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『Love or Like 』
クレイグ・ジョンソン8746)&フェイト・−(8636)&(登場しない)

『こちらフェイト。目標を沈黙させた』
「了解。こっちも終了だ」
 ハンズフリーの無線機を通して、そんな会話が交わされる。
 先日のバーでのやりとりと同じ部屋で過ごした一夜は何だったんだ、と思わせるほど、任務中のフェイトは冷静そのものであった。
 もちろん、私情を持ち込むなどもってのほかだ。
 それは分かりきっているのだが、どうにも腑に落ちない。
「ナイトウォーカー」
「!」
 背後からエージェントネームで名を呼ばれた。
 僅かにピクリ、と肩を震わせつつクレイグはゆっくりと振り向く。
 視線の先にいたのは白髪の老人であった。やけに背筋の整った、紳士的な顔つきの黒スーツが型にはまっている男だった。
 古参のエージェントの一人である。
「……心ここにあらず、だな。先ほどの行動にも出ていたぞ」
「…………」
 あっさりとそんなことを言われて、クレイグは煙草に逃げる。
 合流ポイントであるその位置には、あとはフェイトが辿り着けば任務終了と言った流れであった。
 つまりはクレイグは今、その古参で大ベテランであるエージェントと二人きりと言う状況であり、あまり居心地が良いものだとは言いがたい。
「お前らしくもない」
「じーさんにとっちゃ、俺がどう動いたって合格レベルにはなんねぇだろ」
「そうでもないさ。お前……ナイトウォーカーとフェイトには特に期待している」
 クレイグに釣られたのか、男も懐から葉巻を取り出す。ライターではなくシガーマッチで点火するその姿は、渋いが男でも見惚れるほど格好が良い。
 言葉を交わしつつそれを見ていたクレイグは、面白くなさそうにして視線を逸らした。
「――ナイト、グランパ」
 二人の背後あたりから、聞き慣れた声が飛んできた。
 フェイトがようやく合流したのだ。
 その声を耳に留めて、クレイグと男は同時に振り向いた。
「すいません、遅くなりました」
「いや、時間ピッタリだ。お疲れ様、フェイト」
 フェイトの姿を目に留めた途端、隣の男の厳しい目尻が下がったのを見たクレイグは、密かにむっとする。
 グランパと呼ばれた老人エージェントは、以前フェイトが任務同行し頭を撫でられたと告白してきたその本人であった。
「レッド、なんか俺の時と態度違うじゃねぇの」
「……ああ、いや。フェイトは私の孫に似ているんだよ。息子が日本人の嫁をもらってな……孫の面影とついつい重なってしまうんだ」
「それは……光栄です」
 そう言いながら男がフェイトの頭を撫でる。
 フェイトは少し照れくさそうにして視線を下に逸しつつ言葉を返している。
 そう、光景としては『孫の成長を喜ぶ祖父』と言った感じなのだ。だからクレイグもフェイトの告白にはノーカウントだと答えたし、今でもそう思っている。
 ――だったはずなのだが。
「さて、これでミッションクリアだな。二人とも、ご苦労だった」
「お疲れ様です、グランパ」
 男が腕時計に視線を落として、そう言った。
 いつの間にか彼の吸っていた葉巻は仕舞われていた。煙草を厭うフェイトを気遣ってのことなのだろう。
 クレイグの表情はじわじわと色の良くないものになっていく。
 それに気がついたのはフェイトで、小首を傾げつつ片手をひらひらとしてみせる。
「……ナイト?」
 その問いかけに、クレイグは弾かれたような表情をした。
 そして今抱いている感情を細かすために口の端だけに笑みを浮かべて、首を振る。
「なんでもない。レッドもフェイトもお疲れさんだ」
「ああ、うん……」
 フェイトの肩にぽん、と手を起きながらクレイグはそう言った。彼はその手をすぐに離さずに、フェイトの体をぐい、と自分の方へと引き寄せる。
 わざとらしく大人気ない行動だと自分でも思ったが、それでも手が出てしまった。
 三人の前には、本部からの迎えのヘリが待っている。
 それに先に乗り込んだ老エージェントは、肩越しにクレイグを見やって小さく笑い「若いな」と零したが、それを後の二人が耳にすることは無かった。



 本部で任務の報告を終えた後、長い廊下をだらりと歩いていたクレイグは、はぁ、と重い溜息を吐き零した。
 今までは感情に左右されること無く任務をこなすことが出来ていた。
 だが最近は、その集中力が揺らぐことが多い。
「……何やってるんだかね、俺は……」
 がしがし、と頭を掻く。
 どうにも格好がつかないと思いながら、歩みを進める。
「クレイ、待ってよ」
 そんな彼の後ろ姿を追ってくるのは、フェイトだった。
