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『静かなる光とどけに 』
強羅 龍仁ja8161


 ――私も、龍仁さんのチョコが食べたいわ

 それは、無邪気なリクエスト。




 年末年始にかけ、大きな戦いがあった。
 場所は静岡。
 現地の撃退士組織とも連携し、東海にある二つの巨大ゲートのうち、一つを潰すことに成功した。
 ゲート主は、他方の富士へと向かったとか。
 その後の情報が、依頼斡旋所にて報告されていた。
 真剣な表情で、強羅 龍仁は内容を読み込む。
(伊豆のゲートは解放された、か)
 かといって、予断を許さぬ状況であるとも。


 静岡は、彼にとって特別に思い入れのある地方で。
 妻の言葉を思い出したのは、そんな時だ。

 ――私も、龍仁さんのチョコが食べたいわ

 今の自分だったら。
『それじゃあ、ホワイトデーを楽しみにしてろよ』
 とでも、
『一緒に作るか?』
 とでも、返せたのに。
 気恥ずかしくて、口にしたのは『今度な』と濁した約束。

 『今度』が二度と来ないと知っていたなら…… そう考えてもどうしようもないことで。
 飲み込むにはあまりに苦い思い出は、無意識下に箱に入れ、記憶の底へと沈めてしまっていた。
 思い出さないように、していた。
(今の俺に……出来ることは)

 三月も半ばに差し掛かるころの事だった。




 筧撃退士事務所のインターフォンが鳴る。
「はい、――アレ」

『鷹政…… 付き合ってくれ』

「愛の告白の季節なら一か月前だよ、強羅さん?」
『違う』
 思い詰めた表情でモニタ越しに告げてきた友人へ、からかいを返してから『違ったか』と筧 鷹政は『それでは何か』と思案しながらドアを開けた。


「伊豆?」
「残党がいるというから、どこまで近づけるかはわからんが…… 『依頼』として、同行を引き受けてもらえないだろうか」
 場所は相模灘に面した、河津の町。
 応接スペースへ通し、テーブルの上に地図と過去データを広げる。
「俺も先の戦いに出てたから、大体はわかる。……これは」
 珍しく、鷹政が難しい表情を作っている。普段の仕事時は、こういった姿なのか。
「無理か?」
「厳しいな。シュトラッサーが残存勢力を取りまとめてるのって、確かこの辺りじゃなかったかな」
 少し前に、大きな騒動があったことは業界でも話が上がっている。
「学園の転移装置を使うにしても、帰りはどうするか……。向こうの撃退士組織に話を通すか」
「行ける所までで構わない」
「行きましょうよ、何処までも。裏返せば、一般人はほとんどいないだろう。強羅さんも戦力にカウントしていいんだろ?」
「当然だ」
「だったら心強い。今すぐに、と言いたいところだけど、情勢把握と現地との繋ぎを取るのに三日、もらえるかな」
 静岡には、『DOG』と呼ばれる撃退士組織がある。
 基本的に、土地の依頼は土地で解決する、というわけだ。
 しかしそこも、死天大戦の影響やその後のトラブルに見舞われ多忙を極めているという。
 勝手にフリーランスが行って帰って来てオシマイというわけにはいかない、通す筋がある。
「こうして見ていると」
「うん?」
「……鷹政も、プロのフリーランスなんだな」
「どう見えていましたか」




