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『綺羅星のごとく 』
月居 愁也ja6837)&小野友真ja6901

●予定は未定

 今日も良く働いた。
 芸能プロダクション『ジュリーズ事務所』所属のアイドルユニット、『SHOOT⇒YOU』の月居 愁也と小野友真は、迎えの車の後部座席で大きく息を吐く。
「お疲れ様でした、月居さん、小野さん」
 助手席のマネージャー大八木 梨香が、冷えた濡れタオルと飲み物を差し出した。
「あー、ありがと梨香さん!」
「明日はちょっとゆっくりなんやったっけ?」
 僅かな沈黙。愁也と友真の脳内にじわっと妙な予感がよぎる。
「梨香さん……?」
「すみません、明日は9時に事務所にお願いします」
 事務的に告げる梨香。
「新曲のレッスンが入りました」
「うわあ」
 愁也が天井を仰ぐ。明日は昼からの予定だったのに!
「これをご確認ください」
 梨香は2人に楽譜のファイルを寄越し、カーオーディオのスイッチを入れる。
 憂鬱そうにファイルを開いた友真は、目に飛び込んできた文字と、耳に飛び込んできたイントロに、思わず腰を浮かせた。
「ちょ待って、これ……でっ!?」
 ゴン!
 天井で頭を打った。
「何やってんだよ、大丈夫かー?」
 頭を抱えて震える友真を、愁也が横目で見遣る。
「だ、大丈夫やない……これ、新曲て……」
「ご存知でした? 伝説のシンガーSOHEYの『アスファルトのエピタフ』です」
 ゴン!
 友真は再び頭を打ち付けた。


●指名は突然に

「なあ俺、変やない?」
 友真は朝から何度こう言っただろう。
「変。すっげー変」
 ため息交じりに愁也が答える。
「せやんな。こーゆーのって、せめて1週間ぐらい前に言うて欲しいと思わん? 美容院行く暇もなかったし! 着る服もびしっと決めたかったん……家にあるPV見てるだけで朝なんやで?」
 友真がギンギンに見開いた眼でうわごとのように呟くのを見て、愁也はつくづく前日に告知したマネージャーの判断は正しいと思った。
(こいつ予告されてたら、絶対1週間仕事も睡眠もアウトだぜ……)

 SOHEYこと、米倉創平。愁也も彼が伝説のミュージシャンと呼ばれている事は知っている。
 なんでも数年の活動期間中にヒットチャートを大いに賑わしたが、ある日突然『俺のやるべきことはもうここにはない』との言葉を残し、音楽活動を停止した。それからもう何年も表舞台から遠ざかっている。
 ……らしいが、愁也には特別な思い入れもない。
 だが友真は創平の大ファンだった。いや信者と言っていい。
 元々彼の世界観に憧れたのが芸能界への第一歩。少しでも近付きたい。いつか彼の残した作品を世に広められるようなアーティストになりたい。
 その一念で今日まで頑張って来たのだ。
 まだまだ学ぶことはある。自分がその域に達していないことも知っている。
 だがチャンスは思いの外早く巡って来た。
 他ならぬ創平その人が、自分の曲をカバーするアーティストに『SHOOT⇒YOU』を指名してきたのだ。

「なあ愁也さん、俺なんて挨拶したらええんかな」
 きっと本人を前にして、言葉など出てこないだろう。友真は想像するだけで気が遠くなりそうだった。
「あー? 『ご指名の友真でっす! Thank You! Foooo!!』って言っときゃいいんじゃね?」
「な、なるほど、ご指名の……って言えるかぁ!!」
「あーここだ、入るぞ。慌てて転ぶなよー」
 そこは既に目指すビルの入口だった。


