▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『青い瞳、緑の瞳、そして暗黒の瞳 』
青霧・ノゾミ8553)&伊武木・リョウ(8411)&フェイト・−(8636)&(登場しない)


 伊武木リョウは、どちらかと言うと甘党である。が、コーヒーに砂糖は入れない。
 その代わりにメープルチュロスを一皿、用意する。
 チョコレート味のケーキドーナツにするべきかどうか、青霧ノゾミは少し迷ったが、今日はチュロスで行く事にした。
「はい、先生。コーヒーブレイクだよ」
「ああ……ありがとう」
 伊武木が、パソコンの画面と書類の束から顔を上げ、微笑んだ。
 いくらか青ざめた、あまり健康そうではない笑顔が、ノゾミの胸を締め付けた。
「リョウ先生……ちょっと、やつれたんじゃない?」
「俺の顔が不健康そうなのは元々さ。本当に不健康というわけじゃあない、心配するなよ」
 A7研究室。今ここにいるのは、伊武木リョウと青霧ノゾミだけである。
 伊武木はこのところ、様々な実験や書類の作成などで忙しい日々を送っていた。
 ノゾミも忙しいと言えば忙しいが、外で身体を動かす事が出来る分、伊武木よりは恵まれている。
「ん〜……甘いものにブラックコーヒーを合わせる。この一時のために、窮屈な研究所生活に耐えているようなものさ」
「お菓子とコーヒーだけじゃなくて、ご飯もちゃんと食べないと駄目だよ先生」
 言いつつノゾミは、自分のコーヒーに砂糖とミルクをたっぷりと注ぎ込んだ。
「昨日だってカップラーメンだけで、しかもろくに寝てないんでしょ。無理し過ぎじゃないの? 最近」
「俺はむしろ、ノゾミに無理ばっかりさせている……今回も、ご苦労だったね」
 この研究施設から、出来損ないの実験体が15匹ほど脱走した。
 ほぼ全てを、ノゾミが1人で処分した。
 最後の1体だけは、不本意ながら他者の力を借りる事になってしまった。
「俺は、ノゾミにばかり危険な仕事を押し付けている」
「しょうがないよ。危険な仕事が出来るの、ボクだけだもの」
 いささか甘くなり過ぎたコーヒーを、ノゾミは一口だけ啜った。
「……危険なのは、この研究所かも」
「ん? どういう事かな」
「他の連中なんか、どうなったって構わない。だけど……ボクのせいで、リョウ先生が危険な目に遭うかも知れない……」
 怪物に出会った。
 脱走した出来損ないの群れとは格の違う化け物に、ノゾミは目をつけられてしまったのだ。
「IO2の、フェイト……あいつは、先生の敵……」
「おいおい、どうしたんだ。ノゾミが、そんなに警戒するなんて」
 興味深げに、伊武木が言った。
「IO2のエージェントに出会ったのか。まあ彼らが動くだろうとは思っていたけれど」
「先生は、心配しないで」
 青く澄んだ瞳を、ノゾミはじっと伊武木に向けた。
「あいつが攻めて来ても、ボクがリョウ先生を守るから」
「命に代えても、なんて言わないでくれよ」
 やつれ気味の青白い顔が、にっこりと微笑む。
 苛立ちに近いものが、ノゾミの胸中に生じた。
(先生……どうして、笑っていられるの? 本当に危険なんだよ、あのフェイトって奴は……)
 緑の瞳の怪物。
 あの男が殺意を剥き出しにして、この研究施設に押し入って来たら。
 間違いなく、命懸けの戦いになる。冗談抜きで、命に代えても伊武木を守らなければならない。
 その伊武木リョウは、しかし妙に嬉しそうだ。
「ノゾミに友達が出来た、という事かな」
「何……言ってるの? 先生……」
「会ってみたいな、ノゾミの友達に」
 伊武木リョウが、IO2のフェイトに興味を抱いた。
 ノゾミではない何者かに、興味を抱いてしまった。
(……って、今更何を考えてるんだよ、ボクは……!)
