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『ホワイト・スノウ・ホワイト 』
蛇蝎神 黒龍jb3200


 ――シャッ

 蒼天を背景に、スノーボードが急斜面を駆ける。
 ジャンプからの着地、キラキラと雪が宙に舞う。


 三月も半ば、関東方面ではすでに春の足音も聞こえている頃だろう。
 小さいようで、日本は広い。
 雪国ではまだ、真白の雪を楽しむことができる。

「どうや、ヨル君ー?」
「すごいね、黒。人間は、こうやって空を飛ぶんだ……」

 初めての雪。
 スキー場。
 スノーボード。
 空気は冷たいのに、体の芯はホカホカと暖かい。

 不思議な感覚に馴れない様子の七ツ狩 ヨルの姿に、蛇蝎神 黒龍は愛おしげに眼を細めた。




 発端は、数日前。
 春の気配が近づく久遠ヶ原、黒龍が国内の旅行ガイドブックを片手に何やら考え込んでいて。
「なあなあヨル君。ホワイトデー、雪国旅行せえへん?」
 食堂の、日当たりうららかな窓での席で、その言葉は何だか浮いていた。
「……ホワイト、デー?」
「バレンタインデーの、お返しする日やな。雪、見たことはある?」
「図書室の、写真集でなら……。ペンギンと、シロクマがたくさん」
「そこまで遠くは、無理やね……?」
 ピンとこないようだ。
 黒龍はガイドブックを適当にめくり、スキー場の写真を指した。
 サラサラとした、真白の…… これが、雪。
「……マイナス10度? 寒そうだね……」
「シーズンの気温やから、流石に今はそこまでないと思うけど。まあ…… 寒いね」
 めんどう。
 確認するまでもなく、ヨルの顔にはそう書いてあった。
 寒さは得意じゃない。黒龍の気配りが嬉しいから、はっきりとは言いにくい。
「さむーい中で飲む、ほかほかカフェオレは美味しいと思うんよ。夏もええけど、冬場のが和んだやん?」
「それは、うん。……そう、だね」
「雪ん中にミカンとか甘いモノ入れて冷やして食べるんも美味しいし。風がブワッと吹くとな、地面の雪がふわーっと舞い上がるんは北国ならではやで」
「舞い、上がる?」
「手で触れたら溶けてしまうよな儚さなのに、強かさもあってな。直接見て、触れて、ようやくわかる魅力やね」
「直接……」
 夏の、畑を思い出す。
 思ったよりも柔らかった、命を孕む土。
「何事も経験……、だった、ね」
(そうだ。黒は、いつだって)
 広い世界を、ヨルへ見せてくれる。
 渋る自分へいらだつでなく、優しく諭すように魅力を語って、ヨルの気持ちを最優先に。
「ね。雪、一緒に見に行かへん?」
「……ん」
 こくり。
 ヨルは言葉少なにうなずき返した。


 電車での長旅というのも、初めてかも知れない。
 手荷物は最小限でOK。
 黒龍は窓側の席にヨルを座らせ、彼の表情が微かに、しかし彼にとっては大きく、目まぐるしく変わるのを楽しんだ。
 空を飛んでいると気付かない風景が流されてゆく不思議。
 トンネルを抜けるごとに、紙芝居のように場面が変わる。
「――ゆき 黒、雪……っ」
「窓、開かんようになってるのが残念やね。もうすぐ、到着やで」
 クイクイと袖を引かれ、黒龍は笑みをこぼす。
 飛行機であっという間に、という手段もあったけれど、時間をかけるのも悪くない。
 人間に比べれば、自分たちにとっての『時間』はとてもゆっくりで。
 気づけば一瞬にして通り過ぎてしまうそれらを、大切に大切に過ごすことは、とても贅沢に思えた。


「予約はしてへんけど、ハイシーズンでもないし飛び入りでも充分なホテル、空いてると思うんよね」
 ヨル君は、どんなところに泊まりたい?―― 続けようとした言葉を、少し後ろを歩くその姿によって飲み込んだ。
「…………」
 知らぬ誰かが付けた足跡を、まったく合わない歩幅を、ヒョイヒョイと跳ねて追うことに夢中になっている。
(なにこの可愛ええ生き物……!!)
 震える黒龍に気づかぬまま、ヨルは顔を上げ、彼の上着を掴み。
「黒、捕まえた」
 これ以上、ハートを掴まないでください。


