▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『ある春の日に…… 』
ニノン(ia9578)&ウルシュテッド(ib5445)


 芽吹いた新緑が葉を広げ、吹く風にも温もりを感じ始めた頃。ニノン・サジュマン(ia9578)は自宅の屋根を見上げて深々と溜息を吐いた。
 煉瓦造りのジルベリア建築の二階建て。天儀の建物にくらべ短い軒は存分に日差しを部屋へと招き入れることができる。その軒の一部が崩れていた。
 今冬、神楽の都を襲った大雪。ここ数年経験したことが無い大雪は街のいたるところに爪痕を残していった。この軒もその一つ。のしかかる雪の重みに耐えかね崩れてしまったのだ。
 雨漏りなど室内に直接の被害がなかったために春になるまでと放置し此処まで来てしまった。だがそろそろ修理しなくてはならない。何故なら間もなく燕が子育てのため飛来する季節だからだ。ニノンの家にも毎年、燕が巣を作りにやって来る。晩春から初夏にかけて燕はニノンの大切な同居人であった。
「さて、早々に修理を頼まねばならんのじゃが」
 神楽の都広しといえどもジルベリア建築の修理をできる者はそう多くはない。はて困った、と眉を寄せれば、一人心当たりが浮かんだ。「男手が必要な時は遠慮なく」と以前手紙をくれた相手の顔を。

「……というわけで早速修理に上がりました」
 突然の背後からの声。聞き覚えのある、いや今まさに考えていた人物の声に、ニノンは内心の驚きを隠しゆっくりと振り返る。
「……テッド殿かえ? どうしたのじゃ、その格好?」
 そこには工具鞄を抱えた作業着姿のウルシュテッド(ib5445)が立っていた。尋ねるニノンにウルシュテッドは少しばかり得意そうに自分の米神あたりを突いて笑う。
「男手が必要だという、ニノンの声が聞こて、ね……」
 そこまで言ってから冗談だと肩を竦める。そして共通の友人から君が困っていると聞いたと早々に種明かしをした。
「なるほどのう……」
 確かにその友人に軒が崩れて困っていると話をしたと、ニノンは鷹揚に頷く。
「ならば遠慮なくお願いしようかのう」
「愛しい君のためならば喜んで」
 わしの注文はうるさいぞ、と冗談を口にするニノンに、ウルシュテッドはまるでダンスにでも誘うかのように優雅に頭を下げて返す。
 二階に案内しよう、と背を向けたニノンに「ところで……」とウルシュテッドが声をかけた。
「どうしてあの部屋だけ雨戸が閉まっているんだ?」
 ウルシュテッドが指差したのは二階のとある部屋。他の部屋と異なりそこだけしっかりと雨戸が降ろされている。
「あそこには戦利品が保管されておるのじゃ。日差しに当たって劣化したら困るからのう」
 含み笑いを漏らすニノンに「なるほど」とウルシュテッドが頷く。戦利品とはいわずもがな、数々の恋愛模様が描かれた同人絵巻。
 ウルシュテッドも当然どのようなものか知っている。何せ二人が出会ったのがその同人絵巻の即売会だったのだから。
「開かずの間じゃ。覗くでないぞ」
 即売会で彼女の荷物持ちをしていたのだから今更のような気もするがウルシュテッドはそこは素直に従っておいた。乙女に秘密があるのは古今東西の共通事項だ。


