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『花咲く頃、君と 』
強羅 龍仁ja8161


 通学路に在る、古めかしい日本家屋の庭から辛夷の花が覗く。
 花の名前なんて知らずとも咲き、散ってゆく。翌年には咲き誇る。
 当たり前のように、繰り返し繰り返し。


 けれど知ってしまえば、それは特別な何かへと変わる。




 春が目出度い季節だと、人は何故そう浮かれるのだろう。
 高校3年生、進路決断の年。
 強羅 龍仁は険しい表情で駅から高校へと続く、通い慣れた道を歩いていた。
 髪を染めてるわけでなし、顔に傷痕あるでなし。
 しかし190cmという長身と、それに見合った体躯、余計なことは話さない性分やどことなく不機嫌そうな表情が、なかなか人を寄せ付けない。
 人嫌いではないが、無理をして会話を繋ごうとしなくたって生きていける。
 そんな考えも一因なのだろう。

 ふわり、鼻先を掠める香りに気づき、ふと足を止める。
(花の季節? ……いや)
 それが少女の纏うものだと気付き、少女が同じ学校の制服に身を包んでおり、あからさまに他校の生徒に絡まれていることまでを把握した。

「嫌がってるだろう」

 外見から誤解されがちだが、龍仁はケンカを好むわけじゃない。
 絡まれやすいから追い払う程度に慣れているが、追い払う場面ばかり印象的らしい。
「勝てる見込みもないのに挑むのか? ……青いな」
(勝率のないナンパに、朝から挑戦するだなんて。進路に悩まない下級生は呑気で羨ましい)
 龍仁が鼻で笑うと、全く違う方向に受け取られたらしい。
(笑ったのがまずかったか?)
 そこじゃない。
 向かい来る拳を片手で受け止め、反射的に捻りあげる。軽く関節技を極めると、半泣きで逃げていった。
「気合が足りないな……。ん、大丈夫か」
 へたり込んでいた少女へ、龍仁は膝を着いて手を差し伸べた。
「あ、ありがとう……」
(……小さい。一年生か?)
 龍仁の視界の高さから見れば、誰もが小さい枠に収まることに、いまいち彼は疎かった。

「……たつひと、さん」

 花の香りを纏う少女は彼の名を呼んだ。
 一年生どころか、クラスメイトだという事実を、その時に知った。




 ――あのね、龍仁さん。聞いて聞いて!
 くるくると変わる表情、裏表のない性格。明るい笑顔の少女は、その日から何くれとなく龍仁と行動を共にした。
 最初こそ面食らったが、通学路の花々が変わっていくように自然と受け入れるようになっていた。
 花の名を、教えてくれたのも彼女だ。

 梅雨が来て、紫陽花が美しく雫に濡れて。
 晴天と共に向日葵が顔を上げる。

 当たり前のように今まで過ごしてきた時間の、一つ一つが、鮮やかな『特別』へと変わってゆく。
(どうしてだろうな)
 今日も今日とて、龍仁が言葉を一つ選ぶ間に少女は五つ六つの話題を挙げる。
 龍仁の返答一つに、嬉しそうにはにかんで。
(どうして、安心するんだろうな)
 伸ばせば、この腕一つに収まってしまいそうな華奢な体。
 その存在が、いつの間にか龍仁の中で随分と大きくなっていて―― その感情の、名前は未だ知らない。




 夏休みが近づいてきた。
 放課後。夏期講習の案内で胸元を仰ぎ、風の入らぬ窓辺に腰掛けていた龍仁へ、小動物のような少女が駆けつける。
「……どうかしたか?」
 喜怒哀楽が激しいことはわかっていたが、今日はなんだか様子が違う。

 ――私とデート、してください

 90度に体を折って、絞り出すような声で、耳まで真っ赤にして。
 彼女のことを、それなりに知ったつもりでいた。
(こんな顔もするのか……)
 デートという単語に龍仁自身も相当に動揺していたが、彼女のように表には出ない。出てこない。
「俺で、退屈しないなら……」
 それが照れ隠しの、目いっぱい精いっぱいの、返答。




