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『ブレイブファイト2.14. 』
小野坂源太郎(gb6063)


 寒風吹きすさぶ2月のこと。
 まことしやかに、噂が流れていた。

 ――其の褌、大いなる力を与えん――

 どの褌であるのか。
 具体的には、どういった力であるのか。
 どこにあるのか。
 そういった仔細は一切語られず、ただただとにかく凄い褌があるらしいぜという漠然としたものであった。

 寒風吹きすさぶ2月。
 冷たい風とは、季節の事であり、そしてせまりくる14日……誰が許可したか知らないが『バレンタインデー』というものに期待し、諦め、しかし捨てきれぬ望みを抱くモテぬ男児へ容赦なく吹き付ける風のことでもあった。
 溺れる者は、藁をもつかむ。
 寒風に吹き飛ばされ、冬の海へと落とされた男児たちは、藁の如き噂にすがり、伝説の褌を探す旅に出たのであった……。




「……む、今年もこの日がやって来たか」
 朝食後、暦へ目をやり小野坂源太郎は雄々しい顎鬚を撫でた。
 2.14. 褌の日である。
「街中で締めたとて、周囲に迷惑をかけるだけだしのう……」
 箪笥の奥底には、年に一度、この日に締めることにしている『特別な褌』が眠っていた。
 人里離れた場所で締めるもよし、悪者と戦う時に締めるもよし、……しかし今年ばかりは失念していた。
 場所の準備を忘れていた。
「むぅ。今からとなると――」
 公園か……海か……山か……。
 恒例行事を行うにふさわしい場所を思案していると、源太郎の第六感が不意に騒いだ。

「この気配は、まさか――」




 寒風に吹き飛ばされ、冬の海へと落とされた男児たちは、藁の如き噂にすがり、流れ流され散り散りに。
 伝説と巡り合えたならその時は――誓いを交わし、武運を祈ったその果てに。

 あるいは山奥。
 あるいは離島。
 あるいは廃屋。

 それぞれが、伝説と遭遇を果たした。
 恐る恐る、手を伸ばす。
 触れるだけでみなぎるパワー。
 いそいそと、身に着ける。

「こ、これは…………!!!」
 
「いざ行かん、戦友(とも)との再会の時だ!」

「これで!」

「これで俺は、俺たちは!」

「「婦女子よりチョコレートを貰える!! バレンタインというこの日に!!!!」」


 大いなる力で大いなる肉体を手にした男児たちは、隆々とした筋肉を誇らしげに見せつけながら一路、都会へと進撃を開始した。
 美しき乙女より、「きゃー! 素敵ー!!!」と歓声を浴び、チョコレートを貰わんがために。




 ――ここまでが、危険を察した源太郎が得た情報の一部分である。


「ぬぅ……。若人どもよ、気持ちはわからんでもないが」
 ふぅぅ……っ、息を長く吐き出し、源太郎は『特別な褌』を締めた。
 全身の血液が沸騰するかのような興奮。
 ただでさえたくましい肉体が、その細胞一つ一つが活性化し、ミシリと音を立てるたびに一回りずつ巨大化してゆく。
「密集してしまえば、街がどうなるか…… それすら失念するようでは、力に溺れるのと同じ!!」
 巨大化した源太郎が咆哮する。
 気持ちはわかる。
 うら若き乙女より、恥じらった表情で甘き菓子を貰いたい気持ちはわかる。よくわかる。
 幾つになろうと、男は男だ。
 しかし、手にする力の強大さを失念してしまっては、それは男児として失格だ。
 能力者であるかどうか以前の話だ。

「聞こえるかァァア!! 小僧共――!!!!!」

 迫りくる巨漢たちを食い止めんと、源太郎は集結しつつある場所まで向かっていた。
 そして、この巨大化である。

「乙女からのチョコレートが欲しいかァアアアアア!!」
「うおぉおおおおお!!!!」
「ほんのり頬を染めながら、『あっ、あの…… ずっと応援してました』なんて言われたいかァアアア!!」
「ウオォオオオオオオオオオオ!!!!」

「しかぁし!! それは、一朝一夕の行動で得られるものではないと知っておるかァアアアア!!!

「うわぁああああああ…………」
 士気をガン上げしてから叩き落とす。
 痛烈な源太郎の言葉に、巨漢たちは血の涙を流した。ある者は膝をつき、ある者はかんしゃくを起こす。
 ここまで来て。ここまで来て、そんな現実あまりじゃないか!!
「モテたいんや!」
「ええじゃないか、ええじゃないか!」
「そうだ! ええじゃないか!!」
「えええええい、落ち着けぇい!!」

 ――カーン!

