▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『入れ替わりのセッション 』
天谷悠里ja0115

 ――魔法みたいな出来事が、ちょっぴりあってもいいじゃない。
 チョコレートはきっと、魔法の食べ物なのだから。


 そのチョコレートを見つけたのは、ほんの偶然――だったのだろう。
 街の片隅にあった、小さな小さなお菓子のワゴン。場所柄なのか何なのか、その周囲にはワゴンの主らしき青年以外、見当たらない。
「バレンタインの季節はちょっと過ぎちゃったけど、これは特別な魔法のチョコレートだからね。お嬢さんたち、目が高いよ」
 お嬢さんたち――そう呼ばれたのは、シルヴィア・エインズワースと天谷悠里のふたりである。今日はたまたま仲の良い先輩後輩で、ウィンドウショッピングをしていた最中だった。ついでに言えば、そのあとでパジャマパーティの予定でもある。
 二人はこじんまりとしたワゴンの中を、興味津々にみつめた。
「このチョコレート、美味しそう……」
 そう言ってシルヴィアを見つめる悠里の瞳は、たとえるなら仔犬。それも、期待に満ち溢れた。
「そうですね……たまには買いましょうか?」
 余り見かけることのないワゴン販売のチョコレート。銘柄も見たことがなかったけれど、えも言われぬチョコレートの香りが鼻をくすぐって、食べたいという気持ちにさせる。シンプルな板チョコなど、種類もそれなりにもあったが、二人が選んだのはちょっとお洒落なチョコボンボンだった。
「折角だから、夕食後のデザートに食べましょうか」
「はいっ」
 シルヴィアの言葉に、悠里も嬉しそうに頷いた。


 ところで――
 二人は仲がいいとはいえ、とくに悠里はシルヴィアにある種のあこがれを抱いていた。
 つまり、大人っぽい物腰や立ち居振る舞いなどなど。悠里からすればシルヴィアは『綺麗で優しいレディ』なのである。しかもそれがあながち間違っていないのがシルヴィアのすごいところなのかもしれないが。
 だからというか、悠里はシルヴィアのようになりたいと心の何処かで常に思っていたのである。童顔ですぐに実年齢よりも年下に間違えられる彼女としては、かなり深刻に。
「? どうかしましたか、ユウリ?」
 夕飯をともに終えたあとにデザートのチョコレートを食べながら、シルヴィアは悠里の複雑そうな表情に思わず尋ねてしまった。悠里は心配させまいと、慌てて取り繕う。
「あ、なんでもないですっ。……そう言えばこのチョコのこと、魔法のチョコって言ってましたね、あの店員さん」
「そうでしたね……いったいどんな魔法なのかしら?」
 食べてみても極普通のチョコレートボンボンだ。まじまじと眺めながら、シルヴィアは首を傾げる。
「さあ? でももし願いが叶うんなら、シルヴィアさんみたいに大人っぽくなりたいなあとは思います」
「ああ、それならその時は私がユウリみたいな可愛い妹分になれたら面白いでしょうね」
「ですね。でもなんだか想像つかないです」
 二人はクスクスと笑いながら、やがてチョコレートは食べつくされた。
「ふぁ……おなかいっぱいになると眠くなってきちゃいました」
 悠里が小さくあくびをする。そんな妹分に、シルヴィアはクスっと微笑んだ。
「そうね、私も眠くなってきたみたい……寝ましょうか。まだちょっと早いかもしれないけど」
「はい、お姉ちゃん」
 姉とも慕うシルヴィアに、悠里は時々「お姉ちゃん」と呼んでしまうのだが――まあ、かわいらしいものだ。二人はさっそく片付けや風呂などを済ませると、とろとろと眠りに入っていったのだった。


 翌朝――
 小鳥のさえずりで目を覚ましたシルヴィアは、どこか違和感を感じた。
 いつもより、手のひらが小さいような気がする。
 いや、それもなのだが、普段から愛用しているパジャマが今日に限って何故か大きい気がする。
 パジャマが伸びた? いや、それだけではないような気がする。どう考えてもワンサイズ以上ぶかぶかな感じがするのだから。
 おかしい。そう考えると急に頭が冴えて、周囲を見渡す。――視界が、いつもよりも低い。
 そしてそばで眠っている悠里はといえば。
「うーん……もう食べきれないぃ……」
 と寝言を言いながら寝返りを打った、その姿は……
「ユウ、リ?」
 普段の、どこか幼さの残る風貌の彼女とは似ても似つかない、大人っぽい女性がそこには横になっていた。
 ……ついでに言うと、胸がだいぶ大きくなっていた。はたと自分の体の一部を確認するシルヴィア。……小さくなっている。さあっと顔から血の気の引く音が聞こえた気がした。
「ユウリ、ユウリ! 起きて、起きてー!」
 悠里の肩を揺さぶりながら、シルヴィアは大声で名前を呼びつづけた。

