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『願い、遥かに 』
アルマ・ムリフェイン(ib3629)


『生きて……僕は、夢も、貴方の命も、諦めない……』

 もうかなり前のことに思う。
 あの時僕は、先生にそう言って自分の願いを押し付けた。
 本当なら明日をも知れない命で、逆賊として捕らえられる事が決まっていた先生は、生きる未来なんてなかったかもしれない。
 それでも僕は願わずにはいられなかった。
 僕は自分の我が侭で先生に「生きて」欲しかったんだ。
 なのに先生はそんな僕の我が侭を承知で約束してくれた。

『わかりました。ですから、君は一刻も早く医師の治療を受けなさい。私の事は心配しなくて大丈夫ですよ』

 先生を守りたい一心で襲い来る刃の前に飛び出した僕は、この時かなりの出血量で、自分で立つ事も出来なかった。
 だから先生は僕を守るためにあんなことを言ったのかもしれない――ううん、あの言葉は先生の優しさなんだ。
 僕を安心させるために。僕を泣かせないために。そこには先生らしさが滲んでいて逆に心配になったんだっけ。
 そしたら先生、困った風に笑って……。

「あの時、何かがおかしい、って思ったんだ……先生は都に、火を点けようとした。それなのに流刑だけで済んで……普通なら……」
 普通なら――極刑。
 謀反を起こし、朝廷に刃向かった彼が最高刑を与えられなかった事は素直に嬉しい。
 けれど同時に疑問も残った。
「それが、こんな形で……」
 小耳に挟んだ話では、朝廷の隠し事が無くなれば『八条島の封印が解ける日が来るかも』との事。
 つまり何かしらの陰謀が働き、先生の極刑は免れたのだ。
 アルマ・ムリフェイン(ib3629)は屯所の縁側にコテンッと倒れると、青々と葉を茂らせる桜の木を見上げた。
(……立派な樹、だな……)
 そう思って瞼を閉じようとした時だ。
「ああ、失礼。何か柔らかそうなのが転がってると思ったら、君でしたか。何してるんです? 虫干しですか?」
 わざとと言わんばかりに背中を蹴られて目を見張る。そうして驚いたまま顔を上げると、浪志組三番隊隊長の天元 恭一郎(iz0229)が面白そうにアルマの事を見下ろしていた。
「初夏とは言えまだ寒さが残ってるのに、風邪でも引きたいんですか?」
 クスクスと笑いながら軽口を叩く彼もまた、先生を知っている存在だ。とは言え、彼の場合は知っていても嫌悪しているのだが……。
 アルマはぼーっとした目で恭一郎を見上げると、何かを言おうと逡巡して瞼を閉じた。
 しかし――
「ぴゃっ!?」
「何腐った顔してるの」
 グイッと引っ張られた耳に、思わず立ち上がる。その上で怯えた顔で恭一郎を見ると、彼は至極楽しそうに笑って彼の顔を覗き込んだ。
「まったく、困った銀狐だね。君の考えてる事は大体わかるよ。僕と君は似てるからね。でも考えた所で何も変わらないでしょ? 君はあの人が好きで、あの人がいない事を寂しいと思ってる」
 違う? そう首を傾げられて目を見張った。
 そんなに分りやすいだろうか。と言うか、寂しいに決まってる。
 逢えないことが、いつ逢えるかわからないことが寂しいと。
 いつか先生の流された義の封印を解いて、彼に逢いたいと思っていた。でもそれは遠い話だと思っていたのだ。
(……でも、実際は……)
「はあ……何でこんなの見付けたんだろう。ちょっとおいで」
「え?」
 唐突に取られた腕に目を瞬く。
 そんな彼に大仰な溜息を零すと、恭一郎は彼に背を向けて歩き出した。
「きょ、恭一郎さん、何処に――」
「君の根性を叩きなおせる場所だよ」
 恭一郎はそう告げると、問答無用でアルマを引き摺って行った。

 恭一郎がアルマを連れて来たのは屯所に在る道場だった。
 夏も入り始めとあって道場の戸は全て開け放たれ、涼しい風が吹き抜けている。
 それに目を細めていると、目の前に木刀が飛び込んで来た。
「う、わっ……?!」
 慌てて受け取りながら、木刀が飛んできた咆哮を見る。其処には同じように木刀を手にする恭一郎の姿があった。
「僕の弟も君みたいに考え込むんだよね。だから考える時間を断てば良い……行くよ!」
「え、行くって――わぁっ!?」