 この先生を独り占めする事など、出来はしない。
 それは最初から、わかっていた事だ。


 日本人なら、子供でも名前を知っている製薬会社である。
 そんな所から、メールが来た。会社訪問にいらっしゃいませんか? という内容である。
 もちろん、その会社の関係者にアドレスを教えた覚えはない。電話番号も住所も本名も、うかつに他人に教えるような事はしていない。
 ただ、フェイトというエージェントネームを名乗った記憶はある。あの青霧ノゾミという少年に対してだ。
「そこから、俺の個人情報を割り出してくれたと。そういう事かな?」
 IO2本部で出されるものより、いくらかはましなコーヒーを啜りながら、フェイトは睨み据えた。
 向かい側のソファーでにこにこと微笑む、いささか不健康そうな男をだ。
「いやあ本当、便利な世の中ですよね。調べようと思えば、大抵の事は調べられてしまうんだから」
 伊武木リョウ。そう名乗った男が、悪びれもせずに応えた。
 件の製薬会社が、某県の山間地帯に有している、巨大な研究施設。
 その応接室でフェイトは今、コーヒーと菓子が置かれたテーブルを挟んで、伊武木と向かい合っている。
 会社訪問と言うより研究所訪問になってしまったが、とにかくフェイトは、メールで指定された通りに、ここを訪れた。
 当然、拳銃を持ち込めるわけはなかった。
「入口にさ、ガードマンがいたよね。プロレスラーに制服着せたような、ごつい人たち。あの人らに俺の拳銃、没収されちゃったんだけど」
「もちろん、お返ししますとも。貴方が何の問題もなく、ここを出て行かれる時にね」
 伊武木が言った。フェイトは、苦笑した。
「もちろん俺だって、問題は起こしたくないけどさ……それはともかく。あのガードマン全員、人間じゃないよな?」
「おや。どうして、そう思われます?」
「その子に殺処分されてた連中と、同じような臭いがしたから」
 ちらり、とフェイトは視線を動かした。
 伊武木の傍らに控えた少年が、青い瞳を燃え上がらせ、睨み返してくる。敵意の眼光だった。
 青霧ノゾミ。
 今、この場で彼と戦う事となったら。拳銃のない自分は、どうするべきか。
 フェイトは考えてみた。念動力で、いきなり頭を粉砕するしかない。それが通用する相手かどうかは、やってみなければわからないのだが。
「うちのノゾミを、助けていただいたそうで」
 にこやかに、伊武木は言った。
「お礼を言わなければ、と思っていたんですよ」
「俺の助けなんて必要なかったと思う。その子……優秀だからな」
 優秀な少年。優秀な能力者。優秀な道具。優秀な作品。優秀な実験体。
 様々な言葉が、フェイトの胸中で渦巻いた。
(その子、あんたが……造ったのか?)
 という質問を、フェイトはしかし口に出す事が出来なかった。
 人間を造る。何という、おぞましい言葉であろうか。
 だが。人間を怪物に造り変える、よりは遥かにましなのか。
 フェイトは、テーブルの上の菓子を口に詰め込んだ。砂糖をまぶした、餡ドーナツである。
 その甘味を、ブラックコーヒーで一気に流した。おぞましい言葉もろとも、飲み込んだ。
 伊武木が、目を細めている。
「甘いものにブラックコーヒーって、最高ですよね」
「俺、スコーンと紅茶で英国流のティータイムってやつを試してみた事もあるよ。あんたと同じくらい、クセのある奴と一緒にね」
 そんな事はまあ、どうでも良かった。
「それにしても……ここは製薬会社の施設って言うより、軍事基地に近いよな。守りが固いよ、異常に」
 入って、すぐにわかった。研究施設全域に、特殊な電波が流されている。
 テレパスの類は一切、使えない。
 もっとも、フェイトにしてみれば想定内である。
「こんな所に、俺を引きずり込んで……一体どうするつもりなのか、訊いてもいいかな」
「別に、貴方をどうこうしようという気はないんですよ工藤さん、じゃなくてフェイトさん」
 本名も知られている。それもフェイトにとっては想定内である。
「それとも……A01とでも呼んでみた方が、刺激的かな?」
「……別に、刺激は求めちゃいない」
 何もかも、調べ上げられている。それも想定内である。
「その名前を知ってるって事は、要するに資料が残ってるって事だよな。この研究所に」
「さて、何の資料かな?」
「とぼけるなよ」
 あのガードマンたちに拳銃を預けておいて良かった、とフェイトは思った。そうでなかったら、この場で伊武木に銃口を突き付けていたかも知れない。
「あの研究を、何らかの形で引き継いでる……虚無の境界と繋がってるって事だろうが、この研究所が」
「引き継いではいないよ。あれはもう、終わった研究だ。いろいろと参考にしているのは確かだけれど」
「何を参考にして、どんな研究をしているのか、あんたに訊いてみたいと思ってたところさ」
 フェイトが言った瞬間、すぐ近くで敵意が膨れ上がった。
 ノゾミの青い両眼が、激しく輝いている。敵意、と言うより憎悪の眼差し。
 うっすらと、霧が発生した。
「やめなさい、ノゾミ」
 伊武木が、少しだけ厳しい声を発する。
 敵意の眼光はそのままだが、霧は消え失せた。
