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『大切な人への贈り物 side獅琅 』
徒紫野 獅琅(ic0392)


 三月末は、大切な人の誕生日です。


「……兄なら不在ですが」
「はい、なので、来ました」
 連絡もなしの、突然の訪問。
 明るい笑顔の徒紫野 獅琅へ、神室 巳夜子は少なからず驚いていたが表情には出ていない。
 素っ気ない返事も想定のうちであると、獅琅も気に留めていないようだ。
「今日は、巳夜子さんにお話が」
「私に……?」
 邸内へ、入れるべきか否か。
 巳夜子は逡巡し、『玄関先での立ち話』という響きが気に入らず、結局は獅琅を通した。

 ――何の用意もありませんが。
 簡単に淹れた茶と、残り物の茶菓子と。
 満足な持て成しとは呼べないが、急に来る方が礼を欠いている。これくらいで釣り合いが取れるだろう。
 卓へ置き、巳夜子も座る。
「えーっと。先日はチョコレート有難うございました。美味しかったです」
「…………」
 ぺこり。
 開口一番に頭を下げた少年へ、巳夜子は目を見開いた。
「……素直に受取れなくてごめんなさい」
 続く言葉に、更に固まる。
 表情を硬くして、体を固くして、何とか平静を保つ。
 ……そうでもしないと、あの時の寂しさが再び湧き上がってしまいそうだから。
「お礼が遅くなってすみませんでした。でも、ちゃんと伝えなきゃって」
 まったくだ。
 あれから、一ヶ月近く経つ。
(それを、今になって)
 ようやく、落ち着いたというのに。今になって。

「それで、今日のお話っていうのが…… 近いうちに少しお付き合い頂けませんか、先生には内緒で」

 感情を押し殺す巳夜子の姿は、獅琅の目にはどう映っているのか。
 いつもの『冷静なお嬢さん』?
 沈黙を保つ少女へ、返事を気にせず獅琅は言葉を続ける。
「先生の、お誕生日のお祝いをしたくて。でも、どんな物がいいか分らないから、一緒に見て頂けませんか?」

 三月末は、大切な人の誕生日。
 巳夜子の兄、そして獅琅にとっては恩人の、誕生日。

 長い長い沈黙の後、ようやく巳夜子の体から緊張が解ける。
 良い意味でも悪い意味でも、獅琅は獅琅だった。
 何を考えているのか、わからない。
 わからないけれど、きっと、悪意を持っているわけでは、ない。
「……構いません、私も都に用があります」
 一ミリも震えることのない巳夜子の声は至って普段通りで、小さな変化に獅琅はきっと、気づかない。
「誕生会に必要な物を、揃えに行かねばなりませんし」
「あ! 荷物持ちなら、幾らでも!!」
 一方的に付き合ってもらうには気が引けていたと、自分にもできることがあったと獅琅は表情を明るくした。


 他愛のない会話。
 待ち合わせの約束。
 少し前では、考えられないことだった。
 敬愛する兄の周囲をうろつく身元の知れない少年――それが、巳夜子にとっての『獅琅』という存在。
 相変わらず身元は知れないが、兄は可愛がっているようだし、本人と会話をする機会も増えた。
 どうにも話が噛み合わないことが多くて戸惑うけれど…… どう接すればいいのか、気持を手余しすることも多いけれど。
 二人で兄への贈り物を選ぶくらいには、馴染み始めていた。 




(雨の匂い……)
 すぐれない空模様。
 もしかしたら、途中で天候が崩れるかもしれない。
 独特の匂いを感じ取り、巳夜子は艶やかな黒の耳をそっと伏せた。
(そういえば)
 あの日も――
 黒髪に映える、美しい細工物の簪へと手を伸ばし、秋の終わりの一騒動を思い出していた。
「おはようございます、巳夜子お嬢さん―― ……あれ」
「おはようございます。……なにか?」
「あ、いえ」

(簪……。気づかれたでしょうか)
(簪……、秋の花を今の季節に? ……いや、下手に触れるのはやめよう)

 気づいたことには気づいたが、ソコジャナイ部分が気に懸り、それを押して身に着けているのだということにまでは気が回らなかった獅琅はぎこちなく咳払いなんぞで間を誤魔化してみる。
(巳夜子さんの事が分かる日なんて、一生来ないんじゃないだろうか)
 微妙な距離を取って、二人は並んで歩き始める。
 年は近いけれど生まれも育ちもかけ離れていて、年が近いからこそ、それが響く。
(先生がいつまでも子供扱いしすぎてるだけで……、もうちょっと大人でいいと思うんだけど)
 ツンと澄ました横顔は、いつだって崩れることはない。プライドの高い、お嬢様。
 プライドを保つための、努力は欠かさない生真面目な人。――日々の稽古ごとに飽きて実家を出たとは何処かで耳にしたが、それだって身についているのだからやはり真面目なのだろう。
「最初は、菓子店でしたか?」
「はい、買いたい物があって。こっちは、すぐに済みますんで」
 きちんとした贈り物は相談に乗ってほしいと言っていたから、個人的なものか添える程度のものか。
 甘味好きの兄を思えば、菓子の詰め合わせでも充分と思ったが、それはそれなのだろう。巳夜子は小さく頷き、獅琅の指す洋菓子店へと向かった。