 ウェアやボードなど一式のレンタル手続きを済ませ、インストラクターから初歩的なことを教わる。
「結構、あったかいもんですね」
 足場を確認しながら、黒龍は予想と違った体感温度に驚いていた。
 しっかりウェアを着こんでいることもあるのだろうけど。
 雪は、降ってしまえば暖かい――北国の人々が、口をそろえる理由を理解した。
「コースは、ここと、……わかりました。この時期、コース外へ出たらシャレなりませんもんね。気を付けますわ」
 両足を固定されていることに顔をしかめるヨルが冒険的行動をしないうちに、黒龍は注意事項を頭へ叩きこむ。




 そして、現在。

「どうや、ヨル君ー?」
「すごいね、黒。人間は、こうやって空を飛ぶんだ……」
 初めてのウィンタースポーツでも、悪魔であり撃退士の身体能力をもってすれば覚えることに時間は要さなかった。
 翼を持たない人間の、人間なりの空の楽しみ方―― ヨルは、そう解釈したようだ。
 悪くない、と思う。
 その純粋な感性が、黒龍にとって癒しとなる。
「そうやな…… もうちょい、飛んでみよか」
「……まけない」
「へーえ?」
 吸収するのはヨルが先だったのに、応用は黒龍が早かった。
 それがなんだか悔しくて、普段は奥底に潜んでいる闘争心を煽ったらしい。


「どうや、ヨル君ー?」
「…………」
 カフェオレ2つを手にテラスへ出ると、ぐたりとテーブルに伏したヨルが、瞳だけを動かした。
 ……はしゃぎすぎた。
 反動の疲労は動きを止めた瞬間にやってきて、麓のカフェへ到着した時には電池切れ。
 手袋を外すと、外気の冷たさがダイレクトに当たって、痛い。
 楽しんでいて、麻痺していた感覚が現実に揺り戻されたところへ……優しい暖かさのカフェオレボウルが、そっと収まった。
「……ありがと……」
 冷えかけていた体の芯が、違う形で再び温まりはじめる。
「楽しいね、雪……」
「ほんま、来ることできてよかったわー」
 初級から始めて、最後は互いに意地になって上級コースまでチャレンジしてきた。
 滑走、ジャンプ、回転もコツを掴んでゆくとどれもが楽しい。
 ふわり、重力から離れ、柔らかな雪面へと着地する感触。
 頬を切るように過ぎて行く風。
 しかし…… はしゃぎすぎた。
「学園じゃ、さすがにここまでは遊ばれへんしね」
 人工的に雪を降らせることは技術として可能だけれど、雄大な山ばかりはどうしようもない。
「……黒。太陽が、凄い 山が……全部、染まってる」
 沈み始めた陽の色に、雪山が同化してゆく。

 空が、山が、雪が、空気が、
 オレンジ色に、そして紫、紺――たちまちのうちにグラデーションへと変わってゆく。

 ――すごい

 少しだけ掠れて、ヨルの声は黒龍の耳へ届いた。
「もうちょい休んだら、『お散歩』しような」
 彼の誘いが何を意味するか理解して、ヨルは瞳を輝かせた。




 そのまま線を引いてしまえそうなくらい、くっきりと星の瞬きが縫いとめられた空。
 赤に、白に、金…… 星の色が、大きさの違いが、肉眼でもはっきりとわかる。
 二人は翼を広げ、夜間飛行を楽しんだ。
 遠く、ナイター施設の灯りが見える。人工物から逃げるように、遠く、遠くを目指す。

 暗闇の中でも、雪はほんのりと淡い光を放っているようだった。
 誰の足跡もない真新しい雪へとそっと着地すれば、粉雪が散る。
「くすぐったい…… ……」
「見知らぬ誰かの足跡を追うんもええけど、自分で足跡残すんもええやん?」
 こくり。
 黒龍が何を言おうとしているのか察し、ヨルは無言でうなずいては新雪を踏むことに夢中になる。
「いつか、この足跡に、誰かが気づくのかな」
「んー、どうやろね」
「このまま、ここにも春が来て、俺たちの足跡が消えちゃっても……」
 足跡を残した。
 その事実は消えない。
 ふたりで訪れた思い出は――…… 他の誰が、知らなくても。
「もっと、大きな跡のこそっか」
「え? 黒、……わっっ」

 背後から抱きかかえられ、そのまま後ろへダイブ!!