●邂逅

 ドアを開くと、そこには白銀の光が満ちていた。
 ……ように、友真には見えた。
「初めまして、ジュリーズ事務所の月居愁也と小野友真です」
 愁也が営業スマイルで挨拶する声も遠くに聞こえる。
 細身の身体を黒服に包んだ男が、物憂げに立ち上がり歩いて来る。
「宜しく。米倉創平、だ」
 差し出された長い指の白い手を愁也は無造作に握り返した。
 続いて友真の方に向けられた手。
 憧れの人が余りにも近い。
(やばい、めっちゃ見たいけど見られへん。待って、心の準備が、うわこっち見てる、すっげ見てるどうすんの、なあ、これどうすんの……!!)
 憂いを帯びた創平の眉が、僅かに怪訝な色を湛えた。
「あの、ファン、です」
 友真はそう言うのがやっとだった。
 ほんの僅かだが、創平の口元に笑みが浮かんだ。
 それだけで友真は今ここで死んでもいいとすら思う。いや、死んだらダメなんだけど。

 不意に背後から、やや険のある男の声が響いた。
「この2人か。本当に大丈夫なのか?」
 若干むっとして愁也が振り向く。そこに腕組みしている男は、ぶしつけな視線で愁也と友真を頭の先から足元まで眺めまわした。
 長い黒髪を束ねた色白の優男風だったが、肉付きや立ち姿は明らかに常人とは違う。
「蘆夜葦輝。振付師だ。……ダンスはこいつが指導する」
 創平の抑揚の無い声が告げる。
「俺は忙しい。歌は後にしてもらうぞ。すぐに着替えてスタジオに入れ」
 葦輝は上着を傍の椅子に放り投げた。


●特訓開始

 規則正しい手拍子が鳴り響き、愁也と友真はそれに合わせて身体を捻り、腕を伸ばす。
「月居! 何度も言わせるな、指先まで気を使え!」
 葦輝の叱責が飛ぶ。
「さっき言われた通りだっての」
 愁也は舌打ち混じりに口の中で呟く。
「何か言ったか? 文句があるなら今すぐ帰れ!」
 葦輝の厳しい口調に、友真がうんと指を伸ばした。
「こうか! あっしー!」
「誰があっしーだ」
「ギャー!!」
 難しいバランスギリギリで立っている友真の脛を、優雅な動作で葦輝が蹴飛ばす。
 友真はたまらず床に膝をつくが、すぐにきっと顔を上げた。
「創平の曲を最高に魅せる為なら、俺、何でもやる」
 ぐぐぐと友真が立ちあがる。
「やるの! 俺が最高のモノを見せる! 来いや……!!」
「良く言った。ではもう一度最初から」
 再び手拍子が始まる。
 その数分後。
「腕が下がっている! それ位耐えられんでどうする!」
 プラスチック製の靴ぺら(※背筋や腕が真っ直ぐかを確認する為に所持)が、ぐっと愁也の腕を持ち上げた。
 愁也は歯を食いしばり、その隙間からうめき声を漏らす。
「あっしー……てめえいつか泣かす! ……っ痛ぇ!?」
 パパパァン!
 葦輝の靴べらが目にもとまらぬスピードで閃き、強かに愁也の後頭部を打ちつけた。

「蘆夜、そろそろ少し休ませた方がいい」
 助け船を出したのは創平だった。
「俺は知らんぞ。モノにならなければ困るのはこいつらだ」
 そう言って創平を横目で睨みながらも、葦輝は休憩を許可した。


