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『special day is here again 』
加倉 一臣ja5823


 まだ、暖房を手放すことのできない3月の宵の口。
 キッチンでケトルが湯気を上げる音、恋人が黙々とパソコンのキーボードを叩く音。
 穏やかな時間だった。
 穏やかと感じているのは小野友真であり、穏やかじゃない顔で年度末進行に追われているのは加倉 一臣。
 ボタン一つのコーヒーメーカーも良いけれど、
(外出るんも楽しいけど…… こういう時間も凄い、大事にしたなるなー)
 ケトルからドリップ用のポットへ湯を移し替え、ちょっと優雅に手淹れのコーヒー。

 待つこと。
 焦らないこと。
 湯を注ぐタイミングを、しっかり計ること。

 それはどことなく、人と人の付き合いに似ているように、感じた。
 そうして、幸せな香りのコーヒーふたり分できあがり。




「一臣さん、コーヒー入ったで」
「お、サンキュ」
「持ってく? そっちで飲む?」
「フッ……。カクテイ=シンコク撃破したところです。ちょい待ち、今行くわ」
 ヒョイと覗き込んできた友真へ片手をヒラリ挙げ、不備が無いかもう一度確認してから一臣は立ち上がる。
 一瞬だけ血の気が引いて、案外と神経を張りつめていたことに気づいた。
(あの人も、無事済ませたかなー……)
 デスクワークに比較的慣れている自分でさえ、こうなのだ。
 個人事業主でありながら『デスク』と縁遠そうな人物を思い浮かべ、さぞ大変だろうなと苦く笑った。
 こうしてタイミングを見てコーヒーを淹れてくれる相手がいるだけで、随分と助けられるものだし。

 コーヒーカップで、ささやかな乾杯を。
「おめでとさーん!」
「ありがとさん♪」
 カップに鼻先を近づけ、それから一臣が顔を上げる。
「友真、うまくなったな…… すっげ良い香り」
「どや」
 寝落ち防止・徹夜の為の、カフェイン摂取だけが目的のコーヒーとは違って。
 ねぎらいの気持ちがたっぷり詰まったコーヒーは、優しい香りで体の中を温めてくれた。
「仕事中の一臣さん、俺に手伝えること少ないしな……。プロの域まで行くで」
「そういや、バレンタインのオランジェットが手作りだったのには驚いたよ」
 あの日、友真からプレゼントされたものは一臣が大好きなスティックタイプ。
 中のコンフィは柔らかく、ほのかな苦味と香りの良い甘み。
 纏うチョコはビターで飽きが来なく、コーヒーとの相性が抜群だった。
「ん、友達らとお菓子作るんて、結構楽しいのな! 女の子たちがイベントごとに楽しそうにしてるんは、ああいうのもあるんやなー」
(自分も楽しかったのに、それで喜んで貰えたからもっと嬉しくて。もっと、もっとてなるんな)

 箱を開けて。
 食べてみて。
 手作りと知って――
 一臣の表情一つ一つに、ドキドキした。

 今だって、一杯のコーヒーにドキドキしている。

「……と思ったので、レシピ貰ってきました」
「うん?」
「ホワイトデーという事で、俺と一緒に作ってみませんか! ゆっくり二人で息抜きにでも。な?」
「へぇ、作ってみたいな」
 取り出したレポート用紙を受け取り、一臣はざっと視線を通す。
 気に入りの店で買うことが多く、作るという発想自体がそれまでなかった。純粋に興味がある。
「年末正月バレンタイン修旅に依頼や学業や副業やらで怒涛の忙しさの昨今、たまにはのんびりした時間をショコラティエ気分はどない?」
 売り込む友真へ、穏やかな表情で頷いていた一臣の――レシピを見つめる視線が、どんどん真剣なものへと色を変えてゆく。
「あ、待ってやっぱちょっとストップ」
 ぺいっ
 友真が紙を取り上げた。
「ナゼ」
「一臣さんのが、ぜったい上手くなるん早い……」
「震えなくても」
 熱しやすく冷めやすい一臣の、熱した時の集中力や吸収の早さはさすがの一言。
 対する友真は努力肌。
 恋人の危惧を読み取って、一臣はクスクス笑った。
「友真の味は、友真にしか作れないだろ」
 わしゃわしゃと、その明るい色の髪をかき回す。
 長い指、暖かな感触に友真は目を閉じた。
「あ。俺が貰った奴は中身写メって、カードは大事に財布入れてるん。英文の意味も調べた!」
「……え」
 得意げな友真に対し、一臣が凍り付く。
「『You are my Valentine.』! 持ち歩き用お守りにするんですー」
「え え」
 青ざめたのは一瞬、それから――……
「……? 一臣さん?」
「改めて音にされると、その……」
「照れとる?」
 両手で顔を覆い、なおかつテーブルに伏した年上の恋人を、横から覗き込むように友真は身を乗り出す。
「なーなー 耳まで真っ赤やでーーー」
「いーうーなーよぉおおーーーー!」




『同じ相手と二度目の年越しするのは初めてなんだぜ?』
 年越しの時にドヤ顔でそんなことを言った恋人は、案外と『こういった』言葉を使うことには不慣れなのかもしれない。
 『使う』こと自体は珍しくなくても、乗せる感情というやつが?
 それだけ、特別に思ってくれていると、うぬぼれても良い?


