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『吹き抜ける風の始まり。 』
ユリア・ソル(ia9996)

 それはユリア・ヴァル(ia9996)がまだ、ジルベリアのとある地方の領主である実家に暮らしていた頃の事である。
 その当時、ユリアはまだ12〜3才だったけれども、志体持ちゆえに他の子供よりははるかに抜きん出た身体能力を持っていた。そうして幼い少女らしくと言うべきなのか、試合や鍛錬などではなくて、どこか存分に己の力を出し切れる所で戦って、どこまで通用するのかを試してみたいと思っていて。
 とはいえそうそう、己の身一つをかけた命がけの戦いなど、転がっているはずもない。だから日々、胸の中に燻る不満にも似た憧れを宥めながら過ごしていた――その噂を聞いたのは、ちょうどそんな時だったのだ。

「――え? 森の主が?」
「ええ。最近暴れてるらしいですよ」

 その噂を教えてくれたのが一体誰だったのか、ユリアはもはや覚えていない。覚えているのはそれを聞いた瞬間の、これだ! という興奮だけだ。
 実家の近隣にある森には、森の主である白銀の龍が棲んでいる。けれども最近その白銀龍が、森の外まで響き渡るような騒々しさで暴れていて、付近の住民はとても生きた心地がしないのだとか。
 今のところは領民に被害が出ているわけではないが、暴れる龍を恐れて森に入れない日々が続けば、森の恵みを糧に生きている者には支障が出る。それに、白銀龍がいつ森の外へと飛び出して来るかと思えば、どうにも不安で仕方がない。
 そんな話を聞きはしたものの、ユリアにとって一番大切だったことは、白銀龍が暴れている、というその一点だった。何の被害ももたらさない相手に向かって行くのはさすがに都合が悪かろうが、暴れている相手を成敗するという建前の素なら、存分に戦えるというものではないか。
 ケモノである龍は、それ単体でも志体持ちですら凌駕する強大な力を持っている。まして主と呼ばれる相手であれば、どれほどの強敵なのだろう。

「これは放ってはおけないわよね♪」

 だから、口でこそそう言いはしたものの、ユリアは翌日には嬉々として装備を整え、白銀龍探しに乗り出した。そうして、まずはとにかく森を探せば何とかなるだろうと、まったく恐れ気もなく足を踏み入れる。
 人の暮らす領域から程近いとはいえ、さすがに龍が住むだけあって、その森は広く、深かった。少し深みに足を伸ばせば、頭上を覆う木々の枝が申し訳程度に木漏れ日を落としているだけの薄暗い、いかにもヒトの領域とは異なる雰囲気が漂っている。
 この様子では龍どころか、他の獣だって棲んでいてもおかしくはなかった。もしそうだったらどんなにか良いだろうと、ユリアは半ば本気でそう考える――だってそうしたら、いつだって力試しし放題だ。
 そんな事を考えながら、勘に任せて適当に歩き回っているうちに、だんだん辺りの様子が変わってきた。幹の半ばでへしゃげていたり、太い枝がぼっきりと折れて無惨にぶら下がっている樹が、あちらこちらに見え始める。
 これは近そうだと、胸を高鳴らせて小走りになりながら、より被害の大きい方へと向かった。もちろん、白銀龍の前に無防備に飛び出してしまったり、あちらからの不意打ちを受けたりしないよう、細心の注意は払っていたけれども。
 果たしてその荒れた森の先に、白銀の鱗を優美に輝かせる龍は居た。この惨状を為したのがこの龍だとは、一瞬とても思えないくらい、その輝きは美しく目を奪われずには居られない。
 だが、だからこそ、この龍こそが自身の求める森の主だと、確信してユリアは槍の握りを確かめた。そうして白銀龍に、あなた、と声をかける。

「最近暴れてるっていうのはあなたね」
――‥‥‥

 ユリアの言葉に、鳴き声こそ返りはしなかったけれども、白銀龍はジロリと彼女を見下ろした。そのまなざしにも、態度にも威厳が溢れていて、いかに武勇を誇る無頼のやからでも一瞬、背筋を正さずには居られないだろう。
 そうでなきゃ面白くないと、心の底から嬉しくなった。この白銀龍はどの位強いのだろう、どの位戦う事が出来るだろう――噂を聞いてから何度も何度も思い巡らせてきたその想いが、再びユリアの胸に蘇り、ときめかせる。