 草を踏む音が、一瞬で消える。
「軽い!」
 龍仁が、盾でブロンズソルジャーのチャージ攻撃を受け止めきり、無防備となった側面を鷹政が大太刀で切り捨てる。
「飛んで火に入る――ってね!」
 そのまま武器をライフルへと切り替え、突進する鼻先をアウル弾で止める。
 水棲サーバントも確認されていたから、下手に大量挟み撃ちされるよりは山間を縫っていくルートを選んだ。
 体力のある男同士であれば、そちらの方が負担は軽い。
 いずれ、ディメンションサークルには到着地点の誤差がある。
 海に出ようが山に出ようが、目指すところは変わらない。
「潮の香りがしてきたね…… 近いのかな」
「…………」
「強羅さん?」
「あ、いや。なんでもない」
 心なしか、龍仁の顔色が悪いように思える。目的地へ、近づくほどに。
 今回の依頼について、『根本の目的』自体は聞いていない。
 河津へ行き、龍仁が何を為したいのか―― 核心へ触れないまま、鷹政は同行している。
 深く、問わずとも。
 常識を持ち、冷静さを崩さない龍仁が、無理を押して頼みたいというのだ。
 彼が、時に顔を曇らせる姿を、鷹政は幾度か目にしている。
(たぶん)
 薄っすらと、想像は出来た。まったく見当違いかもしれないが。
「っと!!」
「ボヤッとするな!」
「えーー 強羅さんがいうの!!」
 奇襲を仕掛けてきたサーバント、鷹政を押しのけて龍仁が盾となる。
 物思いにふける暇もない。
 すぐにまた戦いに次ぐ戦いを次いで、目的地へと―― 海を目指した。




 ザ……
 …………ザ

 潮の音。香り。風。一気に飛び込んでくる。
「…………ッ」
 空の青。海の青。広がる、何処までも――その風景は、天界により荒らされた時期を経てなお、変わることなく其処に在る。

 ――龍仁さん

 妻の声が聞こえる。姿が浮かんでは消えた。
「遅くなって、すまない……。十七年、掛かったが。受け取ってくれるか……?」
 十七年ぶりに、訪れた。
 記憶に蓋をし、思い出さないようにしていた時期が長かった。
 龍仁へ変化を与えたのは、久遠ヶ原で出会った多くの友人たちの存在が大きい。
 多様な年齢で、事情を背負い、抱え、それでも顔を上げている。
「どうも…… やはり、照れ臭いが」
 若者たちのように、軽やかにはなれないけれど。

「愛してる」

 今も。これからも――
 約束のチョコレートを、龍仁は海へ投じた。


 波が引き――風向きが、変わる。
「?」
 不意に鼻をついた、懐かしい香り。波音に混じる、微かな音……


 振り返った先に、満開の桜の花が咲き誇っていた。
 さやさやと音を立て、花弁が雪のように散ってゆく。散っても散っても、尽きることなく花は揺れている。

 笑うように。
 囁くように。


 雪解けの水のように一滴、涙が龍仁の頬を伝った。




「妻が…… あいつが、一番好きだった花だ……」
 龍仁へ気を遣い、離れていた男は桜の木の下で転寝をしていた。
 呑気な寝顔をペシリと叩き、龍仁は帰還を促す。
「そっか……。お話、できた?」
 大きく伸びをしてから、鷹政は立ち上がる。
 日が落ちる前に山を一つ越え、DOGの迎えと合流する手筈だ。
 まだまだ土地は戦火が上がり、ゆっくりはしていられない。
 それでも。
「……それは、わからんがな。来ることができて良かった」
「そっか」
 穏やかな表情で、鷹政は龍仁の背を叩いた。
「あ、そうだ。鷹政、お前にもチョコレートは用意してあるからな。報酬とは別だ」
「え、珍しいね、なんというか」
「感謝の気持ちだ。受け取れ」


 これで何かが変わる訳ではない。
 これで自分が許されるとも思わない。
 ただ…… ほんの少しだけ、記憶の中の妻が、微笑んでくれたような気がした。


 大切に思う気持ちは変わらない。
 交わした約束を忘れない。


 いつか、本当にこの地へ『平和』という穏やかな光を届けられたら――
 いつかまた、この桜の花を見に、来ることが出来たら。


 少しだけ、過去と向き合う勇気を得て。龍仁は、思い出の町を後にした。




【静かなる光とどけに 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8161/ 強羅 龍仁 / 男 / 30歳 / アストラルヴァンガード】
【jz0077/ 筧 鷹政 / 男 / 26歳 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
戦火冷めやらぬ静岡でのエピソード、お届けいたします。
楽しんでいただけましたら幸いです。
不思議なノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年04月11日

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