 何処からともなく、ファイト開始のゴングが響いた。




「筋肉とは、ただ己を飾るのみにあらず!」
 褌巨漢の一人の首へ腕を回す。〆ること数秒で落とす。
「時に柔軟に! 時に頑として!」
 他方の褌巨漢とは、正面からの激突。手と手を組合い、力押し。
「――脚の筋力が甘いわぁ!!!」
 腰を落とし、そのまま放り投げる。
「甘いのはどっちだ…… 背後がガラ空きだ!」
「むぅ!?」
 無防備になった瞬間、後ろから羽交い絞めにされる。気づけば褌巨漢たちで完全に包囲されていた。
 まさか、ここまで集っているとは……。スタート時より、増えていやしないか?
 多勢に無勢……身一つでの戦いには限界がある。限界があるが、しかし!

「2月14日は、神聖なる褌の日…… しかし、それと同時にバレンタインデーでもある! 人の絆を確かめ合う日を邪魔させるわけにはいかん!!!」

 万事休す。しかし、源太郎は吠えた。
 漢として、己を貫くために。
 伝説の褌までたどり着いた、前途ある男児たちが道を違えぬために。

「!!?」
 源太郎を取り押さえていた褌巨漢が、異変に気づく。
 源太郎の信念が褌へ伝わり、バルクアップを果たしたのだ……!
「数がどうした! いくらでも来るが良い!!」
「くっ……」
 数か、信念か。
 漢たちの、譲れぬ戦い第二ラウンドが幕を上げた。



 荒い息。冷たい空気に、ふわりふわりと吐息が上がっては消える。
 源太郎の周囲には、技一つで気絶に追い込まれた褌巨漢が山積していた。
「……なかなかやるな」
「おぬしが、リーダーか……。男児たちをそそのかし、どうするつもりじゃ?」
「そそのかしなんかじゃねぇ、夢を…… 夢を叶えたかった……。その筋肉を持つアンタなら、わかるだろう!?」
「わからぬな! 筋肉とは、己が努力で鍛えるものよ! 努力を重ね、身につけるものよ!!」
「努力! 信念! 俺たちだってなぁ、俺たちだってなぁ、散々してきたさ!!」
 リーダーらしき男児は、涙声で叫んだ。
 倒れた仲間の一人一人を指し、あいつはニキビを治す為に肌の手入れを欠かさなかった、あいつは髪のケアに関しては一流の知識を持っていた、あいつの優しさには誰もが癒された……
 モテない者同士で培った絆を叫んだ。

「だから…… だから…… 俺たちだって、ここで退くわけにはいかねぇ!! 都市へ行って、綺麗なお嬢さんに熱い眼差しを受けるまで!!」

 リーダーの信念にもまた、褌は呼応した。
 源太郎と同格までバルクアップし、視線の位置を合わせる。
「そうか、そこまで……。ならば、こちらも手加減はせぬ! 全力で相手しようぞ!」
「望むところだ……!!!」
 かくして、巨漢と巨漢。筋肉と筋肉が冬空の下、最後の激突をした。




 ――戦い終わり、死屍累々と。
「勝負、あったな……」
「そっちだってボロクソじゃねぇか」
「ぬかせ」
 不思議な爽快感が、二人の間に流れていた。
 夢を追った褌巨漢たちは全て、源太郎の前に倒れた。
 街の平和は守られた。人知れず、郊外の一角にて。

「あ、あの……」
「うん?」

 ずいぶんと下方で、か細い声が。
 源太郎が振り向く。
 そこらの建物よりも巨大化してしまった身には、一般人の姿は見つけにくい。しかし褌の日は24時間有効だ。
「ずっと……見てました」
「君は……」
「放送の中継から……。私のこと、憶えてる? 子供の頃、一緒に遊んだ……」
「! まさか!!」
「もう…… こんなバカなことして……」

「…………」
「…………」

 源太郎と、リーダーと。
 その更に下の方で、なにやら甘酸っぱいやり取りがされている。

「俺のやったことは…… 無駄じゃあなかったのかな」
 呟いたリーダーは涙声であった。
「少なくとも、あの男児にとってはそうであろう」
「へへっ アンタ、良い男だなぁ」
「よせ」
「いっそ俺から、チョコを贈りたい気分だ」
「よせ」
「実はここにな……」
「よせといっておるどこから出しておる溶けておるだろうが!!!」




 冷たい風が、ほんの少しだけ和らぐ2月半ば。
 頬を染めた女子が、勇気を振り絞る日。
 それと同じだけ、男子も勇気を出している。
 縁が結ばれ、或いは離れ、悲喜こもごもの街。

「わっはっは。仲良きことは美しきかな。うむ。平穏とは素晴らしいものじゃ」

 若者たちに目を細め、平和を守った逞しき老人が、雄々しい顎鬚を撫でては去って行った。
 あの日戦った褌巨漢の男児たちも、今は一人の若人として、胸を張って歩いているに違いない。
 何しろ、『伝説』を手にしたのだから。


「来年が、今から楽しみじゃのう」




【ブレイブファイト2.14. 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【gb6063/ 小野坂源太郎 / 男 / 73歳 / ファイター】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
熱き漢たちの褌ファイト! お届けいたします。
楽しんでいただけましたら幸いです。
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2014年04月14日

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