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『雪ぎし時の過去と未来 』
時入 雪人jb5998)&安瀬地 治翠jb5992



 懐かしい、日々を語る。
 あの頃、あの日、あの時。
 彼と彼の縁が結ばれた、かの瞬間。



「別に、ハルは戻らなくて良いんだよ?」
「何言ってるんですか。お供しますよ、雪人さん」
 向けられた曖昧な笑みに、穏やかな笑みを返して言う。
 それはひとつの誓いによって。



「――久し振り、かな」
「そうですね」
 言いながら二人――時入 雪人(jb5998)と 安瀬地 治翠(jb5992)が見上げる門は、懐かしき時入本家屋敷のもの。
 良くある話と言えば良くある話。
 本家で高まりつつある内部分裂の危険性。名目上当主たる雪人は本家を空け、撃退士として久遠ヶ原に在籍していたが、今日と言う日、再びその門扉をくぐることとなる。――学園を離れ、本家に戻る。そうして不穏な動きを抑えることが目的である。
 学園に名残が一切無いと言えば嘘になるが、致し方無い。

 ――彼に課せられた使命は、時入家を護ること。

 時入の家紋が入った和装で部屋の中央に座する雪人を囲むよう、沢山の大人たちが息を潜めてその光景を見詰めていた。その人の群れの末席には、深緑を基調とした和装を纏った治翠の姿もある。列の最後尾、見詰める眼差しは真っ直ぐだ。
「これより、継承の儀を行わせていただきます。――時入家嫡子雪人様、どうぞ前へ」
 同じく和装に身を包んだ老爺は言った。
 当主継承の儀、それは、過去に行われて然るべきものだった。ただ少し遅れていたそれが、今この瞬間になった、それだけ。雪人を名目上のみでなく正式な当主とするべく、いつかは執り行われるものだったのだ。
 一歩前へと進み出でた雪人の前に、長方形の桐の箱が差し出される。
 治翠が遠目から見守る中、雪人はその蓋を開け、中に収められている一振りの太刀へと視線を落とした。白磁の布に包まれ、その輪郭だけで神聖さが窺える雰囲気を醸し出している。蓋が開くと同時、場の空気が一段と引き締まった。
 ――当主の証である魔具の刀、『雪麗』。
 過去に、雪人はその刃を見たことがある。
 美しく雪のように透き通った白を湛え清廉として、そして柄巻は雪人の眸と同じく明るい金。それはまるで雪路に映える太陽のよう。
 仰々しく収められたそれを取り出し巻かれた布地を落とし、雪人は柄を攫みゆっくりと太刀を抜く。金属が擦れる微かな音も耳に届く静寂の中で、淡く雪のように輝く美しい刀身が、その場にいるすべての者を魅了した。
「――確かに、『雪麗』。受け取らせていただきました」
 雪人の声が朗と響く。
 張り詰めた静けさを湛えるように煌めく一振り、当主の証であるそれ。手にした雪人はもう、名目のみの当主ではない。時入本家、分家すべてを束ねる、正式な当主となったのだ。
 その凛とした佇まいを見詰めながら、治翠は懐かしき過去の記憶を思い起こす。
 雪人の面差しに映る、懐かしい二人の姿を――。



「少し肩が凝った気がする。……ハル、疲れたよ」
「御疲れ様です、雪人さん。これで一段落、ですね」
 継承の儀が終わった後、雪人の自室に引き上げた二人は普段通りの調子で話し合っていた。
 正式に当主となった雪人に対し、治翠が臆することなど何もない。
 治翠にとって、雪人が護るべき相手であるということは、何一つ変わらないのだから。
 雪人としても、治翠に対する対応は何一つ変わることはない、その必要もない。幼馴染で大切な親友、ハル。
 凝った肩を回しながら、ぽつぽつと愚痴を洩らす雪人を眺め、治翠は改めて想いを馳せる。

 過るのは、過去と未来。
 託され与えられた役割と居場所。
 憧憬の女性――雪人の母親と、引き籠る幼い少年、雪人。
 その幽き心を護る為、子供心ながらに誓った意思。

 美しい顔立ち。その視線を下げ、治翠に目線を合わせ、彼女は言った。
『護ってあげてね』
 やわらかに織られた言葉。
 とても美しい女性だった。堕天使である彼女は、聖母のような優しさを持ち、そしてとても強いひとだった。
 その頃の治翠に居場所は無く、役割も無く、そんな彼に”すべて”を与えたのが彼女だった。今の治翠を形作る、唯一の存在。憬れ焦がれた唯一のひと。
 命を賭しても護ろう、と思った。誓いと、彼――雪人を。アウル覚醒を切欠に周りから「化け物」と呼ばれ迫害を受け、人を傷付けることを恐れ、自らが傷付くことを恐れ一人で過ごそうとしていた雪人。
 そんな彼を護るという役割を与えてくれたのは、彼女。
 前線で強かに槍を振るう近接ダアトで、彼女の立ち振る舞いを見て見惚れぬ者は居なかったという。
 そしてその伴侶たる前当主もまた、心優しき男だった。
 回避阿修羅。そして巌のような顔付きをした武人であるにも関わらず性根はひどく優しい。
 堕天使である彼女を保護し、いつしか夫婦となり、その尻に敷かれることも厭う様子は無かった。
 おしどり夫婦、二人は非常に仲睦まじく、慈しみ合っていたという。
 その間に生まれたのが、時期当主、雪人。
 二人はもう、居ない。
 嘗ての世界へはもう戻れない。理解している。
 撃退庁の要請で天魔と戦い、味方全員を救う為に囮となって殿を努め散った雪人の父母。
 その最期は凄惨なものであったと同時に、誰もに讃えられるものであったと聞かされている。



