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『different morning 』
クレイグ・ジョンソン8746)&フェイト・−(8636)&(登場しない)

 カチ、と時計の針が動く音を耳に捕らえたフェイトは、重い瞼をゆっくりと開いた。
「……あれ?」
 見覚えのない空間に、ベッドの感触。自分の知らない場所で眠っていたのかと思いながら視線を動かせば、隣にいるのはクレイグの姿だった。
「は……えぇっ!?」
 思わずの声が漏れた。
 驚きの表情のまま勢い良く飛び起きたのだが、その反動で上半身がベッドの外に傾きそうになった。
 フェイトは慌てて両腕を宙に出してバランスを取ろうとしたが、動揺もあってうまく出来ない。
 その直後、彼の腕を掴んだのはクレイグであった。
「……何してる、ユウタ」
「な、何って……うわ……っ」
 クレイグは静かな声音でそう言って、フェイトを自分へと引き寄せる。彼も眠っていたので、寝ぼけているのかもしれない。
 フェイトはクレイグの腕の中に戻された形となり、また慌てて彼の体に手をついて顔を上げた。
「えっと、クレイ……? ここ、どこ? なんでこんなことに?」
「……憶えてねぇのか。ここは俺の部屋。バーでお前が酔潰れちまったからさ、連れてきたんだよ。お前の家も知らなかったし」
「そ、そうだったのか……でも、なんで、その……クレイのベッドに?」
「そりゃお前、ベッドは一つしかねぇだろ。俺がソファでも良かったんだが、今のやつ小さくてなぁ……こっちのほうがサイズもあって余裕もあるしってことで、倒れこんで寝てた」
 ふぁぁ、とクレイグは欠伸をしながらそう言った。
 それを聞いて、フェイトは肩を落として「迷惑かけてごめん」と呟く。
 ゆっくりと記憶をたどると、酒の力に任せてクレイグに何か言っていたような気がする。それは醜態にも近いような気がして、頬も染まった。
「まぁ、たまにはいいだろ。さて……まだ夜明けまでにはかなり時間もある。寝直そうぜ」
「あ、うん……」
 くしゃり、とフェイトの頭を撫でたクレイグは、そう言って先にごろりと横たわった。彼の言うとおり、まだ辺りは真っ暗だ。時計に目をやれば時刻は二十六時を過ぎた所だった。
 静かな空間だった。
 明かりは落とされているが大きな窓のカーテンは開かれたままで、そこから青白い光が差し込んでいる。月夜なのかもしれない。
 チャリ、という小さな金属音を耳にしたフェイトは、静かに視線を落とした。
 自分の手元、傍で横になっているクレイグのシャツの襟元から見えた銀のペンダントから聞こえたものだった。
 プレートが二枚。手前にあるものには角に小さな緑の石が嵌めこまれている。
「……ユウタ?」
「あ、ごめん……」
 いつまで経っても横になろうとしないフェイトに、クレイグが促しを掛けてくる。
 フェイトはそれに釣られるようにして、遠慮がちに横になった。
 そして、クレイグの首元に目が行く。
 以前の島の依頼で彼を手当した時にも見かけたなと思いながら、思わず手がプレートへと動いてしまう。
「どうした」
「うん……これ……」
「ああ、ペンダントか? これは親父の形見だよ。母さんと一緒に名前が彫ってあるんだ」
「………………」
 包み隠すこと無くクレイグがそう打ち明けた。
 形見ということは彼の両親はすでに亡くなっているということだ。聞いてしまってもいいのかと思いながらも、フェイトは知りたいと思ってしまう。
「俺が学生の頃にな、IO2絡みの事象に巻き込まれちまって……まぁ、そん時に二人とも俺を置いて先に天国に行っちまった。絶望感でいっぱいだった。恨んだよ、色んなものを。俺がエージェントになった理由も、ここにある」
「……そう、なんだ……」
「んな顔すんなって。お前にそんな顔させたくて打ち明けたわけじゃない。結果としてお前に……ユウタに会えたんだ。俺は不幸じゃない」
「クレイ……」
 クレイグの声がじわりと耳に染み込んだ。
 彼の抱く過去は決して幸福ではなかったはずだ。それでもクレイグは、自分に会えたことで不幸じゃないと言い切った。彼の持ち前の明るさがそうさせたのかもしれないが、フェイトは素直に嬉しいと感じた。
 心の奥底にある寂しさ。それを少しでも自分が拭えていたのなら、やはりそれは喜びに繋がっていくものだ。
 クレイグがフェイトの髪を撫でてきた。
 それを受け止めてから、フェイトもゆっくりと腕を伸ばして彼を抱きしめる。
「ユウタ……?」
「……えっと、ほら……俺がいるから、寂しくないよっていうか……」
 クレイグが瞠目した。
 フェイトの行動も言葉も、予想もしていなかったためだ。
 そして彼は、深く長いため息を吐き零す。
「ほんとにお前ってやつは、俺が必死に堪えてるもんを簡単に崩しにかかるんだから困るよなぁ……」
「?」
 フェイトはクレイグの言葉の意味をあまり深く考えることはしなかった。
 衣服越しではあるが触れている体温が温かくて、それによりじわりと押し寄せてくる再びの眠気が思考を鈍らせていく。
 そして彼は、ゆっくりと瞼を閉じて眠ってしまった。
「……はぁ」
 フェイトの寝顔を確認してから、クレイグがまた溜息を零した。
 冷静さを保ってはいたが、この距離でそれを続けるには相当の努力がいる。
 実は彼は、フェイトを部屋に連れてきてから眠ってはいなかったのだ。
「俺のこの努力は、いつ報われてくれるのかね……」
 そう言いながら、彼はフェイトの黒髪に指を通した。柔らかい感触に目眩がする。
 これ以上触れていては自分の心がもたないと感じたクレイグは、ゆっくりと身を起こした。首元のペンダントが再び小さな音を立てるので、彼はそれを無言でシャツの内側へと仕舞いこむ。
 そして彼は静かにベッドを降りて、カーテンを閉めていない窓へと足を運び、ベランダへと出た。その手には煙草が収まっている。
 眠っているフェイトを気遣い、外で吸うようだ。
「…………」
 素早く火を灯して、それを口に咥える。
 そして手すりに体を預けて、遠くのネオンを眺めた。宝石箱のような光をその目に捕らえながらも、彼はそれに視線を合わせること無く、静かに瞳を閉じる。
 ずっと独りだと思っていた。
 親の仇を取るためにとIO2の道に進んだが、そこでも彼は孤独を感じていた。
 ――フェイトと言う名のエージェントに出会うまでは。
「名前の通り、お前は俺の運命だよ『フェイト』……」
 紫煙を燻らせながら口にする響きは、当然フェイトには届かない。
 今は、まだ。
 足元から舞い上がってくる夜風に体を震わせたクレイグは、自嘲気味な笑みを浮かべつつ室内に戻ってきた。そしてテーブルの上にある灰皿に煙草を押し付けて、ベッドを振り返る。
 長身の体に合わせて購入したベッドは、広く大きい。
 その中で眠るフェイトは、とても無防備だった。
 静かに歩み寄って、また彼の隣に腰を下ろした。そしてギシ、とベッドを軋ませて身を寄せる。
 あどけない寝顔を覗きこんで、クレイグは表情を綻ばせた。
「……これくらいは許されるよな」
 そんな独り言を漏らして、体を傾ける。
 窓から入り込む淡い光に浮かぶ影は、僅かな間だけ重なって見えるのだった。

