない。
 現在は特に何かをしているでもなかったが、暦を見れば記憶に繋がる。
「お仕事とはいえ、毎年豆をぶつけられる鬼さんも大変ですよね……」
 厄災の象徴だから、祓うものだとわかっているのだけど。




 春は、まだ少しだけ遠い。
 肌寒い、放課後の空き教室で。

「鬼のバレンタイン返し?」
「はい。バレンタインが、もうすぐでしょう? 赤鬼さんと青鬼さんを接待していたら、そんな話になりまして」
「ふむ」
 友里恵の切り出しは、突飛だった。
 しかし、そんな彼女と十年も友人をしていれば瑞樹も慣れたもので、疑問はベルトコンベアに乗せ、伝えたいことだけを汲み取る。
「『節分に死ぬほど豆をぶつけられた。偶にはこの胸の内に湧き上がる言葉に出来ない思いを人間に返したい』と、涙ながらに語るのです……。私……、いたたまれなくって」
「なるほど。道理だな」
「道理なの?」
「すまない、日本語でもう一度説明を頼めるか」
「こんなことを頼めるのは、筧さんと米倉さんしかいません……。それとも、可憐な女子高生たちに『的』になれと?」
「的って言いきったな、友里恵ちゃん……!!」

 ――肌寒い、放課後の空き教室。
 机を向かい合わせにし、席に着く女子高生が二人。
 それを見守るように、両サイドの机へ腰掛ける男性が二人。

 またこのパターンか、と赤毛をかきむしるのが筧 鷹政で、
 またこのパターンか、と深く嘆息するのが米倉 創平であった。
 彼らと少女たちの奇妙な物語は、たどれば昨年のハロウィンあたりから断続的に紡がれているが、年末年始の穏やかさに安堵していたらコレであった。
 むしろ、安堵する程度に感覚が麻痺しているとも言えなくはない。
「『バレンタインだからぶつけるのはチョコで』とのことです。どうかお二方、制限時間いっぱい、鬼達が全力で投げるチョコから逃げ回って下さい」
「制限」
「時間」
 もともと色白で表情の薄い創平が、蝋人形のような顔となる。
「カラスが鳴いたら、かーえろ、です♪」
「ふむ、日暮れ……には、遠いな。今日は授業が早く終わったからな」
 瑞樹が窓の外、それから壁掛け時計を見比べる。
 一時間足らず、といったところだろうか。
「それでは、準備が整いました。赤鬼さん、青鬼さん、どうぞお越しください」
「だれひとりOKって言ってませんが!!」

 鷹政の叫びを遮るように、前後の引き戸が景気よく開けられた。




(自分達もチョコが欲しい、というわけでは無いのだな……)
 雄たけびを上げながら、カラフルなチョコレートを礫の如く投げつける鬼の姿を、瑞樹はじっと見守る。
「防御や反撃はいけませんよ。彼らは人間から貰った気持ちを全力で返したいだけで、決して八つ当たりをしてる訳じゃありません」
「うそつけぇええええ!」
 回避され、散らばったチョコレートが床に小さなクレーターを作っていた。
「ふむ、地味に痛いな。これは撃退士側の使う武器類と同種なのか?」
「分析してるんじゃねーよ、社畜シュトラッサー!!」
 叫ぶ鷹政のジャケットは、穴が開いてボロボロになっている。
 どんな攻撃力をもったチョコレートだ。
「付いてくるな。固まるだけ狙いうちにされるというものだ」
「冷静に戦闘対応してるんじゃねーよ、六星枝将の長!」
「ふっ……過去の栄光だ。今更すがるようなものでもない」
 礫では思いが足りなかったか、墓石同然の板チョコレートが鷹政と創平の間を走り、壁へと突き刺さった。
「……墓場は一つで充分だ」
「すでに墓持ちが言うと説得力があるのかないのか」
 それを合図に、二人は左右へ飛び退る。
「男性が義理チョコや本命チョコをぶつけられたらどうなるのか、私気になってしまって……。ぽっ」
「と、いいながらさりげない流れで鬼側に入らないでください!」
 友里恵は頬へ片手を添えながら、確実に鷹政を狙い撃ってくる。
 防御の役目もしまいかと、鷹政はジャケットを脱ぎがてらそれを打ち払った。
 腹立たしいことに、創平はと言えば持ち前の跳躍力で、通常の礫チョコならば難なく回避している。
「日頃の感謝と敬愛の念を込めて。真心の創作チョコです、筧さん……♪」
「どうして点火してるかな!!!?」
「添加物と、かけまして」
「うまいな」
「関心すんじゃねぇよ、オール電化型!!」
 バチバチとアウルの火花を纏った爆弾型チョコレートが、カオスレート補正を乗せて鷹政へ投じられた。

