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『deep mission 』
クレイグ・ジョンソン8746)&フェイト・−(8636)&(登場しない)

 IO2内に緊張が走っていた。
 幹部とみられる数人が電子データを眺めつつ眉根を寄せる。
「潜入は可能か?」
「既に数人送り込んである。そろそろ入電があるはずだ」
 一人の男がそう言えば隣に立つ男が自分の腕時計を見やりながら答えを返してくる。
 直後、彼の耳に装着している無線に電子音が届いて、通信を始めた。
「――ああ、私だ。うむ、そうか、ご苦労。では君たちはそこで待機していてくれ。進路の確保を忘れずにな」
 その言葉を耳にしつつ、白髪の男が所属するエージェントのリストへと視線を落としていた。視界に映り込んでいるのはフェイトのデータだ。
「…………」
 自然と眉根が寄る。個人的に彼が可愛がってきた『若手』だ。
 自分の孫に重ねた優しい感情は、そこで静かに噛み殺されていく。
「――珍しく、迷っているようだな?」
 一人の男が声を掛けてきた。
 その声に振り向きつつ、白髪の男は浅く笑う。
「そうだな、正直に言えば迷っているよ。大丈夫だと信じてはいるがな」
「あちらさんの事より身内の心配……か。大御所である貴方にも、一応の人の情ってものがあるらしい」
 皮肉交じりの言葉を受けても、なお。
 白髪の男――古参エージェントである『彼』はその表情に焦りなどは見せなかった。
 そこにあるのは、ただひたすらの――願い。
 願わくば、白髪の男の持つ銃が若き同僚に、フェイトに向かないことだけを祈りながら。
「さぁ、我々の仕事に取り掛かろう。出せるエージェントは皆駆り出せ」
「了解」
 老エージェントが片手を上げると、周りにいた男たちが一斉に姿勢を正した。そして短い返事をした後にそれぞれに動き出す。
 IO2本部が多数のエージェント送り込む一つの大きな作戦が、これから開始されようとしていた。

 同本部内、射撃訓練室。
 話は少しだけ前に遡る。
 ヘッドフォン型のイヤーマフを装着したフェイトが、右腕を掲げて銃を構えている。横移動する的を的確に捉えて、彼は引き金を引いた。その形には迷いも躊躇いもない。
 だが。
「……はぁ」
 見事中心を射抜くも、その集中力が珍しく保てない。油断するとすぐに『ユウタ』としての気持ちを揺らがせてしまう理由に、クレイグの存在があった。
 数日前、彼の部屋で告白を受けた。
 本能のどこかで気づいていた彼の気持ちを真っ直ぐに受けたフェイトは、その時の彼の表情を思い出してはうっすらと頬を染める。

 ――好きだよ、ユウタ。

 耳の奥にしっかりと残る彼の言葉。
 それには不思議と嫌悪感も無く、在るのは自分の迷いだけ。
「…………」
 フェイトはそこで一度目を閉じて、深呼吸をした。
 ここにいる間は、『フェイト』でいる間は冷静でいなくてはならない。私情などは交えず、完璧なエージェントでなければ。
 心でそう呟いて、彼は再びゆっくりと瞳を開く。
 緑色の瞳がゆらりと揺らめいた直後、フェイトは前方を見据えて再び銃を構える。
 ピ、と短い電子音が流れた。
 直後、ランダムで動く的が一気に五体ほど現れて、射撃手を惑わせる。だが、フェイトはその動きを全て捉えて的確に落としていった。

