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『トレーディング・ポジション 』
石田 神楽ja4485)&宇田川 千鶴ja1613


 人工島のある場所に佇むオフィスビル。
 そこは、ある事情により建設途中で放棄されてしまった建造物だった。
 大きくはないものの、綺麗な内外装、そして電源設備。四階と作りかけの五階。それは人が居住するには十分な状態。
 のどかな朝だった。ブラインドの隙間からは明かりが差し込み、室内を照らす。
 温かな陽気に、そろそろ夏が訪れるのだということを実感させられる。
「そう言えば」
「はい?」
「専攻変更が出来るようになったんやったね」
 そのビルの中、朝食を摂る姿が二つ。
 石田 神楽(ja4485)と、宇田川 千鶴(ja1613)。
 二人はやわらかな朝陽を浴びながら、朝食に手をつけていた。
 神楽はひとつ頷くと、千鶴に視線を向ける。
「ええ、そうでしたね。少し興味が有ります」
「……神楽さん、何したいん?」
「皆さんに似合う……と言われましたし、ナイトウォーカー辺りでしょうか。千鶴さんは?」
 どちらかと言えば、前衛職。後衛とも呼べなくは無いが、恐らく神楽が希望しているのは前衛側であろうと千鶴は予測する。何故なら神楽は過去に大鎌と銃を携え戦場で暴れた経験が在るからだ。
「私は何やろなぁ。……強いて上げるなら、インフィルやろか」
 千鶴自身は前衛支援が性に合うと自覚している。だからこそ後衛支援に強い興味が在る訳ではないが、相手の――パートナーの立ち位置を知る経験は必要であると思ったのだ。
 互いの苦労を知るということ。
 ――チャンスが在るなら、乗らない手は無いだろう。
 朝食を片付けた二人は、早速学園の訓練施設へと向かった。



 大仰な椅子に腰掛け、ヘッドセットを装着し、仮想プログラムにログイン。
 バーチャルシステム内に自身の戦闘数値、データをインプットし、そのレベルに合わせた敵が自動的にプログラム内に生成されるシステム。
 それが訓練施設に設置されている鍛錬用ゲームだ。
 装置に触れる前に、神楽はナイトウォーカーに、千鶴はインフィルトレイターへと専攻を変更している。
「前衛職なんて初めてですよ」
「私だって後衛職なんて初めてや」
 にこやかな表情を絶やさず言う神楽を尻目に千鶴は目を瞑る。

