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『たまにはいいじゃない 』
セレシュ・ウィーラー8538)&(登場しない)

「セレシュ。そろそろ起きた……ら……」
 大きく扉を開け放ち、悪魔は動きを止めて目を丸くした。
 大きな目で瞬きを繰り返し、目の前の光景に思わず言葉を失ってしまっていた。
 よく晴れた休日の朝。いつものように悪魔がセレシュを起こしに部屋を訪ねたときの事である。
「ど、どうしたの?! その姿……」
 悪魔はパクパクと浜に打ち上げられた魚のように口を動かしながら訊ねると、セレシュはくるりと彼女を振り返ってにんまり笑った。
「どうしたのって……、たまには羽伸ばさんとな」
 ケロッとした顔でそう言うセレシュの姿は、いつものような人間の姿ではなく本来の彼女の姿に戻っている。
 ゴルゴーンとしての姿をしているセレシュ。
 髪は蛇に、黄金の翼は隠すことなくその背に広げているせいで部屋はいつも以上に狭そうだ。
「え……でも、だって、だ、誰か来たらどうすんのよ」
 うろたえている悪魔に、セレシュはきょとんとした顔を浮かべてひらひらと手を振る。
「大丈夫大丈夫。その事やったら抜かりはないで。急な来客や外から見られる心配なら、もうとっくに対処済みや」
「……」
 唖然としている悪魔に、セレシュは再びにっこりと笑いかけてきた。
「あんたもたまには本来の姿に戻って、羽伸ばししたらええねん。人の姿を取り続けるんも、結構しんどいやろ?」
「そ、そうね……。そう言うなら……」
 本来の姿を勧めるセレシュに、悪魔も便乗して人間の姿を解くことにした。
「やっぱりこの姿が一番、気負いせんでええわ〜」
 そう言いつつ、背伸びをしてゴロリと横になろうとするセレシュだが、羽が部屋の壁に当たって寝転がる事が出来ない。
 セレシュは思わず眉間に皺を寄せて、よろめいた体をなんとか起こしながらポリポリと頭を掻いた。
「……気分的にも色々と楽なんやけど、何か違う意味でめんどいな……」
 短く漏らした言葉に、悪魔も思わず苦笑いを浮かべていた。
「セレシュ。念のため聞いておきたいんだけど、もし、侵入者とか万が一あったらどうする?」
 心配げに呟く悪魔に、セレシュはくるりと彼女を振り返るとニヤリとほくそえむ。
「そうやなぁ……。万が一にもそう言う可能性は無きにしも非ず……。そん時は、侵入者対策として石像でもあればゴーゴンらしくてええかもしれん」
「……」
 口元に笑みを浮かべたままジロジロと見つめてくるセレシュに、思わず悪魔の眉間に皺が寄る。
「あんた、なかなか可愛いし……一日見とっても飽きんやろな……」
「え……ちょ、無理無理! 何言ってんの……」
 ニヤニヤと悪役っぽい笑みを浮かべ、蛇髪を揺らしながらにじり寄ってくるセレシュに悪魔の表情はサッと青ざめ、後ろへと退いていく。
 悪魔を壁際まで追い込んだセレシュは、今にも泣き出しそうな悪魔を見て思わず噴出してしまった。
「あっはっはっは! 嘘や嘘や。そんなことせぇへんて。何マジに受け取ってんねん」
「……とても嘘には見えなかったわ……」
 お腹を抱えて笑うセレシュに、がっくりと肩を落として悪魔はぽつりと呟いた。

               ******

「わっ……! ちょ、待って待って!」
「あいたたたた!」
 本来の姿のまま生活を始めてほどなく、キッチンに立っていた二人は食事の支度を終えてテーブルに運ぼうとしていた。だが、二人とも背中に羽を生やして窮屈な中での作業だったこともあり、食卓に向かおうと二人同時に背後を振り返った瞬間、セレシュの髪が悪魔の角に引っかかってしまった。
 セレシュの蛇髪は苦しげにビチビチとうねる事で余計に悪魔の角に絡まって行ってしまう。
「ちょ、待って。とりあえず食事をテーブルに置こう。解くんはそれからや」
 二人とも不自然に頭を付き合わせたままヨロヨロと食卓に食事を置きに行き、絡まった髪を解き始める。
「わっ! ちょっと、暴れないで! 余計に絡まるじゃない!」
「あたたたた! アカンて! そこ、引っ張ったら痛い!」
 互いに思い思いのことを口に出しながら、作りたての食事が冷めるほどの時間をかけてようやく解くと、ふぅっとどちらからともなくため息を吐いた。
 羽伸ばしのはずなのに、なぜか要らない苦労をしているような気がする……。
 そんな事を思いつつも、二人は冷め切った食事に手を付けるのだった。
 食事を終えると、同時にキッチンに並ぶのは得策ではないとして悪魔が食器を片付けている間に、セレシュは窓から差し込む暖かな太陽の光に自分の翼を当てていた。
「あー……。生き返る」
 思わず漏らしたその言葉に、悪魔はお茶の乗ったトレーを手に苦笑いを浮かべた。
「何おじさんみたいな事言ってんのよ」
「ん〜? 普段羽を日光に当てる何てことでけへんやろ。たまにはこうして日光浴でもせんとな。あったかくって気持ちええんよ」
「ふ〜ん。そんなものなの」
 悪魔はテーブルにお茶の入った湯のみを置きながらそっけなく答えると、セレシュはちらりと彼女を見た。
「あんたはせんでええの?」
「私は、セレシュみたいなフカフカした羽じゃないから必要ないの」
 そう言われれば、確かに悪魔の背にある翼はセレシュのような羽毛の生えそろう翼ではない。
 日向に当たってすっかり膨らみを取り戻した羽をゆっくりと折り畳みながら、セレシュは傍にあった椅子を引き寄せながら悪魔の用意してくれたお茶に手を伸ばした。
「どうも、この家の中じゃ不便を感じてしゃあないなぁ……」
 いつもなら普通に座る椅子も、今は後ろ前を逆にして座らなければならない。
 背もたれの部分に肘を乗せながらお茶を飲み、テーブルの上に湯のみを戻しながらぽつりと呟くと、悪魔は苦笑いを浮かべる。
「そりゃあね。この部屋は人間が暮らす部屋だもの」
 悪魔はそう呟きながら、すぐ傍まで迫ったお日様の香りがするセレシュの翼に手を伸ばして、そっと触れてみた。
「うわ。ほんとにフカフカ」
「せやろ?」
「うん。気持ちいい。羽毛布団みたい」
「布団ちゃうで」
 羽に擦り寄る悪魔に、セレシュは苦笑いを浮かべながら目の前に置かれたお菓子のトレーに手を伸ばし、チョコレートを頬張りながらテレビを観始めた。
 ほどなくして、静か過ぎる事に気が付いたセレシュがふと隣を見ると、セレシュの羽に顔を埋めたままスヤスヤと眠ってしまっている悪魔に気が付いた。
「布団ちゃうって言うてんのに、何呑気に寝とんねん。全くも〜」
 眉根を寄せ、文句を言うもセレシュは「しゃあないなぁ」と今しばらくそのままにして、悪魔に羽を貸す。
 後に、綺麗にしていた羽に涎を垂らした事で、とんでもない事態になることは今の悪魔に知る良しも無かった……。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
りむそん クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年06月04日

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