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『梅月夜の香りの中で 』
氷川 玲(ea2988)&リーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)&サラ・ヴォルケイトス(eb0993)

 穏やかな漸く春らしい陽気となりつつあった、とある早朝。
 厳しい顔つきに目元にうっすらと隈のある男が入って来たのは凶賊盗賊改方の同心長屋、表札には伊勢と有り、その男・伊勢一馬はちらりと周囲の警戒をすると中へ入って行きます。
「あぁ、まだ居たのか。寝坊でもしたか?」
「ひっどーい、今日は姉さんに用事があってお昼前からなの!」
 ぷぅ、と膨れて言うのはサラ・ヴォルケイトス(eb0993)、どうやらこの伊勢の長屋の一室を使っているようで、何の不思議もない様子で長屋へと上がり腰から刀を抜き置くと。
「そうか……飯は」
「昨日の夜は荻田さん所の一之丞君がお裾分け持ってきてくれたから大丈夫だったよ。で、荻田さんも夜帰れないから伊勢さんもって言われたの」
「……」
 それを聞いて奥へ入り袴を脱いでから竈へと向かい竈で米を炊き始め湯を沸かしと、伊勢は慣れた様子で朝餉の支度を始めます。
 伊勢の所の老僕は既に亡くなっており、どうやら食事の支度などは伊勢が行っているよう、朝餉が出来ればお膳を前に食べ始めると。
「そういえば、玲さん、ちょっと前にお見合いしたんだって」
「ほぅ……まぁ、あそこは一家を背負っているからな。身を固めた方が周りも安心するだろう」
「こないだ参拝道で一緒に居た娘かな? 可愛い娘だったよ。良い季節だから近々祝言なんじゃないかなって」
 沖松さんが言ってたとサラ、朝餉が終われば、お役目で徹夜明けの伊勢は膳を片してから奥へと寝に向かい、サラはそろそろ御店に行ってくるねと声を掛けて出かけます。
 こうして、この日は平和に始まったのでした。

「あんたらしくないじゃない」
 僅かにからかいの混じった声で言うのはリーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)、昼前に開けたばかりの小料理屋、リーゼはサラと立ち上げたこの小料理屋ですっかりと落ち着いて女将として切り盛りしていました。
「んなこと言ってもよ、そりゃ親分の姪御とはいえ、相手は堅気の……大店のお嬢さんだ」
 珍しくぼやくように言うと、出された鮎飯をかっ込む氷川 玲(ea2988)、普段はそんな風にぐじぐじ思い悩む事はない氷川のこの様子にリーゼは思わず笑ってしまって。
「なんだよ」
「いや、あんたも人の子だねぇ、なんてさ」
「へぇへぇ、悪ぅござんしたと」
 肩を竦める氷川に思わず目を細めるリーゼ、付き合いも長いリーゼからすれば、氷川はとっくに幾度も逢っているその相手の娘さんに情が沸いているのは良く分かります。
「ま、どんな娘さんか気になるし、一度連れてきなよ」
「どうせ面白がってんだろうが。ま、良いや、腹拵えも済んだし、もう一回りしてくっか……」
 参ったなとばかりに出て行く氷川、丁度手があいたサラが顔を出して。
「あれ、玲さんもう行っちゃったの?」
「ええ、もう一回りしてくるって」
「ふぅん……さっきみんな来たのになぁ」
 馴染みの友人達が顔を出したのに、そう言いながらお盆を手に御店の奥へと戻って行くサラに、珍しいわね、と呟いてリーゼも小座敷へと顔を出すため奥に戻るのでした、