 ウルシュテッドに軒の修理を任せたニノンは台所でお茶の準備を始める。
 梁からは燻製や香辛料、乾燥ハーブが吊り下げられ、壁にはいくつもの使いこまれた鍋が掛けられていた。天井近くまである背の高い棚にはずらりと干しキノコや塩漬けの山菜、砂糖漬けの果実などの保存食が詰められた瓶が並ぶ。
 この時期採れる蓬の若葉を練りこんだ薄い緑の生地を釜に乗せたフライパンに流し込みパンケーキを焼く。
 そして先ほど庭で積んできたばかりのミントを軽く洗い水を切って籠へ入れた。
 開け放たれた窓からはウルシュテッドが作業をしている音が風と共に流れてくる。
「不思議な感じじゃのう……」
 かつて祖母や親戚の子等と暮らしていた頃は、家の中で常に自分以外の誰かがいるのは当然だったはずなのに。開拓者になってから数年一人暮らしに慣れたせいか、自分以外の誰かが家で作業をしている音が聞こえるのが新鮮であった。しかもそれは不快ではない。いやどちらかといえば落ち着くような心地よさがある。
 窓の外を見た。此処からではウルシュテッドの姿は見えない。だが目を閉じれば彼の作業風景が浮かぶ。
「今、少々失敗したようじゃな」
 順調だった金槌のリズムがつんのめったように突然崩れたのに笑みを零す。しばし食器を洗う手を止めて彼の作業する音に耳を傾けた。
 彼とこのような時間を過ごす事になろうとは出会いの時に想像しただろうか。
 出会いはニノンの趣味である同人絵巻の即売会だ。その時冗談で求婚され、ニノンも冗談で返した。そこで終わった話だと思っていた。
 だが二度目に出会った時にいきなり告白いや求婚されたのだ。色々なことを飛ばしすぎる彼をなんと変わった男だ、と思った。だが前置きもなにもなしにいきなり核心をついてくるその姿勢は悪く無いと次の約束を交わした。
 そうして何度か会い、繰り返し彼の気持ちを伝えられ、それが一時の気の迷いではないことを知る。
 そのように一緒に過ごしていくうちに彼という人物を次第に知っていった。どのような人物かニノンは見てきたのである。
 思慮深く、開拓者としての腕前も申し分は無い、それに「あのように良い男が男と付き合ったのならば絵巻的には楽園だというのに……」と、ついニノンが思ってしまうほどの端正な容姿。少女たちが好む物語に出てくる王子様のように彼は一見完璧だ。
 だが彼は苦労知らずの王子様ではなかった。多くの困難と苦悩そして自分の力のなさに嘆きながらも逃げ出さずに、自分の為すべきことに対し最善を掴み取ろうと力を尽くす人物だった。
 そこにあるのは泥にまみれようとも決して揺らぐことの無い真摯な彼の生き様。彼は尊敬するに足る人物だ。
 パンケーキをひっくり返す。狐に色に焼けた表面はとても美味しそうだ。
「尊敬だけではないか、の……」
 彼の生き様に好意を持ち始めている自覚もある。
「今まで知るどの男とも違う……」
 引っ張り出した踏み台に乗ると棚の上段からパンケーキの上に飾る砂糖漬けの菫が入った瓶を取り出した。背伸びしても届かない棚の上。此処に彼がいたらきっとあっさりと取ってくれるのだろう、などと思った自分に力の抜けた笑みを零す。
 台所にパンケーキの焼ける甘い香りが漂ってきた。
「付け合せに蜂蜜と金柑のジャムでも用意しておこうかのう。それともメイプルシロップの方が良いのじゃろうか……」
 そういえばいつぞやに金柑ジャムを彼に渡したことを思い出しつつ瓶を手に取った。


 パンケーキの焼ける甘い香りは屋根の上のウルシュテッドにも届いていた。
「いい匂いだ……」
 工具を手にしたまま鼻を鳴らす。友人から彼女が困っていると聞き馳せ参じた。少々強引だったかもしれない。だが――。
 ニノンから直接過去を聞いたことはない。ただ言動の端々からかつて彼女は他人に頼ることができなかった環境にいたのだろうということを察する事はできた。彼女は誰にも頼らず一人で様々な事を背負って立っていたのだ。
 彼女は人にどう頼っていいのか分からないのではないかと思う。そんな彼女のために、自分の持つ技能が役に立つこと、そして彼女が自分を頼ってくれたということが嬉しくてならない。一人立つ彼女の隣に並び、支えあうことができるのならば、と思う。
 一通り修理を終え、軒の強度を確認する。見た目にも違和感がなく仕上がっているだろう。出来上がりに満足そうに頷くと「ニノン、終わったぞ」と屋根上から声を掛ける。
 返事が聞こえ暫く待つと、大きな盆を抱えたニノンが庭に出てきた。日に透ける金色がキラキラと輝く眩しさに目を細める。
「よければ茶でも一緒にどうかえ?」
 折角の誘いを断る理由なぞみつかるはずもない。ウルシュテッドは頷く。
(これは友に感謝しなくてはいけないな……)
 ニノンが困っていると教えてくれた友人の顔を思い浮かべた。