「……お嬢さん? 巳夜子さん?」
 目の前で数度、手のひらを振られて巳夜子は我に返った。
「買い物、済みました。次へ行きましょう」
「いつの間に……」
「巳夜子さん、ずーっと菓子に見惚れてるから」
 そういえば、バレンタインには自らトリュフなる菓子を作っていた。
 洋菓子にも、興味は深いのかもしれない。
 入った瞬間から、店内に並ぶ彩り豊かな菓子に心を奪われていた巳夜子の姿は、普段のとっつきにくさが少しだけ薄れて微笑ましかった。
 くすくす笑う獅琅へ、恥ずかしさを隠すように巳夜子は少しだけむくれる。
「今度、どのような菓子を作ろうか参考にしていただけです」
 店を出ると、雨の気配は薄れていた。風に流されていったのだろうか。
「えっ、ああいうのも作れるんですか?」
「本があれば……ある程度は」
「へぇえええ。さすがだなぁ。俺、本当はお誕生日に海老を買って行こうかと思ったんです」
「海老……ですか。……確かに、兄は海老が好きですが」
 難しそうな顔で語り始めた獅琅へ、巳夜子が小首を傾げる。

「先生が一番喜ぶ物って、きっとお嬢さんが作ってくれる好物だろうし……。でも、それも何か変かなって」
「…………」

 獅琅の言葉を理解するのに、少々、時間を要した。

「……徒紫野さんが用意した海老を、私が料理にするということですか?」
「名案だと思ったんです」

 真剣だった。
 振り向く獅琅の表情は、いたって真剣であった。
「…………」
 悪い、とは思いながら。
 無意識に、巳夜子の頬が緩む。
「……兄は、貴方から貰った物であれば何でも喜ぶと思います」
 自分が、この簪を貰った時のように。
 彼は、気づいているのだろうか。
 『自分を思って、贈られる物』の嬉しさを。
(…………知って、いたら)
 忘れようとしていた寂しさが、チクリ、蘇る。
 巳夜子だって、同じだった。
 喜んでほしかった。――なのに。
「アミュレットなんていいかも、どうでしょう?」
 気持を払うように首を振ってから、巳夜子は『いつもの』表情に戻す。
「御守りの類ですか……。そうですね、重宝すると思います」
 立ち並ぶ店を眺めながら、幾つか候補を挙げて。




 いざ選ぶとなると、巳夜子の目は厳しかった。
 表向きの態度こそ冷たいが、兄に対する情は人一倍厚い。
 装飾品の類は一つで身につける者の印象がガラリと変わることもある。
 いい加減なものなど許さない。
「……さすが、頼りになります」
「当然です」
 決めたのは、シンプルな銀のリング。
 包んで貰い、小さな袋を提げて歩く獅琅の声は疲労で震えていた。
 これから、巳夜子の買い物へ付き合うというのにすでにこうである。
 肉体労働とは違う何かを大量に消耗した気分だ。
「喜んでもらう顔、楽しみです」
「……そうですね」
 そっと耳を伏せて。巳夜子は応じた。




 春の夕日が、美しく空気を染める頃。
 ようやく全ての買い物を終え、最初の待ち合わせ場所――別れの場所へと着いた。
「今日は有難うございました」
 晴れ晴れとした笑顔で、獅琅。それから、提げていた袋の一つを巳夜子へと差し出した。
「これ、バレンタインのお返しです」
「……え?」
 ――最初に立ち寄った、菓子店の
「お返しは、要らないと言ったはずです」
「俺は感謝だけ貰ったなんて思ってませんから」
「…………」

 チョコレート作りを手伝ってくれたこと。
 簪を贈ってくれたこと。
 その礼だと言って、バレンタインにチョコレートを渡し――一度は拒まれた。

(どうして)
 何を、考えて。
 巳夜子は獅琅を真っ直ぐに見ることが出来なくて、眼を逸らしたままで紙袋を受け取る。
 ドラジェの入った、キャンディボックス。
 美しい木の実の糖衣掛けは、幸福を祈る菓子だったか。

「またお付き合い頂けますか?」
「……出掛けるのは構いません」



●甘かった贈り物
 先生には内緒で、
 そう獅琅は付け足してみる。巳夜子の反応は薄かった。意味は伝わっていないのかもしれない。
(たぶん、これでいい)
 好きになっちゃいけない人。
 無意識のうちに、獅琅の中で巳夜子はそういった位置にいた。
 大切な先生の、大切な妹さん。それも、もちろんあるけれど。
 飾り細工の簪のように、複雑で、触れたら壊してしまうかもしれない、鋭く突き刺さるかもしれない。そんな人。
(簪、似合ってたなぁ)
 巳夜子と別れ、のんびり歩きながらそんなことを思う。
 秋の花だけれど、季節感さえ気にしなければ、彼女の髪と着物にとても映えていた。
(受け取ってもらえて、良かった)
 これで、バレンタインのあの日の事は……取り返すことが、出来たろうか。
 実のところは、取り返すどころか混乱の極みへ巳夜子を落としていることに気づかないまま、獅琅は晴れ晴れとした気持ちで家路をたどった。

 
 嬉々としてシンプルな銀の指輪をはめる成人男性の姿に『失敗した』と獅琅が気づくのも、先の話。




【大切な人への贈り物 side獅琅 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ic0392 / 徒紫野 獅琅 / 男 / 14歳  / 志士 】
【ib9980 / 神室 巳夜子 / 女 / 15歳  / 志士 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
噛みついてみたりすれ違ってみたり春の思春期の一幕、お送りいたします。
ラスト、それぞれの視点で分岐を付けております。
お楽しみいただけましたら幸いです。
不思議なノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年04月18日

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