 クレイグはすぐに足を止めて、振り返る。自分はこんなにも現金な性格だっただろうか、と思いながら。
「どうした、ユウタ。報告ならもう終わったぞ」
「うん、それは知ってる。……でさ、この後……時間空いてる?」
 フェイトのそんな言葉を受けて、クレイグは軽く瞠目した。
 まさか彼からそんな誘いを受けるとは思いにもよらなかったからだ。
 心の中の動揺を包み隠しつつ、「空いてるぜ」と彼は答えた。
 フェイトはクレイグの返事にほっとした面持ちになり、再び言葉を切り出した。
「その……良かったらディナーとか……」
「お前、こっちの量はそんなに食えないだろ? 俺の部屋来るか?」
「うん」
 フェイトが少し言いづらそうにしていたので、クレイグはそれをいとも簡単に繋げて見せた。
 アメリカでの食生活にフェイトが少し戸惑っている事をクレイグも熟知していたので、そこからの提案だったのだろう。
 その言葉を耳にしたフェイトは嬉しそうに微笑んだ。
 それがまた、最高に可愛いと思えた。
「ステーキはこんくらいか?」
「……その半分でいいよ」
「じゃあ同じくらいでマッシュポテトな」
 クレイグが両手で肉の大きさを象ってみせると、フェイトは苦笑しながら訂正してきた。もちろん、そう返してくるだろうと予測しての大袈裟な大きさだった。
 冗談のような会話を交わして、二人は立ったままでいた廊下の先を共に歩み出す。
 そして二人は本部を後にして、クレイグのアパートへと向かうのだった。

『頻発する怪奇事件。――宇宙侵略との見方も』
 そんな見出しの地方新聞を見ながら、クレイグが小さいと言っていたソファに腰を下ろしているのはフェイトだった。
 傍らのテーブルにはコーヒーが置いてあり、寛いでいるように見える。
「……こういうの、アメリカっぽいよなぁ」
 ぽつり、と独り言が漏れる。
 新聞が示す『怪奇事件』は殆どがIO2絡みの件が多かったので、それを宇宙侵略かと取り立てる記者に若干呆れているようでもあった。ヒーロー像が日本より多彩なこちらの国では、何かとこういった『世の中の不思議』を面白おかしく取り上げることも少なくは無いようで、それを見る度に渋い顔になってみたりもするが、クレイグが「三流の言うことにいちいち反応するなよ」と言ってくるので、それ以上は求めないように努めている。
「ユウタ、出来たぞー」
 台所からそんな声が聞こえた。と、同時に良い匂いがして、ついつい鼻がそちらへと釣られてしまう。広げた新聞を綺麗にたたんでから立ち上がったフェイトは二つ返事をしてから台所へと足を向けた。
「わ……すごい、美味しそう」
「ユウタのはこっちな。パンは好きなの取れよ」
「うん」
 皿の上には分厚いステーキとマッシュポテト、その隣にスープが添えられていた。中心には三種類ほどのパンが入った籠があり、レストランにでも訪れたかのような感覚になる。
 クレイグの皿にも同じものがあったが、大きさと量がフェイトの倍である。よく食べる印象があるのだが、その割には一向に体型に変化が見られないクレイグに、フェイトは若干の不満も抱いていた。
「クレイって、何か鍛えてたりする?」
「まぁエージェントである以上、体力とか落とすわけには行かねぇからな。筋トレで基礎代謝は維持してるぞ」
「そうなんだ……」
「食ってばっかりじゃ太るしな。……嫌われたくないだろ?」
 互いに向かい合って座り、食事を始めながらの会話には遠回しの響きがあった。
 さすがのフェイトもそれに気がついたようで、手にしたパンに視線を合わせていたのだがゆっくりと顔を上げた。
「誰に、って聞いても?」
「……もう聞いてるじゃねぇか。そんなの、解りきってるだろ」
 クレイグがそう答えると、フェイトは眉根を寄せた。
 それを見たクレイグは、苦笑する。
「ユウタ、お前って……ほんっと可愛いなぁ」
 クックッと肩が揺れた。
 フェイトにはその意味が解らずに、益々の不満そうな表情を作り上げている。
 嫌われたくない相手は目の前にいるのに、その本人が僅かなところで気づかずに不満そうな顔をしている。それら全てを理解しているクレイグは、参ったなと思いつつも口からは笑みが溢れてどうしようもない。
 鋭い感性は持ち合わせているものの、自身については本当に疎い。過敏でも困るが、ここまで鈍いと笑うしかなくなるようだ。
「――ところでクレイ。さっき怒ってただろ?」
 フェイトが頬を膨らませながら、話題を変えた。
 クレイグもそれを受けて、数回の瞬きをしてから表情を正す。
 それでフェイトは自分を夕食に誘ってきたのか。と、すぐに察して、フォークを皿の上に置いた。
「レッドとの事か? それならお前にだって理由は分かるはずだぜ」
「え……、そうなのか……? ……グランパには頭を撫でられて……えーと……え、だってグランパとはノーカウントだって……」
