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『SWEET×SWEET……? 〜彼女の場合 』
ケイ・リヒャルトja0004

 バレンタインデー。
 毎年、久遠ヶ原学園中を巻き込んで何かしらのイベントを行い、この時期にはまるでお祭でもやっているかのように賑やかな――もっともこの学園では、だいたい常にどこかでお祭り騒ぎが起きているのだが――雰囲気に包まれる。あちらこちらでチョコレートを渡したり、貰ったり、大切な人へと贈るとっておきのチョコレートを作るために、毎日特訓をして見たり。
 その、言うなれば学生達の血と汗と涙と情熱の集大成である今日はことさらに、学園内はとても賑やかで。けれどもこの時間ともなれば、さすがに人影もまばらになるようだと、路地を小走りに進みながらケイ・リヒャルト(ja0004)は考えた。
 小学部から大学部まで擁し、入学年齢の制限もない久遠ヶ原学園では、学校そのものが寝静まってしまう、と言う事はまずありえない。とはいえ表通りならばともかく、今ケイが居るような路地には日頃からあまり人が居ないだけあって、ちょっと見回してみても彼女以外、人影は見当たらなかった。
 何しろ今は、夜中と言った方が良い頃合だ。本来ならば人を尋ねて行くのも憚られるような時間だけれども、ケイの足は、時々時間を気にして緩みはしても、止まる事はない。
 身に着けている黒い服とあいまって、まさしく影のように路地を駆け抜けたケイの瞳が、行く手にある少し古ぼけた風合いをまとう、一軒家風の建物を映した。路地に面した窓からはまだ柔らかな明かりが漏れていて、夜闇に沈む路地をほの明るく照らしている。
 それに、ほっとした。いっそう足を速めてそちらへと近付くと、そのまま勢いよく出入り口の木戸を押し、文字通り中へと飛び込む。
 そんなケイを見て、ちょうど扉の前に立っていた青年が目を丸くした。

「あれま、珍しい時間にくるねぇ」
「――蓮」

 そう言ったのは藤村 蓮(jb2813)だ。この、喫茶店をイメージしてレイアウトされた建物の主であり、久遠ヶ原学園大学部の生徒であり――ケイが会いに来た相手。
 知らず寒さと気忙しさで険しくなっていた顔をほっと緩め、ケイは柔らかな微笑を浮かべた。まだ整わない息を荒く吐き出しながら、『間に合った……』と小さく呟く。
 上手く聞き取れなかったのだろう、蓮が不思議そうな顔をして、ん? と首を傾げた。

「どしたの」
「ううん。――まだ開けてたのね」
「ん、そろそろ離れようと思ってるけどねぇ」

 彼の言葉に首を振ったケイに、蓮はそう肩を竦めて見せる。そうなの、と店内に視線を走らせて見れば、確かにそれなりに片付けられているようだ。
 外見同様、レトロな雰囲気で統一された落ち着いた空間。正確には、そうあるべくアンティーク家具が少しばかり置かれただけの、けれどもだからこそどこか落ち着く場所。
 ふうん、と内心で不安に思いながらも、口調だけは軽く蓮を見上げた。

「じゃあ、お邪魔だったかしら?」
「とんでもない。とりま、入りなよ。寒いしねぇ」
「ありがとう。――今日はバレンタインデーでしょう? だからチョコレートを、直接渡したかったのよ」

 扉の前から少し身体をずらして促してくれた蓮に、お礼を言ってケイは遠慮なく中へと足を踏み入れた。そうしながら、まだ少しだけ荒い息で来訪の理由を、軽い口調で紡ぐ。
 わざわざ悪いねぇ、と蓮がいつも通りにも、どこか困ったようにも聞こえる返事をした。それともそう聞こえてしまうのは自分の心境のせいかしらと、くすりと笑ってケイは、すれ違いざまに彼を悪戯っぽく見上げる。
 少し、蓮がたじろいだ気がした。――これも気のせいだろうか。