 ガンッ。

 木刀同士がぶつかり合う音が響き、手に凄まじい衝撃が走る。そうしてジリジリと迫る圧に眉を寄せると、口角を上げた恭一郎の顔が間近に迫った。
「さっきの続き。君は如何したいの。あの話を聞いたんでしょ? あの話を聞いて怖気づいた? まさか自信がない訳じゃないよね?」
 低く囁かれる声にピクンッと耳が動く。
 自信がない?
 否、そう言う訳じゃない。
 先生に逢うために、逢っても恥ずかしくないように一生懸命に生きようと思った。
 一生懸命に浪志組隊士として活動もしてきた。
 だから首を振ったのだけど、それに更なる問いが重なってくる。
「そもそも君は何の為に闘ってるの。まさか信念もなく闘ってる、なんてないよね?」
 それだとドン引きだよ。そう言って恭一郎が木刀を引いた。直後、アルマの体に衝撃が走る。
「っ……恭一郎、さん……足……」
「ああ、ごめんごめん。返事がないから起きてるかな〜って」
 本気ではないものの、後方に蹴り飛ばされて膝を着く。そうして蹴られた場所を摩ると、アルマは握っていた木刀を杖に立ち上がった。
「…、…我が侭だけど……僕は……生きて、逢いたい」
 無茶と言われる事はこれからもするだろう。格好つけてでも、誰かを守り活かす為に手を尽くすだろう。
「……全力で、守りたい……僕を叱ってくれる人には悪いけど……勿論、誰も蔑にしてるつもりはなくて……生かされたから、そうしたい」
 握り締めた木刀が、拳の中で小さな音を立てる。それに顔を上げると、楽しそうに目を細めた恭一郎と目が合った。
「僕は逆だと思うけどね」
「え?」
 唐突に踏み込んだ恭一郎の足に、アルマの足が下がる。しかし反応しきる前に木刀が眼前を過った。
「!」
 あまりにも呆気なく木刀に叩きのめされた体が道場に転がる。そうして眉を潜めていると、恭一郎の足が視界に入った。
「生かされたのは君じゃないよ」
 真横に突き下ろされた木刀に息を呑む。
「これ以上は僕の口から言うべきじゃないから言わないけど、したい希望があるなら動けば良いじゃない……僕だったら地獄に居ても逢いに行くよ」
 恭一郎にも憧れる人がいる。
 どんな経由でそこまで心酔しているのかはわからないが、彼は浪志組の局長を敬愛しているのは普段の言動からも伺えた。
 だからこそ彼の紡いだ言葉は本物だろう。

――僕と君は似てるからね。

 先に恭一郎に言われた言葉が頭を過った。
 確かに似ているのかもしれない。
 誰かを一途に想い、その人のために動いている様が一緒だ。だから思い出したのかもしれない。

――笑いなさい。

 いつだったか、アルマが言った言葉と同じ言葉を先生がくれたことがあった。
 泣き虫だった自分が笑顔でいられるようにと。
 まるで2人だけの秘密の約束をしたようなそんな気持ちになったのを、今でも覚えている。
 先生の願いは自分の願いと同じで。
 だから生きていて欲しいと思う気持ちも、きっと同じで……。
「……僕と言う幹が大樹となり、浪志組という箱が僕の船となったら……いつか自身の手で……」
 立ち向かうべき壁は直ぐそこにある。
 アルマは離れかけた木刀を握り直すと、今度こそ向き直ろうと立ち上がった。だが其処に思わぬものが飛んでくる。
「いつか、なんて生温いなぁ。だから君はいつまで経っても子供なんだ」
「恭一郎さん、これって……」
 目の前に放られた小さな袋は、普段彼が持ち歩いているものだ。
 この中には彼の好物が入っている筈だが……。
「狐虐めも飽きたから他へ行くよ。最近の君、少し可愛気がなくなったんじゃない?」
 じゃあね。恭一郎はそう言葉を残すと、アルマの静止も聞かずにこの場を去って行ってしまった。
 それを呆然と見送りながら、手元の袋に目を落とす。
「……いつか、胸を張って、逢えるかな……?」
 先生と別れた春が終わり、夏が巡り始めている。深く青い空を道場の戸から外を見て思う。
 扉は案外近くに転がっているのかもしれない。そしてそれが開くのも近いのかもしれない。
 それなら――
「逢うために、僕なりの何かを、自分で持つべきで……すごく、難しいけど……」
 でも。逢った時に胸を張りたいから。
 逢った時に笑いたいから。
 アルマはそう胸に秘め、恭一郎が寄越した袋の中から、甘くて小さな砂糖の欠片を口に放り込んだ。

―――END...


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ib3629 / アルマ・ムリフェイン / 男 / 16 / 吟遊詩人 】

【 iz0229 /天元 恭一郎 / 男 / 28 / 志士 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびはご発注、有難うございました。
大変お待たせいたしましたが、如何でしたでしょうか。
口調等、何か不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。

この度は、ご発注ありがとうございました!
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舵天照 -DTS-
2014年06月10日

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