▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『『くるくる落ち葉 緋色の詩』 』
北條 黯羽(ia0072)


 それはある秋も深まり刻々と冬の足音がもう間近まで来ていた日でございます。
 週刊舵天照秋の特大号で特集された『秋の甘味処 秋月 未開の地の苺大福 甘味セット』の記事を読んだ、うら若き乙女から昔おと……否、言葉を誤りました…今も絶賛乙女な熟女たちが甘味処 秋月を訪れ、その美味に舌鼓をうっておりました。
 しかし、驚くことなかれ。この甘味処 秋月にいたっては、そんな乙女たちの数よりも殿方の数の方が勝っているのでございます。
 女子の中に混じって潔くスイーツにがっつく殿方たちのその男らしい事と言ったら、もはや例えようもなく、それはもうお店のお客の乙女たちの多くがあきれ果て引いてしまい苺大福を口に運ぶ手を止めてしまう勢いでございます。
 これは舵天照の男衆に迎合された大福茶漬けの功績が大きいのでございました。
 この甘味処 秋月の亭主は根っからの商売人で、
 お店を全舵天照全天儀に展開する構想を持つ亭主はその足掛かりにと、乙女だけではなく、殿方にも受け入れられるそんな甘味を研究し続け、
 とある医療の知識を持つ男性開拓者に相談し、一緒に作り上げたと言われるその大福漬けは、命を懸けて日々試練に立ち向かう開拓者男子の心と胃袋をがっちりと掴み、掴みすぎて……、
最近では戦闘を終えて腹を空かせた男衆が団体でやって来ては、大福茶漬けを食しつつ、持ち込んだお酒で一杯やる騒ぎで、亭主は頭を痛めているという始末でございます。
 これ、万事塞翁が馬。
 そこで秋月の亭主は乙女の客を呼び戻すために、冬の季節がほんの少しだけ早く来ている未開の天儀に開拓者を派遣し、時期的には少しだけ早い珍しい巨大な苺を手に入れて、
 どこよりも先にと苺の大福をお店に出した次第。
 それを頼み込んで週刊舵天照秋の特大号で大々的に取り上げてもらったのでございます。
 さて、その効果と言えば先にもお伝えしました通り、
「かー。これは見事に男衆ばかりだね」
「ほんま。男臭がすごくて嫌やわー」
 背の高い美女は零れんばかりの豊かな胸を揺らしてくっくっくと笑い、
 その傍らで可愛らしく帽子をかぶった少女はすん、と肩を小さく竦め、
 各々の呆れぶりを表現いたしました。
 甘味処の乙女の夢溢れん甘い香りは、今や、むさくるしい男どもの汗臭さと血の匂い、そして、どこかからか漂う酒の香りにとって変わられているのでございます。
 そこにはほんのりと漂う甘味処 秋月の亭主の涙の匂いもあるのでございますが。
 いや、本当、どうしてこんな事に―? と夜泣きしている亭主の声はこの界隈に暮らす人々の語り草となっているのはここだけの内緒でございますよ。
「さて、どうするかね、苺大福。ちょっと、ここでは食いたくないねー」
「ほな、姉さん。うちの家に来へん? ちょうど、美味しいお茶の葉を手に入れたところやさかい。ぎょうさん、美味しいお茶を飲ませてあげるわ」
「マジかい? なら、こんな男臭いむさくるしい場所はとっととお暇して、さっさと泉華の家へ行こうさね」
 みるみるご機嫌な表情になった黯羽の美貌に泉華は上品に口許に軽く握った拳を当ててくすりと笑うのでございます。
 そんな泉華の頭の上で、ご主人の感情がわかるのか、白い猿も嬉しそうに飛び跳ねました。
 と、そこで猿は、それまで身長150cmの泉華の視界には入らなかった者を見つけたのでございます。
 敢えてそれには触れずにいた黯羽はひょいっと面倒くさそうに肩を竦めたのは泉華には内緒でございます。
「あ、これ。どこへ行くの? そっちへ行ったらあかん。取って食われてまうよ?」
 泉華の頭の上から飛び降りた猿は、むさくるしい男の群れの中に入っていきました。
 手の先の向こう、見えなくなった白い尻尾の先に、泉華はやれやれとため息を吐きます。
「どないしたんやろう? いつもはうちの頭の上で大人しゅうしてはるのに」
「まあ、お仲間を見つけたんさね」
「お仲間?」
 はて? と、銀糸のように細くさらさらな綺麗な髪を揺らし、泉華がちょこんと小首を傾げました頃、
 件の白い猿は男の群れの中に居た仲間の下へとたどり着いたのでございます。
 その者は、自分の目の前に運ばれてきた大福茶漬けに子どもの様に目を輝かせましたが、
 自分の前の席に座るこの店の亭主のほとほと困り果てた表情に喜びを口にも態度にも出す事が叶わず、故に周りの大福茶漬けにがっつく男衆を見回しては形だけではございますが、さも困り果てたように頭を掻いたり、腕を組んでうんうんと唸って見せたりするのでございます。