 修理したばかりの軒の下に設置したテーブルと椅子。柔らかい日差しに温められた大気に宿る花の香り。小さな庭にはモッコウバラの薄い黄色が今が盛りとばかりに咲き乱れる。
「テッド殿、今日は本当に助かったのじゃ。これはわしからの感謝の気持ちじゃ」
 塩漬けの菫をあしらったパンケーキの皿を置き、淹れたてのミントティーをカップに注いだ。
「燕が来るまでの季節、ここで茶を飲むのが楽しみでのう」
 そう言うとニノンは空を見上げる。冬の突き抜けるほど鮮明な青空とはちがいどこか丸みを帯びた青空に流れる白い雲、軒下には去年の燕の巣の名残。
「来るかな?」
 同じように空を見上げるウルシュテッドに「心配せずとも来るじゃろう」とニノンは妙に自信のある声。
「何せテッド殿が修理してくれたのだからのう」
 正面に向き直ったニノンの視界に映ったのはちょうど嬉しそうに目を細めたウルシュテッド。どうしたのじゃ?と首が傾げる。
「嬉しいな、君のほうから近づいてくれた」
 今一つ要領を得ていないニノンに「テッド殿」と繰り返してみせる。テッド、それはウルシュテッドの愛称。ニノンは今日、出会った時からその愛称でウルシュテッドを呼んでくれていた。愛称で呼ばれるのは普通に名を呼ばれるのとは違った親近感があり、気安い気持ちになる。
「そなたは尊敬できる友人だしのう」
 しれっと答えるニノンにそれでも嬉しいよ、とウルシュテッドが笑って蓬のパンケーキを口に運ぶ。
「美味い……」
 口の中に広がる蓬の柔らかい香りと僅かな苦味、思わず言葉に出た。そしてもう一口。それから眉間に皺を寄せて額を手で支える。
「去年までの俺は君の手作りの味を知らない分だけ損をしてる」
 溜息を吐いて肩を落とす。どうして去年の自分はこの味を知らなかったのだろう、と。それは俺の人生の大いなる損失だ、と。
「何を大仰な……」
 呆れた表情を浮かべるニノンに、冗談なものかと訴えるウルシュテッドの顔は真剣だ。
 添えられた金柑ジャムをパンケーキに乗せる。金柑の爽やかな酸味と甘さが疲れたウルシュテッドの身体にじんわりと広がった。
(ああ、あの時と同じ……)
 あの白い日に彼女から贈られた金柑ジャムと手製のベーコンも絶品だった。今でもその味を鮮明に思い出すことができるほどだ。家庭的な彼女の料理は自分の料理とは趣が異なり可愛らしく、とても舌に馴染む。
「本当に美味い」
「そなたのような料理上手に褒められるのも悪くはないのう」
 腹の底から出たしみじみとした言葉にニノンも満更ではないといった様子でパンケーキをナイフで切り分けては口に運ぶ。

「優しい味だ」
「蓬の若芽だけを使用したからの」
「お茶も美味い。ミントは庭で?」
「そうじゃ」

 交わす言葉は一言二言と短く、次第に沈黙が長くなる。
 ニノンはナイフを置くと目瞼を閉じた。
 耳を澄ませば風が葉を揺らす音、表の通りをいく子供達の声、小鳥の囀りが遠くから聞こえてくる。
 風が頬を撫でていく。ゆっくりと深呼吸。春の空気が体に満ちる。今年のモッコウバラは少し香りが強いかもしれない。
 嫌な沈黙ではない、とニノンは思う。寧ろ彼とこうしている時間はとても心地よいものであった。
 瞼を開ける。目の前にはウルシュテッド。頬杖をつき庭を眺めている。作業着姿のせいか、それとも別の理由でもあるのか何時もより寛いでいるように見えた。

 うららかな昼下がり、小さな庭の風景。

 此処にはいない燕の鳴き声。

 不意に湧き上がる既視感、なぜかこの光景がとても懐かしく、そしてとても当たり前に思えた。
 それはあたかも二人の未来、来るべき日常のように。
 ふふ、と思わず笑みが零れる。ウルシュテッドが視線をニノンに向けた。

「わしはそなたが好きかもしれぬ」

 何の前触れもなく零れた言葉。ウルシュテッドが一度大きく瞬く。
 何事もなかったかのようにニノンはカップを取り上げる。
 今に不満は無い、結婚は考えていなかったというよりも頭になかった。だが……。

『わしのこの気持ちを、恋に変えてもらえぬかの』
 彼に何度目かの求婚をされた時に答えた言葉が脳裏に蘇った。果たして今自分の中に生まれた感情が恋なのか、それはまだはっきりとは分からない。だがこのように胸躍る気持ちというのは新鮮だ。
(これが恋なのか考えるのもなかなかに楽しい)
 持ち上げたカップに隠れた唇に自然笑みが浮かんだ。

「今年は何時、燕が来るかのう?」
 ニノンが再び空を見上げる。
「ニノンは俺の心を掴むのが上手い」
 君には敵わないとばかりに背凭れに背を預ける。若葉の合間から零れる春の日差しを浴び燕を待つ彼女はとても絵になった。勿論彼女は常に可愛らしく美しいが。
 軒下に燕が巣を作る―それは日常の些細な出来事。でもそのような小さな喜びを分かち合う事ができるのはどんなに素晴らしい事であろうか。

「テッド殿、お茶のお代わりはいるかえ?」
「頂こうかな」
「では湯を沸かしてくるかのう」
 ティーポットを手に立ち上がったニノンの前を低空飛行の燕が横切り空へと昇っていく。
「燕じゃ」
「燕だ」
 二人の声が重なった。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名       / 性別 / 年齢   / 職業】
【ia9578  / ニノン・サジュマン / 女  / 20代後半 / 巫女】
【ib5445  / ウルシュテッド   / 男  / 31歳   / シノビ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
この度は発注頂きありがとうございました。桐崎ふみおです。

ある晴れた日の昼下がり、ゆったりと流れる時間……そんなイメージで執筆させて頂きました。
いかがだったでしょうか?
少し甘めになってしまっているかもしれません。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。

■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年05月29日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.