 ――それから約三十分のち。
 寝ぼけ眼もシャッキリ冴え、ふたりはようやくそれぞれの身に起きた事態を把握したのだった。
 つまり、それは……
「昨夜言ってたことが、本当になっちゃいましたね……」
 外見年齢は二十代半ばほど、身長も伸びてスタイルも良くなり、随分と大人っぽい雰囲気になった悠里がそうつぶやけば、十代半ばほどに見えるシルヴィアも頷いた。
「そのようね……これがもしかして、『魔法』とやらの効果なのかしら?」
 そう、お互いの外見年齢が入れ替わってしまったのだ。とはいえ、よくありがちな体と中身が違うとかそういうものではないのでなおさら厄介である。
 そして正直、『魔法のチョコレート』とやら以外にこの事態を説明できる要素がない。
 ただどちらにしても、ここで唸っているばかりでは始まらない。
「とりあえずは家で過ごしましょうか。外に出て知り合いに会ったりしたら、混乱させてしまうかもしれないわ」
「そ、そうですね! とりあえず……その、服は取り替えたほうがいいですよ、ね?」
 シルヴィアが言えば、悠里も頷く。そして服――たしかに今のままでは悠里はちんちくりんだし、シルヴィアはぶかぶかなままだ。
 それぞれ服装の趣味などは少し異なるが、お互い相手のようになってみたいと思っていたこともあって、その提案はあっさりと採用になった。
 シルヴィアは悠里の持っているポロシャツにカーディガン、膝上丈のスカートという姿。
 一方の悠里はシルヴィアの持っているワンピースをまとい、ちょっぴり得意顔だ。
「なんだか、お姉さんになった気がします」
 悠里はすっかり嬉しそうな顔で、ワンピースの裾をチョンとつまむ。シルヴィアもシルヴィアで、普段の何処かお姉さん気質がわずかに鳴りを潜め、なんだか照れくさそうだ。と、悠里が何か嬉しそうに、シルヴィアを見つめた。
「……ねえお姉ちゃん」
 悠里の声はどこか弾んでいる。
「なに?」
 シルヴィアはきょとんとした顔で尋ね返した。
「あのね、折角だったら……今日だけ、立場を逆転しません?」
 悠里の言葉の意味が一瞬わからなくて、シルヴィアはやっぱりまばたきをする。
「どういうこと?」
「だから、今日だけ私のほうがお姉ちゃんになるのもいいかな、って思ったんですけど……どう、でしょうか」
 胸を高鳴らせながら、【素敵な思いつき】を説明する悠里。
 たしかに今の見た目だけならそちらのほうがむしろごく自然だろう。
「……そうね」
 シルヴィアもそれは自覚しているので、決して悪い返事はしない。
「確かに、面白そうだし……それに、このなりで今のユウリにお姉ちゃんって呼ばれるのも、なんだかちょっと複雑だし……ね」
 反対は、しない。
 むしろそれをよしとする応えだ。
「はいっ、おねえちゃ……じゃなくて、シルヴィア」
 とっさにいつもの癖で『お姉ちゃん』と呼びそうになった妹分――今日だけは姉貴分だが――を見て、シルヴィアは思わずプッと吹き出した。
「あ、もう! 笑わないでよ、シルヴィア!」
 そう言われても、笑いのツボに入ってしまったのだろう。シルヴィアの肩は小刻みに震えている。
「だ、大丈夫です、ユウリお姉ちゃん」
 シルヴィアはそれだけを何とか言うと、慌てて別室に向かった。これ以上笑っているのを見られないようにするための苦肉の策であった。
 悠里もそれに気づいたのか、ちょっぴり頬をふくらませたが――でもすぐにくすくす笑い出した。
(そう……ですよねぇ。こんなおかしなこと、笑うなって方が無理です)
 悠里だって自覚はある。だから、本気になって怒るつもりはなかった。
「シルヴィア、と、とりあえず何か食べましょう?」
 そう言ってシルヴィアの入った部屋のドアをこんこんとノックすると、ひとしきり笑い転げたと思われるシルヴィアが出てきたのだった。