『perfect』

 そんな文字が目の前に浮かぶ。
 どうやらメニューはそこで終了のようだ。
 軽いため息を吐いたフェイトは、無言のままイヤーマフに手をかけてそれを首に下ろした。
「――お前、相変わらず上手いなぁ」
「!!」
 背後から掛けられた声に、ビクリと肩が震える。自分の良く知る声音。
 この部屋に入った時には無人であったためそのままかと思っていたのだが、途中で入室してきたのだろう。
 フェイトが振り向いた先にはクレイグの姿があった。
「ナイト……」
「よ。お疲れさん」
 腰まで在る仕切り壁にだらりと体を預けていたクレイグは、フェイトの呼びかけに片手を上げてそう答える。
 そしてゆっくりと姿勢を正し、彼はフェイトへを足を向けた。
 数歩進んだ後に、自然と伸ばされる腕。
 それがフェイトの首元に辿り着き、彼が首にかけたままだったイヤーマフを器用に取り去って、所定の位置へと戻す。
 たったそれだけの、普通の行動だった。
「どうした、フェイト」
「あ、いや……その、ありがとう」
 いつも通りのクレイグの行動を、フェイトがどこかぼんやりと見上げていた。
 先ほどまで冷静を保てていた『フェイト』はそこにはおらず、今は『ユウタ』の顔をしている。
 目の前でそれを見たクレイグは、小さく笑った。口の端のみの、本当に小さな笑みだった為に、フェイトは気づかなかった。
「休憩しようぜ。今ならカフェテリアも空いてるだろ」
「うん」
 その場から一向に動こうとしないフェイトを見かねてか、クレイグがそんな提案をした。
 フェイトは短い返事をしてようやく、動くきっかけを得られたことに安堵して緩い笑顔を作り上げる。
「…………」
 銃を構えている時には見せない表情。
 任務にあたっている時のフェイトはいつも、冷静そのものだった。表情も姿勢も何もかもが完璧だ。
 時折、その完璧さに滲ませるものが『冷たいもの』だとクレイグ感じ取れるようになったのは、いつからだったか。
 フェイトは何も言わないし、クレイグもまた何も問わなかった。生きている限り踏み込まれたくない影は誰しも抱いている。だから、フェイトから打ち明けてくれるまで、彼は待つつもりでいる。
 今も、ずっと。
 訓練室を出て、自分の前をフェイトに歩かせる。目線は頭一つ分ほど下、そこで揺れる黒髪に、クレイグは思わず手を伸ばした。
「……っ……」
 指先が触れるか触れないかの位置で、その手は静かに引き戻された。
 私情は持ち込まない。意図せずに普通に触れてしまえば良いのだが、こうして改めてしまうとそれも出来ない。
 だから、苦しい。
「――クレイ?」
 フェイトが進む足を止めて、不思議そうな顔をして振り向いた。
 クレイグの僅かに揺れる感情を感じ取ったのだろうか。自身のことには疎い彼ではあるが、それ以外のことに関してはやはり鋭いものがある。
「こら、此処では『ナイト』だろ」
「でも、今は任務外で二人だけなんだし、誰も聞いてない」
「ったく、お前って奴はほんとになぁ……」
 フェイトの素直な受け答えに、クレイグは苦笑しながらそう言った。そしてこのタイミングを狙って距離を詰める。
 いつものように肩に腕を回して、自分へと引き寄せた。
「ちょ、ちょっと、クレイ」
「んー、別にいいだろ? ユウタ」
 急に距離を詰めてきたクレイグに、フェイトは明らかに動揺を見せた。
 耳元に降る声音。低めのトーンだがよく響く。
 良い声だ、と思う。それを自覚しただけで、自分の頬に熱が帯びていくのを感じた。
 彼が与えてくれるもの、そして欲しがっているもの。
 それに答えるにはまだ少しだけ、時間が必要だった。
「先に座ってろよ。飲み物注文してくるから」
「う、うん……わかった」
 密着した状態でカフェテリアに辿り着いたところで、クレイグはきちんと距離を取ってフェイトの背中をぽんと押した。
 IO2内にあるこの場所は、エージェントたちの憩いの場だ。当然パラパラと人影が視界に映り込む。
 そうした状況をきちんと読んで行動を起こしてくれるクレイグは、ある意味完璧なのだろう。エージェントとしても、彼個人としても。
「……はぁ……」
 大きな溜息を一つ吐いて、直後。