 雪人と治翠は本家と分家、その関係で顔を合わせる機会も在った。だが、挨拶以上の付き合いは無かった。
 故に、改めて雪人と治翠と出逢ったのは、それから少し先。
 雪人が自身の力の強さを知らぬまま、小学校の友人を助け、化物扱いされた後。その影響で雪人は引き籠りとなってしまったが、それでも治翠は傍に居て、助け、共に歩んで来てくれた。
 治翠にとってそれは、役割だから、というだけの理由ではない。
 心を痛める優しいこの子を、護りたい――そう本人が願ったからだ。
 護り護られるという関係は次第に変化し、『友』という形になっていく。
 今確かに二人の間に在る絆は、そう呼ぶべきものだろう。

 暫し懐かしむように視線を落としていた治翠に、雪人は小さく笑う。
「色々、懐かしいね」
 言葉にせずとも伝わるものは沢山ある。
 長く共に歩いて来た者同士だ、それも当然と言えよう。
「ええ、そうですね。何だか色々と思い出してしまいました」
 治翠も微かに笑いながら、そう返した。
「本当に、奥方様にも旦那様にもお世話になりました」
 治翠のその言葉に和装の裾を重そうに摘まんだ雪人が目を一度丸くして、それから表情を崩す。
 懐かしい父母の容貌。雪人が馳せるはどんな想いか。
 ふと脳裏に過ぎるのは、未だ幼かった頃。迫害され、傷付き、胸を痛めていた時代。
 誰も傷付けたくないと思った。
 誰からも傷付けられたくないと思った。
 本来は誰かを護る力である筈のその能力で、何故周りから中傷を受けねばならないのかと、ひどく傷付いた。
 父も母も、その力を以て天魔を討伐していた。その姿は凛々しく、気高く、誇れるものだと思っていたのに。
 子どもにありがちな、『未知』に対する嫉妬と、恐怖。それを否応無しにぶつけられた雪人。彼の受け皿は罅割れてしまった。
 結果、傷付けられる一方だった雪人は、外に出ることを止めた。
「あの頃は、外に出るのが嫌だったけど」
「ええ。あの頃に比べれば、本当に外に出るようになりましたね」
 昔――アウルの顕現より前は、外に出ることも多かったけれど、雪人が学校に通わなくなってからはさっぱり失せてしまった機会。
 青空が好きな雪人が、青空を見なくなって久しかった。
 けれど、久遠ヶ原学園に出てから様々な変化が彼に訪れた。
 たとえば、久方振りに花見に出た。
 依頼斡旋所の騒がしい凸凹コンビの花見に顔を出して、大勢で花を見た。満開の花。舞い散る華時雨。
「外に出ることにも、少しずつ慣れて来たよ」
 どこか遠い眼差しで言う雪人を見て、治翠は短く安堵の息を吐いた。
 勿論治翠には、先代当主の妻が持っているのではと言われていた、予知能力などはない。
 けれど、理解しているところもあった。
 寿命においても、役割においても、先に逝くのは自分であろうと、理解していた。
 せめてその瞬間まで、雪人を護り続ける。それが、治翠の誓い。
 盾役として彼の前に立つ以上、身の危険はいつだって付き物だ。
 もしかしたら、戦中に突然死ぬかも知れない。そんな、常に危険と隣り合わせで生きている治翠は、胸中で既に覚悟を決めていた。
 覚悟と同時に誓うは、――最後の最期まで彼を護り通すこと。
「ハル、どうしたの?」
 改めて真摯な覚悟を胸に刻んだ治翠。
 彼に対し、問い掛ける雪人の声は未だどこかあどけない。
 時入家当主である彼が唯一見せる、幼い瞬間。
 それもまた、長く共に在り続けた治翠の前だからこそ。
「いえ、もっともっと外に出て貰わなければなあ、と思っていた所です」
「……偶には良いけど、無理矢理外に出すのはやめてね? って前も言ったと思うけど」
 笑いながら誤魔化して返す治翠に、渋々といった様子で言う雪人。
 それはいつもの流れ。いつもの会話、いつもの調子。
 雪人は「当主なのになあ」なんて呟いて、治翠は「そうですね」と飄々と返す。

 ――この温かな時を続けられるよう、護れるよう、これからも共に歩んで行こうと誓い合った二人であった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb5998 / 時入 雪人 / 男 / 15 】
【jb5992 /  安瀬地 治翠 / 男 / 23 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております、相沢です!
 この度はご発注どうも有り難う御座いました。諸々とお時間をいただきまして申し訳ありません……!

 かなり自由に書かせていただきました。少しでもお気に召していただけましたら幸いです。
 お二方の過去にこういった形で触れさせることが出来、大変嬉しかったです。過去と未来、双方を確りと見詰めて、真っ直ぐ前に進んで行っていただければなあと思います。
 今後ともどうぞ宜しくお願い致します! 本当に有難う御座いました!

※こちら、修正依頼にて登場人物訂正させていただいております。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
相沢 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年05月26日

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