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『その先の無い道 』
麗空(ic0129)&理心(ic0180)


 山の中腹あたり、木々の合間から覗く苔生した石段。それを上っていくとやがてとある寺の山門へと辿り着く。掲げた寺号額は長年風雨に晒され罅が入り、文字も掠れて読み取る事ができない。そんな古い質素な山寺だ。
 寺周辺は木々の重なり合う葉に日差しを遮られに日中でも薄暗い。そのため湿気を孕んだ空気はひんやりとしていた。時折遠くで鳥の鳴く声が聞こえる。寺は深い緑の奥底に沈んだかのようにひっそりとそこに存在していた。
 ザッ、ザッ……箒が立てる音が静寂の中響く。
 山門付近を一人の子供が掃除をしている。年のころは五つ、六つというところであろうか。己が背よりも高い箒を両手で支え、敷石の上の埃や葉を掃き払う。
 不意に鳴った風切り音。掃除中の少年の足元で乾いた音を立て石が跳ねた。
 少年、麗空(ic0129)は箒を動かす手を止める。するとさらにもう一つ。それは麗空より手前で落ち、そのまま転がり麗空の爪先に当たって止まった。石を見下ろす。それから視線をゆっくりとそれが投げられた方へと向けた。
「ひっ……」
 悲鳴にもならない喉を引き攣らせた声。
 麗空の前方、本堂の影に子供達の姿が見えた。尼僧に話があると寺へやってきた村人達の子だ。大人は今本堂で尼僧と話し合い中である。子供達は自ら石を投げておきながら麗空と目が合うと互いに身を寄せ合い後ずさった。体を支える足も、石を握った手は小刻みに震えている。
 麗空は子供達をただ見つめていた。何故そんなことをするのか、と考えているのかもしれない。ひょっとしたら自分に向かって投げられた、ということも分かっていないのかもしれない。
 石を投げられたことに怒りも、驚きも、恐怖もしていないように見える様子が子供達を必要以上に怯えさせた。
「ひ…人殺しっ」
 一番身体の大きな少年が皆を庇うように一歩前に出る。そして悲鳴のような叫び声と共に目を固く瞑り振りかぶって石を投げつけた。石は見当違いの方向へ飛んでいく。
「人食い!!」
「鬼っ」
 その少年に倣って他の子供達も次々に麗空に罵声と石を投げる。子供の力だ、たいていは手前で落ちて麗空までは届かない。
「俺が退治してやるっ」
 癇癪を起した子供達の甲高い声。足元に次々と転がってくる石。
 麗空はやはりどうしてそれが自分へと向けられるのか、わかっていないかのようにただきょとんと目を見開いている。
 そのうち投げられた石のひとつが麗空の脇を抜け、背後の山門に当たって落ちた。

 カァンと鳴った甲高い音に麗空が振り返る。古びた山門にできた真新しい傷。
「あ……」
 麗空の視線が始めて揺れた。物は大事になさい、ババ―彼を引き取り面倒見てくれている尼僧は日頃からそう言っている。
 後ろを向いた麗空の肩に石が当たる。見れば白い狩衣が汚れていた。当たった事に調子に乗った子供が近づき、力一杯石を投げる。石は麗空の手を打った。「鬼退治だ」上がる歓声。
 手の甲に滲む血を麗空は見下ろす。
 無闇に人を傷つけてはいけない、ババはそうも言っていた。
「わるい子にはめって……」
 石を握る。
「……っ」
 子供達が息を飲んだ。逃げ出したくとも足がすくんで動けない。

 その時、本堂の扉が開いた。


 板敷きの薄暗い本堂内部。格子窓から入ってくる日差しは奥まで届かずただぼんやりと辺りを照らす。
 本尊の辺りには一切光は届かず、頼りない蝋燭の灯が影を揺らすばかりだ。それを背に尼僧が座す。尼僧の前には麓の村人達。
 常ならばちりちりと蝋燭の燃える音が聞こえるほど静かな本堂も今日ばかりは違った。
「一体いつまであの小僧を此処に置いておく気なんです?」
「あれはまだ年端も行かぬ子供です。ようやく物事の善悪を理解し始めた……」
 壮年の男が尼僧に詰め寄る。あの小僧とは麗空のことである。
「子供だろうがなんだろうが、あの小僧は志体持ちで人殺しだ。尼僧さまには悪いがあれがうろうろしてたんじゃあ俺らは安心してられねぇよ」
 男の言葉に赤子を抱いた女が頷く。
「あの子供、人を食べたって言うじゃないか」
「それに三年前から全然成長しない。あれは鬼の子だ!」
 村人が口々に訴える。