「私はユリアよ。どうせ暴れるくらいだったら、私と勝負しましょ♪」

 ユリアはそう言いながら、全身の血をこれからの戦いへの興奮に沸き立たせ、いっそ踊るような心地で白銀龍へと駆けた。その様子を、初めこそ『なんだ、この小さな人間は』とばかりに面倒くさそうな様子で眺めていた白銀龍だったけれども。
 ユリアの放った槍の筋を一目見て、これは本気で戦わねばならぬ相手だ、と考え直したらしい。向かって来るユリアを手っとり早く一噛みにせんとばかりに、大きな顎を開いた白銀龍をひらりと避けて、ユリアの槍が鋭く白銀の鱗を掠める。
 だが、致命傷にはほど遠い。それを見るまでもなく理解して、次なる攻撃を繰り出そうとしたユリアの体を真横から、白銀龍の尻尾が薙ぎ払おうと迫ってきたのを、とっさに地を転がってかわした。
 ――それは心躍るひととき。白銀龍の動きをかわしてユリアが飛べば、合わせて白銀龍が鋭い爪を閃かせる。かと思えば巨体で上空から押し潰そうと迫ってくるのを、素早くかわしてユリアが槍で鋭く空気を切り裂いて。
 一見すれば、あたかも1人と1匹で舞を演じているかのようにも見えた。極めた武人の動きは優美な舞の如しと言うが、目まぐるしく入れ替わるユリア達の動きはこの瞬間、それに達していたかも知れない。

(もっと)

 知らず、笑みすら浮かべてユリアは高鳴る胸の鼓動に突き動かされて、そう願った。白銀龍の爪が頬を掠め、血の朱がぱっと散ったのを見て、笑った。
 もっと。もっと激しく。もっと思い切り‥‥ッ!
 衝動のままにユリアは駆け、自らもまた槍の一部と化したが如く、白銀龍へと突っ込んでいく。肩口を龍の爪が切り裂いたのは予想の範囲だ、一瞬全身に走った熱い痛みをそのままに、躊躇わずに槍を突き出し白銀龍の腹へ、致命傷には至らないものの、それなりの手傷を負わせて。
 そんな風に、双方共に怪我を負いながらも1人と1匹は、互いを認め合った――少なくともユリアはそう感じていた――良い戦いを行っていた。だが、このままこの戦いが永遠に続けば良いのにという錯覚すら覚え始めた頃――何の前触れもなく、黒い風が明らかな敵意を持って、ユリア達へと襲いかかる。

「な、なに‥‥ッ!?」

 黒い風――そうとしか表現出来ないほど突然に現れた、漆黒の龍。それと理解したユリアが、思わず驚きの声を上げたのも無理からぬ事だった。
 もっとも、黒龍にとっては驚くユリアなどどうでも良い存在だったらしく、こちらを一瞥すらしなかった。どころか、人が足元の蟻に気を使いながら歩かないのと同じように、ユリアという存在には一切構った様子もなく白銀龍へと襲い掛かる。

「きゃぁッ!?」

 黒龍に踏み潰されそうになるのを、あわやという所で地に転がってかわしたユリアの頭上を、漆黒の鱗が通り過ぎていった。それと理解した時にはすでに黒龍は、凶暴な牙を白銀龍の身体に突き立てている。
 それはまさしく、一瞬の出来事。だが、不意を突かれて一撃を許した白銀龍には、けれども意外という素振りはまったくなく、むしろ黒龍を待っていたのではないかと思うほど、すぐさま戦闘態勢を整えて。
 黒龍の牙を大きく身体を震わせただけで退けて、白銀の鱗を血に汚しながら龍はブレスを黒龍へとお見舞いする。それを予想していたように難なくかわした黒龍が、更に噛み付こうとするのを今度は白銀龍も難なく飛んで避ける。

(もしかしてこの2匹、戦うのが初めてじゃないのかしら‥‥?)

 目の前で繰り広げられる激しい戦いを、呆然と見つめていたユリアはふいにそう思いつき、目を瞬かせた。白銀龍の攻撃はユリアと戦っていた時のそれより遥かに洗練されているし、それに対応し、むしろ利用してカウンターを仕掛ける素振りすらある黒龍だって、これが定石だからというような様子ではない。
 なるほど、だから最近になって白銀の龍が暴れてるという噂が流れ出したのかと、思わず納得の声を上げた。恐らくは、森の主たる白銀の龍に挑んで力を示し、この黒龍が新たな主に成り上がろうというのだろう。
 だとすればこの森の荒れた様子も頷けると、1人頷くユリア目掛けて、狙いが外れた黒龍のブレスが真っ直ぐに向かって来る。