「もう沢山貰ってるんじゃないの?」
「そうでもないんだけどねぇ」

 からかうケイの言葉に、さらに困った顔になった蓮を見て、くすりと笑う。どうかしらね、と肩を竦めて見せて、ケイはカウンター席へと足を向けたのだった。





「コーヒーで良い?」

 ケイがカウンター席に腰をかけると、カウンターの中に入った蓮がそう言いながらケトルを火にかけた。もちろんと頷くと、さほど迷った様子もなくすぐに、コーヒー粉の準備をし始める。
 恐らく今日もまた、ブレンドを色々と試していたのだろう。実家が経営していると言う喫茶店を継ぐため、日々研鑽を重ねている彼の手の動きは、見ていて滑らかで無駄がない。
 ケトルでお湯の沸く、少し金属音の混じったシュンシュンという音。食器の触れ合う、カチャカチャという微かな音。蓮が動く際の衣擦れ――
 そんな音と、それからやがて漂ってきた良い香りを楽しみながら、ケイはテーブルの上に持ってきたチョコレートの包みを置いて、待っていた。それはとても落ち着く時間で、それからどこか楽しい時間。
 やがて蓮がカウンターの向こうから、「本日のブレンドをどうぞ、ってね」とケイの前にコーヒーカップをかちゃりと置いた。それから自分の分のカップを手に、カウンターのこちら側にやってくる。
 蓮が手に持っていたのは、けれどもコーヒーカップだけではなくて。

「これは俺から。なんか、ついでみたいで悪いけどねぇ」
「あら……蓮から貰えるなんて、嬉しいわ」

 ケイの隣に座った蓮が差し出した、いかにも手作りなラッピングの包みを、くす、と笑ってケイはありがたく受け取った。それからカウンターの上に置いておいた、自分の包みを「はい」と蓮の前に差し出す。
 おおう、と嬉しそうな笑顔になって、蓮はほくりと受け取った。

「ありがとうだねぇ」
「どういたしまして。――ねぇ蓮、せっかくだから一緒に開けてみましょうか」

 ふと思いついてそう提案すると、良いねぇ、と蓮がまた笑う。そうして互いにくすくす笑いながら、相手に貰ったチョコレートの包みを、どこかいそいそと開封して。
 蓮がくれた包みの中に入っていたのは、とても美味しそうな生チョコレート。立派に商品としても通用しそうな出来栄えだけれども、ほんの少しだけいびつな形が、これが手作りだという事を示している。
 蓮の作ったものだから、間違いなくとっても美味しいのに違いない――そう考えて、ケイは頬を綻ばせた。きっとこのコーヒーと同じように、まるで蓮の心を表しているかのように、すぅっと心に染み込んでくるような、それでいて胸のどこかにかかって気になり幾度も思い返してしまうような、そんな味に違いない。
 そう考えながらケイは、指先で生チョコレートを1つ摘んで口へと運ぶ。口の中でとろりと溶ける、苦味と甘味の絶妙なバランスがとても美味しくて、蓮の淹れるコーヒーとよく合いそうだ。
 そんなケイの隣で、ごそごそと渡した包みを開けていた蓮が、「おおう」と感心した声を上げた。

「こりゃ美味しそうだねぇ」
「ふふッ。蓮が作ってくれたこの生チョコレートには、きっと敵わないけれども……心はたっぷりこもってるのよ」

 だから食べてね、と笑ったケイが作ってきたのは、ベリーチョコレートケーキだ。ハート型に焼き上げたガトーショコラの上に、何種類かのベリーとデザイン的なモチーフのチョコレート細工を飾って、見た目も美しく工夫してある。
 お菓子作りを趣味にしているケイにとっては、ベリーチョコレートケーキを作っている時間は、蓮にあげる物だという事を差し引いても楽しいものだった。けれども何より楽しかったのは、やっぱり、これが蓮にあげるものだ、と言うことで。
 たいしたもんだねぇ、と素直に感心する蓮がくすぐったかった。こうして素直に喜んでもらえると、ケイとしても作り甲斐があると言うものだ。

「じゃあ今度、このベリーチョコレートケーキも一緒に作りましょうか。きっとこれだって、蓮ならすぐに覚えてしまうわ!」
「ぜひお願いしたいねぇ。俺のはなんか、店で出してるのの延長って感じでわるいねぇ」
「ううん、とっても美味しいわ! 蓮らしい味ね」
「俺らしいってどんなだか。じゃあ、俺も頂こうかねぇ」

 ケイの心からの賛辞に、照れ交じりの苦笑いを浮かべて蓮が、カウンターの中へと戻って行く。そうしてケーキ皿とフォークを手に戻ってくると、早速ベリーチョコレートケーキを箱から移して、フォークを動かし始めた。
 蓮が一切れ口の中に入れた瞬間、ひょい、と目を見開く。もぐもぐと咀嚼した彼が、口の中のものをごくんと飲み込んだのを見計らって、ケイはそっと尋ねてみた。