(不毛だな……)
 入り口近くで師である尼僧と村人のやりとりを見つめる理心(ic0180)の目は冷めていた。三年前、山賊として捕縛された麗空。今すぐ殺せと息巻く村人から、獣の子のような麗空を「せめて人として罪を償わせたい……」と尼僧が保護をしたのだ。約束の期日は麗空の次の誕生日まで。
 だが村人は麗空を恐れ早く処刑をして欲しいと訴える。反して尼僧は幼い子供にそれは不憫なと嘆く。麗空がこの山寺に身を寄せてから何度と無く繰り返されてきた話し合いだ。話し合いは平行線で村人が尼僧の顔を立てる形で折れるところまで毎回同じである。
 村人が恐れる理由は分かる。志体を持つ麗空が尼僧の手綱から離れ、暴れまわったらどうなるのかと心配なのだ。自分にはない力を持った者を恐れ排斥する傾向にあるのが人間だ。
 聞こえてくる子供の声に外を見た。掃除をしている麗空に罵声と共に石を投げつける子供達。大人と異なり子供は怖いもの知らずだ。大人から受け継いだ麗空への憎しみや恐怖を直接ぶつけてくる。
 麗空が一方的にやられているうちは問題ない。志体持ちならば、子供の投げる石くらい避けるなり弾くなりできるだろう。
 だが……。麗空が石を拾うのが見えた。
「手間を掛けさせるんじゃねぇよ」
 吐き捨て理心は本堂を出て行く。


 本堂から現れた理心に子供達は手にした石を投げ捨て散る。
「リク、わるくない」
 無言で見下ろす理心に麗空は言う。この場に関しては確かにそうだろう、理心も思う。だが麗空はそれを許される立場にないのだ。
「わるい子は、あっち」
 指差す麗空が途中で動きを止めた。
「母ちゃん!」
 嬉しそうな子供の声。話し合いが終わり本堂から出てくる大人達に子供達が駆け寄って行く。
 麗空はそのまま固まってしまったかのように親子を見ている。村人が気味悪そうに、いや嫌悪と恐怖の篭った視線を山門脇にいる麗空に向けた。
 理心が麗空の箒を軽く引っ張り脇へとどけさせる。
「大丈夫かい?」
「鬼の子に何もされなかっただろうね?」
 これ見よがしにひそひそと囁きつつ麗空を見る母親。子供と手をしっかりと繋ぐと、麗空から子供を庇うように背を向け足早に山門から出て行った。
 「目障りだ」と吐き捨てていく男もいた。流石に理心の前で石を投げる者はいなかったが。
 麗空は浴びせられる言葉や視線を気にも留めず、ただひたすらに手を繋ぎ去って行く母子を見つめている。それは親子の姿が見えなくなっても続いた。
「おやつは?」
「畑を手伝ってからよ」
「母ちゃんの意地悪」
 寺から出て安心したのか途切れ途切れに聞こえてくる仲睦まじい親子の会話。
 麗空が僅かに目を伏せる。唇が何かを呟く……が理心には聞こえない。
(……大分人間らしくなったものだ)
 理心は麗空を見やる。
 保護当時は山賊というよりも野生の獣であった。爪や髪は伸び放題、擦り切れた襤褸を身に纏い、手足に鱗のようにこびり付く泥。いや外見だけではない。言葉も今よりもっと片言で……。
 そこまで考え理心は不機嫌そうに眉間に皺を刻む。
 人間らしくなる……それは……。
(良い事か、悪い事か……)