「ちょ‥‥ッ!?」

 慌てて避けたらその先には、白銀龍の薙ぎ払いでへし折られた木の幹が飛んできた。冗談じゃないわよ、と2匹から距離を取るべく地を蹴って、着地しようとした先はすでに龍たちに踏み荒らされてでこぼこなんてものじゃなく、バランスを取るのに少しだけ苦労する。
 そんなユリアを完全に無視して、龍達は絡み合うように激しく争いながら宙へと舞い上がっていった。目まぐるしく白と黒が入れ替わり、絡み合い、互いに決定打を加えようとしのぎを削る。
 かと思えば地上へと急降下してきて、激しく巨体をぶつけ合って。

「きゃああッ!!」

 十分に警戒していたのだけれども、やはり先ほどまでの戦いでの傷が響いているのだろう、龍達の衝撃をかわし切れずユリアは、吹っ飛ばされて木の幹に叩きつけられた。カハッ、と肺の息を残らず吐き出して、次の瞬間大きくむせ込むが、やはり龍達は見向きもしない。
 激しい2匹の龍の戦いは、けれども次第に、黒龍が優勢になっていった。やはり最初に奇襲を行なったのが優位に働いているのだろう、白銀龍も善戦しているとはいえじりじりと圧され始めて。

「あ‥‥ッ!」

 ついに黒龍の大きな牙が、白銀龍の喉笛に喰らいついた。僅かに首を逸らして致命傷は免れたようだが、重傷であることは見た目にも明らかだ。
 このまま、白銀龍が倒されてしまうのか。そうして黒龍が新たな森の主となるのか――

(――冗談じゃないわよ)

 不意にどうしようもない憤りを覚えて、ユリアはきッ、と黒龍を睨みつけた。戦術としては黒龍の不意打ちは少しも間違っては居ないが、それでも好敵手と認めた白銀龍がこうして、一方的にやられて行くのが我慢がならないし。
 何より、勝負の行方を横取りされたみたいで面白く、なかった。そもそも、今までも2匹はこうして戦っていたのかもしれないが、今、先に戦っていたのはユリアだというのにまったく除け者というのが気に入らない。
 ぐぐッ、と槍を握る手に力が篭もる。白銀龍との戦いや、2匹の戦いの余波に巻き込まれて実は結構な怪我を負ってはいたのだが、そんな事は関係ない。

「――ちょっとは遠慮しなさいよ‥‥ッ!!」

 腹の底からの怒りを叫びながら、自分達の勝負に横槍を入れてきた黒龍へ、ユリアはありったけの力を込めて槍を投擲した。それはユリアの怒りそのままに、真っ直ぐに宙を切り、黒龍へと向かって行く。
 白銀龍との勝負に集中していた――否、そもそもユリアの存在など歯牙にもかけていなかった黒龍の眼差しが、初めて彼女へと向けられた。だがその時にはすでに、槍は黒龍の眼前へと迫っていて。
 避ける暇すら許さず、鋭い刃が黒龍の見開いた右目へと吸い込まれる。

――ギィアアアァァァ‥‥ッ!!

 その衝撃に、黒龍が大気を震わせるような叫び声を上げた。それはびりびりとユリアの肌を震わせて、森の木々をざわめかせる。
 白銀龍の首から黒龍の牙が外れ、どぅ‥‥ッ、と大きな音を立てて地に倒れた。幸いにも致命傷だったらしく、しばし前肢をピクピク震わせていたけれども、起き上がってくることはない。
 ふん、と鼻を鳴らしてユリアはその光景を満足げに見た。人の勝負の邪魔をするからだ。
 もっとも、それでそれですべてが終わったわけではなかった。何となればこの場にはまだ、白銀の龍が残っているのだから――ふ、と眼差しを黒龍から逸らしたユリアは、その事実にごくり、息を飲んだ。

「‥‥‥ッ」

 先ほどまで黒龍に噛み付かれ、動きを封じられていた白銀龍は、いまや何の柵もなくユリアの前にいる。そうして、よく見れば首のみならず全身の傷から血を流しながらも――その中にはあの、ユリアが槍でつけた傷もあった――頭だけをこちらに巡らせ、人間で言えばすぅ、と息を吸い込むような動作をした。
 ブレスを吐くのだと、解った。とっさに腰に残っていた短刀を引き抜き、白銀龍に向けて構える。
 この程度の短刀では、白銀龍に満足な手傷を負わせる事も難しいだろう事は、ユリアにだって解っていた。おまけに自分は重傷を負っていて、得意の槍はまだ黒龍に刺さったままだ。
 だが、絶対に諦めてやるものか、と思う。たとえ短刀だとしても、上手く狙えば戦えるはず‥‥ッ!
 半ばは死を覚悟して、だからこそいつも以上に集中して、白銀龍の動きに注目する。武器にもリーチがないし、懐に飛び込んで行くだけの力も残されては居ないから狙うならカウンターだろう――どう動き、どこを狙えばもっとも効果的だろうか。
 真剣に――必死に。永遠にも思える一瞬の中で忙しく思考を巡らせるユリアに向かって、白銀の龍の口が大きく開き。
 ――ぺろり、生暖かでしっとりとした感触が、頬に落ちた。

