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『春の闇に隠れるは 』
花厳 旺一郎jb1019


 下は小学生、上は……大学生はもちろん、一部は教師陣にも見られるかもしれない。
 どことなく気忙しい季節。
 甘ったるい香りの漂う季節。
 バレンタイン。



●闇の中
 それは花厳 旺一郎にとって、憂鬱なイベントのひとつだった。


「受け取ってもらえるだけで、良いんです!」

 深く頭を下げて、顔すら見えない……高等部だろうか、どこで顔を合わせたのだろう、栗色の髪の少女が旺一郎へ『それ』を突きつける。
「いや、悪いが――」
 押し返そうとした手へ、可愛らしい紙袋は押し付けられ、長い髪を翻し脱兎の速さで少女は去って行った。
「…………」
(参ったな)
 手元に残った菓子を見て、旺一郎は眉根を寄せる。
 呼びだされたわけじゃない。
 自分がここを通ると知っていて、待っていた。襲撃された。反撃の余地はなかった。

 旺一郎が、放課後にここを通ること。
 安易に、他人から物を受け取らないこと。
 それを知って、それでも。
 ――つまり、気まぐれや『義理』ではないこと。

(参ったな)
 頭の中でもう一度繰り返し、重々しく息を吐きだす。
 少女には申し訳ないが……
 手作りであり。
 人の想いが込められているもの。
 そう考えるだけで――吐き気がする。相手への悪意はない。刷りこまれた、過去の記憶のせいだ……


 旺一郎は、ひとから貰ったものが食べられない。家族や、ある一定の人を除いて。


 手の中にある紙袋が、心なしか重みを増した。旺一郎は、二月の風に吹かれたまま、身動きを取れずにいた。



 辿る記憶は小学生の頃。
 何かと忙しい親の代わりに、自分の面倒を見てくれた女性がいた。
 優しくて、料理が上手だった。
 ふと、感じる視線に違うものが混じるようになったのは――高学年辺りだろうか?
 視線。
 名前を呼ぶ声。
 料理の味にも、なぜか変化が生じ始めた。
(吐きそうだ)
 その頃から旺一郎は体調を崩しがちになり、そんな時に彼女が常に隣にいた。
(吐きそうだ)
 なぜか、嬉しそうな笑顔で。
(吐きそうだ)
「私が看ていてあげますからね。傍に、ずっといますからね」
(たすけて)

 ――怖い、と思った。

 ひとが。ひとの好意が。好意を持って、作られるたべものが。
 それでも親へ迷惑を掛けたくなくて、逃げることもできず、日々は繰り返し繰り返し―― 終止符を、打ったのは。


「旺」

 鈴が鳴る。
 声が聞こえる。
 従妹の、花厳 雨だ。



●春に隠れて
 時間は少しだけ、遡る。


 探す。
 必死に探す、大切な人を。
 雨は、大学部棟内を猫のような軽やかなスピードで駆け巡る。
 講義室。
(居ない)
 ミーティングルーム。
(居ない)
 食堂、購買、斡旋所―― 居ない。
(外?)
 足を止め、逆方向の玄関へと体をひねる。
 ――リィン
 身に着けた鈴が、魔除けを願う鈴が澄んだ音をたてた。


 小さな頃から、幽霊やお化けは大嫌い。
 眠る時、壁のシミを見つけては怖かったし、夜の木々が風に揺れる音で不安になった。
 『神社の娘』といったって、雨は自分が何の力もない小娘だって自覚していて、していたから、可愛くない言葉をつい零してしまう。
(こんな私を優しく守ってくれる人なんて、家族以外にいるわけもない)
 不安という風に吹かれ、少女の心は小さな窓さえ閉じてしまう。
 強風で揺れる雨戸に怯えて、涙目で布団のなかでうずくまる。それでも寝付けない――
(たすけて)

 ――怖い、と思った。

 誰か。
 探しても見つからない『誰か』を呼んだ。
 まるで、それに呼応するように……彼は、少女の前に現れた。


 それが四歳年上の従兄、旺一郎。


(……何処をウロウロしてるのよ)
 兄のような――他の誰にも言えないワガママも、安心して言ってしまえる――旺一郎を探し、雨は外へ出る。
 雪こそ降らないが、まだまだ寒い季節。
(バレンタインなのに―― バレンタインだから?)
 逃げるように、先に帰ってしまった?
(私を置いて? それとも)
 他の誰かに、捕まっている?
 厭な感情が、雨の心に沸々と湧き上がる。
 嫉妬だ――わかってる。彼に近づく女性、全てが気に入らない。子供じみた、嫉妬。
(私だけ、見ていればいいのに)
 口には、出さないけれど。
(傍に――……)
 言わなくたって。
(わかるでしょう?)
 わかってほしい。
 言いたくない。
 こんな、ねじくれた感情も。彼が構わないというのであれば、変える必要はないのだろう。それほどに、思っているのに。

