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『二重らせん 』
常木 黎ja0718


 ぐるぐると、巡る。思考が。感情が。
 環として完成するでなく、出口を見出すでなく。
 答えは見えていて、けれど辿りつくでなく。


 三月半ば、春は近い。
 
 オリーブドラブ色のモトクロッサーを路肩に停め、常木 黎は眼前のマンションを見上げる。
 なんてことのない、何処にでもありそうなワンルームマンション。
 そこには、フリーランス撃退士の事務所が入っている。
(……近くを通りがかっただけ、だけど。いるのかな)
 インターフォンを押せば、突然の来訪であっても快く出迎える家主であると知っているが、だからと言って『理由』が見つからない。
(そもそも、何を話せば)
 バイクを走らせている時は、まだまだ冷たい風を切ることに気持ちが高揚して吹き飛んでいた。
 出掛ける前は『なんとかなるかな』くらいの、当てどない考えだった。
 いざ、建物を前にして、現実味というものが一気に湧き上がって今に至る。
「……帰ろうかな」
(居ないかもしれないし)
 うん、きっと居ない。居ないということにしよう。私は此処になんて来なかった、それでいい。
 声に出すと、じわじわと気持ちが傾き、固まり始める。
 再びツーリングすべく、軽く体をほぐしたところで――
 遠くから、空気を震わすような排気音が響く。大型バイクだとすぐに知れる。
 真っ直ぐに近づいてくる、ああ3ブロック向こう、そこの信号を曲がり、徐々にスピードを落とすのと反比例して音は大きくなる。
 ブラックメタリックの車体にフルフェイスメット、ジャケットだけが見覚えのある。
 マンションの手前、駐車場入り口で停まると、空気の振動が収まり熱気がふわりと漂った。
「あれ、黎さん?」
 そうして顔を覗かせたのは『仕事』からの帰還らしい、筧 鷹政だった。
「……や、奇遇……って、どうしたの?」
「え? あぁ。日常茶飯事、舐めときゃ治る」
「わけないでしょう」
「えーと…… 立ち話も、何ですし。お茶でも出すよ」
「その前に、出てる血を止めるから」
 額へ適当に巻きつけた包帯から、血が滲み滴り始めている。
(声、……震えてない? 大丈夫、だよね)
 内心の緊張を押さえ、黎がそっと、傷口へ手を翳した。




 応急手当の後、足りない分は救急箱で。
「日常茶飯事、なの……? こういうの」
「わりと。傷口は閉じるの早いし」
(そういう問題なんだろうか)
「生存率上げるには、深手を負わないうちに留めておくのも一つだと思うよ。や、その、状況次第だけど」
「無茶苦茶に突っ込んで倒れたら、チームにも迷惑掛かるしなー。肝に銘じます」
 何がおかしいのか、手当てを受けている間中、鷹政はクスクス笑っている。
「たとえば」
(たとえば、学園経由の依頼じゃない『仕事』があって、それがどんな過酷な戦場だったとしても、私は――)
「うん?」
「な、なんでもない。後は……大丈夫、よね」
「ありがと、さすがに血が足りなくなってた」
「……お茶、淹れるからもう少し座ってて……」
 呆れが緊張に勝った瞬間だった。黎が、ふらりと立ち上がる。
「黎さんはさ」
 ローテーブルに頬杖をつき、鷹政は笑っている。
 振り向いたところで、言うべきか思案しているようだった。
「どっか、似てるんだよな。うちの相棒に」


(どういう意味だろう)
 言うだけ言って、疲れが出たのか鷹政はそのまま軽く眠ってしまっている。
 体に優しい方が良いだろうかと、なんとなく緑茶を選び、湯気を立てる湯呑みをテーブルに置いて。
(……相棒って、あの人だよね) 
 ちらりとだが、黎も面識があった。
 その人の墓参りに鷹政が行った昨夏のことを、きっと忘れることはないだろうと思う。
「難しく考えてる?」
「っ、起き……」
「目、瞑ってただけ。お茶入ったなら声が掛かるかと思ったら、なんか気配消えてるし」
 片目を開け、悪戯の成功した子供のように鷹政が肩を揺らす。
「仕事に関して几帳面で……ちょい神経質で、リアリストで、淡々としてるけど」
 そんな風に、自分は見られていたのか。
 言葉にされると、不思議な感じがする。
「ちゃんと、俺のこと心配してくれてる」
「それは、あんな状況見たら」
「ん。それがさ、嬉しいなあって思うのよ」
 鷹政は身を起こし、湯呑みを両手で包んだ。
「ごめん、こういう例え方って良いことじゃないよな」
「わかんない……状況についていけなくて」
 ぐるぐる考え込んでいて、予想外の反応が重なって。
 黎は端的に心情を述べるにとどまる。
「誤解を招くといけないから言うけどね、重ねてるわけじゃなくてね」
 たとえば。
 鷹政の、こういうところだろうかと黎はぼんやり考える。
 自分は、どうしても口下手で。
 人付き合いが不得手で。
 何処かしら非道徳的な部分だってあって。
 それでも、誰と変わるでなく親しく付き合ってくれること。
 子供っぽい所もあるけれど、生き方はちゃんと『大人』だ。
「螺旋みたいだなって、思うんだよ」
「鷹政さん、前にも言ってたよね。どういう意味?」
 引っかかっていることの一つだった。思い切って、訊ねてみる。
「あー…… うん」
 ガシガシと髪をかきむしり、鷹政が視線を落とす。
 言いにくいことなのだろうか。けれど、そも、口にしたのはそちらである。
「ちょっと、ここで、待ってて」