「はっはー! いっぺん、やってみたかってん! 人拓!!」
「黒、子供みたい……」
「なんやて、楽しいやん」
「……うん。楽しい」
 ころり転がり、大の字になって遠くなった空を見上げる。
(あれがオリオン座、それから、線を引っ張って……)
「なー。ヨル君、知っとる?」
 白い吐息が浮かび上がり、夜の闇に溶けてゆく。
 ヨルが星と星を繋ぐ、その線にまつわる話を黒龍がポツリポツリと語った。
 
 人が作った、星にまつわる物語。

 本当はきっと、人の気持ちとは関係なく星は輝いているのだろうけれど……
 そうやって、眼に見えるものへ想像を巡らせ、物語を生み出すということは素敵だと感じた。
 悪魔と違い、人間の『時間』は短い。
 けれど、命を繋いで継がれてゆくものがある。




 黒龍の語りが終わると、やがて静寂が訪れた。
 待っていたかのように、音無く雪がチラリチラリと降ってくる。
(ここで、ぶわーっとオーロラ出たらロマンチックやったけどなー…… さすがに無理か……)
 厳寒の頃でも稀だという。
(次の楽しみにしよ)
 今日で、ヨルが寒さに対しての苦手意識が薄まったなら、また誘うことが出来るだろう。
 お楽しみを、更に上乗せして。
 思い出を、そうして重ねていこう。
「寒い」
「うん?」
 なにやら、隣がもぞもぞしていると思ったら…… 真っ赤な頬で、ヨルは暖を求めて黒龍へ寄り添った。
 コートの合わせ目へ、鼻先を突っ込む。
「じっとしてると、たしかになー」
 子供のようなしぐさに笑いを誘われ、黒龍は大切な存在をキュッと抱きしめ返した。
「……黒、あったかい」
 身をよじる姿は、子猫のよう。暖かいのはヨルの方だと思う。
「……ん」
「……ヨル君?」
 細い腕が伸びて。
 黒龍の首へからめられて。
 柔らかな、ヨルの唇の感触が、首筋へ。
「…………」
(ひとが ひとが今日ばかりはアレでソレを封印しようとそれなのに予想外のオアズケ)
 暖かなキスに、黒龍が凍り付いた。
 スキンシップと愛情表現、友情と恋愛の境目の認識はどこでどうしてどうやったら。




 ホテルへ戻れば、最上階の温泉は貸し切り状態。
 冷え切った体を、ゆっくり時間をかけて温める。
「おねむは、もうちょい先やで?」
「だって……」
 目を離せば寝落ちしているヨルを支えて、黒龍は今日という日を振り返っていた。


 一夜明け。
「もう帰っちゃうの…… もったいないね」
 早起きできたなら早朝にもう一滑りできただろうけれど、チェックアウト時間まで熟睡してしまった。
「寒いけど……また来たい、な」
「……そやね」
 荷物は最小限。空いている手を、仲良く握って、二人は駅へと向かう。
 雄大な雪山へ背を向け、日常へと向かう。
「ホワイトデーは、『雪を愛でる日』……か」
「うん、それはちょっと違うねヨル君。でもま…… ええか」

 ホワイトデーの、寒くて、暖かな思い出。
 雪あかり、星明かり、自分たちだけの新雪の特別。


 旅行鞄に入りきらない思い出を電車の心地よい振動に預け、今ふたたび、二人は夢の中へ。
 



【ホワイト・スノウ・ホワイト 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb3200 / 蛇蝎神 黒龍 / 男 / 24歳  / ナイトウォーカー 】
【jb2630 / 七ツ狩 ヨル / 男 / 14歳  / ナイトウォーカー 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
ほのぼのほっこり系ホワイトデー小旅行、お届けいたします。
内容から判断しまして、共通としています。
楽しんで頂けましたら幸いです。
不思議なノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年04月10日

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