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『緋桜の記憶 』
朔楽 桜雅(ic1161)


 繰り返し夢を見る。
 楽しそうに笑う白い少女を。
 腕の中の少女の骸を。
 血に濡れた己の手を。

 それは記憶にもない己の罪の証なのだろうか?


 青白い月の光が神楽の都を照らす。青い光の中、ひそりと静まりかえった街の様子はまるで深い水の底に沈んでいるようだ。吹く風はわずかに湿り気を帯び冷たく、まだ夜明けが遠い事を告げている。
 強い光に星は輝きを失い、空にはぽかりと浮かんだ月ばかり。どこか心をざわつかせるような夜だった。

 都を南北に渡る水路の近く、開拓者達が暮らす長屋がある。長屋の入り口には目印の桜が一本。花の盛りを過ぎた桜は風もないのにはらはらと花弁を散らす。
 開拓者朔楽 桜雅(ic1161)は長屋にある自宅の片隅で灯も着けず蹲っている。何故かその夜に限って、猫の鳴き声一つなく辺りは静まりかえり耳が痛いほどの沈黙が桜雅の周囲に沈殿していた。
 長い尻尾をぐるりと身体に巻きつけ、膝を抱きかかえる。桜雅の横顔を照らす月明り、その青白い光のせいだけではなく桜雅の顔色は悪い。
 部屋の隅に堆積した闇へと向ける双眸、だがそこには何も映していない。光を失った二つの赤があるだけだ。瞬き……いや呼吸すら忘れてしまったかの如く桜雅は身動ぎ一つしない。
 両手で耳をしかと押さえる。何も聞こえない、何も見えない。自分に言い聞かせ桜雅は息を潜める。まるで何かから隠れるように逃れるように。
 不意に、格子戸の隙間から舞い込む一枚の桜の花弁。暗がりにひらりと踊る真白。桜雅の瞳が僅かに揺らぐ。
 白い花弁は否応なしに夢の中に出てくる少女を桜雅に連想させた。
 耳の奥に響く少女の声。それは耳を塞いでいても身体の奥底から浮かびあがってくるかのように聞こえてくる。
 右に左に花弁は揺れて畳の上に落ちた。爪先のほんの先にある花弁に無意識に桜雅は手を伸ばす。しかし花弁は入り込んだ風に攫われするりと桜雅の手を抜けていく。
 振り仰ぐ、格子窓の向こう。風が桜を散らす。仄白い輝きをまとって花弁は空へと帰っていく。
 だが桜雅の目に映ったのは夜空を焦がすように狂い咲いた緋色。いつかの依頼で遭遇したアヤカシに取り憑かれた桜。
 夢の中に白い少女が出てくるようになったのはその桜と出会ってからであった。

 ただ果てなく広がっている何も無い空間。自分がそこにいるのかすら分からない、そんな曖昧な空間。そこでは白い少女だけが確固たる存在だった。
 その空間で少女は踊るように、歌うように、楽し気に白い服の裾を揺らし笑う。それが夢で彼女と出会った最初。
 それ以降少女は桜雅の夢に頻繁に現れるようになった。それどころか夜を重ねるごと、何もなかった空間に少女を取り囲む情景が鮮明に浮かんでくるようになる。

 腕に違和を覚え動かせば、ガチャリと鎖が擦れ合う乾いた音。見下ろした手足には無骨な枷が嵌められている。肺に入り込んでくるのは黴と汚物の混ざったような饐えた匂い。
 そこは檻の中であった。
 自分は幼い子供で、周囲には同じような年頃の子供ばかり。自分達をぐるりと取り囲む鉄格子。
 枷で繋がれあちこち傷だらけで蹲っている子らは、父母を恋しがりすすり泣くことすらしない。ただひたすらに虚ろな目で空をみつめている。
 通路を挟んだ正面にも檻がある。中にいる子供らも此方とさして差はない。だがそこに一人、異質な存在がいた。あの白い少女だ。
 少女は格子の向こうから見つめている桜雅の視線に気付くと笑顔を浮かべた。実は此処は檻の中ではないのではないだろうか、枷も幻ではなかろうか、これは全て夢ではないだろうか、そう錯覚してしまいそうな柔らかい笑顔だ。
 だがやはり鉄格子の傍まで這い寄ってきた少女の腕も枷で繋がれていた。桜雅と視線を合わせ少女がもう一度笑みを浮かべる。
「ねぇ、君の名前は? 私は……」
 答えようと桜雅が口を開きかけた刹那、視界が緋色に覆われた。少女の言葉の続きが聞こえたような気がしたが、結局何を言っているのか分からなかった。