「とはいえ、今日はどうやって過ごすのがいいのかしら?」
 シルヴィアはうーん、と悩む。
「お姉ちゃんはどう思います?」
 いたずらっぽく悠里に問いかけると、問われた悠里の方はといえば一瞬目を丸くして、それから慌てて
「そ、そうですねっ。こういう時は……一緒にチェスとか、どうでしょうか」
 シルヴィアが好きなチェスを、話題に持ってくる悠里。と、シルヴィアの目がキラリと光る。
「あら、じゃあ負けませんよ、お姉ちゃん」
「こっちだって負けませんっ」
 それからしばらくチェスをしたが――結果はお互いの名誉のために記さないでおこう。

 それから、ふと悠里は自分の手のひらを見つめた。
(普段はもう少し指も小さいけど……今なら……)
 悠里の得意とするのは、ピアノ。
 いつもよりもスラリと伸びた指ならば、演奏もさらにうまくいくのではないだろうか。
 さっそく、練習用のキーボードで試してみる。予想通りというか、普段なら若干つらい楽曲も余裕を持って弾くことができた。
「なんだか楽しそうですね、お姉ちゃん」
 シルヴィアが紅茶を手にしながらそう微笑むと、悠里も嬉しそうに頷く。
「はい。今日はいつもより手も大きいから、そのぶん楽に弾けるんです。……いつもシルヴィアも、そうなんですか?」
 尋ねられて、シルヴィアは少し唸った。
「そうですね……もうあたりまえのことなので、あまり意識することはなかったですけど」
 なるほど、『普段からこう』ならば、そういうものかもしれない。
「じゃあ、今度はシルヴィアが弾いてみてください」
 言われてシルヴィアも演奏する――が。
「……なるほど。たしかにこの手のサイズでは、ときどきツライですね」
 それを考えると、悠里の才能は確かなものであるといえよう。
「これだけ鍵盤が楽に触れるなら、他の曲も弾いてみたくなりますよね」
「じゃあ、折角なら」
 悠里が楽しそうにしているのを見て、シルヴィアは自分のフルートを取り出す。
 即興のセッションだ。
 でも、お互いが親しい関係であること、そして楽器の演奏に慣れていることなどから、そんな即興でも音は綺麗にまとまっていく。
「……ふふっ」
 悠里は演奏しながら思わず笑った。
 そんな悠里を見て、シルヴィアも嬉しそうに頷いたのだった。


 そんなこんなであっという間に夜になった。
 眠い目をこすりながら、二人はそれでも話の尽きることがない。
 もしこのままだったらとか、自分が普段からこんな体型だったらとか、そんな夢見心地の話題は尽きることを知らず。
 ……おたがいなんとなく、結末はわかっていたのだけど。
 
 ――そして翌朝。
 起きてみれば、二人は元の通りの二人で。
 あれは夢だったのか、それとも何だったのか――首をひねらざるをえない。
 それでも確かに、楽しかった。
 ――夢のように、楽しかった。
「お姉ちゃん。もしまた同じようなことになったらどうします?」
 悠里は冗談交じりに聞いてみる。それにたいして、シルヴィアはくすりと微笑み、
「そうね――」
 一旦そこで言葉を区切る。そして、
「また、セッションしたいかもしれない。ユウリのピアノ、もっと聞きたいですから」
 そんなことを言うシルヴィアは、たしかに悠里の『お姉ちゃん』なのだった。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【 ja4157 / シルヴィア・エインズワース / 女性 / 23→18 / インフィルトレイター 】
【 ja0115 / 天谷悠里 / 女性 / 18→23 / アストラルヴァンガード 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
遅くなりまして申し訳ありません。
不思議なノベル、お届けいたします。
今回は二人の外見年齢が入れ替わると? という素敵なストーリーをかけて、とても楽しかったです。
一日の具体的な過ごし方は、お二人の趣味などを参考にさせていただきました。
喜んでくだされば幸いです。

では、今回はどうもありがとうございました。
不思議なノベル -
四月朔日さくら クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年03月31日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.