 けれどもそんな形ばかりの演技など、亭主にはまるわかりでございます。
 亭主はとても静かに、ただ一言、
「困っております」
 と、独白したのでございます。
 これには男も本当に困り果ててしまいました。
 感情に任せて亭主が怒鳴ってでもくれたのなら、まだそれを宥めて口八丁に逃げる事もできたのでございましょうが、
 けれども、ただ静かに、そう言われてしまったならば、
 彼に言える言い訳はございません。
 ただ、彼は頭を深々と下げるばかりでございます。
「すまんかった。よもやここまで大盛況になるとは思ってはおらんかったよ」
 いや、大盛況になる様に考えたのだし、ここまで大成功になったのなら儲けもあがって、大万歳だろうよ! 何をわがままな!
 −などとは思っていても男には口が裂けても言えませぬ。
 そう。この者、津門川 鎮吉こそが実はこの大福茶漬けの考案者なのでございます。
 お餅で舵天照コーチンの餡を包み、最高級のお茶を注いだそれは、実は、鎮吉の婆様が甘い物好きの癖に酒好きで、摘みに脂っこい物ばかりを好んで食べていた爺様のために発案した愛情あふれるさっぱりとした味わいのお料理なのでございます。
 甘味処 秋月にも男性の客を呼びたいのだが、如何せん多くの男たちに好かれる甘味とは何ぞや? と亭主に相談を持ち掛けられた鎮吉が最初に思い至ったのが、この婆様の大福茶漬けでございました。
 それを甘味処 秋月のノウハウを使って改良した品が、お店に出されているのでございます。
 そうして男どもの胃と心を鷲掴みした大福茶漬けは、乙女たちの聖地ではありましたが、今一つスイーツ男子の心を掴めずにいた甘味処 秋月にスイーツ男子と酒飲み男子のふたつの種類の男を呼び込むことに成功し、
 成功しすぎて、
 ……亭主を泣かせているのでございます。
「なんともまあ、本末転倒な有様さね」
「つまり外来種がその土地に元々生息していた生物を食い尽くして、生態系を狂わせてしもうたようなもんやねー」
 うきぃ、と頭の上で鳴いた白の猿の首を猫掴み…猿掴み? して、持ち上げた鎮吉の視線の先で黯羽と泉華が呆れたような顔で立っておりました。
「よう!」
「よう!やない!! 最近、とんと顔を見せないと思ったら、何してはんの、あんたは?」 
 鎮吉の猿掴みしていた手の甲をぱちんと叩いて救い出した白い猿に優しく微笑みかけた後、その顔で鎮吉に向けた銀糸のような髪に縁どられた美貌に浮かべた表情は、まだあどけなさの残る少女の美貌にはそぐわないどこか困り果てた悪戯っ子の息子に向ける母親の貌のようなそれでございました。
 鎮吉はたいそう居心地の悪そうな顔をいたしました。
「営業妨害だよなー、鎮吉」
 営業妨害って、ちょ、それ……
 と、口にしかけて、けれども、寸でのところでそれを飲み込む鎮吉でございます。
 確かに亭主にされた相談を見事に解決に導いた大福茶漬けを全否定するような亭主の口ぶりはあきれ果てたものでございますが、いやしかし、それをこのふたりに言い訳がましく口にするのはいささか鎮吉の矜持が許さなかったのでございましょう。
 だがしかし、同時に婆様の大福茶漬けという大切な思い出の品に汚名を着せるのもこれまた気が引けるのも人情。
 それ故に、この度、鎮吉は未開の地であった冬の天儀にまで珍しい大きな苺を取りに行っていたのでございます。その苺を使った巨大苺大福で遠のいてしまった乙女たちの足を今再びこの秋月に向けさせん!!!
 まあ、しかし、その物珍しさはすっかりと大福茶漬けによって甘味に目覚めてしまった男衆の欲望に油を注いでしまっただけに終わってしまったので、やはり、鎮吉は強気には出られなかったのでございます。
 ほとほと困り果てて、つい鎮吉の口から零れた大きなため息に、
 うきぃ、と頭の上で鳴いた猿と息を合わせたかのように泉華がやんわりと口許に軽く握った拳をあてて笑う。
「ようため息を吐くと幸せが逃げるさかい、ため息吐くのはようない、って言いはりやるけど、うち、前に鎮吉が言うてた、ため息を吐いた分だけ心の空いたスペースに幸せが溜まるさかい、ため息は盛大に吐いて、暗い気持ちはどんどん自分から追い出すべきや、っていう考え、好きやわー」
「へー。鎮吉の癖にそんな気の利いた事を言ったんさね?」
「っんだよ? その鎮吉の癖にってのは?」
 くしゃっと髪を撫でた自分の手から頭を逃げるように後ろにそらしてどこか人間不信に陥っている犬のような目で自分を見やる鎮吉に黯羽は苦笑を浮かべながら小さく肩を竦め、