 決めているわけではないが、空いていればそこへ進んでしまうテーブルに、フェイトは歩みを寄せた。
 天井窓から日が差し込む温かい席だった。陽は傾きかけている時刻だが、オレンジ色の光が柔らかく降ってくる。
「…………」
 クレイグは、いつも通りだ。今もカウンターに体を預けて飲み物の注文をしている。カフェで働く女性への褒め言葉も忘れずに付け加える彼の器用さは天性のものなのだろうか。
 自分の気持ちをフェイトに打ち明けた後も、それは変わらなかった。
 フェイトはゆっくりとその席に腰を下ろしてテーブルに肘をつく。
 まだ――まだ。
 そんな感情が彼をじわりと侵食していって、軽い目眩を引き起こす。そんな時にフラッシュバックのように脳内に呼び起こされるのは、自分の過去の姿だった。
 鈍くこめかみが痛む。
 意思が記憶を拒んで表に出さずとしているために、反動がどうしても肉体に及んでしまうらしい。
「……ユウタ、どうした?」
「ッ!!」
 フェイトの様子に気がついたクレイグが、飲み物を片手に寄ってくる。
 その声に過剰反応してしまったフェイトは、座っていた椅子を床に倒して立ち上がってしまう。
 ざわり、と周囲の空気が揺れた。
「医務室行くか?」
「……いや、驚かせてごめん。大丈夫だ」
 心配そうな声で問うクレイグに対して、フェイトは視線を逸しつつ倒してしまった椅子を元に戻して座り直した。
 目の前にあるのはクレイグがフェイトにと頼んでくれたカフェラテがある。それに視線を向けて、静かに数回の呼吸をした。
 向かいに座るクレイグは、ブラックコーヒーを口にしつつもしっかりとそんなフェイトを見張っている。若干、厳しい視線でもあった。
「ほんとに、大丈夫だって。……ちょっと……うん。なんていうか……ヤな記憶を思い出しただけで……」
「――俺の知らないお前、か」
「うん……そのうちクレイには、聞いて欲しいんだ」
「そうか。でも、無理するなよ」
 優しい声音だった。
 クレイグという男は、本当に本気でフェイトを思ってくれている。それを改めて感じて、フェイトの視界が歪む。
 返事のための言葉を作れずに、こくり、と頷けば彼は頭を撫でてくれた。その先には穏やかな笑顔がある。
「クレイ……」
〈緊急出動要請。本部内にいるエージェントは速やかに行動してください。繰り返します――〉
 フェイトが声を絞り出したところで、室内放送が流れてきた。
 カフェ内にいたエージェントたちが一斉に立ち上がり、言葉なく散っていく。
「おっと、いきなり大掛かりだな」
「……俺達はグランパに合流って通信機に連絡入ってる」
 クレイグとフェイトもすぐさまその場を離れて廊下へと出た。その間に通信機の任務内容を確認して、二人とも表情を変える。
 妙な胸騒ぎがした。
「こちらナイトウォーカー。現在の状況は?」
〈F地点で待機中。目標は『虚無』だ。やつらが絡んでる生体兵器の研究所を突き止めた。一斉突入する〉
「了解」
 クレイグが先方の同僚と無線でやりとりしていると、隣を歩くフェイトの表情が険しい物になっていくのを感じて横目で見やる。彼は銃の弾の詰替えを行っていたが、その手はわずかに震えていた。
「……フェイト、本当に大丈夫なのか?」
「平気だ。何も問題はない」
 ぽん、と肩に手を置いてクレイグはそう問いかけた。
 するとフェイトは銃に視線を置いたままで静かな返事を戻すのみだった。その表情はにわかに冷たい色だ。
「フェイト、もう一度だけ言っておく。無理はするな」
 クレイグの語気が強いものになった。
 そこでようやくフェイトの顔が上がり、視線が重なる。
 不思議な色合いの緑色。角度によっては淡い青のようにも見えるそれは、綺麗でいてどこか悲しい色でもあった。
「ありがとう、ナイト」
 フェイトはそれだけをハッキリと告げた。笑顔であったが、『ユウタ』としてのそれではなく、クレイグは眉根を寄せる。
 だはそれ以上の行動を起こすことが出来なかった。
 彼らは直ちに任務先に向かわなくてはならない。足を止めるわけには行かないのだ。
「ナイトウォーカー、フェイト。入ります」
 無線に向かってクレイグがそう言う。そして二人は指定されたポイントへと向かった。