「…………」
 フェイトが今日のことを頭で整理しながら言葉を続けた。
 ぐるぐる、と記憶を回しつつ考えて、彼なりに辿り着いた答えに瞠目する。
 クレイグは敢えて答えることをしなかった。
「あれ……え、えっと……クレイ……? あの……」
「お前、そこで解らなかったらそれこそ実力行使するぞ」
 クレイグはさらっとそんな事を言いながら、再び握ったフォークにステーキの切れ端を指して乱暴に口の中に突っ込んだ。
 フェイトは黙りこんでその行動を見ていたが、頬は赤く染まりきっていて、直後に俯く。
 ――ようやく、と言った具合だが、フェイトは同僚であるクレイグの抱え込んでいる感情が誰に向いているかに気づいたようであった。
「……あ、う……」
「ほら、冷める前に食っちまえよ」
「う、うん……」
 そこで話題は普通に途切れた。
 遠くに聞こえるのは、付けっぱなしになっているテレビから聞こえる楽しそうな笑い声。
 それを耳にしながら、フェイトはまず食べることに集中しようと思った。ちらりと前髪の隙間からクレイグを見やっても、彼も黙ってスープを啜るだけだ。
「……前にも思ったけど、クレイグの料理、美味しいよね。趣味?」
「まぁ、そんなもんだな。一人暮らしが長くなると極めてみたくなるもんも増えるってわけ」
 黙ったままなのもやはりどうしても居心地が良くなかったので、今感じたものを告げてみたが、クレイグはきちんと受け答えしてくれた。
 それにほっとなりながらも、改めての彼の表情をまともに見ることが出来ない。
「なぁ、フェイト」
「!」
 クレイグの響きに、フェイトは瞳を揺らがせた。
 呼ばれ慣れたエージェントネーム。
 だがそれが、何故か悲しかった。
 『ユウタ』ではなく『フェイト』と今呼ばれる事が、空しかった。
「どうしてそんな顔をする?」
 目の前のクレイグは、フォーク片手にテーブルに肘をついて様子を伺ってくる。
 これは、わざのと行動だ、とフェイトも確信した。
 それでも、反抗することが出来ない。
「クレイ……いつもみたいに、ユウタって呼んで……」
「お前が俺のほしいものくれたらな?」
 思わず唇から漏れた言葉に、クレイグは普通に答えてくれた。条件付きではあったが。
 それを受け止めたフェイトは返答に困り、視線を落とす。
 クレイグの求めているもの。
 きっとそれは、フェイトにしか成し遂げられないものなのだろう。
 正直フェイトには、自分にそれだけの価値があるのかと考えてしまう。
 クレイグがどんな存在で、自分にとってどれだけの大きさを占めているか。それを真剣に思案していると、目の前のクレイグが笑った気配がして、フェイトはゆっくりと顔を上げた。
「あんま難しそうな顔するなよ。お前を追い詰めたいわけじゃない」
「で、でも……」
「安心しろよ。俺はお前一筋だ」
「……っ」
 クレイグはいつでも自分の気持に正直だ。
 真っ直ぐで歪みもなく、彼の言うとおりに一筋の気持ちだった。
「うん、でも、言うべきことは先に言っておくか」
「え?」
 自分の皿の上を綺麗に食してから、クレイグはそう切り出した。
 そして少し腕を置くスペースを開けて、腕を組んでからテーブルクロスの上にそれを置き、改めてフェイトを見やる。
「――好きだよ、ユウタ」
「クレイ……」
 ハッキリとした口調だった。
 受け止めたフェイトは、彼の青い瞳に自分のそれを重ねられずに僅かに視線を逸らしてしまう。
 クレイグはただ静かに笑みを湛えたままでいた。
「……別に、今すぐお前にどうこうしてほしいってわけじゃねぇよ。ただ俺は、今更お前を他のやつには渡すつもりもねぇから、そのつもりでいてくれ」
「う、うん……俺もそういう風な形では……クレイから離れていくことはないって……思ってるよ」
「期待ばっかりさせやがって、この天然め」
 クレイグの右手が伸びて、フェイトの額を軽く弾いた。
 彼を見やればニカっと笑っている。
 こうしたスキンシップは、嫌ではない。普段は今以上に距離が近いこともあるが、それも何故か嫌だとは思えなかった。
 一緒に仕事をしていく上で動きやすいし、連携も取りやすい。それは信頼を得ているからであるし、フェイトももちろんクレイグを誰よりも信頼している。
 それ以上は、どうなのか。
 フェイトは改めてそう思いながら、皿の残りのものを口の中に入れてしまおうと気持ちを切り替えてフォークを進めるのだった。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年04月16日

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