 しかと繋がれた母と子の手。きっと母の手は温かいのだろう。
(あったかい  て  )
 麗空にはそれがとても羨ましく、無意識に隣にいた理心に手を伸ばす。
「リクも、おかあさん、ほしいな……」
 だが指先が彼の手に触れた途端、振り払われた。
「無いもの強請りしてるんじゃねぇよ、阿呆が」
 上から降ってくる不機嫌な声。さっさと掃除をして来い、と振り払った手で追い払われ背を向けられた。
 黙りこんだまま麗空は自分の手をじっと見つめる。思い出したのは友人の手。温かく大きな。そして友人との約束。その温もりが無性に恋しい。
「いつ、おとなになるかな〜」
 呟いた声はかすかで木々ざわめきに飲まれる。
「……」
 理心は振り返ることなく山門を潜った。


 掃除を終えた麗空は部屋に戻り棚の前に。棚の戸を開き中に体を突っ込んで奥から一升瓶を引っ張り出した。落とさないように両手でしっかりと抱えている。これは大切な友人から貰ったものなのだ。
 ゆっくりと畳の上に置く。そして正面に座った。
 手を伸ばす。硝子は滑らかで冷たい。だがずっと触れてると次第に温もりが生まれてくる。自分の手の熱が移っただけなのだが、じんわりと優しい温もりは、これをくれた優しく温かな友人を思いださせた。
 こうしていると友人が近くにいるような気がする。人の温もりが恋しくなった時この一升瓶をみつめていると温かな気持ちになれるのだ。
 そっと揺らす。ちゃぷん、と瓶の中で揺れる液体。中は酒。いつか大人になったら一緒に飲もうと言う友人。
「おとなに、なったら……いっしょに」
 言葉を繰り返して相好を崩す。待ちきれないとばかりにそわそわと体を揺らした。目を閉じてたっぷり三十秒、途中片目をうっすらあけてみたりもしたが。数え終えると目を開き、頬に触れ、手足を見る。いつも通りだ。さすがにすぐには大人になれないらしい。
 ではあといくつ寝たら大人になれるのだろうか、と指折り数える。
「ひと〜つ、ふた〜つ、み〜っつ……」
 あともうちょっとだろうか。だが麗空しかいない部屋では誰も答えてくれない。もっとだろうか。麗空は数を続けて数えた。
「よ〜っつ、いつ〜つ……」
 大人になったら一緒に酒を飲む、それを思うと体のどことはわからないがむずむずとくすぐったくなってくる。
 そして自然と笑顔が浮かんできた。『今』では無い『未来』の事を考えることがこんなにも楽しいことだなんて知らなかった。

 その日が待ち遠しい。

(ババは、しってるかな〜?)
 いつ大人になれるか……。
 麗空はもう一度指折り数えた。


(大人になんか……)
 なれるはずないだろ、と山門の前で理心は舌打ちをする。
 師と村人の話し合いを思い出す。麗空は次の誕生日に処刑される、それは避けられない事実だ。
(ならば人の情など知らなかった方が良かっただろう)
 獣にあるのは『今』だけだ。獣は『未来』を語ることができない、だが人間は『未来』を語ることができると誰かの言葉を思い出す。
 人の情を知った麗空は『今』だけではなく『未来』も一緒に摘み取られてしまう。
 酷く残酷な処刑方法だ、と皮肉気に唇を歪めた。

 大人に……。

(万に一つ……)
 可能性を考えかけ、馬鹿らしいと頭を振る。
(まあ、無理だろうなぁ……)
 溜息を一つ。
(…此処から、逃げない限りは)
 そう此処にいる限り万に一つの可能性すらない。麗空を庇護する山寺や尼僧は裏返せば彼を閉じ込める優しい檻のようなものだ。それに囚われている間、麗空の運命は変えることができない。
「尤も……」
 石段途中で立ち止まり寺を振り返る。
 処刑されたとしても逃げたとしても麗空の監視としてのお役は御免だ。清々する、そう嘯いた。

 此処にあるのは一本道。行き着く先は行き止まりだ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【ic0129  / 麗空  / 男  / 11  /  志士 】
【ic0180  / 理心  / 男  / 28  / 陰陽師 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きまことにありがとうございます。桐崎ふみおです。

執筆中、麗空さんの誕生日を数度確認し今すぐ逃げて!と、思わずそんな心の声が出てしまいそうになりました。
麗空さんと理心さんとの対比上手く出すことできていれば幸いです。
執筆するにあたり私なりに解釈させて頂きました。
気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
もちろんイメージ、話し方、内容等気になる点がございましても!

それでは失礼させて頂きます(礼)。
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桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年06月02日

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