 鈴が鳴る。
 顔を真っ赤にした、栗色の髪の少女が雨の肩にぶつかり、必死に謝っては去って行った。
 その長い髪が鈴に引っかからなかったか心配する暇さえ与えずに。
(まさか。ううん、絶対)
 予感。
 あるいは恐怖。
 雨は、少女の来た道を追い、スピードを上げた。


「旺」

 鈴が鳴る。
 果たしてそこに、呆然と立ち尽くした旺一郎の背中があった。




 ――ぱしん

 反射的に、雨は旺一郎の手元を叩き、少女から貰った紙袋は地面へ落ちた。
(お菓子は好き)
 きっと、可愛らしい紙袋の中には、気持ちがいっぱい詰まった甘い甘いお菓子が入っていたのだろう。
(旺一郎も好き、だけど……)
 『好き』と『好き』が、重ならない。――嫌だ、と雨は感じる。

「私以外の人から貰って、嬉しいの?」

 金色の瞳が黒髪の間から覗き、旺一郎を真っ直ぐに睨み付けた。
「いや……」
 呪縛が解かれた旺一郎は、しかし未だ状況を飲み込めず――呆然とした表情で、従妹の眼差しを受け止める。
「どうすればいいかと、思っていた……」
 二月の冷たい風が、少しずつ少しずつ、旺一郎に冷静さを取り戻させる。
(……雨だ)
 どうして此処に、とは思わなかった。
 今日という日を思えば、むしろ何故、自分は一人で帰ろうとしていたのか――『逃げる』ことで頭がいっぱいになっていたのか。
 見知らぬ相手からとはいえ、贈られた『気持ち』に土を着けてしまって申し訳ないと感じると同時に、緊張と不安が一気に和らいでゆく。
 見知らぬ少女へ、『すまなかった』という感情も――それはとても人間らしい――戻ってくる。
 食べることは、出来ないが。
 ここに捨てて行くわけにも―― 拾い上げようとした旺一郎の鼻先へ、ツイとカラフルな袋が突きつけられる。

「探したの。たっくさん、走ったの。旺が、居ないから」

 声が、震えている。 
 子供のワガママのような言葉。
 雨の、精いっぱいの甘え。
 誰かからのプレゼントを、『受け取る』だけでも嫉妬する。
 素直じゃない、だけど『わかりやすい』。
 旺一郎にとって、愛すべき存在。

「……食べさせて」

 本人は、気づいているのだろうか。
 命令するようでいて、望むばかりの猫のような表情をしていることに。
 受け取ったチョコレートアソートの一つをつまみ、旺一郎は微苦笑する。
「かなわないな」
 目を閉じ、桜色の唇を開く従妹君へ、甘いチョコレートを、一粒。
「足りない、もっと」
「はいはい」
 柔らかな黒髪に触れ、落ちつかせるようにそっと撫で。
(いや……、落ち着くのは、俺の方……か)
 触れたいと思うのも。
 足りないと思うのも。

「チョコレートだけでいいのか?」

「他に、何かあるの?」
「……いいや」
 全幅の信頼がくすぐったくて、ふっと魔が差した問いかけに金色の瞳がパチパチと閉じ開きした。




 心細さを補うように、手をつないで歩く。
 そこから伝わる体温が、自分の存在を肯定してくれた。
 自然体の自分で、在ることができる。
 互いが互いの欠けたパズルのピースのように、旺一郎と雨は進み始めた。
 
「あ。そういえばね、旺。知ってる? 最近、学園の近くにオープンした……」 
「初めて聞くな。そのうち、寄ってみるか」
「今話すってことは、今行きたいってことなの。わかってないわね」
「……それならそうと、最初から」
「なにか?」
「いいや」
 
 『春の夜の闇はあやなし』とは言ったもの。
 姿が見えなくても
 言葉にしなくても
 気持ちは溢れ、繋いだ手から伝わってゆく。

 


【春の闇に隠れるは 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb1019 / 花厳 旺一郎 / 男 / 24歳  / バハムートテイマー 】
【jb1018 /  花厳 雨 / 女 / 20歳  / ナイトウォーカー 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
それぞれの、過去のエピソードを交えながらのバレンタイン、お届けいたします。
内容から判断しまして、一本道としています。
お楽しみいただけましたら幸いです。
不思議なノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年04月15日

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