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『愛すべき日常たち 』
強羅 龍仁ja8161


「……よし、OKだ。そのまま隣の部署へ回せ―― ああ。ついでにこの企画書も頼む」
「承知しました。え、部長、これって締切までまだ」
「これから忙しくなる時期だ、前倒しで進めて悪いことはないだろう。残業するだけ時間の無駄だしな」
「はっ、ハイ!」
「強羅部長。先日の契約の件ですが」
「それなら先方に話を付けてある。明日の14時、打ち合わせだ。行けるな?」
「も、もちろんです! ……私が何度、持ち掛けてもダメだったのに……いつの間に……」
「あの課長への手土産は、菓子より惣菜系が喜ばれる。駅前商店街の――」
「せんぱーい、ごはんにしましょーう!」
「待て、10分あれば一件片付く」
「……ほんっとに仕事の鬼」


 社長が一代で築いた中堅企業。
 強羅 龍仁、役職:部長。ほぼ全ての部署を兼任し、仕事は速くて完璧と評判の男。




 先輩、顔が怖いから。
 昼食を共にする片腕の男は、ケラケラと笑い飛ばす。
 どうも、新入社員たちには怯えられてる気がする、と相談したらこの対応だ。
「……お前も、俺に慣れるまで5年くらいかかっていたな?」
「その記憶力、シュレッダーに掛けたらいかがです?」
 龍仁は知らない。
 片腕となり8年目となる目の前の男が、非公認組織『強羅龍仁ファンクラブ』会長であることを。
 そもそも、そんな組織の存在自体を知らないわけだが。
「忘れるわけには、いかんな……。……何をしている?」
「愁いを帯びた表情も様になるなと、写真を」
「撮ってどうする……」
 スマホの画面を向けられ、龍仁はたちまち仏頂面となった。
 顔を横切る一文字の傷を隠すかのような伊達眼鏡も、こうなってしまうと役に立たない。

『お前の顔は怖いからな。少しでも和らげろ』

 それが、社長の言葉である。効果のほどは、わからない。
 少なくとも、入社5年目辺りから部下たちも慣れてくるようだが。
 四六時中社内を飛び回り、かと思えば数日間休むこともある。
 この会社へ来るまでの過去は決して語らない。
 影のある男へ噂は絶えなかったが、業務時間内に全てを終わらせるだけの能力、内側に入ってしまえば面倒見のいい性格から結局は悪い内容はすぐに鎮まるものだった。

『料理が上手なのよねぇ』

 というおばちゃんたちの噂が常にホットな話題であるが、その恩恵に預かる機会は少なく――たまに龍仁の弁当を目撃した人物がそれを繋ぐ程度。
(まあ…… この容姿だしな)
 龍仁は、くしゃりと己の髪をかき上げた。
 外見年齢にそぐわぬ白髪、赤い瞳、一般的な生活では考えにくい顔の傷。
 加えて、当人に自覚は無いがその体格の良さと要件以外は話さない無口っぷりも追討ちを掛けている。

『好きなだけ、此処で働けばいい』

 そんな龍仁へ詳しいことを聞かず、社長は受け入れてくれた。

『その代わり、ウチは厳しいぞ?』




「では、このプロジェクトはA案で進めたいと思います。質問は―― ないようですね」

 立て板に水の如くプレゼンを終了し、午後の業務も目途がついた。
 社員たちが会議室から出ていくのを見遣りながら、龍仁は右手でスマートフォンを確認する。
「撃退士の仕事か?」
「うわ! っと、驚かせないでください……」
「驚くことでもないだろう、社内でお前が久遠ヶ原の撃退士だと知っている人間は、俺たち以上の古参くらいだ」
「まあ、そうですがね……」
 50絡み、壮年の上司へと龍仁は嘆息する。だからといって、軽々に呼びかけられても心臓に悪い。
 誰が聞いているかもわからないのだ。休みがちな理由を、どう誤魔化すか日々大変な思いをしているというのに。
(あの地から、逃げるように去って……)
 ふと、龍仁の意識は過去を辿る。