 そうして、彼女は、どこか悪戯っ子特有の居心地の悪さを感じさせる目で亭主を見据えたのでございます。
 ぴしっと泉華の頭の上で白い猿が黯羽の真似をして、右手の人差し指を立てました。
「一つ確認させておくれ」
「何でございましょう?」
「亭主。あんたは、男の客も増やしたくて、鎮吉に相談して、こいつが珍しく的を得た答えを出した、大福茶漬けを採用して、見事にこの甘味処 秋月に男性客を増やしたんだよね?」
「ええ。確かに。しかし、私が呼び込みたかったのは、酒飲みではなく、スイーツ男子でございます。いかにお客様は神様でも、客とて許せぬものがあります。それは私のこの手塩にかけて育てたお店のブランドに傷をつけられることです!」
 ドン、と良い事を言った、というようなドヤ顔をする亭主に、
 黯羽はニタリ、ととても良い笑みを浮かべたのでございます。
 亭主はまるでこれから自分が取って食われるようなそんな緊張感を持った背筋の伸ばし方をしてみせました。
 まあ、この亭主は煮ても焼いても食べられそうにはありませぬが。
「そこだよ、そこ。亭主、あんたがおかしいのは。スイーツ男子を呼び込みたいのなら、スイーツ男子が店に来られるようなそんなお店の環境を整えればいいのさ。けれども、あんたがやったのは、メニューの改善で、そのメニューは一見、甘味には見えるけれども、その実、大福茶漬けは甘味処のメニューというよりも、飲み屋でしめで酔っ払いどもが頼むメニューさね。そりゃ、飲兵衛の野郎どもがこの店に押しかけるっての! 今更、飲兵衛どもに追いやられた女性客を呼び戻そうとしたってそう一朝一夕で上手くいく訳ないさね」
 ぐぬ。涼しい顔で平然と正論を言いおって。今、世の理不尽な言いがかりで部下を追い込んで虐めている社長連中が一斉にそっぽを向いたぞ! などとは思っても口にはしない亭主でございます。
「しかし、甘味処で出されるメニューなのですから、やはり大福茶漬けは立派な甘味でございます!」
 例えるならば、ラーメン店で出されるチャーハンが、喫茶店ではピラフと言い張られるような物でございましょう、亭主が言いたいのは。
「店内に酒臭さを充満させられるのは我慢できぬのです!」
「だーかーらー、こっちは未開の天儀にまで出張って幻の苺を仕入れてきたんじゃねーか。女の子の甘ーいおしろいと香水の匂いで店内がいっぱいになる様によ」
「けれども、それでも女性客は戻ってこず、逆にスイーツに目覚めた酔っ払いどもに食べられてしまっている始末でございますね?」
「まあ、よっぽどのスイーツ好きの女性でなければこんな酒臭い甘味処なんて来たいとは想いはしまへんわねー」
 白い猿も泉華の頭の上で主人の言葉に頷きました。
 おいおいおいと亭主が泣き出して、
 すっかりと鎮吉が困り果てた顔をしたその瞬間、
 とびっきりの悪戯を思いついた悪戯っ子の顔で、黯羽はふふんと亭主に向けてウインクをしたのでございます。
 そうして、
「納得いかねー」
 頬杖をついてそっぽを向く鎮吉の前には大量の和菓子の山がございました。
「何が納得いかんのー? 姉さんのおかげで無事に問題も解決して大万歳やないの?」
 そうなのでございます。
 甘味処 秋月の亭主を泣かせていた問題は皮肉屋の黯羽の提案した奇策にて無事解決し、
 それを喜んだ亭主から3人に和菓子の山が振舞われたのでございます。
 泉華はずずっとお茶をすすり、満足そうに微笑みました。
「まあ、鎮吉には思い浮かべねー、奇策だよな、あれは。意外と真面目ちゃんだもんなー、鎮吉は。これからは俺の事を奇策師黯羽と呼びな」
 鎮吉には手厳しいトーンで皮肉を言いつつ、泉華の口の端についた餡を拭いてやる黯羽の表情はとても優しい物でございました。
「でもまあ、鎮吉もご苦労はん。この苺を取りに行った天儀、まだまだ未開の地で、随分と危険な戦闘であったんでしょう?」
「まあな。本当、足が痒くてしょうがねーよ」
「うわぁ。鎮吉、水虫かよ! こっちくんな。水虫がうつる!」
 左手でがしっと泉華を抱き寄せつつ、空いた右手でしっししをする黯羽に便乗して、泉華も朱に染めた頬に可愛らしい両手をあてて、
「まあ、鎮吉、水虫なん?」
 などと言います。
「しーもーやーけーで、足が痒いの! あー、そうだよな。黯羽も泉華もそうやっていつも俺を玩具にするんだよな! ったくよ」
「まあ、玩具やなんて! 人聞きの悪い。玩具が可哀想やないの」
「そうそう。玩具が可哀想さね。鎮吉は鎮吉! それ以上でも以下でもないさね」
「なんだよ、それは! あー、癒されてー。紅葉狩りにでも行こうかな?」
