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『unexpected 』
クレイグ・ジョンソン8746)&フェイト・−(8636)&(登場しない)

「にゃっ……!?」
 フェイトは困惑していた。
 普通に声を出したつもりが今のような響きになってしまい、彼は慌てて両手で口を塞ぐ。
 ぐんと高くなった周囲の建物。高層ビル。
 いつも見上げていた位置よりも確実に高くなって見えるのは、彼自身が縮んだためだ。
「にゃ、にゃんでこのタイミングで……?」
 慌てて頭に手をやった。そこにはふわふわな手触りの『耳』がある。普通ならありえない状況だが、それは猫耳であった。
 そして恐る恐る後ろを見やれば、自分の尻の上辺りから生えているのは紛れも無く長い尻尾であり、思わず「うわぁ……」と独り言が漏れた。
「ど、どうしよう……もうすぐクレイが合流しちゃうにゃ……」
 フェイトはその場であたふたとし始めた。
 彼はつい先程IO2の任務を終えたばかりで、同僚のクレイグとの合流ポイントに向かっている最中だったのだ。
 前触れも何もない状態での『チビ猫化』――。これまでにも数回ほどこの状態になったことがあるが、原因は不明のままである。
「おーい、フェイト?」
「!」
 同僚の声が聞こえてきた。
 フェイトはビクリと全身を縦に震わせて周囲を見やる。
 すぐそばにクレイグの足音があって、彼はフェイトを探しているようであった。
「にゃ、にゃ……どうしよう……」
 頭の上にある猫耳を押さえつつ、左右ウロウロとしていたが、足元に落ちていた自身の銃に躓いてフェイトはころんと転がった。
「……うぉっ」
 そんなおかしな声を出したのはクレイグだった。
 躓いて転んだフェイトが、彼の足元にボールのように転がり込んできたのだ。
「う、にゃっ」
 クレイグの長い足をくぐり抜け、フェイトは近くの植え込みにぽすんと体を軽くぶつけてからその動きを止める。
 逆さまに映る世界。
 こてり、と自分の両足が地面につくのを感じた彼は、本物の猫のように軽やかにくるりとその場で回って自分の体勢を直した。
「ふぅ……危なかったにゃ」
 そんなことを言いながら、着ている衣服についた土埃を両手で払う。ちなみに体が縮むと同じように衣服も縮むらしく、その辺りで困った問題点は無さそうだ。
「フェイト?」
「……ッ!」
 ほっとしたのも束の間。
 改めて目の前を見やれば、そこには膝を折ってこちらを見ているクレイグの姿があった。眉根を寄せて不可解そうな表情をしている。
 まずい、とフェイトは内心で呟いた。
「あ、あの……おれは……フェイトじゃないにゃ……」
「…………」
 フェイトがぶんぶんと頭を左右に揺らしながらそう言うと、クレイグの眉根の皺が益々深いものになった。
 彼は彼なりにこの事態に、これでも動揺しているのだ。
 難しい表情のまま「うーん」と唸り、首を傾げてから彼は何かを納得したようにしてまた顔をフェイトに向けた。
「よし、帰るか!」
「にゃっ!?」
 フェイトの体がふわりと宙に浮く。
 クレイグが抱き上げたのだ。
「……ふにゃ〜……」
 肩の上にちょこんと座らされて、直後にフェイトはそんな声をあげた。
 自分の知らない視界。
 背の高いクレイグから見える『世界』は、自分の普段とは大幅に違う。
 それに素直に感動した彼は、数分前まで心に抱いていた警戒心をすっかり緩めていた。
「いい眺めだろ?」
「うん!」
 クレイグの言葉に、フェイトの返事が明るい色があった。
 そして彼はクレイグの頭を抱きしめるようにして掴まり、「れっつごー、にゃ!」と言い放つ。
 猫化によって精神面での変化もあるらしく、幼い物言いが目立つようになってきた。
 それを側で確認したクレイグは、小さく苦笑しつつフェイトの言うとおりに歩き出す。
 なぜ、自分の相棒が突然この姿になってしまったのか。原因を突き止めるには時間を要しそうだと判断した彼は、そこで敢えて真実を追うのをやめた。困っている様子は見られなかったので、この状況を楽しんでもいるのだろう。
 そして小さなフェイトを肩に乗せたクレイグは、少し歩いた先でタクシーを拾い、自分のアパートへと帰るのだった。