「口に合うかしら。コーヒーに合うように、少し甘めにしてみたのだけれど……」
「いやいや、ほんと、ケイは上手だねぇ……! すんごい美味しいねぇ、これ」

 我ながら心配そうな響きを帯びていた言葉に、蓮は満面の笑顔でそう返してくれる。それが言葉だけでないことは、すぐに二口目、三口目を求めて忙しなく動き始めたフォークを見れば一目瞭然だ。
 ほっと安心して、ケイも生チョコレートを口に運ぶ。運びながらコーヒーを飲み、飲みながらお菓子作りのことや、学園で今日あった出来事や、そんな他愛のない話をする。
 ――それはとても穏やかで、心休まるひとときだった。





 生チョコレートとコーヒーを頂き終わった頃には、すっかり夜も更けていた。

「さすがにそろそろ帰らなくてはね」
「ん。なら俺もそろそろ片付けるかねぇ」
「手伝いましょうか?」

 空になったコーヒーカップをソーサーに戻し、そう言ったケイの言葉に時計を見た蓮が、同じく空になったカップとケーキ皿を手に立ち上がる。そんな彼に手伝いを申し出ると、蓮は笑って首を振った。
 ケイのものと2人分、カウンターの向こうの流し台で手早く洗う蓮を、なんとなく待つ。そうして戻ってきた蓮に促され、少し名残惜しい気持ちになりながら、出入り口の木戸から外へ出た。
 冬の夜の、身を切るような冷たい空気が、一瞬にしてコーヒーとチョコレートで暖まったケイの身体を包み込み、熱を奪って行く。寒さに大きく身を奮わせた、ケイの横で一緒に出てきた蓮もまた、こりゃ一段と寒いねぇ、と白い息を吐き出した。
 そんな蓮を振り返り、ケイは艶やかな笑みを浮かべる。

「今日は有難う」
「や、俺こそありがとう、ってね」

 ケイの言葉に、蓮が笑って肩を竦めた。そんな蓮にくすりと笑い、軽くハグをして。
 その勢いのままに、大きく伸び上がって蓮の頬へ、キスをする。腕の中の蓮の身体が、瞬間、驚きに固まるのを感じて満足にも似た感情を覚え、ケイはそっと身を離した。
 きっと蓮には今のキスが、冗談なのか本気なのか、区別は付かないはずだ。――正直なところ、自分でもどちらなのか、区別がつかないのだから。
 そんなケイを呆然と見ながら、キスをした頬に手を当てたきり、蓮はぴくりとも動かない。そんな彼の様子を見つめていたい衝動を、振り払うようにケイはそのままくるりと背を向けた。
 「またね」と背後に手を振り、決して振り返ることはなく、真っ直ぐに夜に沈む路地を歩き出す。冷たい夜の中、彼女の足音だけが空気を震わせ、辺りへと響き渡った。
 ――少ししてから蓮の、何してるの、と焦ったような声が聞こえてきた。それを聞いてケイは、振り返らないままくすり、笑う。
 きっと彼の事だから、顔を赤くしてわたわたしているのだろう。そんな場面を想像して、『してやった』とでも表現するべき痛快な気分と、それだけではないくすぐったい気持ちが、同時に胸に沸き起こってくる。
 その意味を考えながら、ケイはほんの少し足取りを軽くして、夜の闇の中に消えていったのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名    / 性別 / 年齢 /     生業    】
 ja0004  / ケイ・リヒャルト / 女  / 18  / インフィルトレイター
 jb2813  /   藤村 蓮   / 男  / 17  /    鬼道忍軍

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そして本当にお久し振りです、伺った瞬間に三段構えぐらいで驚きを表現してしまいました(何

バレンタインデーの夜の密やかな物語、如何でしたでしょうか。
お嬢様のミステリアスで色香漂う雰囲気ですとか、そういったものを意識しながら精一杯書かせて頂きました。
お2人がこれからどんな関係へと進んでいかれるのか、心から楽しみです。
ベリーチョコレートケーキは実に美味しそうでした……!(ぁ
口調ですとか雰囲気ですとか、何か違和感のあるところがございましたら、いつでもお気軽にがっつりリテイク下さいませ(土下座

お嬢様のイメージ通りの、どこかくすぐったさがあるような素敵なバレンタインのノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
不思議なノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年03月31日

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