「失礼……まあ、ここでどんな研究が行われているのかは、ノゾミを見ればわかるだろう。俺たちは新しいものを造り出そうとしているのであって、すでにある誰かの研究成果に手を加えようという気はないんだ。そんな事をしても、俺にとっては実績にも名誉にもならないからね」
 すでにある誰かの研究成果。要するにフェイトの事だ。こんな事を言われても、まあ平然としていられるようにはなった。
「だからフェイト君、繰り返すが貴方を研究や実験に引っ張り込んでどうこうしようというつもりはないんだ。ここへお招きしたのは……ただ、ノゾミの友達に会ってみたかったからさ」
「友達ね」
 同類に近いもの、ではあるのだろうか。
 フェイトは人間として生まれた後、誰かの研究成果になった。
 青霧ノゾミは、最初から研究成果として生まれた。
「研究成果『A01』に興味があった、のも事実だけどね。あの実験体が今、こうして無事に生きている。優れた戦士として、大勢の人々を救っている……あの研究が、それほど間違ったものではなかったという、何よりの証明だと俺は思うよ」
 あの実験によって、自分は確かに力を得た。
 その力が、大いに役立つものであったのは、事実である。
 そう思う事にしながらも、フェイトは言った。
「だからと言って……あんた方のやってる研究を俺は、少なくとも肯定する気にはなれない。ノゾミ君にも言ったけど、許せないと思ってる奴が最低ここに1人はいる」
 エメラルドグリーンの瞳が、燃えるように輝くのを、フェイトは止められなかった。
「許せないから叩き潰す、と言いたいところだけど……あんたたち、別に悪い事してるわけじゃあないもんな。わかりやすく子供をさらって人体実験とか、してるわけでもなし。自分たちで造り出した生き物を、自分たちで処分したり可愛がったり……してるだけだ……」
 声が、微かに震える。それをフェイトは止められなかった。
「……自分で言ってて、胸くそ悪くなってきたよ」
「胸くそ悪いものには、手を触れないのが一番さ」
 伊武木が微笑んだ。
 にこやかに細められた両眼の中から、黒い、光彩に乏しい瞳が、じっと向けられて来る。
「だから我々には、もう関わらないで欲しい……攻撃的な関わり方をされたら、俺たちも反撃をしなければならなくなる。ノゾミを、フェイト君と……戦わせる事になってしまう、かも知れないんだ」
 暗黒の瞳。フェイトは、そう感じた。
「肯定する気になれない、と言ったね。だけどフェイト君、俺たちの研究を否定するという事は、ノゾミの存在を否定するという事でもあるんだよ?」


 この製薬会社はIO2日本支部にとって、今のところは調査対象である。
 殲滅対象として認定されれば、例えばNINJA部隊のような暴力装置が投入される事になる。
 あるいは、フェイトに殲滅任務が与えられるかも知れない。
 工藤勇太を救い出してくれた、あの男が派遣されるかも知れない。
 だが、今はあくまで調査対象である。殲滅に値する反社会的行為が、この製薬会社で行われているわけでもない。
 フェイトに与えられた任務は、殲滅ではなく調査だ。
 調査の一環として、今回の招待メールに応じてみた。
 無駄であった、とは思わない。この製薬会社の、研究部門の重鎮である伊武木リョウと、接触する事が出来たのだ。
 彼の言葉が、フェイトの脳裏に、胸中に、甦って来る。
 俺たちの研究を否定するという事は、ノゾミの存在を否定するという事でもあるんだよ……
「否定……か」
 否定される。それがどういう事であるのか、フェイトは思い出したくなくとも思い出してしまう。
 まず母が、自分を否定した。
 大勢の人々が、工藤勇太を否定した。
 だが肯定してくれる人々もいた。
 青霧ノゾミは、どうなのか。
「俺が、あいつを肯定してやらなきゃ……なんてのは、思い上がりなんだろうけど」
「まさしく、そうだね」
 フェイトの呟きに、何者かが応えた。
 応接室のある研究施設の本棟を、出たところだ。
 霧が、立ちこめていた。冷たい霧だ。
「ボクを肯定してくれるのは、リョウ先生だけ……リョウ先生、1人だけでいいんだよ」
 言葉と共に、霧の中で何かが光る。青い、眼光。
 青霧ノゾミが、そこに佇んでいた。
 それに気付いた時には、フェイトはすでに動けなくなっていた。
 黒いスーツに、びっしりと霜が付着している。その霜が厚みを増し、氷になってゆく。
 氷が、フェイトの全身を、分厚く冷たく包み込んでゆく。
 完全な、油断であった。
「あなたを殺せ……リョウ先生は、そうは言わなかった。だから殺しはしない、だけど帰すわけにもいかない」
 ノゾミの声は、まだ辛うじて聞こえた。
「何故なら、あなたはリョウ先生を殺しに来る……許せない、とあなたは言った。ボクにはわかる。あなたは、許せないとなれば平気で人を殺す」
(……まあ……確かに……な……)
 そんな自嘲を最後に、フェイトの思考も凍り付いた。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年06月02日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.