 デート。デート?
「……どこだ?」
 場所は任せると言われたところで、案など浮かばない。
「花が、好きだったか」
 デートスポット情報誌なんて買うのも気恥ずかしく、書店で観光ガイドをそれとなく捲りながら、彼女に関するありったけの情報を思い浮かべた。
「体力は……そんなに、ないな。あまり歩き回るのも…… かといって、外食もなぁ」
 弁当くらいは作って行こうか。この季節、外で食べたら気持ちいいに違いない。
 休憩を挟める木陰があって……景色に飽きが来ない場所……


 そうして、日曜日。
 市営動植物園前で、待ち合わせ。
 気合の入ったワンピース姿の少女は、龍仁を見るなり顔を真っ赤にした。
「……何か、おかしいか?」
「龍仁さんの私服…… 初めて見たの」
 そうして幸せそうに、少女は笑う。花が咲くように。
「夢みたい」
「!!!?」
 うっすらと涙が浮かんでいることに気づいて、さすがの龍仁も慌てふためく。
「手、繋いでいい? デートだもんね!」
 ちいさな白い手が、くいと龍仁の手を引いた。
 ひどく頼りなげなはずなのに、伝わる熱が心臓にまで響いてくる。
 己の頬も微かに赤くなっていることに、龍仁は気づいていない。

 比較的田舎町でありながら、動植物園の抱く木々は、やはり見事だ。
 花言葉、神話、民間伝承。
(どこで覚えるんだろうな)
 少女は歌うように唇に乗せる。
「……綺麗だな。ああ、あの木は確か」
 教えてもらった名前を告げると、少女は驚いたように目を見開き、繋いだ手に力を込めた。


「いつも、もらってばかりだから……。作ってみたんだが」
「え」
「え?」
「え」
 木陰のベンチで龍仁が手製の弁当を広げると、少女は見る見る青ざめる。
「凄くおいしそうだよ! 負けちゃったよ……!」
「……? 勝ち負けはないだろ?」
「龍仁さんの、天然……!!」




 河川敷を歩き、彼女を家まで送り届ける途。
 暮れかけた空に、星が輝き始める。
「風が気持ちいいね。少し、休んでいこう?」
 振り向く少女の表情は、夕闇に紛れて良く見えない。
 細い手を離してしまったら、消えてしまいそうで。ずっと、繋いだままでいた。
「あのね」
 少女の表情を伺えないまま、龍仁は隣に座り込んで、いつものように声を聞く。
「ほんとはね、ずっと…… 一年生の頃から、龍仁さんの事を知っていたの」
「……俺を?」
「知らなかったでしょ」
 表情は見えないけれど、想像はできた。悪戯っぽく肩をすくめるシルエットが浮かび上がる。
「びっくりした?」
「びっくりした」
 オウム返しするしかない龍仁に、彼女の肩が小さく揺れる。
「龍仁さんは…… 進路、どうするの?」
「どうした、急に」
「夏が終わって、秋が来て、冬が終わって…… 春の花が咲き始める頃には、卒業なんだよ」
 こうして二人、夏を迎えることは――……
 ……そんな風に、考えたことなどなかった。
「星が綺麗だね、龍仁さん」
 表情が見えない。
 今、少女は、どんな顔をして、そんな言葉を口にしている?
 何を思って、話している?


「ねえ、龍仁さん……。来年も、その後も、こうして一緒に星空をみたいね」




 花が咲くように。
 龍仁の心に感情が芽吹く。
 ずっと前からそこに在った、その名前をようやく知る。


「……そうだな。この先も、ずっと」

 繋ぎとめる、小さな手。
 何度も何度も季節を巡り、共に過ごしたいと願う、その名前は――……




【花咲く頃、君と 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8161/ 強羅 龍仁 / 男 /高校3年生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年05月30日

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