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『語り部たちは恋い願う 』
ファウストjb8866)&蛇蝎神 黒龍jb3200


 窓の外では、静かに雨が降っている。
 日一日と緑が色濃くなる、生命の強さを感じさせる季節だ。
 特に予定があるでもない昼下がり。
 雨音をBGMに、ファウストは気に入りの本を読みふけっていた。
 雨粒の音。紙をめくる音。
 こうしていると、世界の中に自分一人だけのような気持ちになる。
 二度と聞けない少女の声を恋い願い、妙に感傷的になる。
「……? 誰だ」
 呼び鈴が鳴り、はぐれ悪魔は顔をあげる。
「黒龍か……」
「よ。借りてた本、返しに来たで」
「何も、こんな日に」
 黒髪を雫にぬらし、 蛇蝎神 黒龍なるはぐれ悪魔は片手を挙げてヘラリと笑う。
 感情の奥底は見せない、笑顔の仮面。常から尊大な態度のファウストとは対照的だ。
 彼との種族以外での共通点。それは『本』だった。

「やあ、悪いなぁ」
 悪びれもせず、黒龍は借りたタオルで髪を拭く。
 無論、傘は差してきたけれど全てを守り切れるでなく。
 基本的には図書館で交友を暖める『本好き仲間』というやつだったが、学園に所蔵されていないタイトルを貸しあうこともある。
「急ぎはしないというのに」
「読み切ってしもうてな。ファウさんの家なら、また面白い本、あるかと思うて」
「……そこか」
 素直な返答、知識欲へ、ファウストが微かに表情を崩す。
「その辺りの書棚でも眺めているといい。適当に掛けろ、茶でも淹れる」
 黒龍ならば、読書の邪魔にはならない。
 受け入れ、ファウストは再び部屋の奥へと戻る。
「おおきにー。……さすがファウさん、このラインナップは見事や。うわ、これ初版本やん!」




 雨粒の音。紙をめくる音。
 紅茶の香り。
 自分の他に、気配がもうひとつ。
 空気はとても静かで、穏やかで、互いを侵さない心地よさが横たわっている。
 個人のスペースを尊重し合う間柄だから、余計な気遣いは不要で、活字を追うことに集中できる。
 知識。あるいは過去の感情。主観。客観。ないまぜになっている『文字』から、自分の信じるものをすくいとる。
 読み返し読み返し、間へ己の経験を挟むことで違う色合いをにじませる。
 人間の手で綴られる、業の深さ。想いの強さ。そういったものに、身をゆだねる。

「……ファウさん」
「なんだ」

 読書片手間の、他愛もない会話。
 いつものことだ。

「人間同士でも侵略略奪の歴史があるのに、なんで天魔だけ、こうも阻害されるんやろな」

 ぽつり。雨だれのような、黒龍の言葉。
 ファウストの心に、小さな染みを作る。
 互いに、世界へ生を受けてから短くない歳月を生きている。
 色々なことがあった。

「……知らないから、だろう」
 知らない、ということは恐怖だ。
 いうなれば天魔は、人にとって未知の塊。未知は恐怖を呼ぶ。
「強大な力を持って人に仇なすなら尚更、な」
「……ろくでもない世界やで」

 侵略略奪でいうなれば、天使も悪魔も『人間世界を侵略し、その命を略奪する』と――分類するには乱暴だ。
 その長い寿命を捨て、人と共に歩むことを選ぶ天魔もいる。
 それすらも、恐怖という言葉で人間は退けようとする。
 沈黙。
 紅茶の香りを鼻先に、視線は書面へ落したまま。
 二人の悪魔の意識は過去を辿る。



●狩るもの、狩られるもの
 知らない、ということを、恐怖ととるか興味ととるか?


 初めて訪れた地球という世界は、ファウストの目にとても美しいものとして映った。
 空も。風も。大地も。夜に輝く星も。共存する人々の営みも。
 結果としてファウストは悪友との『賭け』に負け、力を奪われ、この世界で生きることを選んだ。

 知らない、ということを、多くの人間は『恐怖』と受け取る。
 知るための努力をする人間が居る。
 知らないことを隠し、暴力で誤魔化す人間が居る。
 いつの世も同じようなものだったが、この世界で『中世』と分類される時代は―― 特に、残虐だったように思う。

 病。
 飢饉。
 
 知識さえあれば――知識を得るために意識を向ければ、乗り越えられただろう物事を、他者へなすりつけ『狩る』という行為で溜飲を下げる。
 やがてそれは苛烈さを増し、戦火となり火柱を上げる。
 なんという、浅はかで、醜い。悲しい。
 奪われる裏側で、それでもあきらめることなく知識を追い求める人間が居て。
 限られた寿命の中、意思を次代へ託し託し、事実を突き止め解法を得て。
 その、繰り返し繰り返し。

