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『NightWalker 〜藤の想い〜 』
千影・ー3689)&草間・武彦(NPCA001)

 夜の街は素敵。
 キラキラの宝石箱みたい。

 そんな事を思いながら、千影は宙を飛んでいた。
 背中の黒い羽を使っての毎日の夜間飛行。
 昼間とは違う顔を見せる街並みを、空から眺めるのが彼女は好きだった。

 ――キラキラ。ゆらゆら。

「あれ?」
 自分の家から暫くを飛んだ後、いつもと同じルートを辿っていた千影は視線の先に見た薄紫のぼやけたオーラを見かけて首を傾げた。
 昨日は見なかったような気がする。
「うーん……」
 見落としそうな淡い光のそれ。
 千影はどうしても気になって、地上に降りることを決断した。
 その途中。
「あ、武彦ちゃん!」
 眼下の路地を歩く人影が千影の良く知る人物であり、嬉しそうに名前を呼ぶ。
 そして彼女は彼の目の前にひらりと降りて、お辞儀をした。
「こんばんは♪」
「……ああ、チカか。いつもの夜の散歩だな」
 口に煙草を咥えながら歩いていた武彦は、特に驚いた様子も見せずにそれだけを言う。
「武彦ちゃんもお散歩?」
「そうと言えばそうだが……。んー……」
 千影の質問に武彦は曖昧な返事を見せた。
 困っているような、迷っているような、そんな表情だった。
 それを見て千影は目を丸くして首を傾げる。
「……まぁ、一応は仕事中だ。暇なら付き合ってくれ」
「うん、いいよ。あ、あのね、チカね、あっちのほうで不思議なオーラを見たの」
「あー、オーラね……」
 武彦は口元を隠しつつ眉根を寄せた。どうやら思い当たる節があるようだ。
 千影が指をさす方向。
 武彦はその方向へと進んでいる最中だった。
「ある意味チカが適任かもしれないな」
「?」
「――千影、そのオーラを調べてもらいたいんだ」
 ふむ、と手の中でそう告げた後、武彦は千影を改めて見やりそう告げる。
 すると千影はパッと表情を輝かせて「うん、わかった!」と元気よく返事をした。
「武彦ちゃん、ご褒美はシシャモ二つね!」
「はいはい……って何気に二つかよ」
 常に懐の寂しい探偵は、無邪気な子猫の何気ない要求に素直に毒づいた。だが、相手は既に目的地に向かってしまいその声は届かない。
「……忙しないなぁ……」
 武彦はその場で佇んだままで、ガシガシ、と頭を掻く。
 千影が向かった先に自分も行けばいいのだろうが、どうにも足が向かない。
 怪奇の類であるなら、尚更のこと。
「まぁ、最終的には興信所での実績になっちまうんだよなぁ……」
 はぁ、とため息をこぼしつつ、彼は左手に持ったままだった煙草を咥え直す。
 夜はまだ肌寒いと感じる空間の中、ゆらりと登った紫煙が斜めに動いた後、武彦は踵を返すのだった。