「何?」
「いや……」
 見回りの途中に木瀬屋に寄れば、半ば店の者に押し出されるように出てきた、淡紅に紅梅の小紋を身に纏った紅香は、しゃんとした空気を持ちある意味憧れを向けられる類の小町娘と言うのも頷けて。
「大分暖かくなってきたなぁって思ってな」
「梅は咲いたが、桜はまだか、騒ぎ待つのは女郎花、と」
「都々逸か、それも野暮の骨頂だな」
「粋人気取りに限って、場を壊すのよね」
「ん? なんだ、実際に見たままを謡ったのか」
 折角白梅紅梅が綺麗に開いたから弟と見に行ったのにがっかりしたわと少しぼやくように言う紅香。
「実際の所、絵姿とかで見たこともあるし、さっき河原でちらりと見た宴席の人は、それは凄かったけれど……それの所為で町民どもは下がっておれ、とかいって追い出されるんだから、堪ったものじゃないわ」
「はっ、そんな野暮天、万一席に来たとしても、すぐに袖にされんだろうよ」
 並んで歩いてそんなことを話していれば、機転も利くし古いつきあいの友人達を前にしても臆することもねぇなと思って、ますますに情も沸き、それが故に巻き込んで怖い思いをさせるのではと言う不安がちらりと過ぎるのを小さく首を振って打ち消す氷川。
「そういや、弟は?」
「道場でお友達と若先生に勝負を挑むとか何とか……」
「大人しいと思っていたが間違いだったな、紛れもなくお前の弟だ」
「失礼ね、あの子の場合は手に負えなくなる手前まで静観しているわよ」
「なおさら悪いわ」
 笑ってぽむぽむと頭を撫でればきしゃーと怒る紅香、その様子を見たいからこうして怒るのが分かっていてもつい撫でたり構ったりしてしまう氷川。
 紅香が弟を迎えに行くのに付き合い姉弟と別れてからふらりと話に聞いた川原の方を確認しに行こうと歩き出し辺りを見回って暫くして、慌てて駆けてくるような足音に足を止めます。
「若頭っ!」
「お義兄様!」
 駆けてくるのは白鐘の若い衆を纏めている沖松、そして先程別れたばかりの、紅香の弟・咲太です。
「変な奴らが、姉様を……!」
 どうやら氷川と別れて直ぐ、柄の悪そうな三人の男達に囲まれて、咲太が自分を捕まえようとしていた若い男を滅多打ちしている間に二人掛かりで攫われてしまったとのことで。
「騒ぎを聞いてこの人が来て下すったので、お義兄様を捜しに……」
 おろおろとしながら言う咲太に、さあっと頭に血が上っていくのが自分でも分かると、氷川は咲太が叩きのめして捕まえた男の特徴などを言葉少なに聞き出すと駆け出します。
「あら、夕餉にはまだ早いよ」
「いや、飯じゃねえ、手ぇ貸してくれ」
 駆け込んだのはリーゼの小料理屋。
 氷川の血相に目を瞬かせるも頷くと話を促し、その様子を、昔からの友人達が何事かと、サラと共に小座敷から顔を覗かせてみているのでした。

「あそこか……皆に礼を言っといてくれ」
「なに水くさいことを言ってるの。気にする奴が居るとでも?」
 そこはシマに有る寺の裏山、先の乱の影響から住む者が居なくなって久しい古い家屋、元は趣があったであろうそこは、竹塀で囲まれて手を入れれば使えそうではありますが、そこを根城にしている若い破落戸達に器用な者はいなかった様子。
 これ届いてたみたい、と白鐘の若いのに渡されたという文を渡すリーゼ、来いと書かれた刻限まではまだ大分ありますが、それは破落戸達の勝手な都合でぐしゃと手紙を握りつぶすと懐へ突っ込む氷川。
「裏はあたし達に任せて! 表も直ぐ塞ぐから」
 襷がけに弓を手にしてにと笑うサラ、リーゼとサラに頷いてみせると、氷川はぎっと拳を握りしめて中へと踏み込んでいくのでした。
『……の、尼女!』
 聞こえてくる怒号、男の言葉が何を指すのか理解出来れば自然足が速まって、聞こえてくる方に足を運べば、不意に知っている声が耳に飛び込んできて。
『莫迦にするのも大概になさい! 白鐘一家の若頭に嫁ごうっていう女ががたがた泣き喚くとでも思ったら大間違いよっ!』
 その声が、目の前の襖を隔ててすぐの所に聞こえると思えば、開くと言うよりは引き倒す勢いで襖に手をかけそこを開ければ目の前に腕を後ろ手に、縄で縛り上げられた紅香が十人ほどの若い破落戸達相手にしている、その、まさしく後ろに現れることとなって。
「大丈夫か?」
 片膝ついてぐいと紅香の身体を引き寄せると短く聞いて、紅香と男達との間にずいと入る氷川は、男達を睨め付けながら匕首で紅香の縄を切ってやると、自身の後ろに庇うようにゆっくりと立ち上がります。
 もっとも、睨め付けられてまるで蛇に睨まれた蛙、男達はじりじりと、刀や匕首など抜きながらも下がるもできず襲いかかるもできずにいまして。
「俺の機嫌を損ねたのはてめーらか」
 一歩踏み出し様に、一番近くの男の腹へ体重の乗った拳を叩き込めば、奇声を上げて斬りかかってくる男の刀を匕首でいなして刀を持つ手を叩き折り。
「それなりの覚悟があんだろうなぁ、当然よう」
 突き入れられる匕首の手首を掴んでひねりあげれば、蹌踉めき這々の体で逃げようとする男の腰を思い切り踏みつけて。
 屋内で悲鳴が上がって、裏にどたどたと逃げ出してくる三人の男が居ました。
 相手が一人なら、逃げ出すことは容易い筈、でしたが。
「堅気に手を出すとはね……噛み付いた相手が悪いこと」
「大人しくしていれば、そこまで酷い目に遭わないですむかもしれないよ?」
 立ちはだかるリーゼと、ぴたりと狙い定めて番えられているサラの弓と矢を見て、裏へと逃げてきた男達は、他愛もなく捕縛されるのでした。
「それ以上やらかして、晴れの日に水を差す必要もあるまい。もっとも、楽にされた方が此奴等にはましだろうがな」
 そんな声にふと我に返れば、表を固めていた様子の、サラに引っ張り出されてきていた伊勢が様子を見に来ていたようで氷川を押さえ、破落戸達は皆ぶちのめされて、死んでしまえた方が余程ましな状態で転がっています。
「それより……」
「……ああ」
 男達へと向き直りつつ促す伊勢に小さく頷くと、縛られていた手首を軽く擦っていた紅香へと歩み寄る氷川。
「……すまん。俺と一緒に居るとまた起きるかもしれん」
「……だから何?」
「ん……」
 紅香の言葉にそれ以上何も言えることはなく、兎に角送ろう、そう告げて促す氷川に、紅香は何か言いたげではありますが黙って小さく息をつくと促されるままに歩き出すのでした。