「ちび、何食べたい?」
「ハンバーグ!」
「んー、ああ、パティか。了解。ちょっと待ってな」
「ねークレイグ、テレビ視てもいいにゃ?」
 ソファの上でごろごろしつつテレビのリモコンを見つけたフェイトはそんな事を言った。
 クレイグはすでに台所に立っていて、フェイトが所望した『ハンバーグ』を作るための作業を開始している。
 ちなみにテレビを視てもいいかという質問には「好きなの見て待ってな」と答えている。
 黒い尻尾がゆらり、と揺れた。
 今のサイズだと、クレイグが普段から小さいと言っているソファも大きく感じる。
 フェイトがうーんと全身使って伸びをしてもまだまだ余裕があった。
「おい、ちびー? お前ニンジン食えるよな?」
「にゃー、甘いのが好きにゃ!」
 クレイグがフェイトを『ちび』と呼ぶのは、フェイトが自分を「フェイトじゃないにゃ!」と繰り返すので彼はそれ以上を追求せずに呼び方を変えたらしい。
 うつ伏せになりながらテレビのリモコンをポチポチと弄っているフェイトに対し、クレイグはエプロン姿でリビングを覗いてそう言った。リラックスしているように見受けられる『黒猫』を見て、彼は安心しながら元の場所に戻る。
「……普段のあいつも、あれくらい素直で自然でいてくれりゃぁなぁ……。そういう場所を、俺が作ってやるしかねぇか……」
 ぽつり、と唇から漏れる言葉。
 フェイトに出来る事。彼に自分が、自分だけがしてあげられること。
 クレイグは密かにそれを探っている。
 彼の中ではいつでもフェイトが優先順位の上位を占めているからだ。
 自分が守りたいと思ったからこそ、それなりの覚悟と気持ちの大きさがある。
 手際よく夕飯の準備をしながら、彼は口元のみで小さく笑って心の中の決意を改めていた。

 揃って夕食を採った後、フェイトはすっかりクレイグに気を許すようになり彼の膝の上でごろごろとしていた。
 クレイグは片手でフェイトの頭を撫でてやりながら、新聞を眺めている。夕方にポストに入るタブロイド紙だ。
「にゃー」
「ん、どうした、ちび?」
「クレイグ、煙草、吸わないのにゃ?」
「お前がいるからな」
 テーブルの上に置いてある灰皿と煙草の箱が気になったのか、フェイトがそんな質問をした。
 クレイグは食後の一服を欠かさずにいるので、不思議だったのだろう。だが彼は、フェイトの前では殆どそれを吸ったことはない。一緒にいる時であればベランダに出て吸う姿が記憶の端にあった。
「クレイグは優しいにゃね〜」
「お前が嫌がることはなるべくしたくねぇからな」
 クレイグはそう答えると、フェイトは嬉しそうに「えへへー」と笑った。
 彼の優しさと気遣いがその笑顔を導いたのだろう。
 そんなフェイトの笑みを見たクレイグも自然と表情がほころんでいる。
「おれはねー、クレイグがすきだにゃー」
「ありがとな。俺もお前が好きだよ」
 何気なく買わされる言葉。
 フェイトにとってはその好きは友好の延長上みたいなものだったが、クレイグのそれは違うところにある。
 今は特に言うべきでもないので、彼はそれ以上は言わずにいる。
 そんなクレイグの顔を、フェイトはころりと仰向けに体を動かしながら見上げた。よくよく観察しているようにも見える。
「なんだ、ちび」
「うにゃー。クレイグはいけめんにゃね〜」
「ん?」
「えっとねー、日本ではカッコいい人をそう言うんにゃよ」
 フェイトはクレイグの手にしていた新聞を取り上げつつそう言った。
 そしてそれを両腕で広げて少し文字を読んだ後、つまらなそうにポイと投げる。
「こら、ちび」
「だって、クレイグはおれとお話してるにゃよー。だから余所見しちゃダメなのにゃー」
「あー……そうだな」
 フェイトの言葉を受け止めて、クレイグはくしゃりと彼の頭を撫でた。指先に触れた猫耳にそのまま指を這わせて軽く揉んでやったりもする。
「『いけめん』はちびの言うこと聞かねぇとな」
「そうにゃよー」
 くすぐったそうにしながらも、クレイグの言葉に得意げになるフェイト。
 可愛い仕草に思わずの笑みを見せつつ、クレイグはフェイトを軽々と抱き上げて目線を合わせてから額にキスをする。
「にゃっ?」
 フェイトは全身を震わせてそんな言葉を漏らした。尻尾もピンと伸びて、緊張しているかのようだった。
「……お前ほんとに可愛いなぁ」
「男にかわいいとか言っちゃダメなのにゃ」
「しょうがねぇだろ? ほんとの事なんだからさ」
「うー……」
 かわいいという響きに難色を見せるも、クレイグには何の効果もなくさらにちょん、と鼻の頭が触れ合った。
 フェイトの心が僅かに跳ねる。
 何故かは解らなかったが、頬が上気していくのを感じてフェイトは慌てて両手を伸ばした。
 そしてクレイグの両頬にそれをおいて、ぐいぐいと距離を測る。
「にゃー!」
「はいはい、わかったよユウタ。そろそろシャワー浴びるか」
「うにゃ……水はきらいにゃ……」
 小さな手で一生懸命自分との距離を取ろうとするフェイトの姿を暫く眺めているのも良いと思ったが、嫌がる彼を無視するのは意に反する。抱き上げたままだった彼を膝におろしてそう言えば、フェイトはシャワーを嫌がるような言葉を発した。
 どさくさに紛れてフェイトの本名を読んだクレイグだったが、フェイト自身はそれに気づかなかったのか両手で猫耳を隠すようにして身を丸めているので、それ以上の反応は諦める。
 本物の猫は水を嫌う傾向にあるが、フェイトも似たようなものなのだろうか。
「……なら、一緒に入るか?」
「うん……」
 新しい質問には、素直に。
 と言うよりは、嫌悪感のあるモノから少しでも逃れたいと思う気持ちが先に出たという所だろうか。
 それでもクレイグは満足そうに笑って、再びフェイトを抱き上げて「じゃあ行くか」と彼をシャワー室へ連れ込んだ。