「危ないのだ、筧さん!!」

 すっ、と疾風の如く割り込む黒い影。
 援軍に参じた瑞樹が、ウェポンバッシュで爆弾を弾きかえす。
 明後日の方向へ吹き飛び、チョコレートは壁に備え付けのロッカーで炸裂した。
「さすがに、的が二人だけでは不憫なのだ。私も加勢しよう」
「いや、女の子を的にするわけには」
「『恋愛小説の心得ひとつ、愛は性別を超える』なのだ。そこに男女など、関係ない」
 キリリとした横顔で、瑞樹が告げる。
 彼女の登場に、屈強な姿の鬼たちも多少怯んでいるようだ。
 怯んでいるのは鬼だけで、友里恵の行動には一切影響を与えていないから、女の友情と信頼は恐ろしい。
「……この場合、筧さんと米倉さんは『鬼からチョコレートを貰う』ことになるのか?」
「え、斬新な発想」
 二人を庇うよう、囮の動きをしながら瑞樹が素朴な疑問を口にした。
「男性から男性へのチョコというのも、実在するのだな……」
「「ああ……」」
「まって、なんで米倉さんが肯定するの」
「思い当たる節があるのか、筧」
「「…………」」
 思わず顔を赤らめた瑞樹に対し、鷹政と創平の返答もまた、斜めにずれていた。

(米倉さんが…… チョコレート? 誰、ザインエル? 墓前に? マジで? あ、でもダレス君の月命日とか律儀に線香あげてそう)
(会社勤めの頃は女子社員のバラまきが精々だったが、学生だと卒業生にまでバラまくものか? 男子が? 男に?)

 二人が眉間にしわを寄せ、どうでも良いことに思考を巡らせる―― その足元に。
「!!?」
 ぬかるみかとおもえば、床にトラップとして仕掛けられた生チョコだった。ほんのり、紅茶の香りがする。
「さすがに、チョコレートの神様からバチが当たると思う!!」
「バチが当たる前にチョコレートを当てればいいのです♪」
「うまいな」
「関心してばっかりか!!」
 回避不可の特大トリュフを、ボーリングよろしく友里恵が転がす。
 音を立てて机を破壊し道を開き、二人へ進撃してゆく。

「村上さんの思いは…… いつでも強く、真っ直ぐなのだ……! 武士の誇りに掛け、受け止めて見せよう!!」

「酒井さん、それアカンやつや!!」
 もちろん、ただのトリュフで済むわけがなく、ぶつかり、割れたところから行動を束縛する粘液が溢れだすのであった。
「……二人とも、後は頼むのだ……」
 瑞樹、友情の壁に倒れる。
「大丈夫ですよ、こんなこともあろうかと『神の兵士』の用意があります♪」
 ホットチョコレートを装填したマシンガン型水鉄砲を構え、友里恵は天使のような笑みを浮かべた。

「「君が鬼か」」

 友里恵がトリガーを引くと同時に、窓の向こう、暮れはじめた空でカラスが鳴いた。




 遠く。カラスが鳴いている。
 幼い頃に親しんだ童謡が、友里恵の耳元で優しく歌い上げられていた。
「……酒井さん?」
「あ、起きてしまったか。でも、ちょうど良かった。チョコレートも固まっているところだと思うぞ」
 二人で、チョコレートを作ろうと集まって、冷やし固める間の一休みで眠り込んでしまっていたらしい。
 友里恵が目を薄く開けると、黒髪を揺らして瑞樹が顔を覗きこんできた。
「実は、私もさっきまで眠っていたのだ」
 告げて、瑞樹がはにかむ。
「なぜだろうな、バレンタインなのに鬼にチョコをぶつけられたのだ……」
「不思議なこともあるものですね」
「……うむ」
(きっと……、夢オチですね。知ってました)
 それは教えず、友里恵は気の毒そうな表情で瑞樹の背をさすった。
「先輩は、ちゃんと女性が好きなのだろうか……」
「え?」
「あっ、な、なんでもない、なんでもないのだ。その、ちょっと不安になっただけで!!」
「よっぽど…… 怖い夢だったのですね」
「あの二人が、痛い思いをしていなければいいのだが」
 お茶を淹れ直し、湯呑みを友里恵へ渡しながら瑞樹が夢を辿る。
「きっと大丈夫ですよ♪ 感謝の気持ちがこもったチョコレートですから」
「うん?」
「先輩さん、喜んでくださるといいですね」
「……うむ」
 濁されたことに気づかず、瑞樹は乙女の表情で湯呑みを両手で握りこんだ。


 ――乙女たちの聖戦・バレンタイン、本番はこれから。



【鬼さん、どちら? 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja7260/村上 友里恵/女/14歳/アストラルヴァンガード】
【ja0375/酒井・瑞樹 /女/14歳/ルインズブレイド】
【jz0077/筧 鷹政  /男/25歳/阿修羅】
【jz0092/米倉創平  /男/35歳/シュトラッサー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼、ありがとうございました!
お待たせいたしました……!
仲良しお二人と巻き込まれるNPC・バレンタイン編、お届けいたします。
内容から判断しまして、今回は分岐なし一本道での納品です。
楽しんでいただけましたら幸いです。
不思議なノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年03月28日

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