●意外な展開

 愁也は大きな溜息をつく。
「創平さん、あっしーっていつもあんな調子なんです?」
 物怖じしない愁也は、既に創平にも慣れている。
「あいつは自分にも他人にも妥協は、しない。努力で何とかなるならな。……あいつは夢を諦める辛さを知っているから」
 創平が言うには、葦輝の実家は老舗の料亭で、彼自身も料理人を目指していたらしい。
 だが残酷な現実の前にその夢は潰えた。
「一体何があったんです……?」
 ゴクリ。友真が息を飲む。
「あいつは……ゴマアレルギーを発症したんだ」
 笑ってはいけない。和食の料理人にとってゴマが一切使えないというのは深刻な問題だ。しかも本人にとっては、命に関わりかねない事態なのだ。
 しかし緊張と疲労とが作り出した極限状態に、愁也は床に突っ伏した。
「ちょ、あっしー、それは……!」
「残念だ……な。料理の腕自体は天才的なだけに」
 むくり。愁也が起き上がる。
「そんなにすごいんですか」
「ああ……。頼まれもしないのにいつも食事を作りに来る」
「お前は放っておくと、咀嚼すらも面倒がるからな」
 いつの間にか葦輝が戻って来ていた。
 ヒュッ! 無駄のない動きで葦輝が投げたモノを、愁也は咄嗟に受け止める。
「……缶コーヒー?」
「それを飲んだら続きだ」
 愁也は必死で笑いを堪えた。
(何だよ、ツンデレか!)
 そして思った。こいつは絶対、意外とお人好しだ……!
 愁也は葦輝に明るい顔を向けた。
「あっしー、あと5分で全部マスターしたら、俺にお手製唐揚げな!」
「何故そうなる!!」
「目標があったら、俺、絶対クリアできるから!!」

 友真は呆気にとられて愁也を見ていた。
 その肩に、軽い重みがかかる。
「……?」
 見ると創平が手を置いていたのだ。
「友真君、君にならできるはずだ」
 言葉が出てこない。それどころか息もできない。
「死んででもやります……!!」
 いや、死んだらできないから。

「な、完璧だろ!? あっしー、唐揚げの約束なー!!」
「その図太さならば、お前はこれからも生き残っていけるだろうな!」
 いつの間にか愁也と葦輝の掛け合いからは、最初の冷たさが消えていた。
 恐らく葦輝は、押し切られるのだろう。


 それから暫くして、ネットの音楽情報サイトを、CDショップの店頭を。
 伝説のミュージシャンの名曲を完璧にカバーした『SHOOT⇒YOU』の2人の笑顔が彩ることとなる。
 後に聞いた話によると……。
 かつて『アスファルトのエピタフ』のPVに関わった社長が、そのメイキングビデオを友真に渡す前に、創平に連絡を取り許可を求めたそうだ。
 SOHEYを目指し、音楽の道に進んだ青年がいる。その話を聞いた創平は、ふと興味を持ったのだ。
 社長に送らせた『SHOOT⇒YOU』のPV。創平から見ればまだまだ稚拙な歌だったが、それでも何か不思議な輝きを放っているように思えた。
 それはもう自分の中からは失われた何かだったのかもしれない。
 いや、失われたのではない。微かな熱は胸の奥にずっと残っていたのだ。
 表現者たちが胸の内に抱く光は、見る者を魅了してやまない。
 だから人は彼らを『スター』と呼ぶのだ。


 友真はときどき、そっと宝物のファイルを胸に抱く。
 憧れの創平と並んで撮った写真、貰ったサイン。笑顔の愁也と能面顔の葦輝が収まった写真もそこには入っている。
 まるで詰め込まれた綺羅星の欠片が呼び合うように。
 それは友真の胸に、確かな熱と輝きを分けてくれるのだ。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6837 / 月居 愁也 / 男 / 23 / アイドル】
【ja6901 / 小野友真 / 男 / 18 / アイドル】

同行NPC
【jz0061 / 大八木 梨香 / 女 / 18 / マネージャー】
【jz0092 / 米倉創平 / 男 / 35 / 伝説のミュージシャン”SOHEY”】
【jz0283 / 蘆夜葦輝 / 男 / 24 / 謎の振付師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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『ジュリーズ事務所』、今回はユニットおふたりの物語のお届けになります。
以前つけた曲名が今更に気恥しく。SOHEYさんごめんなさい、という感じですね。
色々と楽しい仕込みを有難うございました!
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
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エリュシオン
2014年06月09日

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