「ちょっと、クレイ!!」
「おう、おはようユウタ」
 翌朝。
 フェイトの怒号とも取れる言葉が台所に立つクレイグに飛んできた。
 朝食を作っていた彼はそれを苦笑しつつ受け止めて、肩越しに振り返る。
 フェイトは顔を真赤にしてクレイグを睨みつけていた。
「ユウタお前、トーストとベーグルどっちがいい?」
「……え、あ……トースト……じゃなくて、なんで俺、こんな格好してるんだよ!? 下履いてたよな!?」
「皺になると思って脱がせたんだよ。ソファに置いてあるだろ」
 目が冷めて自分が下を履いていないことに大層驚いたフェイトは、その格好のままでクレイグに苦情を言いに来た。
 そしてあっさりとそう返された彼はそこで改めて自分の格好に頬を染め上げて、シャツの裾を引っ張りながら俯く。
「何もしてないさ。安心しろよ」
「いや、それは……うん……」
 クレイグはスクランブルエッグを皿に移しつつそう言った。その際、ちらりとフェイトを見やったが彼は俯いたままでいる。
 自分を疑っているわけではないのだろうが、動揺した結果そのような展開になっていることに、後悔しているのかもしれない。
 それを感じたクレイグは唇に小さな笑みを作った後、動けなくなっているフェイトを促してやるためにまた口を開いた。
「ほら、さっさと履いてこいよ。コーヒー淹れたら飯だぞ」
「あ、うん」
 その言葉を受けて、フェイトはようやくその場から離れてソファへと向かった。
 ぎこちない動きに笑い声を噛み殺しつつ、クレイグはコーヒーメーカーに手を伸ばす。
 そこで彼はふああ、と盛大に欠伸をした。
 どうやら寝不足のようだ。おそらくはあれからほとんど眠っていないのだろう。それをフェイトに悟られないように努めつつ、肩を竦めた。
「……まったく、こんなのが続いたらさすがの俺も身が持たねぇわ」
 そんな独り言を漏らしながら、彼は来客用のカップにコーヒーを注ぐ。
 カタ、と小さな物音を聞いて、顔を上げればそこにはなんとも言いがたい顔のフェイトの姿があった。
「ほら、座れよ」
「……うん」
 手招きでテーブルへとフェイトを誘う。
 遠慮がちにしながらも、フェイトはテーブルの傍に歩み寄って椅子へと収まった。
「飯食ったら大通りまで送ってやるよ。このまま居てくれても良いけどな?」
「……さすがにそれは、クレイにもまた迷惑かけるから、帰るよ」
「そっか。じゃあコレ持って帰れ。出入り自由だぜ?」
「えっと、その……ありがとう」
 クレイグが何の躊躇いもなくカップの前に差し出して来たものは、この部屋の合鍵らしきものだった。
 それが何の意味を為しているのかフェイトはいまいち分かってはいないようだったが、それでも素直に頷いて受け取る。
 いつもと違う夜を過ごした二人に差し込む朝の光。それはそれぞれに鮮明な記憶となって、脳内に刻まれたのだった。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年03月31日

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