 ガタンと椅子を後ろ脚だけで浮かせて天井をぼんやりと見やりながら言った鎮吉の言葉に、なぜか泉華は呆れたような、けれども同時にどこか剣呑な光を緋の色を持つ瞳に宿らせるのでございます。
「まあ、鎮吉ったらつい先日まで未開の天儀で戦闘に明け暮れていたといいはるのに、また狩りやなんて、随分と好戦的なんやねー。これやから男は嫌やわー。でもまあ、強い相手がいる狩りなら、うちが手伝ってあげてもええよ?」
 小さな口を上品に片手で隠しながら意地の悪い細めた目で鎮吉を見やる泉華。
 そんな少女に、
「ぷっ」と鎮吉は意外と長い睫毛を上下させた後に吹き出し、
 黯羽は顔を真っ赤にしてその豊かな胸の双丘に泉華の小さな顔を抱いたのでございます。
「ちょ、姉さん。うち、窒息してしまうやないのー。柔らこうて気持ち良いけどー」
 壊れた玩具のように両手を振りながら胸の谷間から深呼吸をする泉華に黯羽はやんわりと双眸を細めて優しく笑いかけるのでございます。
「泉華、紅葉狩りというのは、」と、言いかけた黯羽の言葉に、鎮吉は子どものように身を前に乗り出せて、言葉をかぶせるのでございます。
「巨大なクマ。しかも、新種のクマのことだ。それを狩りに行くんだ」
「まあ、新種のクマなん?」
 朱に染めた頬に両手をあてた泉華に鎮吉は悪戯っ子の笑みで大仰に頷きます。
「そうだ。そのクマの手はまるで熊手のように大きくて、鋭いかぎ爪になっている。そして、赤い毛並。ゆえに、楓という名が与えられ、それをもじって、紅葉狩り、その新種のクマの狩りの事をそう呼ぶようになったんだ。それは強いぜ。身の丈も俺の何倍もありやがる」
「まあ、それはすごそうやね。新種のクマ、楓。血が滾るわー」
「嘘吐いてるんじゃないよ、鎮吉」がぉーと口を大きく開けてクマの真似をした鎮吉の口の中めがけて苦笑しながら黯羽が投げた大福は見事に鎮吉の口の中におさまって、
 椅子から転がり落ちて、水をー水を―ともがき苦しむ鎮吉でございます。
 それをとても冷たい目で頭の上の白い猿と共に見降ろした後に、打って変って、尊敬の眼差しで黯羽を見やりながら泉華はちょこんと首を小さく傾げました。
「なら、姉さん。紅葉狩りって何なん?」
 黯羽はコップの水滴で人差し指を濡らすと、その濡れた指先を筆にして机に小さな紅葉の絵を描いたのでございます。
「これが紅葉。一般に落葉樹のものが有名で、秋に一斉に紅葉する様は観光の対象にもされてるさね。カエデ科の数種を特にモミジと呼ぶことが多いのだけど、狭義には赤色に変わるのを紅葉、黄色に変わるのを黄葉、褐色に変わるのを褐葉と呼ぶのだけど、まあ、普通に全部ひっくるめて紅葉と呼ばれてるさね。とてもね、綺麗だよ」
 最後の黯羽の言葉に泉華は年相応のまだあどけなさを残す子どもの輝きを帯びた目を大きく見開かせるのでございます。
「うち、紅葉狩り行きたいわ。姉さんと一緒に」
「行きたい、じゃなく、行こうさね。なになにしたい、ってのは良くないよ。だってそれ、語尾がしたい=死体だから。すでに言葉にした時に、言霊が死んでる。だから、行く、行こうが正解さね。ほら、泉華」
 黯羽が手をぱちんと鳴らします。
 さあ、もう一度。
「姉さん、うちと紅葉狩り行きましょう」
「はいさね。泉華、前に医学書を読むのに使っていた栞無くしたって言っていたでしょう? 紅葉狩りに行った記念にふたりで拾った紅葉をラミネートして栞にしようさね」
「それいいわ! 姉さん♪」
 女ふたりで両手を繋ぎあって、きゃっきゃっと騒ぎあう様はとても華やかでございます。
 やれ、ふたりでお弁当を作って交換しようなど、お茶は何にしようなど、何を着ていこうなど、まるでデートをする約束をする付き合いたてのラブラブカップルのような空気まで醸し出しております。
「あのー、もしもーし、お二人さん。俺の存在を忘れてませーん? 最初に紅葉狩りに行きたいって言い出したの、俺なんですけど」
「行けばええやないの。新種のクマを狩りに」
「そうそう。鎮吉。あんたはひとりで勝手に新種のクマの楓を狩りに行きなよ。俺らは俺らで綺麗な紅葉を見に行くからさ。なあー、泉華♪」
「なあ、姉さん♪」
 ほーら、俺らはうちらはこんなにも仲良し♪ そんな感じに抱き寄せた泉華の頬に自分の頬を擦り付ける黯羽。
 泉華も悪乗りして、
「ダメ、姉さん。聖母様が見てる」
 などと妙に可愛らしくもあり色香もある声で言います。
 すっかりと男のおまえが入る隙間は無い、などと言われているようで、鎮吉はどっと重いため息を吐いて、
 右手をふりました。
「わかった。何でもする。だから、俺も一緒に行かせてください。ただし、俺は食う係!」
 どーん、鎮吉はそれだけは譲らない、そんな良い顔で言うのでございました。