「‥‥‥‥‥え?」

 それが一体なんなのか、理解できなかったユリアに罪はないだろう。何しろたった今の今まで、彼女は文字通り命がけの戦いを行なっていたのだから――そう思っていたのだから。
 白銀龍が彼女の頬を舐めたのだと、理解するまでにはだから、ずいぶん時間がかかったような気がした。我ながら間抜けな表情でぽかんと口を開け、思わず見上げた頭上の白銀龍は、確かな親愛の光を宿した瞳でユリアを真っ直ぐに見下ろしている。
 ――この龍に認められたのだと、じわじわ悟った。白銀龍をあわやのところまで追い詰めた黒龍を、ユリアの槍の一撃が仕留めたことできっと、彼女の実力が白銀龍に匹敵すると認められたのだろう。
 そう、理解したら全身の力が抜けた。そんなユリアを白銀龍が鼻先で小突き、ぺろぺろと頬を何度も舐める。
 まるでご主人様に対する飼い犬のようだと、思ってからまさにその通りのようだと気付いて、笑った。それはやがて、奇妙な満足感とくすぐったさと、何より勝る喜びに取って代わられる。
 だから本気で腹を抱えて、笑い声を上げるユリアをすっかり信頼したように、白銀龍が小さく鳴いた。それにくすりとまた笑い、ねぇ、とまっすぐ手を差し伸べる。

「私と一緒に行きましょ♪ 屋敷まではちょっと遠いけど‥‥え、背中に乗せてくれるの?」

 そうして白銀龍を誘いながら、ふと考え込んだユリアの前に、白銀の背中がどうぞとばかりに差し出された。目を丸くして確認すると、大きな頭が首肯するように上下に動く。
 ふふ、とまた笑った。確かに白銀龍と心が交わせたのだという、充足感がまた胸に込み上げてきて、早速その背中によじ登り、落ちない様にしっかりと捕まる。
 それを確かめてから、白銀龍は大きく翼を羽ばたかせ、大空へと舞い上がった。見る見るうちに地上が、そして森の緑が遠くなり、空の青が近くなるのに目を輝かせ、地上よりも冷たい風が身を切るのに笑う。
 そうして、恐らくは戦いの後の高揚感もあったのだろう、自分も、それから白銀龍も重傷であることをすっかり忘れて屋敷の庭へと舞い戻った、ユリア達を見て当たり前の事だけれども、家族や使用人たちが目を白黒させて屋敷中が、上を下への大騒ぎになった。何しろ、後から聞いたところに寄ればどちらも失血死寸前で、庭に着くや否や白銀龍はぐったりとうずくまって動かなくなるし、その背中のユリアはやはり死人のような顔でぐったりとしていたのだから。
 さすがにさんざん怒られて、1人と1匹はそのまま一ヶ月間療養となり、自由に出歩く事も禁じられた。とはいえ、押し込められた寝台から見える窓越しに、互いの存在を確認して心を確かめ合っていたから、あんまり不満は感じなかったのだけれども。
 1日でも早く怪我を治してまた、白銀龍の背に乗ってあの美しい光景を眺めたいと思いながら、ユリアは大人しく療養に勤しみ、リハビリに励んだのだった。



 ――あの日、心を通わせた白銀の龍は、その美しい飛翔の姿から、風の精霊『エアリアル』の名前を贈られた。
 そして今も白銀の龍は、ユリアのすぐ傍にいる。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名   / 性別 / 年齢 / 職業  】
  ia9996 / ユリア・ヴァル / 女  / 21  / 泰拳士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

お嬢様の愛龍との懐かしい思い出を振り返る物語、如何でしたでしょうか?
なんだろう、嬉々として槍を持って勝負しに行くお嬢様が脳裏に鮮やかに浮かんでしまいまして、こんな感じになりました。
若いって素敵ですね‥‥(微笑み
何か、少しでもイメージの違う所がございましたら、いつでもどこでもお気軽にリテイク下さいませ(土下座

お嬢様のイメージ通りの、懐かしく躍動感に満ちたノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■イベントシチュエーションノベル■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年05月26日

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