 纏わり着く埃っぽい空気に宿る血の匂い。
 あちこちに積み重なる瓦礫、荒涼とした風景。まるで戦の後だ。瓦礫より転がり落ちた石ころが地に着いた桜雅の膝にぶつかり止る。パラパラとどこかで砂塵が落ちる音が聞こえた。
 開かれた視界に映るのは視界を塞ぐように手をのばした緋色の桜。
 昼と夜のうつろう黄昏時、宵闇と夕焼けの混ざり合った空に桜が狂い咲く。滲む夕日を映す桜は血で染め抜かれたように赤い。
 そして両腕に圧し掛かる重み。腕の中で眠る白い少女。少女の四肢は力なく投げ出され、目は閉じられたまま。桜雅は知っていた、彼女が二度と微笑まない事を。
 命の灯が消えた身体は酷く重たい。どこか麻痺した心がそんな事を思う。
 少女を抱えていた掌に感じたぬるりとした感触。それはとても温かかった。ぞわりと背筋を嫌な気配が這い上がる。
 鼻をつく噎せ返るほどの生々しい血の匂い。這い上がった冷たい何かが心臓を鷲掴んだ。麻痺した心がギシリと軋みを上げた。
 背後で振動が起き桜雅が蹈鞴を踏む。
 瓦礫が崩れ落ちたのだ。砂埃が舞い上がり足元を流れていく。記憶に無い光景だというのに、背後がどうなっているか、何が起きているのか見ずともわかってしまう。
 少女を落とさないように慌てて抱きかかえる。だがそこに少女はいない。代わりに視界に入ったのは……。
「ぁ……あ……」
 真っ赤に染まった己の手……。呻きとも嗚咽とも言えない掠れた声が戦慄く唇から零れる。
 再び瓦礫が崩れ落ちる。もうもうと上がる砂埃。足元が崩れていくように感覚が朧になっていく。

 ゆらり、揺れて回る視界。自分が昇っているのか落下しているのかわからない浮遊感。
 ぐるぐると全てが回り混ざり合い……。


 目を開けば、見慣れた長屋の一室。だが懐かしさはなく酷く遠いところに来たような違和ばかりを覚えた。
「……っ!」
 背に伝った一筋の冷や汗に、今まで見ていた全てを思い出し弾かれたように手を見る。
 手を染める緋色……はない。手は良く知る自分のもの。血どころか枷も見当たらない。ぎこちなく手を閉じて開いてを繰り返す。血の気を失った指先は白く冷たい。
(あぁ、夢だ)
 夜毎繰り返すあの夢だ、と理解するが安堵はできなかった。それどころか心臓が一際早く脈打ち始める。
(手は赤くない……)

 再び真白い花弁が闇に舞う。

 ――だというのに……。

 白い少女、檻の中枷に繋がれた子供達、瓦礫の山、黄昏時の空、緋色の桜、そして……

 どれも記憶に無い夢の話だ。だが心のどこかがそれらを酷く懐かしいと言っている。それを懐かしがる心が、ぎしぎしと軋んで悲鳴を上げようとしている。

 そして血に染まった己の手――。

 ぞっと全身の血の気が引く。
「俺は、何をした…?」
 桜雅の問い掛けに答える声はない。
 震える手を再び見つめる。先ほどとなんら変り無い見慣れている手だ。赤くはない、と再度確認して目を閉じる。だが目を閉じても、そこに赤に染まった己の手が浮かぶ。何度頭を振っても、それは消えない。
 自分の中にある自分が知らない何か。それは口を広げて待ち構えている闇のようで本能的に身体が竦んだ。

『ねぇ、君の名前は?』

 浮かび上がる少女の声。微笑む少女と腕の中で眠る少女の顔が重なる。

 閉じた瞼の裏、桜が咲き誇る。緋色の桜が。血色の桜が。それは脳裏に焼きつき、目を開けても消える事は無い。

 鼻の奥に血の匂いが蘇る。腕にまざまざと残るのは動かなくなった少女の身体の重さ。
 身体の震えが止まらない。

「俺は、何をした…?」
 桜雅は繰り返す。しかし言葉はただ闇に吸い込まれるばかり。

 風が吹く。明日には桜は全て散っているかもしれない。だが桜雅の脳裏に浮かぶ緋色の桜は咲き続ける。
 それはあたかも魂に染み付いた罪の証の如く――。

 桜雅は腕に食い込むほどに爪を立て震える己の体を抱きしめた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名   / 性別 / 年齢 / 職業】
【ic1161  / 朔楽 桜雅 / 男  / 18  / 泰拳士】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きまして本当にありがとうございます。桐崎ふみおです。

朔楽様の大切なお話を託していただき光栄に思うと同時にとても緊張いたしました。
本当に大切なお話なので、少しでも気になる点がございましたら遠慮なくリテイクを申し付けくださいませ。
朔楽様の記憶が全て明らかになってしまったらどうなるのだろうと気になりますが心配でもあります。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
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舵天照 -DTS-
2014年05月15日

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