 短い生命を、人間は鮮やかに燃やす。
 醜くも、美しく。

 ――ファウ

 かつて欧州で出会った少女を思い出す。耳元に、その声が蘇る。
 その存在は声は、ファウストの中で永遠の命を持っている。



●切るもの、繋ぐもの
 この世界へ、来てすぐに飽きた。


 去ろうとして、それでも黒龍がそれを選ばなかったのは、恋に落ちた相手が人間の娘だったからだ。

 ――悪魔ッ

 つまらない。
 なんの捻りもない悲鳴だった。
 それまでの感情が、世界の色が、瞬く間に褪せてゆく。失われてゆく。
 悪魔。だからどうした。それの何が悪い?
 そんなもので、そんな壁で、存在を、これまでの積み重ねを、拒絶するのか。
 神話に描かれる悪魔と、自分たちとは違う。
 それを叫んだとして、通じやしないのか。
 反動で湧き上がる衝動が、周囲の一切を壊した。
 暴風のような感情に任せるがまま、何もかもを薙ぎ払った。
 ……そして。

 それでも結局のところ、黒龍は世界から去ることをしなかった。
 破壊されつくした中から、立ち上がる生命を見たからか。
 それを、次代へ継ぐべく書き記すものを見たからか。

 興味がわいた。

 気づけば『長らく』滞在しており、人間が人間なりに短い寿命・体験を『書物』あるいは『語り』によって引き継いでいるのだと知る。
 荒んだ日々を送る中、一つ、また一つ、この世界での『紡がれてゆくもの』へ手を伸ばす。

 黒龍を拒絶する人間もいれば、受け入れる人間もいた。何も知らないまま、とつとつと語る老人もいた。
 場所や時代が変われば、視点も変わる。


 そうしてやがて、黒龍は『この世界』で、大切な存在と巡りあう。




 静かに降り続ける雨の中、色鮮やかな紫陽花が濡れている。
 観る者の心を癒すが、花自身はそんなことのために咲いているわけじゃない。
 己の生を繋ぐためにしか過ぎない。

 繰り返し、繰り返し。

「「それでも、いいことはあった」」

 辿る過去は違い、着いた現在も違う。
 互いの過去を語るでなく、それでもファウストと黒龍の声はピタリと重なった。

「どうかしたのか、黒龍」
 ファウストが鼻で笑い、
「ファウさん、顔が緩んどるで」
 黒龍が口の端を上げる。

 大切な人との出会いを永遠に胸に刻むファウストは、未来を切り拓いてゆく撃退士の背に光を見て。
 この地にて、想い人・友人と巡り会った黒龍は、現在にこそ幸福を抱く。
 記憶と、これからと。
 長い長い歳月の、ほんのひとこまを永遠のように愛し、はぐれ悪魔たちは今を生きる。
 書物に目を落とし、過去を探る。

「紅茶が冷めたな。次を淹れるか」
「ボク、カフェオレがええなー」
「贅沢を言うな」
「そや。本の礼にヴルスト持って来てんで」
「茶菓子にするならキルシュトルテだろう……!!」
「生半可なもの持ち込むと、ファウさん煩いやん……!!」
「当たり前だ」
 ファウストが切り捨てるように言い放ち、どちらともなく肩を揺らす。
 ファウストにとってのキルシュトルテ。
 黒龍にとってのカフェオレ。
 それは、『ただの好物』とは別の意味を持っている。
「紅茶で、良いな?」
「よろしゅうに」
 黒龍は紙をめくる手を、ファウストへ向けてひらりと挙げる。


 ろくでもない世界で、巡り会った宝石のような存在。
 気を許せる同朋。
 今日のような一日も、いつか振り返れば『いいこと』となるのだろう。
 天使も悪魔も人間も、互いに互いを知れば快く過ごすことのできる日がいつか来る。
 久遠ヶ原という場所は、羽休めの場として居心地がいい。
 種族を越えて、善も悪もどちらつかずも、目にすることができる。主観客観、線を引いて。
 全てに答えが出るのは、今すぐじゃなくて構わない……
 それぞれの答えに、正解不正解があるでもない。
 雨がもたらすのは、時に災害であり、時に恩寵であるように。



 窓の外では今も雨が降り、ケトルが湯気を上げる音だけが室内へ元気よく響き始めていた。




【語り部たちは恋い願う 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb3200/ 蛇蝎神 黒龍 / 男 /24歳/ ナイトウォーカー】
【jb8866/ ファウスト / 男 /28歳/ ダアト】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年06月02日

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