 アメリカのシャワー室はトイレと一体型が普通である。
 クレイグのアパートでもそれは同様で、バスタブの中で体を洗うシャワーのみだった。
「狭くてごめんな。だけど、ちびだけだとシャワー届かねぇだろ?」
「クレイグは毎日シャワーなのにゃ? 湯船に浸かったりしないのにゃ?」
「んー、こっちじゃそういう習慣は殆ど無いからなぁ」
 そんな会話をしながら、クレイグはてきぱきとフェイトの服を脱がせて彼のバスタブの中に入れた。そこには沢山の泡があり、フェイトは素直にそれに興味を持った。
「にゃ〜! あわあわだにゃ!!」
 テレビなどで見かける泡だらけのバスタブ。
 それが今目の前で展開していることに、フェイトは驚きと喜びがいっぺんに訪れているようであった。
 アメリカにはバスタブにお湯を溜めるという習慣は殆どないが、子供の体を洗う際には気を引くためにおもちゃも入れたりこうした泡がメインの入浴剤を使ったりする事がある。クレイグがなぜこのようなものを常備していたかは分からないが、取り敢えず「水が嫌だ」とギリギリまで怖がっていたフェイトの気持ちを反らせることには成功したようだ。
「ほらちび、髪洗ってやるからここ座れ」
「はーいにゃー」
 膝を曲げた状態でようやくバスタブの中に入れると言った狭さの中で、クレイグはフェイトを自分の膝の上に座らせた。
 フェイトが泡に気を取られている間にシャンプー剤を手の中に取ってわしゃわしゃと洗い出す。
「……うにゃ〜……クレイグは手がおっきいにゃ〜」
「そりゃ今のお前が小さいからだろ?」
 見る間に自分の周りまでが泡になっていく中で、フェイトは目を瞑りながらそんなことを言い出した。
 クレイグが洗うことに専念しながらそう答えれば、フェイトはゆるく首を振る。
「そうじゃないにゃ……クレイグは……クレイは……おっきな手でいつもおれを守ってくれて……それが、嬉しいんだにゃ……。でも、してもらってばっかりで、おれは何もお返し出来にゃいのにゃ……」
「…………」
 ぽつぽつと話を繋げるフェイトに、クレイグは瞠目した。そして直後に苦笑する。
「お前がそう思ってるだけで、俺はお前から色んな物貰ってるぜ?」
「ふにゃ……?」
「今だって、裸のお付き合いだろ? お前が小さいのがまぁ残念と言えば残念だが、これもこれで悪くない」
 言葉の並びだけでは物凄い事を言われているのだが、今のフェイトにそれが通じているのだろうか。
 彼は目を閉じたまままで首を傾げている。
「ほら、流すぞ」
「にゃにゃ……待ってにゃ……今度はおれがクレイの髪の毛洗ってあげるにゃ」
「目ぇ瞑ったままじゃ出来ねぇだろ。俺は自分で出来るから……って、おいユウタ」
「くらえ〜泡攻撃にゃ〜!!」
 うっすら目を開けたところで泡が目元にないことがわかったフェイトは、両手にいっぱいの泡を抱えて目の前のクレイグに飛びかかった。
 あまりの展開にクレイグは驚いたままで「うわ」と声を上げた後、フェイトの泡攻撃にされるがままの状態になった。
 スイッチの入った子供のフルパワーな遊びには、さすがのクレイグもお手上げのようだ。
 そして二人は、狭いバスタブの中でしばらく童心に帰ったようにしてたくさんの泡で遊ぶのだった。