 ――世界は終末を迎えなくてはならない。
 終りを迎え、その先に新しい生命が誕生する。それ故に、一度滅びなければならないのだ。
 そんな事を謳った組織が存在していた。
 IO2本部でも常に追い続けている一団である。名を『虚無の境界』という組織は、一種のカルト集団であり、霊的なテロ行為を度々行ってきた脅威の存在である。
 今の世に絶望を感じ、同じ信念を抱く者、利害が一致する者。自身の能力を持て余している者。
 その組織に集まる者達は、それぞれの闇と影が付き纏っている。
 中には能力を持っているがゆえに、幼い頃から施設に連れ込まれ実験材料にされる哀れな子供たちもいた。
 ――フェイトも、『勇太』である頃、同じような経験をしてきた。
 生まれ持つ能力に翻弄され、幼い体に様々な実験を強要された。彼の瞳が不思議な色合いをしているのは、そのせいであるのだ。
「……ふぅっ……」
 フェイトが銃を片手に、息を吐いた。珍しく緊張しているのだろうか。真剣な面持ちは変わらずにいたが、少しだけ落ち着きが乱れているようにも見える。
「ナイトウォーカー」
 フェイトの様子を気にかけているクレイグに、そんな声がかかった。
 あの老エージェントのものだった。
 フェイトから少しだけ距離を取る事を仕草だけで命じられて、彼はそれに従う。
 フェイトはそんな彼らを冷めた視線で見やっただけで、また視線を前方へと戻している。
「……お前に私個人からの追加任務を与える。フェイトから目を離すな。おそらくお前だけが、あの子を守れる」
「レッド……? なんだ、それ」
 至近距離でぶつけられる言葉に、クレイグは顔色を変えた。
 年長者であるこの老人が今この場で冗談を言うはずもなく、彼の表情は非常に厳しいものだった。強い視線に、クレイグさえもが肩を揺らす。
「言葉通りだ。たとえ何が起ころうとも、お前がフェイトを守れ。いいな」
「……何のことだかサッパリだが、取り敢えずは了解しておく」
「期待してるぞ」
 只ならぬ空気の中、クレイグは動揺もせずにそう応えた。
 それを見て、白髪の男は口の端だけの笑みを浮かべてそれだけを言う。
 そして背の高いクレイグの肩の上に皺の多い右手をポンと乗せた後、彼は元に居た位置へと戻った。
「――ナイトに何を言ったんですか」
「気合を入れろと伝えただけだよ」
 男がフェイトの横を通り過ぎようとした際、そんな言葉が交わされた。
 そして男とフェイトは視線を合わせて、互いに無言になる。
 フェイトには解っていた。この老エージェントが密かに担っている裏の任務を。
 その為に今ここにいて、彼は躊躇いも見せずに『それ』を実行しようとしている。
 そうならないようにと願いながら。
「フェイト、大丈夫か」
「何も支障はありません」
 老人の厳しい声音に、フェイトは冷静に答えた。
 だが、その時には既に彼の視線は前方に向けられていて、男の眉根に皺が寄る。
「……、……」
〈infiltration〉
 男が再び何かを言おうとしたところで、各人の無線にそんな言葉が届けられた。
 潜入せよという響きだった。
 フェイトが先に地を蹴る。それに遅れを取らずに動いていたのはクレイグだ。
「――頼んだぞ、ナイトウォーカー」
 低い声音でそう呟かれた白髪の男の言葉は、誰にも届くことはなかった。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2014年04月25日

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