 忘れるわけには、いかない過去。
 逃げて、行先は無くて、頼る親戚もいなくて、それでも仕事を見つけなければならなくて―― そこで、社長に出会った。この会社に出会った。
 龍仁を『ワケ有り』と知った上で受け入れ、コキ使い、無茶振りをし、クリアしたなら更にハードルをガン上げし、

「……俺の白髪の理由、社長の人使いの荒さでも説明つくような気がするんですよね」
「ははは、お前が冗談とは珍しい」
 ふっと遠い目をすると、力強く背を叩かれた。
 気合を注入されたように感じ、龍仁もファイルケースを片手に歩き始めた。
「ところで強羅、今日の夜は空いてるか。久しぶりに呑みに行かないか」
「すみません、息子の帰りが早い日で…… 一緒に夕食を作る約束を」
「いつか、お前を酔い潰すのが夢なんだがな。……それにしても」
 ぺちん
 手の甲が、龍仁の頬を軽く叩く。
「顔色の悪さ、自覚してるか? ちゃんと、夜は眠れてるのか」
「……そんな、子供じゃあるまいし」
 久遠ヶ原を含め、龍仁を子供扱いするのは、この社内で事情を知る一握りの人間だけだろう。
 不思議と嫌な気はしない。
 家庭でも、学園でも見せない表情を、龍仁は此処ではさらけ出していた。
「お前は優秀だから、心配になるんだよ。反抗期のない優等生は怖い、ってやつだ」
「反抗期なら、過去に盛大にやらかしましたよ」
 龍仁は乾いた笑いを返した。
 喉の奥が、引き攣る。
 軽く咳込んで誤魔化した。




 ラスト一時間、各部署へと順に顔を出していく。
「強羅部長! 報告書、上がりました。チェックお願いします」
「わかった。それと―― 例のリストは?」
「こちらに用意しています」
「朝イチで確認するから、デスクの上へ頼む。……ふむ、いい出来じゃないか? お前も成長したな」
「「強羅部長の笑顔」」
「一斉に写メを撮るのは、何かの流行りなのか……?」
「レアですので」
「……?」

「もうすぐ定時だ、仕事の残ってる奴は居るか」
「新規プログラム終わりませんー」
「定時で帰れ、早朝に来い。夜に仕事したって能率は上がらん。その分、明日の日中の仕事は引き受けてやるから」
「!? いや、いえ、部長にそんな」
「部長命令が聞けないか?」
「えーと……」
「理解できたら、明日の通常業務をまとめておけ。返事は」
「ハイ!」

「強羅くん、強羅くん!」
「うん?」
 清掃員のおばちゃんが数名、そそっと廊下で龍仁を呼び止める。
「スーパーのタイムセール。今日はココがオススメよ!!」
 そっと、握らされる紙片。口元を押さえ、龍仁は笑いをかみ殺す。
 最後の最後に、なんと有益な書類を受け取ったことか。
 息子との待ち合わせ場所からも近い。一緒にタイムセールにもまれながら、夕食の材料を買うとしようか。
「今の季節…… 何を作るかな」
「そろそろ、夏野菜も美味しくなってくるわよねぇ」
「ああ…… 家庭菜園も、だいぶ色づいてきたな ……そんな目をしなくても、おすそ分けは持ってくる」
 乙女のような声を上げ、おばちゃんたちはパワフルに去って行った。

(……夏が来る、か)

 廊下の窓から、空気一体を染め上げる夕日に龍仁は目を細める。
 9時から5時まで、ドタバタドタバタ、一か所に留まる事のない社内業務のアレやコレ。
 これもまた、龍仁にとって愛すべき日常の一つとなっていた。


「あ――…… 俺だ。今、終わった。……ああ、15分程度で着く。気を付けるんだぞ。……はは、わかってる」
 そして『父親』の顔になり、龍仁の背は街中へと紛れていった。




【愛すべき日常たち 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8161/ 強羅 龍仁 / 男 / 30歳 / 会社員】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年06月02日

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