 へー、意外。
 と、人によっては想うのかもしれません。
 黯羽が意外にも料理の腕前が高い事に対して。
 言葉づかいもぶっきらぼうで、皮肉屋の長身の美女は、
 しかし、その美貌と胸の豊かな双丘に見合う女子力を料理の腕でも発揮したのでございます。
「美味しい」
 鎮吉はつまみ食いしたことがばれぬように本来は黙っていないといけないのに、その玉子焼きのあまりもの美味に思わずそう呟いてしまったのでございます。
「あー、鎮吉。つまみ食いしたんやね! あかんやん」
 ぽこんとお玉で鎮吉の頭を叩く泉華でございますが、その目は自然と黯羽が作るだし巻き玉子に行ってしまいます。
 うちも食べたいわー。そう赤い瞳が言っております。
 故にそういう感情をごまかさんがために、ぽこん、ともう一度、お玉で鎮吉の頭を叩いてしまう泉華でございます。
 黯羽は苦笑いを浮かべながら菜箸で出来立てほやほやのだし巻き玉子を取ると、
「ほら、泉華。あーーん♪」
「やーん、姉さん。うち、そんな子どもみたいで恥ずかしいわー」
 と言いつつ、両目を閉じて、口を開ける泉華。
 黯羽は優しく微笑みながら泉華の口にだし巻き玉子を運ぶのでございます。
「ほんま、美味しいわー。姉さんのだし巻き玉子」 
 とろーんと蕩けてしまいそうな倖せそうな笑みを浮かべた泉華に黯羽は肩を竦め、それから彼女も泉華の握っていた三角のお稲荷さんをひょいっとつまむ。
「泉華のこのお稲荷さんも美味しいさね。でも、どうして泉華のお稲荷さん、三角なの?」
「何でって姉さん、狐の耳は三角なんやから、お稲荷さんも三角やないとー」
 ひょいっと右手を手首で縦に振って、泉華はご機嫌に言いました。よっぽどお稲荷さんを褒められたのが嬉しかったのでございましょう。
 どれどれ。噂の三角のお稲荷さんも俺も一口いただきましょう。
 そろりそろりと机の上に並べられたお弁当のお料理の数々に伸ばされる鎮吉の手。その指先がお稲荷さんに届かんとした時、黯羽にぴしゃりと叩かれるのでございます。
「「鎮吉、行儀が悪い!」」
 泉華と黯羽、ふたりそろって鎮吉を嗜めるのでございました。