 鷹政の居室の二階――正確には二部屋を借りて勝手に改装したという造り――が、撃退士としての事務所になっている。
 そちらへと向かってしまい、10分ほど。
 お湯を沸かし直してお茶のおかわりを淹れ、一人きりになったことに何故か少しだけホッとして、それから黎は、なんとはなしに室内を見渡した。
 前回訪れた時も、それはそれで緊張していたので、それほどじっくりは眺めていない。
 ひとさまの家を、という気持ちがないでもない、し。
(……あ)
 ふと目についたのは男の一人暮らしには珍しい、一輪挿しと活けられた二本のチューリップだった。
 その傍らには灰皿。使われた形跡はなく、鍵か何かを――ヒヒイロカネあたりだろうか――置くための物らしい。
 相棒という人は、よほど特別だったのだろう。
(それと)
 もう一人。
 鷹政へヒヒイロカネを託した女性を知っている。
 花は、二人へと捧げられているのだろうか。
「……お見合い、か」
 そんな話も、鷹政の家族から持ち掛けられているらしい。
 彼にとって揺るがない『特別』が存在していて、この先にまた存在するのかもしれない。
(寂しいとか、言えるわけないし)
 本当は。
 会いたかったから、ここへ来た。
 会いたくて仕方がなかったから、自分の足で来た。
 でも。それを、どうやって伝える?
(しかも、この時期とか……)
 三月中旬。
 前回、訪れて不意打ちを渡したのが二月の上旬。
(もしかして)
 鷹政が二階へ行ったのはホワイトデーに気づいて?
(催促だなんて思われた?)
 さぁっと血の気が引く。
「帰ろう」
 このままじゃ、自分が自分じゃいられなくなるような気がしてきた。
「黎さん、待ってって……」
 珍しく焦り切った声が、黎を呼びとめた。
 



 壁掛け時計の音が室内に響く。
 ローテーブルを挟み、互いに視線を逸らしたままの沈黙が続く。
「えーと…… 明けましておめでとう……?」
「……応急手当、使い切ったんだけど」
「打ちどころ悪かったとかじゃないから!! いや! なんていうの、こう……」
 突拍子もない切り出しに、黎だって対応に困る。
(鷹政さん、困ってる?)
 違う。緊張だろうか。何に対して?
「お土産。黎さん、手出して」
「……?」
「重かったら、売り飛ばしていいから」
 差し出した手のひらに乗せられたのは、小さな箱だった。
「実用性皆無だしね…… その。『気は持ちよう』くらいで」
 白い包装を解く。
 大きさ・重さからなんとなく想像はついて、でもまさか、の方が大きかった。
 細身のシルバーリング、深い色合いの青の石がはめ込まれた指輪。
 日常使いでも邪魔にならないような、シンプルなデザインだった。
「あ、サイズ合わない」
 どの指でも入らないか、やたら余るか。
 その辺りの詰めの甘さ、物慣れなさが彼らしくて、暖かな感情が湧いてくる。
「……ありがとう。今なら一人で、軍団と戦えそうだよ」
 青ざめる鷹政へ、そう冗談めかして付け足した。
 指輪のサイズは直せるし、チェーンを通したっていいだろう。
 

「まったく同じ、重ねて繰り返すんじゃなくてさ」
 ぽつりぽつり、鷹政が話し出す。
「同じような軌跡を描いて、時には揺らぐこともあって、それでも進み続けるっていう」
「……螺旋?」
「うん」
 命が潰えたからといって環が閉じるというわけではないだろうけれど。
 心の中から、存在が消えるわけでもない。
「だから、似てるっていっても、違う意味で」
 それもまた、解釈の難しい。
(でも、『進む』って)
 これもまた、解釈の難しい。
 そも、心臓の音がやたらとうるさくて、落ち着いて物事を考えられない。
「重いよ……」
 手の中の、小さな銀細工。その確かな存在を握りしめて。
「不安でどこに飛んでくかわからないような、心の文鎮になってくれそうなくらい」




 これから先――この、先へ。
 進むことは出来るのだろうか。
 やっぱり誰にでも優しいだけ?
 どんな危険な戦場だって、喜んで馳せ参じる覚悟は出来ているのに、こういうことには臆病で。

 ぐるぐると、巡る。思考が。感情が。
 環として完成するでなく、それでも少しだけ、出口が見えたようが気がした。
(いつか、そう遠くないうちに……)
 螺旋を描くように、揺らぐこともあるけれど。
 その気持ちはどうか、折れることなくしなやかに。
 そっと顔を上げると、安堵したのか幼い笑顔を浮かべる鷹政と視線がぶつかった。




【二重らせん 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0718/ 常木 黎 / 女 / 24歳 / インフィルトレイター】
【jz0077/ 筧 鷹政 / 男 / 26歳 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
普段なかなか語れないことも、こういった場所であれば向かい合ってじっくりと。
楽しんでいただけましたら幸いです。
不思議なノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年03月31日

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