 スリー、ツー、ワン、――ブラックアウト。フェードイン。

 視界が開けると同時に広がる空間は、灰色のビル壁に囲まれた場所。
 屋内戦の模擬。そして、その角からわらわらと現れるのは、三頭の白虎。
 サーバントを模したものなのか、ディアボロを模したものなのかは判らないが、簡単に制せる手合いでは無さそうだった。
 張り詰めた空気が場に満ちる。バーチャルシステムであるということを忘れてしまいそうな程の臨場感。
 唸りながらじりじりと間合いを詰めて来る白虎を前に、黒く光纏した神楽が地を蹴った。
 前衛職を経験すると言っても、まるで初めてという訳ではない。その為大鎌を使った純近接戦よりも先に、狙撃銃『黒鋼』を使っての零距離射撃戦闘を試みた。
 全長1810mm。漆黒の大型対物ライフルだが、神楽はその重心バランスを熟知している。振り回して扱うことも可能だろう。
「千鶴さん、行きましょう」
「何か調子狂うわぁ……えぇわ、行くで」
 高い威力と射程、命中精度を誇る火器、『黒終・弐式』。神楽から貸与されたそれを手に、千鶴もまた瞬時に射線を計算し、撃ち易い位置へと距離を取る。
 それは、常の神楽の動きを参考にしなぞるように、そして前衛支援の経験をも活かし相手が攻撃し易いよう、支援に努める為のステップ。
 敵前で1m近いそれを抱え移動することは危険を伴うが、それで生じる隙は神楽が前線でカバーする。
 素早く跳ねた白虎の一頭が牙を剥き彼の眼前を掠めるが、飄々とした様子で容易く回避する神楽。
 そして大きく振り被った狙撃銃の重さに合わせて狙いを定め、ぴったりと白虎の頭に銃口を当て発砲する。
 ――――轟く銃声。
 頭をぶち抜かれた白虎は短い悲鳴を上げ地に転がり、けれどそれでもその身を起こし再度神楽に飛び掛かって来る。
 その隙を縫うように白虎の腹を穿つのは千鶴が弐式から放ったアウルの弾丸だ。
「触れさせんわ」
 飛び上がった恰好のまま撃たれた白虎は宙できりもみ回りその身を投げ、地へと無様に転がり落ちる。
 そこに、別の白虎をいなした神楽の追撃が入る。横頭では無く眉間を確りと射抜く弾丸、今度こそ頭が爆ぜて一頭目の白虎は動かなくなった。
「案外面白いものですね」
「ヒヤヒヤするんやけど」
 相も変わらずにこにことした表情のまま告げる神楽に対し、千鶴は浅く息を吐く。
 勿論、多くの敵と戦って来た者同士だ。手練れ、猛者と呼んで良い。この程度の――学園のバーチャル空間で生成された敵相手に、深手を負う訳がない。それは判っている、判っているけれど、心配してしまう。
 千鶴はというと、神楽の戦闘中の動きを思い出しながら立ち回りを変えていく。
 一度発砲したら同じ位置には立たない、狙えそうな部位は進んで狙ってゆく、エトセトラエトセトラ。
 案外覚えてるものだなあ、などと考えながら千鶴の弾が二頭目の白虎の脚を貫いた後、すかさず神楽の銃口がその頭へと差し向けられる。
 ナイトウォーカーとなった神楽の戦法は、ヒットアンドアウェイ。ジョブ自体、そこまで回避力が高いわけではない。その為に選んだ交戦方法だったが、どうやら巧くこなせているらしい。
 二人が三頭目の白虎を射殺し切った後、ふと上空に表示されるタイマーを見遣れば未だ五分も経過していなかった。
「それでは――」
「ん?」
 神楽は言うなり、狙撃銃をひょいと千鶴に受け渡す。
「え」
「続き、行きましょうか。私は黒暁で戦いますから」
「ほんまに?」
「嘘は言いません」
 大鎌を手にして言うなり、神楽は戦闘続行のボタンをぽちり。
 続いて空間を歪めて現れるのは、先程までの白虎とは異なり黒狼。
 大鎌――黒暁を握ると、鎌から腕に巻きつくように触手が伸びて絡む。神楽はそれを意に介さず、にこやかな表情を湛えたまま黒狼の群れに飛び込んでいく。
 狼の数は、四頭。先程よりも多い。
「ちょ、ちょ、危ないやん」
 慌てた様子で千鶴は狙撃銃を構え、支援に徹するべく狙いを定める。
 敵陣の真っ只中で身を躍らせ、大鎌を振り薙ぐ神楽。その手腕は実にスマートだが、千鶴を焦らせるには十分。
 そこで、彼女はふと思う。自身も普段は彼に心配を掛けているのだろうか。
 護る側で在りながら、護られる側でも在る自分。
 射線を通し、アウルを篭めた銃弾を狼へと放ちながら千鶴は口籠る。
 神楽はと言えば、大暴れ。
 管制を千鶴に任せ、思うがままに、けれど狡猾に敵の急所を狙う一撃。
 狼の爪が頬を掠め、ひっかき傷が出来る。だが、それも厭わない。
 背中には、千鶴の姿が在るからだ。
 自身の身を任せることが出来る相手。そして、今は立ち位置が普段と異なる。
「神楽さん、暴れすぎっ」
「そんなことありませんよ」
 慣れないことに焦った声音を上げながら回避射撃を撃つ千鶴に対し、神楽は飄々と――その上楽しげに言って鎌を振り被る。
 重みに任せて落とした刃で砕け散る狼の頭、飛び散るホログラム。
 その先、神楽に向かって狙いを定めていた別の個体の脚を容赦ない千鶴の弾が撃ち貫く。
 互いにサポートし合い、そつなくこなす模擬戦闘。
 神楽は思う。護るということ、護る為に前に立つということはこういうことか、と。
 いつも前線に身を置く彼女を背に庇い、護ることが出来る。
 その自信に笑みを浮かべながら、構えた鎌を薙ぎ払い狼の身を斬り裂く。
(――普段、こんな気持ちなんかなぁ)
 彼は今、私に背中を預けて安心してくれているだろうか。
 そんな不安にも似た期待を胸に抱きながら、千鶴はアウルの銃弾で敵の爪を弾く。
「神楽さん、今度はそっちや!」
「判りました。任せてください」
 残りの黒狼の数は、二頭。
 順調に数は減らせている。交錯する鎌の軌跡と銃声、残された狼たちもまた既に手負いだ。
 互いに段々と武具の扱いもこなれて来た。
 鎌を握る手も、銃を構える手もどこかしっくり来る。
 専攻変更の賜物だろうか、違和感らしい違和感はそこまで感じられない。
 ナイトウォーカーらしく、インフィルトレイターらしく。
 立ち回りこそ未だ手探りではあるが、互いの立ち位置の保持はばっちりだ。
 相手を狙う敵が居れば阻むよう攻撃し、それでいて互いを阻害しないよう十分に留意する。
 それをこの短期間で為すことが出来たのは、二人が傍に居た時間の分だけの余裕からか。
 神楽の黒暁が狼の首を刈り落とす。――残り、一頭。

 千鶴が放つ銃弾が残された一頭の脚を弾き転倒させたとき、勝敗は決した。



 戦闘を終えヘッドセットを外した二人の元に訪れた訓練施設の研究員は、「いいデータが取れた」と興奮気味に言った。
「中々楽しめましたね」
「せや、な。でも、……」
 ぐったりと椅子に沈み込み、用意されていたお茶を呑みながらしみじみ。
「やっぱりいつもの方がえぇわ」
 にこにこといつも通りの笑みを浮かべている神楽を尻目に、千鶴はのんびりと呟いたのであった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja4485 /  石田 神楽 / 男 / 23 】
【ja1613 /  宇田川 千鶴 / 女 / 21 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております、相沢です!
 この度はご発注どうも有り難う御座いました。諸々とお時間をいただきまして申し訳ありません!
 普段と異なるワンシーン。立ち位置が違えば思うことも違いますね。そんな気持ちでアドリブも含めて回させていただきました。
 少しでも楽しんでいただければ幸いです。ご依頼どうも有難う御座いました!
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
相沢 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年06月02日

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