「綺麗!」
 さらさらと流れる小川の透明な水の底にあるその赤に泉華は小さな声をあげたのでございます。
 まるでそれは世界を知らぬ仔猫が初めて飼われていた家の外に出た時のような、好奇心でいっぱいの歓声でございました。
「すごい。水の底にあるのに赤があんなにも綺麗に見える」
「それも綺麗だけどさ、山深い森の奥にある赤はもっと、綺麗さね」
「自然を飾る色への感動の言葉は数知れずあるだろうけれどさ、でも、そのどれもが陳腐に想えるような、はっと息を呑むようなそんな感動がまだこの奥にはあるだろうさ」
 しゃがみこんで水の底にある赤に伸ばしかけた手を止めて、泉華は黯羽と鎮吉が見る先を見ました。
 そこにある赤に彼女もまた、瞳を細めるのでございます。口許には好奇心いっぱいの笑みを浮かべて。
 普段は大人ぶった立ち振る舞いを見せる泉華でございますが、その実やはり15歳の少女。
 また、彼女は闇さえも茫洋にするような白銀の雪に覆われた大地、その地下深くにある隠れ里で育ったせいもあるのでございましょう。森の入り口、そこにある赤の風景、そこから零れ、流されてくる赤い小さな葉にたまらずに走り出すのでございます。
「あ、こら、泉華。走るんじゃありません! ごつごつした山場の道に慣れない人間が走ると危ねーぞ」
「ふふーん。誰に言うてんのー、鎮吉。うちにとってはこんな山道、朝飯前やー」
「朝飯はもう食ってんだろー。横っ腹痛くなるぞ」
「ばか吉。言葉の例えやー」
 頭の上の白い猿と一緒にはしゃぎながら泉華は追いかけてくる鎮吉に笑いかけながら赤い葉が降る山道を飛び跳ねるような足取りでくるくると両手を広げて回りながら駆けていきます。
 それを鎮吉も追いかけるのでございました。
 くゆらす白い煙の向こうで木々から落ちる紅葉の雨に打たれながらくるくるとそれらと一緒になって踊る泉華に、
 彼女を追いかける足取りの方がむしろ、焦りと心配のために危なっかしい鎮吉に、
 黯羽は優しく母性溢れる母親の様に赤色の瞳を柔らかに細めるのでございます。
「ほらほら、ふたりとも落ち着きなさいねー。紅葉狩りはゆっくりと歩を進めて、くるくる回って落ちてくる紅葉を愛でるもんさねー。それに鎮吉、あんた、そんなはしゃいで、足もつれさせてこけたらどうすんのさ?」
 くっくっくと笑いながら冗談のつもりで言った黯羽でございましたが、
 よもやそれが現実のものとなるとは思ってもみなかったでございましょう。
「うぉあわー」
 太い木の枝に乗って、枝から枝へと渡る白い猿を見やりながら足を進めていた鎮吉でございましたが、ここでまさかの事が起きたのでございます。
 そう半分土に埋まった大きな石に足を引っ掛けて、彼は前につんのめったのでございます。
「っとととととと」
「「鎮吉!!!」」それを見てたまらずに声を上げる泉華に黯羽。
 ふたりが顔を見合わせ、それで互いに分かり合います。
「鎮吉、両手にぶら下げているお弁当、こっちに放り投げや!」
「お、おおおう」
 鎮吉は言われたとおりに両手にぶら下げていたお弁当を泉華に向かい放り投げます。
 それを泉華はナイスキャッチ。
 続けて、両手をぶんぶんと回してなんとかバランスを取ろうとしている鎮吉に向かい、
「鎮吉、くぃっと身体を回しながら背に背負っている風呂敷の結び目、首のそれを解いて、遠心力を利用して、こっちに荷物を放り投げるさねー」
「お、おおおおおう」
 鎮吉は身体をコマのように回しながら首の結び目を解き、さらにもう半回転した勢いを利用して背に背負っていた泉華と黯羽の荷物を黯羽に向かって放り投げて、
「あとはどうすればいいーーー?」
 と、くるくると回りながら言う鎮吉でございましたが、
 しかし、
「知らんよ」
「知らんさね」
 それぞれ自分たちの大切な物をナイスキャッチして安堵のため息を吐く女ふたりは実に気安くそう言うのでございます。
 哀れなり鎮吉。
 果たして彼は小川に落ちたのでございました。
 ……合掌
「じゃねーーーー!」