 ひとしきりクレイグとじゃれあったフェイトは、ベッドに入る頃にはすっかり体力も尽きてうとうととしていた。
「おいちび、そんなとこで寝るなよ。ちゃんと真ん中行け」
「うにゃ……」
 ベッドへよじ登った後、端でうつらうつらとしているフェイトをクレイグが後ろから抱き上げて、中心へとその体を持っていく。
「ほら、寝るぞー」
「うん……」
 クレイグが先に横になり、フェイトを促してやった。
 すると彼はそのままぽてりと体を傾けさせて、クレイグの体の上で眠ってしまう。動作が猫と同様なのは、やはりどうしようもないのだろうかと思いつつ、彼は器用に上掛けを手繰り寄せてそれを被った。
「にゃ……」
 もぞり、とクレイグの胸の上で丸くなっているフェイトが身じろぐ。体のラインにそって尻尾も沿っているので、それに指をやればパタリと本物の猫のような反応を返してくる。その可愛らしい仕草に目を細めていると、クレイグも疲れたのかじわじわと訪れた睡魔に抗うこと無く瞳を閉じた。
 その手にきちんと小さな黒猫を抱きながら。

 次の日。
 いつもより早い時間帯に目が覚めたフェイトは、いつの間にか自分の体が元に戻っていることに気がついて静かにその場で瞠目した。頬に感じるのは人の体温。
 要するには、クレイグの体を下敷きにして眠っていたのだ。
「……、……」
 思わず声が出そうになり、フェイトは口元を手で多いながら静かに彼の側を離れた。そしてズルズルと後ろ向きに体をずらして、彼のベッドから降りる。
 意識がはっきりしていくのと同時に昨日の記憶が綺麗に蘇る。
 猫化して過ごしたクレイグとの時間は、色々な意味で濃いものだった。顔から火が出るほどに恥ずかしい。
 寝巻き用にとクレイグが着せてくれていた彼のシャツを静かに抜いて、そそくさとソファの上の自分の服に着替える。
 変化した場所に銃を置いてきてしまったと思い込んでいたが、服の側にそれが置いてあるのを見て、フェイトはクレイグを振り返った。
 おそらく彼は、最初から猫化したフェイトの事をきちんと解っていたのだろう。
 改めて自然な彼の気遣いに感謝しつつ、羞恥のために彼を長く見ることが出来ずに視線を落とした。
 そしてテーブルの隅に置かれているブロック型のメモ帳も一枚取り、言葉なくメッセージを書き込んだ。

『ありがとう』

 たった一言。それだけの言葉。
 そしてそのメッセージの横には肉球のマークを小さく描いて、ペンを置く。
 クレイグはまだ目を覚まさない。
 だから今のうちに、彼の部屋を出てしまおうと心に決めてフェイトは静かにクレイグの部屋を出た。
 扉を閉める音も出来るだけ最小限に。それだけを心がけてアパートを後にする。
 そしてフェイトは自分の部屋に戻るために足早に早朝の路地を掛けていき、その影を消した。

「……紙じゃなくて、直接言ってくれりゃいいのになぁ」
 フェイトの書き置きを手にしながらそう言うのはクレイグだった。
 彼はフェイトが目を覚ます数十分前にはすでに起きていて、彼の様子を静かに伺っていたらしい。
 ふぅ、と漏らすため息。口元には苦笑が混じってはいたが、気分を損ねているような色合いではなく、むしろスッキリしているかのような空気もある。
 そして彼は、右手に収めたメモ帳を口元に持って行き筆跡に軽いキスをしてから大きく伸びをするのだった。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年05月07日

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