「ハハ、それなら来年はまた何か身に付ける品も一緒に渡そうかな」
 伸ばされた友真の手を――昨年プレゼントしたリングをはめるその手を取り、一臣は顔を上げる。
「……来年」
「そ」
 それから、その薬指の先へキスを落した。
 どこかむずがゆそうな表情で、友真が見下ろしている……幸せで緩みそうな表情を噛み殺しているのだと気付く。
(あー……)
 一年前。
 一年後。
 自分でも自然に、積み重ねとその先の話をしていた。
 友真と交際を始めてから、どんどん、自分の中の知らない部分を見つけているような気がする。
「ふっ。ここでカレンダーをご覧下さい、2周年まで後少しです! 去年も来年もええけど、今年も大事に! 大事に!!」
「13日、な。ちゃーんと意識してますよ。2年続くのは自己新記録。すごいな俺。じゃなく、すごいな友真」
「なにかにつけ、一臣さんてそない言うけど」
(特定の相手に縛られたくない―― 出会った頃は、そんなスタンスだったっけ?)

 真剣な恋は、めんどくさい?
 重い?

 でも、友真は一臣と一緒にいて、一緒にいる時間が増えるほどに嬉しいも楽しいも降り積もっていく。
 過去について首をつっこむつもりはないし、もしも自分が一臣にとっての『初めての真剣な恋』だったらとも思う。
(もしくは、根気が無いだけのヘタr 言わんとこ)
 そこは、自分がカバーするし。
「どした、言いかけでやめるなんて」
「桜咲いたらまた去年の桜見に行きたいな、次は夜桜かなーって。場所にもよるし、休み次第で久遠ヶ原出てもええやん?」
「あー、なるほど」
 遠出をするとなれば、一臣の副業のスケジュール調整も必要となるだろう。
 それで言い出しにくかったのかと納得した。

 去年の桜――
 良く晴れた青い空。満開の桜並木。
 溢れ出て零れ落ちる想いに似た、薄紅色の花弁。
 今日も明日も20年先も……そう、想いを強めた日。
 2013年4月13日のこと。

「いいね、今年は夜桜で決定な」
 心配無用と、空けてある前後数日のスケジュール帳を見せて。
「!! あと、京都復興手伝いと観光も行こう、八坂さんと清水の舞台!」
「そろそろ、行けるよな……。去年は観光なんて望めなかったし。あの街の再生、ゆっくり味わってきたいな」
 下鴨神社に、法金剛院。
 行きたい場所を、一臣は更に追加。
 約二年、天界の支配下に置かれていた街だ。
 全てが全て、そのままに残っているとは考えにくいけれど、どのように立ち直っていくのか……足跡を見届けたいとも感じていた。
「……いつか、四国も」
「ん」
 現在進行形で騒乱が起きている土地も、必ずや鎮めて見せよう。穏やかな時を取り戻そう。
 仕事の予定の他に、友真の挙げる『お楽しみ』で、無機質な手帳が彩られてゆく。
「先の楽しい予定いっぱい立てんの。そしたら忙しい日も楽しみに過ごせるやん?」
「たしかに。一年や二年じゃ効かないな?」




『今後も沢山の初めてをあげるし貰うわ。俺に全部捧げろー?』
 太陽のような笑顔で、年下の恋人はそう言ったのだった。
 giveばかりではなく、takeばかりではなく。
 急かすのではなく、かといって待ってばかりでもない。
 どこか諦める癖のある自分の腕を引き、暖かな場所へと連れ出してくれる存在。
 友真だから。
 他の、誰でもなく。
 一臣は肩を並べ背を預け、この先も共に居たいと願う。
 You are my Valentine.
 上辺の口説き文句以外で、使う日がこようとは。

「……さて、コーヒーも飲み終わりましたし?」
「たし?」
「作りましょっか、オランジェット」
「ストップゆうたやん!」
「材料は用意してるんだろ? コンフィは仕上がるまで時間かかるみたいだし、焦らずのんびり。夜は長いよ友真くん」
「チョコ刻むんは任せろ!」
「それ、かなりの最終工程な」
「なんで、あんなサラッと読んだだけで頭に入っとるんや……」
「好きなものには、手を抜かない主義ですので」
「やばい」
 キリッと表情を作る一臣へ、友真が震えた。

「まさか、オランジェットに嫉妬する日が来るとは思わんかった」



 オレンジの香りとコーヒーの香りが入り混じり、暖かな感情を運んでくる。
 少し先の話。
 うんと先の話。
 思い描き、笑いながら、語り合っては幸せを形作っていった。

 キッチンに並んで立つ、二人のショコラティエ。
 穏やかな、穏やかな早春の宵。




【special day is here again 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja5823/ 加倉 一臣 / 男 /27歳/ インフィルトレイター】
【ja6901/ 小野友真  / 男 /18歳/ インフィルトレイター】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
ほんわり穏やかな、日常的な幸せワンシーン、お届けいたします。
オレンジコンフィの如く、甘く煮詰めてみました。
思い出や細部を拾いながら、互いの視点を交えての、一本道として今回は仕上げております。
楽しんでいただけましたら幸いです。
不思議なノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年04月11日

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