 はっくしょん。
 と、盛大なくしゃみを一つして、ハンカチで鼻をかむ鎮吉でございます。
 自らの手で出す炎で暖を取るのでございますが、如何せん、やはり自前の暖では今一つ温かくならないのは、その炎を出すためのエネルギーを消費するためでございましょうか?
「飯を! 飯をくれー! 飯、ぷりーず!」鼻水をすすりながら地の底から響いてくるようなかすれ声でそう言う鎮吉に、
 せっかくの力作のキャラ弁が偏ってすっかりと何のキャラなのかわからなくなってしまったその実情に、こちらはこちらで俯いてどんよりと暗いオーラを出していた泉華と黯羽はお互いの肩をぽんと叩き合って、励ましあう最中で、
 そんな3人を森の動物たちは眺めやるのでございました。



「まあさ、鎮吉に大事なお弁当を持たせた俺らが悪かったよ」
「そうですよねー。うちらがあかんかったんやわー。これはとても痛いけれど勉強代やと思っておきましょう」
「っておい、俺、小川に落ちて風邪引きそうなんだけど?」
 しかし、華麗に彼の言葉はスルーされたのでございました。
「いやまあ、わかっていたけれどな」
 苦笑いをしつつ、鎮吉は天を見やり、我が身の不幸をその向こうに居る誰かに同情してもらいたそうなため息を吐くのでございました。
 そして、そのまま赤い絨毯の上に大の字で仰向けで寝転がるのでございます。
「あー、意外に暖かいや。紅葉」
「え? ほんまに?」
 泉華も大の字で仰向けに寝転がります。
 身体の華奢な泉華が寝転んでもふわりと紅葉の香りが舞い上がりました。
 鼻腔をくすぐるその自然の香りに、泉華の頬が紅潮します。
「なんさね、泉華。あんたの頬も紅葉に負けず劣らず綺麗な赤をしてるさね」
 人差し指の先で優しく黯羽が泉華の頬をぷにぷにと押すと、
 泉華はきゃっきゃっとくすぐったそうに身をよじるのでございます。
「あかん。姉さん。聖母様が見ている」
「見させておき」
 くしゃっと紅葉の絨毯の上で泉華の小さな体の上に黯羽が覆いかぶさって、そうして黯羽は泉華の小さな体をくすぐるのでございます。
 舞いあがる紅葉と楽しげに笑う泉華と黯羽の声。
 じゃれつくふたりの姿を寝転がりながら見やる鎮吉は苦笑を浮かべるのでございました。
「ふたりのご機嫌も直ったところで、本当、弁当食べようや」
「しょうがないな。じゃあ、俺らの作った弁当を鎮吉にも食べさせてやるよ」
「特別やで♪」
 ふたりして腹筋だけで起き上がると、お弁当を並べて、そうして、
 3人で手を合わせていただきますをすると、
 一斉にお弁当に手を伸ばすのでございます。
「お弁当の中身は何でしょう?」
「美味しい三角のお稲荷さん♪」
 泉華お手製の三角のお稲荷さんをそれこそ紅葉のような小さな手で取って、泉華は「あーん」と言いながら黯羽の口に運び、
 黯羽はそれを蕩けそうな顔で頬張って、
「美味しい」とそれがどれほど美味しいのかとこれでもかというぐらいに歌うのでございます。
「お弁当の中身何やろう?」
「美味しいだし巻き玉子さん♪」
 黯羽お手製のだし巻き玉子を手で取って、黯羽は「あーん」と言いながら泉華の口に運び、
 泉華はそれを蕩けそうな顔で頬張って、
「美味しいわ」とそれがどれほど美味しいのかとこれでもかというぐらいに歌うのでございます。
 そうやって互いに親鳥がひな鳥に餌を運ぶようにお弁当のおかずを口に運んでは食べさせあうふたりを見つつ和みつつ、鎮吉も三角お稲荷さんにだし巻き玉子、それに色んな具のおにぎりに、から揚げ、サンドイッチ、海老フライ、里芋の煮っ転がし、ときたまお野菜もちゃんと食べて、お腹を満たして幸せそうな安堵のため息を吐くのでございました。