 それから二日程、鬱々と柄にもなく考え込む氷川の姿が、白鐘の屋敷にありました。
 若頭を人質と人数に任せて締め上げれば、後は年寄りだけと見た若い破落戸達がつるんで起きた事件に、また同じ事が起きるかもしれないという不安が過ぎって。
 また、今回は伊勢に止められたものの、今迄冒険者としても、そして白鐘一家の若頭としても、あまりに血を流しすぎていた自分にその権利があるのだろうか、そんなことまで考え込んでしまっていました。
 そこにふらりと顔を出したのが長い付き合いの友人、それとはなしに慰めるようで居て、踏ん切りがつかないなら逃げるのも仕方がないですよ、などという実質的な煽りにしっしと追い払うも。
「……うしっ」
 ぱんと顔をはたいて立ち上がる氷川は木瀬屋へと足を向けます。
 木瀬屋へとやってくれば、部屋で文机に向かって書を読んでいる紅香、自分が来たのは分かって居ても読み続けているその背中が怒っているのだろうと思えば、思い悩んでいる間ほっといたのが少し申し訳なくもあり、いつも通りでほっとするものでもあり。
「話があるんだ」
「……何よ」
 むくれて居るのが解る紅香に微苦笑を浮かべると、側に寄ってどっかりと腰を下ろし、拗ねてないでこっち向けと肩を掴んで自分の方へと向かせると氷川は口を開きます。
「また、同じような目に遭わせるかもしれねぇ。だが、必ず助けるし護る。だから、俺と一緒になって欲しい。いや、嫌だと言ってももう決めた」
 氷川の言葉に紅香は色々な感情が過ぎるのがその表情から解るも。
「〜〜っ、放っておいてなによっ! どんな気持ちで……」
「だから悪ぃ、それは本当に謝るっ」
 きしゃーっといつも通りに噛みつく紅香ですが、謝りつつ氷川がぎゅっと引き寄せて抱きしめるのに、一瞬躊躇するもぎゅっと掴まりつつ、それでも放って置かれたことで怖かったことなどの恨み節をしばしぶつけているのでした。

「わぁ、綺麗っ」
 白無垢の紅香の姿にぱっと明るい声を上げるサラは、ねぇねぇと隣にいる伊勢の袖を引っ張ったりしています。
 祝言の夜、宴の席には白鐘の一同はもとより、凶盗方の同心達に長谷川平蔵と彦坂昭衛、古い友人達や、リーゼにサラの姿もありました。
「あんたも幸せになって悪いはずはないさ」
「ん……」
 照れも入ってか礼を込めて軽く頷くと、心持ちも晴れやかな様子で傍らの紅香を見ていて。
「良いなぁ、花嫁さん綺麗ね。あたしもそのうちこんな人見つけるの!」
「何いってんだ、お前の場合、隣にいるだろ」
 きらきらした目で紅香を見てサラが言えば、いっそくっつきゃ良いのにと思っていた氷川が口を開き、それを聞いて平蔵がどこか楽しげに笑うと伊勢へと声をかけます。
「おう伊勢、朴念仁のお前ぇもやっと身を固める覚悟ができたか」
「……は? お頭、一体何の話で……」
「え、伊勢さん、サラさんと一緒に暮らしていて、よもや何の進展もないなんて言わないですよねぇ?」
「進展? 何がだ?」
 木下忠治の言葉にも怪訝な表情を浮かべる伊勢、ことの成り行きを見守っていたリーゼは何とはなしに自分の妹と伊勢とを交互に見て。
「あらあら……」
「伊勢さん、ねぇ……」
「ん? 何なんだ、皆して今日は」
 どこかサラも納得したかのような表情で隣を見上げれば、状況が理解出来ていないのは当の伊勢同心だけのよう。
「いやいや、本当に目出度いことさねぇ……」
 楽しげな会話を眺めながら紋左衛門と木瀬屋主がどこか感極まったように頷きあい、咲太が姉に何度もお祝いを告げていて、それもこの日ばかりは紅香もほんのり頬を染めて僅かに目元を潤ませています。
 祝宴に面した庭の梅香が仄かに香る中、氷川はどこか満足げに、自身の妻となった紅香を改めて見つめて。
 祝言の宴の席は、今暫くの間賑やかで和やかに続くのでした。
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2014年03月28日

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