 千影がたどり着いた先は小さな公園だった。
 控えめな砂場と錆びた鉄棒、古めかしいブランコが二つあるのみだ。
「呼んでいたのは、だぁれ?」
 千影はそう言いながら辺りを見回す。
 ペンキの色が剥げたベンチの上を囲むようにして存在するのは藤棚だった。左右からベンチの上を覆う形で設置されていたが、左の藤の枝が切られている。
「あなたなの?」
 千影は静かにその藤に歩みを寄せた。右の、まだ幹が残っている方に。
 ゆっくりと見上げればその枝に芽吹かせた花は、見事な藤色が広がっていた。
「……さみしいのね」
 幽玄な美しさを湛える藤の花を見上げたままで、ぽつり、と千影が呟いた。
 碧玉のような瞳を揺らがせて、夜風に舞う花弁を見つめる。
 彼女はこの藤の『本来の姿』をその視界に捉えているのだ。
「こんばんは、あたしはチカ。あなたにはお名前はあるの?」
『……我の姿が見えるのか……我は見ての通りの藤そのものであり、名などは持たぬ……』
 千影の声に反応するようにして、浮かぶ上がった影があった。
 ある程度の能力が無ければその姿は目にも留まらないだろうと言うくらいの儚いそれである。
 悲しそうな表情をしていた。
 千影の言うとおりで、その藤は寂しいのだろう。
「さみしくて、誰かに気づいてもらいたかったの? あなたのオーラ、不思議で綺麗だけど、悲しくなっちゃう」
『…………』
 視線を下に落としてから告げられた千影の言葉に、藤は自嘲気味にうっすらと笑った。
 全てを享受している色が見て取れる。
「チカとお話は……いや?」
『そうではない。……我とこうして向い合ってくれる存在がまだいてくれるのかと感じて、嬉しいのだ』
 腰を過ぎるまでの長い髪はやはり藤色をしていた。
 全体的に色素が薄く寝間着のような着物一枚を身にまとう『藤の精』は、耳に届く柔らかな声音と仕草から『女性』なのだろうと千影は内心で思う。
『……特に意識してはいなかったのだが……そうか、そなたらの住まう世界に影響を及ぼしていたのか』
「うん、ほんのちょっとだけ。今は、あたしみたいな存在だけだけど、でもこのままだったら……藤ちゃんが自分で望まなくても、普通のヒトに怖い思いをさせちゃうのかもしれない」
『我は寂しいだけなのだ……』
 黒をベースにした千影の衣服の裾がふわりと揺れた。
 夜の闇に溶け込むかのようなフリルのスカートの端に付けられた緑銀の鈴が、チリンと控えめに鳴り響く。
 藤はその音色に釣られてゆっくりと視線を動かした。
「藤ちゃんは、左の藤ちゃんとは仲が良かったの?」
『我と背の君は番の藤と呼ばれておった。我の唯一の存在であった。……だが、先に天へと召されてしまった』
「そっか……だから、藤ちゃんは寂しいんだね」
 藤の精は千影の言葉にこくりと頷いてみせた。彼女は先に失ってしまった左の藤の存在を悼んでいるのだ。
 『背の君』とは夫を意味する言葉である。おそらく左の藤がそれであったのだろう。
『我は天へ昇る術を知らぬ。だから会いたくても会えぬのだ』
「――チカは知ってるよ。連れて行ってあげる」
 千影はそう言いながらつい、と、人差し指を天へと向けた。遠くの空では小さな星が輝いている。
 それを見上げながら、千影は微笑んだ。
「きっと、あなたの大切な人もあそこで待ってるよ」
『そう、なのか……我は、そなたに甘えても良いのだろうか……』
「チカが『食べる』のは、ご主人さまに害を与える人だけ。それに藤ちゃんはヒトじゃないし、浄化の力で送ってあげられると思うの」
 千影は『魂を喰らう者』。だがそれは主に危害を与えるものと救い求めているものに限定されている。それ以外は彼女の判断次第で浄化を行うことが出来る。鎮魂の闇という名の、千影に秘められた能力の一つだ。
 藤は寂しいと訴えていただけ。
 大切な伴侶を失って悲しんでいただけ。
 彼女に残された時間が跡どれほどあるかは千影にも解らなかったが、その寂しさや悲しみが続けばやがて心は疲れてしまう。
 そうなればいつかは、怪異となってしまうだろう。
 今はまだ、藤にとっては猶予期間でもあるのだ。
 千影が気づいたのは幸いだったのかもしれない。
『では、チカとやら……。我の身はそなたに任せよう。ヒトの世を此処で見守り続けるのも悪くはなかったが、出来れば我も背の君とともにありたい……』
「うん。それがあなたの幸せなら」
 藤の言葉に千影が微笑みながら右手を差し出した。その手のひらに導かれるようにして、藤の精は己の腕をゆらりと前へ出す。
 触れた場所から淡い光が生まれた。
「おやすみなさい」
 千影がそう言えば、藤はにこりと微笑んで瞳を閉じる。
 そして彼女は千影の能力によってその体を砂のようにゆっくりと形を崩して、キラキラと輝きながら宙を登っていった。
 千影が最初に感じたオーラは、もうそこには存在していなかった。



「武彦ちゃ〜ん」
「おう、ご苦労さん」
 千影が報告のために武彦の興信所の扉を開ければ、そこからは魚の焼ける良い匂いがした。
 どうやらご褒美のシシャモが焼かれているらしい。
「うにゃん!」
 武彦の存在を確認するより先に、千影はそちらへと視線を送った。
 無邪気さと猫化の本能が交じり合った反応は、いつ見ても見事だと武彦は思わずボヤいてしまう。
「こら、チカ。報告が先だろうが」
「あっ、そうだった。あのね、もうオーラは見えないと思うよ。あれはね、藤ちゃんのモノだったの」
「ふーん、藤ねぇ。そういやあの辺りに有名な藤の木があったなぁ」
 手元に飛び込んできそうな勢いの千影を諌めつつ、武彦はそう言った。
 怪奇や怪異などにはすでに慣れているので、千影が何をしてどうやってオーラの元を調べて解決したのかは聞かずにいる。
 必要な物は確かな『結果』のみだ。
「そうだ、これ。武彦ちゃんにおみやげ〜」
「ん、あぁ。藤の花か……。折ってきたんじゃないよな?」
「違うよ〜。藤ちゃんがくれたの」
 千影が武彦に差し出したものは一房の藤の花だった。
 それが証拠にもあると思った武彦はそれを素直に受け取って、まじまじと見やる。
「普通の藤の花だな。水に突っ込んでおけば数日保つかね」
 そう言って彼は踵を返した。そして奥で掃除をしていた『妹』に声をかけて、その藤の花を手渡していた。
「ねぇ、武彦ちゃーん、これもう食べてもいい?」
 油がはねてジュワ、と良い音を出している編みを指さし、千影が言った。
 武彦が呆れた表情で振り返りながら「いいけど、火傷すんなよ」と、応えてまた彼女のもとに歩みを寄せる。
 程よく焼かれたシシャモが四匹。千影が望んだ数より多いのは自分も食べるためなのか、それとも彼女への礼の印なのかは今のところは分からない。
 そのうち一つを摘んで口へと運ぶ千影の姿は、とても幸せそうに見えた。

 毎日の日課である千影の夜のお散歩は、美味しいシシャモで終わりを告げる。
 武彦の机の上には、飾り気のないシンプルなガラスの瓶に挿し込まれた藤の花が静かにその存在を醸し出していた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年05月26日

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