 赤い赤い紅葉
 くるくると回りながら落ちてくる
 黄葉して
 紅葉して
 褐葉して 
 落ちてくる
 小さな紅葉
 風に飛ばされて
 空間を舞って
 覆い尽くして
 赤が
 赤が
 赤が
 溢れかえる


「なあなあ、姉さん。すごい。すごい。すごい。この紅葉の数、いったいどれぐらいあるんやろうねー?」 
 空間を舞う落ち葉と一緒にくるくると回っていた泉華でございましたが、身体がそう強くない彼女は、ふらりと貧血を起こして倒れそうになるのでございますが、
 そっと彼女の細い腰に優しく逞しい腕が回されて、そのままひょいっと軽々と泉華は持ち上げられて、彼女は鎮吉の肩の上に座らされるのでございます。
「まあ、鎮吉の癖に!」ぷぅーっと頬を膨らませる泉華ですが、まだお腹を満たす美味しかった黯羽のお弁当を食べられた倖せと、目の前の美しい紅葉を見られた倖せと、そうして安心しているからこそ信頼しているからこそ友達として大好きだからこそとても座り心地の良いその鎮吉の逞しい肩の温もりに倖せを感じて、
 そうして自分たちを見やる大好きな姉さんの視線に倖せを感じ、
 倖せすぎて彼女はうまく頬を膨らませられずに息を口から吐き出して笑ってしまうのでございます。
 鎮吉は肩に大事な友達の温もりを感じ、そんな自分たちを見やる友人の視線を背に感じ、その心地の良い今の自分の居場所にほんの一瞬だけ何かを思い出し、まるで遠い場所に居る誰かを想い遠くを見やる様な目をした後、その目にほんの少しだけ溜めた涙で一筋だけ頬を濡らした後、それを唯一見た白い猿にウインクし、
 今いる自分の居場所を確かめるように大事にするようにその一歩一歩を力強く歩むのでございます。
 そして、煙管を吸いながら、優しい母が自分の家族を見やる様に、大事そうに二人の背中を見守りながら黯羽は着ている服に施した一族の紋章の刺繍をそっと指先でなぞり、
 それまでずっと保っていたふたりとの一定の距離を一歩踏み出して狭め、そうして、二人の横に並ぶのでございます。
 鎮吉を見、泉華に笑いかけ、
 ふたりの横を同じ歩で歩める自分の身にほっと安堵し、そしてまたそれを誇りに思っているような綺麗な笑みを浮かべて。


 くるくると回りながら落ちてくる赤い紅葉に打たれて、
 3人はそれぞれ心の中で緋色の中に居る今の自分たちの倖せの詩を歌うのでございます。


 くるくるくると赤い紅葉は子どもを抱く母の優しい腕のように、
 3人を包み込んでおりました。
 それはとても美しく、美しく、美しく。
 温かに。



       END


登場人物一覧

ic0104 / 桃李 泉華様
ia0072 / 北條 黯羽様
ic1040 / 津門川 鎮吉様


ライター通信

こんにちは。
お世話になります。
担当させていただいた草摩一護です。

このたびはご指名誠にありがとうございます。
お話を頂いた時は、本当に嬉しかったです。
泉華様、黯羽様、鎮吉様、どのPC様もとても魅力にあふれていて、
書いていてとても楽しかったです。

私の小説の書き方は、
PC様のイラストと設定を何度も拝見し、
頭の中にそのPC様の映像が思い浮かぶようにします。
そうしてから今回ご指定していただいたイラストとプロットを拝見するのですね。
そうすると、あとはもう、頭の中でPC様たちのそのイラストの前後のやり取りが
映像化されて、私はそれを文章化する、という作業で書かせていただいております。

どのPC様とも相性が抜群で、本当に今回、どのPC様も自由に頭の中で動いてくださって、
本当に本当に楽しく書かせていただきました。

重ね重ねになりますが、
大切な泉華様、黯羽様、鎮吉様の紅葉狩りのイラストの物語を任せていただき、
本当にありがとうございます。
とても嬉しかったです。
PCスペシャルノベル -
草摩一護 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年04月09日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.